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40.


 茶を用意してから間もなく、食事を終えた皆が解散してゆく中で、冬乃も沖田達に会釈をして厨房へと戻った。

 

 藤兵衛相手に繰り広げられている茂吉の弾丸トークを聞き流しながら、仕事を終えた冬乃が夜、離れへ帰ると、

 当番表を確認してきたらしい沖田に、来月の二日に行こうと当たり前のように声をかけられ、冬乃は飛び上がった心臓を抱えて「ハイ」と囁くような声になってしまいながら頷いた。

 

 このぶんでは、ずっと当日まで浮き立って過ごしそうである。

 

 「おやすみなさい」

 「おやすみ」

 何度聞いても幸せになる、沖田のその挨拶を受けて冬乃は、そして今夜もそっと目を瞑った。

 

 

 予感はしていたが。

 早くも遠足前の小学生みたいになって眠れないでいる冬乃は、横で穏やかな寝息を立て始めた沖田をそっと向いた。

 

 筋肉量のせいなのか沖田は体温が高い。

 冬乃はこころなしか沖田の側からほんのり感じる熱に、今なお温まりきらない己の布団の中でごそごそ移動し、沖田のほうへできるかぎり近づいてみる。

 

 あとどのくらいまでは、近づいてもいいだろう

 布団の境目がそもそも有って無いような状態で、冬乃は、今の沖田との距離を目視で測りつつ。

 


 それにしても今夜は一段と寒い。

 沖田は冬乃が、沖田の布団を半分占拠していたあの夜からずっと、障子側に居る、つまり冬乃と場所を交代してくれているのだ。

 

 今や夜間は、夜の巡察から戻る人用に少しだけ開けてあるだけで、ほぼ雨戸を閉めてあるとはいえ、冷気はその隙間から侵入してくる。

 (沖田様のほうがもっと寒い位置なのに、)

 全く気にならなそうに仰向けですやすや寝ている沖田を、冬乃は見つめた。

 (代わってくださって、ありがとうございます)

 

 心内で礼をしながら、それでも身を奔る寒さに、冬乃はぶるりと体を震わせた。

 

 これからもっと寒くなるのだ。

 盆地の京都は凍てつくような極寒と聞いたことがある。

 どうなることやら、と冬乃は溜息をついた。

 

 (まず明日からは掛布団、もう一枚もらうしかない)

 

 あと少しだけ。冬乃は沖田の側へとにじり寄った。

 

 「寒いの?」

 

 (きゃ!)

 にじり寄った目の前で、そこへ突然聞こえてきた囁き声に冬乃は飛び上がりかけた。

 

 凝らした冬乃の目に、顔だけこちらへ向けた沖田が映った。

 「そんなに寄ってきて・・」

 声が笑っている。

 

 いつのまに沖田は目が覚めたのだろう。

 冬乃の“不審な”動きが沖田を起こしたのだろうか。


 つと、沖田が冬乃の側へと寝返った。

 

 沖田が冬乃に対して向いたことで、一気に距離が縮まり。冬乃は、慌てて布団の中心まで戻ろうとした、


 「いいよ、」

 

 そんな冬乃の前で。おもむろに沖田が自身の掛布団を持ち上げた。ふわりと沖田の熱が、冬乃のほうまで漂い。


 「おいで」

 

 

 (・・え?)

 

 いまの、聞きまちがい?

 

 

 瞠目したきり、動きの止まった冬乃に、

 沖田が再び声なく微笑った。と同時に手を伸ばし、冬乃のくるまる掛布団を開き。

 

 その突如の冷気によけいに縮こまった冬乃の、冷たい体を

 次には、沖田の温かい掛布団が覆ってきた。と同時に冬乃の腰は、沖田の布団の中で引き寄せられ。

 当然、

 冬乃のすぐ前には、直に沖田の熱。

 

 (きゃ・・ぁあ)

 もはや沖田の布団にいなくても問題ないのではと思うほどの発熱を、冬乃は自身の内に、一瞬にして感じて、


 激しい勢いで高鳴りだす心臓に、

 もとい、状況を直視などできずに、慌てて目を瞑り。

 

 (コレ、ゆめ!?)

 

 「まさかここまで冷えてるとは・・」

 信じられないほど傍で、そして沖田の溜息が落ちてきた。

 冬乃の背にある腕を通して、冬乃の冷えきった体に気づいたのだろう。

 

 (いいえもぅ私はすっごく熱いですから・・!)

 

 当の冬乃のほうは、心中、口走るが。

 

 いったい沖田が何を考えているのか、まったく冬乃には想像可能な域を越えている。

 

 破裂しそうな心臓を聞きながら、沖田の熱と、冬乃の大好きな仄かな芳りに、包まれて、

 冬乃は、もはや、緊張しすぎて閉じた瞼を開けられないままに恍惚と。打ち震えた。

 

 

 やがて再び沖田の静かな寝息が、今やすぐ間近で聞こえてきて。冬乃の背をその片腕に、包み込んだ状態で。すやすやと。

 

 (・・・)

 完全に自分だけ舞い上がっていることに一瞬複雑な気分になりつつも、

 冬乃は沖田の温かい腕の中、これで寝るのはもったいないから、もう眠れなくてもいい、と。この降って湧いた幸せを堪能することに決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 「・・おまえら・・・・」

 

 なにやら複数の不穏な気を感じ、

 先に目が覚めたのは勿論、沖田で。

 

 刹那に、己の腕の中に冬乃がすやすや眠っていることに気が付き、一寸のちに昨夜を思い出した沖田が。

 

 その不穏な気を発し続けながら自分達の回りを囲んで立っている、藤堂や原田や永倉や土方あたりを。目だけで見回しながら、

 

 「何か変な想像してない?」

 言い置くことで、己の無実を告げておきつつ。

 

 「冬乃さん、」

 悪いが起こしたほうがよさそうだと。

 冬乃を起こしにかかる沖田に。

 「どういうこと・・・」

 藤堂の、激しく剣呑な眼が刺さった。

 

 「いや、寒そうだったから」

 何故に言い訳してるのかと沖田は嘆息しかけ、だがおもえば己で胡乱なその理由に、一瞬押し黙る。

 

 「・・・」

 藤堂たちも押し黙る。

 

 

 「ン…、」

 

 そんななか、冬乃が。

 平和そうに目を覚まして。

 

 ぼんやりと、その潤んだ瞳で、沖田を見上げてきた。

 

       


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