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44.

  

 


 「・・おまえがどうしても沖田家を継ぐつもりがないのなら、いっそ俺の養子に入って、俺の跡を継いでくれないか」

 

 今日は日中に雨が降って。一日屋内での仕事に勤しみ、風呂を終えて八木家離れへと戻ってきた冬乃は、

 障子を開けかけた時、中から聞こえてきた近藤の声に、どきりと手を止めていた。

 

 

 (・・・養子?)

 

 沖田家は、

 沖田が幼い頃に、長女の迎えた婿が家督を相続している。

 沖田は息子のいる姉達に遠慮し、長男でありながらも、成人後も姉婿から家督を継ごうとはしなかったともいわれる。

 (それもあるだろうけど、沖田様は・・)

 

 

 縁側で佇んだところで冬乃の存在など気づかれているだろう。引き返すのもどうかと、冬乃は意を決して障子を開けた時、

 「ご冗談を」

 沖田が近藤へ困ったような声で返答した。

 「俺じゃ先生の跡は継げませんよ。御存知でしょう」

 

 「・・・」

 冬乃は気まずさに、そっと障子を閉める。

 

 「おまえは、やはり、それだけはどう頼んでも譲らんのだな・・」

 

 冬乃が入ってきたことへ気を向けることなく近藤が会話を続けた。

 

 「はい」

 そう即答した沖田を見返した近藤の眼は、冬乃の目に切なげに揺れ。

 

 「ならばせめて、試衛館だけでも継いでくれるか」


 近藤の強い意志をもった眼が沖田を見上げる。

 「おまえしか、ふさわしい者はいない」

 

 「先生が本懐を遂げ、江戸へ帰還された暁には、承ります」

 同じく、いやそれ以上に意志の強い眼が、近藤を見返した。

 

 「分かった。その言葉、忘れないぞ」

 

 「ええ」

 

 部屋には今未だ、近藤、沖田、冬乃だけで。

 冬乃はあまりのいたたまれなさに、こそこそと隅のほうへ寄った。

 

 「おかえり冬乃さん」

 そんな冬乃へ、沖田が声を掛けてきた。

 「おかえり」

 近藤の声も追って。冬乃は、二人へ慇懃に会釈する。

 

 「あ、・・お茶、お淹れします」

 結局いたたまれなさに負けて、奥に置いてあったやかんを手にして立ち上がり冬乃は、すぐまた障子を開けて出た。

 

 

 井戸で水を汲みながら、胸内を奔るやるせなさに、白い息を吐き出す。

 

 

 確かに沖田が、近藤の養子となって近藤の跡を継ぐはずがなかった。

 

 『それだけはどう頼んでも譲らんのだな』

 沖田へそんな溜息を返した近藤は、本人から聞いているのだろう。

 沖田が近藤を護る為に、傍にいる事、

 

 ――つまり、その一生を賭して、有事の際には近藤の『盾』となり。身を挺して、近藤の命を護ろうと在る事を。

 

 そんな沖田が、近藤の跡目になれるはずはなく。

 

 

 沖田がのちに病の床に臥しても、彼のその想いは当然変わらなかっただろう。

 

 そして命がある限り、或いは近藤の盾となりえる機会は残っている以上。どれほど病に身が蝕まれようが、沖田が自らの手で肉体の苦しみを絶ち、その一縷の機会を捨て去るはずがなかった。

 

 (だからこそ、最期まで、近藤様の傍に居たかったはずなのに)

 

 病の床に置いて行かれ。

 それがどんなに、近藤達にとっては、沖田の病状が或いは療養の末に快復してはくれないかと、彼らは彼らでその一縷の望みを託したが為の別離であったとしても。

 

 沖田は、戦地へ共に行くことで、己が足手まといとなるだろう事への懊悩と、近藤の傍に在りたい想いとの狭間で、どれほど引き裂かれるような葛藤に苦しんだことだろうか。

 

 (この先、私に出来ることは、結局なにも無いの・・?)

 

 

 急襲した、その神経を抉られるかの痛みに。冬乃は首を振った。

 

 (・・・そんなことない)


 冬乃が、ここに来れたことが運命ならば

 

 

 (何か出来ることが、きっとあるはず)

 

 

 

 

 

 やかんに汲み終え、冬乃は立ち上がった。

 障子に手をかける前に一瞬耳を澄ましたが、もう会話は聞こえてこなかった。冬乃は障子を開けて中へ入り。

 

 奥を見やれば、二人はそれぞれ本を広げていた。

 冬乃は幾分ほっとして、すでに火の熾されている火鉢の上へ、五徳を刺してやかんを乗せる。

 湯が沸くまでの茶葉の用意に、押し入れの棚へと向かった。

 

 茶葉を手に戻りながら冬乃は、沖田のほうをそっと見る。

 

 (必ず、みつけてみせる)

 

 

 冬乃に、出来ることが、何かを。

 

 

 

 

 障子の外が騒がしくなった。

 原田の陽気な声がする。冬乃は盆に手を伸ばし、温める湯呑の数を増やした。 

 

 


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