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38.

 

 

 今日の夕餉の席に、沖田も藤堂も居なかったから、二人は巡察に行っていたのだろう、そろそろ帰ってくるだろうか、今日は沖田は睡眠が足りていないのではないかなどと、あれこれ思いながら冬乃は、蟻通と別れた後の、八木家離れへの道を歩んでいた。

 


 (沖田様たちを誘ったら、変かな)

 

 その場に他の誰でもない沖田がいたら、どんなにか楽しいだろう。

 

 (でもなんて誘えばいいのかわからないし・・)

 

 そもそも、皆の都合がうまく合う日を見つけるほうが難しそうだ。

 

 

 そして。

 結局、沖田とは夜に顔を合わせたものの、

 永倉、井上共々、眠そうにすぐに布団へ入ってしまったうえ、翌朝も朝の巡察に慌ただしく出て行った彼とは、ろくに会話もできぬまま。

 

 

 今に至る。

 

 

 (なんで、こうなった)

 

 

 「俺の知ってる美味い甘味屋と、蟻通さんの知ってる甘味屋と、同じだったとは、びっくりっすよ」

 

 なんとなく頬を引き攣らせている山野を、冬乃は横目に見て、小さく溜息をつく。

 

 

 朝、茂吉に休みを貰えるものなのかと尋ねてみたら、

 いつでもいいと、あっさり返答され、

 

 昼餉の後に厨房へ訪ねて来た蟻通にそれを伝えたところ、ではこれから。と即答され、

 今から都合の合う人を誰か探しますと、律儀に言う蟻通に頷き、待ち合わせ時刻の鐘に合わせて来てみれば。

 山野がいた。


 蟻通がすっかり困った様子で「甘味屋いかないか」と、そのへんで片っ端から声掛けしてまわっていたところに、山野がたまたま通りかかり、冬乃が関わっていると発覚したようだ。

 

 

 そんな甘味屋への道すがら。

 蟻通は山野を誘うくらいだから、何も感じてないようだが、山野からは先程から、びしびしと蟻通への邪気を感じる。

 

 「それはそうと」

 山野が、己の送る邪気にたいして暖簾に腕押しの蟻通に諦めて、冬乃を向いた。

 「なんでおまえ、作業着なんだよ」

 

 (わるい?)

 

 蟻通たちとデートのつもりはないのだ。オメカシして出てくることはない。

 

 「一応さあ、町歩くんだし、服が無いわけじゃないんだから着てこいよな」

 (うるさいなあ)

 冬乃が答えないでいると、代わりに蟻通がぽつりと発言した。

 

 「冬乃さんは、何着てても綺麗です・・」

 

 (え)

 その、あまりにまっすぐな台詞には、冬乃だけでなく山野もさすがに驚いて、蟻通を見やって。

 

 「そ、」

 一寸おいて、山野が怒ったような声を発した。

 「そんなの俺だって思ってますよ」

 

 

 「有難うございます・・」

 もはや冬乃は二人へとりあえずの礼を返しながら、押し黙った。

 (気マズ・・)

 

 そのまま三人して無言になってしまったまま、甘味屋へと辿りつき。

 

 

 そんな微妙な雰囲気を打開したのは。

 もちろん、団子だった。

 

 

 「おまっとうさんどした」

 出された団子を三人、手に取る。

 冬乃は、ぱくりと一口食べて、

 

 (お・・っ)

 目を見開いていた。

 

 美味し!!

 

 瞳を潤ませた冬乃を見て蟻通と山野が、ほっとしたように微笑む。

 

 「ここは絶対正解だと思ってたんだよ」

 「うん」

 山野の満足そうな声に、合わせて蟻通が頷く。

 

 今更ながら、冬乃は、連れてきてくれた二人に感謝の念をおぼえ。

 「ありがとございます」

 自然と微笑んでしまう冬乃を前に、

 

 「お代わりしような」

 山野が、その可愛い笑顔で応えた。

 

 

 三人夢中になって食べている間も、冬乃は、

 甘味屋の店員の女性が、先程からちらちらと山野を見ていることに気づいていた。

 山野のほうは、気づいているのか、いないのか、今もにこにこ団子を口へ運んでいる。

 

 店にいる他の若い女性客たちも、時々盗み見るように山野を見ていた。

 (やっぱもてるんだなあ・・)

 冬乃は、目の前で団子を頬張っている山野を見やり、おもわず感心してしまう。

 

 山野がどこまで本気なのかは知らないが、自分なんぞ狙ってないで、早く他の女性へ向かってくださいと。つい一つ溜息をつき、

 団子の串を皿へ置いた。

 

 「・・あ」

 そこへ、湯呑をすすりながら店の外へ視線をやった蟻通が、声を挙げた。

 「藤堂先生だ」

 

 隊士達は、助勤職の幹部を先生と敬称する。

 蟻通よりも藤堂は年下だが、真面目な蟻通らしく、その例に漏れない。

 

 「巡察みたいだ」

 蟻通の視線を追って、外へ背を向けている冬乃は振り返った。

 藤堂を先頭に、彼を囲む隊士達の姿が、店の前を通過してゆく。

 

 凛々しいその一隊が間もなく通り越して見えなくなり、縁台の上の団子へと向き直ろうとした時、

 つと視界の端に映った姿に冬乃は、だが再度、振り返っていた。

 

 (今の人達・・)

 

 「蟻通さん、」

 当然、山野達も気づいたようだった。

 山野の呼びかけとほぼ同時に、

 「お勘定」

 蟻通が急いで手を上げ。

 

 「冬乃さん、ちょっとここで待てるかな」

 蟻通が冬乃に尋ねる間も、山野がすでに立ち上がって、店の出入口まで向かっている。

 「はい」

 冬乃は、緊張して頷いた。

 

 店の者が金額を告げに来るのとほぼすれ違うように、蟻通が冬乃へ「これで払っといて」と財布を渡し、

 冬乃が一瞬戸惑ったのち会釈して受け取ると、蟻通は刀を腰に差し、すでに店を出て行った山野を追っていき。

 

 冬乃はどの銭がどれなのか混乱しつつ支払いながら、ここで待てと言われたものの、やはり気が気でなく。支払い終えるやいなや、立ち上がって店の出入口まで行った。

 

 そっと彼らの向かった先を覗き見ると、

 やはり、山野と蟻通が並んで、先ほど冬乃が目にした侍達の十数歩うしろを歩んでいる。

 

 

 冬乃が目にした時、侍達は目つきが尋常でなかった。

 

 彼らは藤堂達から数歩うしろを歩んでいた。あの距離ならば、藤堂達は彼らに気づいているかもしれない。

 

 町中での斬り合いは避けたい藤堂達が、敢えて知らぬふりで、人の少ない場所まで向かっている可能性を冬乃は思い。

 

 

 (ここで待っていても、いつになるだろう・・)

 

 当然、助太刀として、山野達が彼らの背後を歩んでいる以上、事が終わらなければ、この店まで戻ってはこないだろう。

 

 

 (私も行ったほうがいい)

 

 冬乃は、店の者に会釈をし、外へ出た。 

 

 

 

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