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21.



 冬乃は困っていた。

 

 

 (あの場で咄嗟に、宴席に連れてってとか言っちゃったけど)

  

 島原は遊郭だ。

 そんな場所に、女の冬乃が、どんな顔して行けばいいのか。

 着ていく服すらわからないというのに。

 

  

 だいたい、考えてもみれば。宴席で、恐らくは皆がとんでもない『どんちゃん騒ぎ』をしている中に、ずっと居続けなくてはならないのだ。

 

 それこそ、沖田達が、酔いが回りすぎて先に帰ることになるだろう芹沢達を追って同じく席を立っても。冬乃は沖田についていくこともできず、ひとりでずっと。

 

 

 (どうしよ・・自信なくなってきた)

 

 

 だが、どうしても。

 (私が八木家で、今夜、寝てるわけには)

 

 沖田達に配慮したから、というよりは、

 

 

 (暗殺の場面になんて居たくない・・・!)



 

 

 

 「冬乃さん、入って平気?」

 襖の向こうからした沖田の声に、冬乃ははっと顔を上げた。

 「はいっ」

 

 行李の中がひっくり返されている状態を

 入ってきた沖田が、少し驚いた様子で一瞥し。

 

 「あ、今夜着ていくものを探してて」

 冬乃は恥ずかしくなって囁く。

 

 沖田が後ろ手に襖を閉めながら、

 「その今夜の宴席ですが、」

 そんな冬乃を、いつもの優しい眼が見下ろした。

 

 「貴女がついてくると言ってくれて助かりました。屯所は手薄ですから、貴女を留守番させるのも心配だった」

 

 本当は。

 そんな理由でないことを

 冬乃は分かっているだろうと。

 

 そう探りを入れるような眼で、

 沖田が冬乃を見ていることを

 冬乃もまた分かっていても。

 

 

 (私はいつもどおりに、何も言わないですから・・安心してください)

 口にはできないまま。冬乃は沖田へと、胸内でそっと告げた。

 

 

 なにか察したように沖田の眼が、また常のように、ふっと微笑った。

 

 「それと、露梅に貴女の世話を頼むことにしますので。私は夜には所用で帰りますが、遊女の入り乱れる宴席に、貴女だけひとり残っていろというのも、可哀そうかと」

 継いだ言葉に、冬乃のほうは少し強張った。

 

 「露梅・・?」

 「私の馴染みです」

 

 

 ・・・馴染み、

 つまり、深い仲になっている遊女ということ。

 

 

 (お馴染みさんくらい、いるとは思ってたけど・・)

 

 実際聞くと、やっぱりかなり辛い。

 

 「・・、お気遣いすみません」

 そのまま冬乃はうなだれたが、沖田にはただ頭を下げたように見えたのだろう。

 「これくらい何でもないですよ」

 

 冬乃は黙って頷いた。

 

 

 「もう衣替えが過ぎてしまったから、着るものがまた無いでしょう」

 つと渡されたその言葉に、だが冬乃は顔を上げた。

 

 (衣替え?)

 

 今は九月中旬。

 そういえば江戸時代の旧暦の九月中旬は、平成の新暦においてはすでに十月終盤の季節なはず。

 どおりで、いま作業着だけでは肌寒いわけだ。

 (秋は半月も経ったら、気温かわるもんね・・)

 

 「仕立ての袷が届いても、もう季節外れだな、」

 沖田が何か思案している様子だった。

 「綿入れと褞袍も追加で買いに行きましょう」

 

 わたいれ?どてら?

 「って、・・あの、それは何でしょうか?」

 

 冬乃が聞き返したことに、沖田が驚いた様子だった。

 

 「貴女の未来では、着ていないのですか」

 「あ・・わかりません、私が知らないだけかもしれないです」

 

 「聞いてませんでしたが、貴女はいったい、どのくらい先の未来から来たんです?」

 

 沖田から返されたその質問に、冬乃は細く、息を圧し出した。

 

 「百四十年後です」

 

 どんな反応をされるかと。不安になりながらそして答えた冬乃に、

 だが沖田はその澄んだ目を見開いた。

 

 「それはすごいな、」

 そんな、感嘆した声を挙げ。

 「とうに数度は生まれ変わっている頃ですね」

 と。微笑うのへ。

 (え?)

 今度は冬乃が目を瞬かせる番で。

 

 「私は到底・・、解脱など出来ないだろうから、確実にその頃には何かに生まれ変わってるだろうな」


 げだつ・・?

 (て、何)

 

 なんだか今日は知らない言葉がたくさん出る。

 

 ・・・それに、今の沖田の目に、一瞬奔った色はまるで。

 

 

 (すごく、悲しそうにみえたのは、気のせい・・?)

 

 

 今夜のことがあるから・・?

 

 今夜、芹沢達を手にかけること。

 切腹ではない、暗殺という、いってみれば卑劣な方法で。

 沖田が全く何もその心に思わないでいるわけではないはず。



 話は只の派閥争いではない。

 守護職から近藤達へ、内々に始末するよう下知がおりるほどの、芹沢や新見の目立ち過ぎた横暴なふるまいは、

 だが、当然なにもその全てが私欲からくるわけではなく、

 

 幕府に反する長州方を擁護していた商家へ、みせしめという制裁であったり、軍資金の調達であったり、彼らには彼らの意義と信念があった。

 それでも、その手段は、認められることがなく。どころか守護職の立場を辱めた者として、今夜、芹沢一派はその命を『死刑』として終えさせられる。

 

 (この先に水戸の天狗党がむかえる運命と同じ・・。まして芹沢様の場合は、誰か民を殺めたわけでもないはず、なのに)

 

  

 誰かの譲れない理の下に『死刑』が行われる。

 天誅と称して京に蔓延る幕府要人暗殺も、

 それを取り締まる新選組も。

 

 幕末という動乱の世は。

 互いの信念を懸け、そうして殺し合う、

 異常な時代。

 

 (沖田様は、・・・そのことを或いは)


 冬乃は沖田を見上げた。

 

 

 よく笑い飄々として、常に威風堂々と構えて動じず。沖田のその姿はまるで何か俯瞰しているようでもある。

 

 彼が何を思うのか、

 先の一瞬の表情はそこに跡形もなく。見上げた先に、もう冬乃は何も見取ることは無かった。

 



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