39.
藤堂の隊は五人、後ろをゆく侍達は三人。
数の劣勢がために侍達は、迂闊には仕掛けられずにいる様子だが、
もし侍達の仲間がたまたま通りかかることがあれば、その数に加わることだろう。安心はできない。
それでも、蟻通たちを入れれば、新選組のほうがやはり有利なはずだ。このままならば、斬り合いになっても捕縛する余裕があるかもしれない。
蟻通たちのさらに後ろを、町の人に交じって歩みながら冬乃は、そんなことを考えていた。
(でも、できれば何も起こらないまま終わってほしい・・)
いや、
あきらかに『不審者』な侍達を、どちらにせよ放っておくわけにはいかないではないか。
(何もなく終わる・・てことは無理か・・)
やがて藤堂達は大通りを過ぎ、通行人の数もまばらになっていく中、
辺りの喧噪が静まるにつれ、藤堂達の時おり談笑さえしている声が、冬乃のほうまで聞こえるようになった。
冬の近い冷ややかな秋風が、通りを掠めてゆく。
つと、藤堂達は一本、小路へと折れた。
(あ)
続いて、一瞬に響いてきた剣戟の音と、
冬乃の向こうをゆく蟻通たちが駆け出したのを目に、冬乃は、慌てて追いかけていた。
小路の数歩手前で立ち止まって、恐る恐る覗いた冬乃の視界に、
真っ赤に染まる路上と、斃れている先程の侍達が映って。
(っ・・)
見るからに、勝負は一瞬でついたようだった。
「あれ、冬乃ちゃん?」
藤堂の驚いた声に、蟻通たちも「え」と振り返り。
その蟻通たちの背後では、隊士達が路上に斃れる侍を起こし、縛り上げている。侍達の止血をしている者もいて、
よくよく見てみれば、侍達のいずれも息があり。
(あ・・)
「なんでここにいるの」
「店に居てって言ったのに」
藤堂と蟻通の声が重なった。
「すみません・・いてもたってもいられなくて」
返しながら、もしかして来たのは浅慮だったかと心内うなだれる。
冬乃の返事に、蟻通と山野が溜息をつきつつ、
「いや、俺たち甘味屋きてたんすよ」
解せなそうな表情の藤堂に、山野が説明し始めた。
「店にいたら藤堂さんの隊が見えて、その後ろにこいつらがいたから、ねんのため追ってきたんですが、」
俺達は不要でしたね、と安堵の色を添え。
「そうなんだ。それは有難う」
にしても、いつのまに仲良くなったの?と藤堂の、口にせずとも問いたげな視線が、冬乃に寄越された。
そういえば山野とは何かあった様子である事を、藤堂に心配されていたんだったと冬乃は思い出す。
「藤堂先生、」
捕縛の処理を終えた隊士達が、呼びかけた。
「私達は番所へ寄って知らせてきます」
隊士のうちの二人はそう言うと血溜まりを超えて、冬乃の前の通りへ出ていった。
路上の血の掃除など、残りの処理を番所の人間に任せるためだろう。
二人はまもなく戻ってきて、
藤堂一隊は、お縄にしている侍達を連行し、ぞろぞろ帰路へついた。
冬乃を気遣ったのか蟻通と山野は、冬乃を連れて、彼らからかなりの距離を置いて歩き。
冬乃は、引き連れられた侍達がよたよたと歩む様を、遠く後ろからぼんやりと見た。
(この後、取り調べするんだよね。場合によっては拷問もするんだろう・・)
侍達も、命が助かったとはいえ生きた心地はしていないんじゃないか。
つい冬乃は侍達に同情する。
冬乃も一度は拷問されそうになった身だ。
「・・あ、そうだ、お財布」
ふと思い出した冬乃は、有難うございました、と蟻通へ返し。
「後で、お支払いを・・」
「そんなのいいに決まってるじゃない」
蟻通が即答した。
冬乃は顔を上げて。素直に「それではごちそうさまでした」と礼を続けた。
「俺は奢ってもらえるんですか先輩?」
戯れて山野が横合いから覗く。
「山野さんのぶんは後で徴収します」
にべもない即答が山野に返された。
「冬乃ちゃん、山野さんたちと仲いいの?」
夕餉の席でさっそく藤堂が尋ねてきた。
冬乃は、まさか、と首を振りたくなるが、連れていってもらった店の団子が美味しすぎたせいで、少々単純なまでに絆されているのも確かではある。
「甘味屋さんに食べに行っただけです」
ひとまず回答する冬乃に、
「食べに行っただけ・・ってねえ?」
普通仲良くなかったら行かないでしょ、と藤堂が苦笑する。
「ほんとは藤堂様・・さん達もお誘いしたかったのですが、声をおかけする機会が無くて」
ふうん?と藤堂が、その言葉には目を瞬かせた。
「じゃ、また改めて行く?」
「え?」
「俺と。」
「・・・」
俺と、というのは藤堂と二人で、なのだろうか。
おもわず黙ってしまった冬乃に、
藤堂が微笑った。
「沖田も一緒に」
(あ・・)
どうも、やはり藤堂には、沖田への気持ちが筒抜けているように感じてならない。
「何、甘味屋?」
横からの沖田の反応に、冬乃はどきりと彼のほうを向いた。
「うん、沖田つぎの非番いつ?」
藤堂の問いが追う。
「明後日かな」
「それ、俺だめ。来月の二日は」
「あー・・そのへん非番だった気もするな」
「なんか適当だなあ」
藤堂が、沖田のいいかげんな返事に呆れた声を出した。
「当番表しっかり覚えてるおまえが凄いんだよ」
沖田が笑う。
冬乃の右と左で飛び交うやりとりの中、冬乃のほうは途中から前を向いて落ち着かなさに茶を啜る。
勿論なぜにも、
(沖田様と甘味屋でーと!)
心が浮き立つのを抑えられないのだ。
(藤堂様ありがとう・・!)
藤堂が一緒なので正確にいえば“デート”ではないのだが、藤堂のおかげで沖田と甘味屋へ行けることになりそうなのだから、当然、贅沢など言う気もない。
「じゃあ沖田が当番表を確認してから決めよ・・」
結局、決定不可能なので藤堂がそう締めくくり。
最後に冬乃はどきどきと横の沖田を見上げた。
沖田は「ああ」と藤堂へ返しながら、顔を向けてきた冬乃へ視線を返し。
見上げたものの不自然だったかと焦った冬乃は、
「沖、」
咄嗟に尋ねる。
「沖田様は、甘いものはお好きなんですか」
「普通?」
(普通・・)
「沖田は甘味より、ひたすら塩辛いのが好きなんじゃない」
幹部連で料亭へ行っても、料理そっちのけで、塩辛漬けやら醤油浸しの刺身ばかり食べている偏食ぶりを、藤堂は指摘した。
(そうなの?)
栄養の偏りが無いといいけど・・
おもわず冬乃は、沖田の前の膳を見やった。
見る限り、一応全て食してくれてはいるようだが。
「そのへんは酒のつまみで食ってるだけだよ。特にどの味に際立って嗜好があるわけでもない」
(そうなんだ)
少しほっとして冬乃は前へ向き直った。
(でもお酒呑んでばかりで、料理に手をつけないっていうのは・・)
気がかりな事には変わりない。
「冬乃ちゃんは、どういうのが好きとか嫌いとかある」
ふと藤堂が聞いてきて、冬乃は彼を向いた。
「いえ、私も特にはありません」
「なんでも食べられるってこと?」
冬乃は頷いた。
一般的に食卓にあがる食材で嫌いなものは無かった。
「食べ物にかんしては、これといって好き嫌いがないんです」
「へえ、それは親御さんに感謝しなきゃね」
「え?」
冬乃はびっくりして藤堂をまじまじと見やった。
そんな驚くこと?と藤堂が笑い。
「きっと、いろいろ万遍なく食べさせてくれた結果なんじゃない?」
愛だね、と藤堂が片目を瞑った。
冬乃は母の顔を思い出して。瞬時に胸奥を刺す痛みに、つい目を瞑った。
(愛・・)
(わかってる)
愛されてなかったはずがないこと。
『あんたを産みたいなんて願っちゃいなかったわよ』
母が逆上するたび口にしてきたその言葉は。
そのまま鵜呑みにしていいほど、表面的なものではなかったのかもしれず。
父と別れて独りで産んだ母の、その苦渋の選択を。含んでの。
(・・・・だからって、言っていい事なんかじゃない)
苦労して育てたのに。
そう責め立てる母に、
産んでなんて頼んでないと。
なんで私なんか産んだの、と。
言ってはいけない事ならば、だが冬乃だって幾度となく口にしていたのだ。
(先に言ったのは・・私だった・・?)
「・・冬乃ちゃん?」
ぎくっと冬乃は顔を擡げた。
「なんか、怒ってる・・?」
見ると藤堂が、困惑した顔で冬乃を覗き込んでいる。
(あ・・)
「なんでもないです、すみません」
「・・・」
藤堂の視線が冬乃を越し、沖田と目を合わせた様子だった。
沖田も、冬乃が押し黙ったのを受けて、いま冬乃のことを見ているのかもしれない。
冬乃は前へ向き直って、どちらと視線を合わせることもできずに、間をごまかすように手にしたままだった茶を膳へ戻した。
「お茶、温くなってしまってますね、」
熱いのお持ちします、と冬乃は席を立った。




