19.
(え?)
「・・・もしかして、・・また日数、経っていたりするのでしょうか・・」
おかえりと言われるからには、ついさっき倒れたなどの話ではあるまい。
恐る恐る尋ねた冬乃へ。
「もちろん経ってますよ。十五日程」
沖田の苦笑した声が返り。
(・・・・やっぱり)
たった数時間、向こうで過ごしただけなのに。
冬乃は胸中溜息をつく。
「また”未来”に帰ってたんでしょう?」
沖田が微笑った。
ほかに冬乃が言える理由など無い事を分かってくれているようだったが、
「まあ、土方さんがそれを受け入れるかは、分かりませんがね」
続いたその言葉には、冬乃は困って。
胸元を押えながら起き上がり、冬乃は、沖田を向いた。
「土方様、怒ってますよね・・」
聞くまでもなさそうな事だった。
組に置いてもらえるようになったばかりで、いきなりまた十五日近くも行方不明だったなら、怒って当たり前だろう。
沖田が冬乃の押さえられた胸元を一瞬見やって、
「とりあえず服を着ましょうか」
と立ち上がった。
「今、八木さん家から貴女の行李をもらって来ますから、服を着たら、一緒に土方さんのところへ行って謝ってみましょう。また文机に倒れていた事も含めて」
冬乃は顔を上げた。
「有難うございます・・毎回ご迷惑おかけして、ごめんなさい」
言いながらも最早恐縮して、また頭を垂れる。
沖田が出ていき襖を閉める音を耳に。
冬乃は手に握り締めた羽織に、ふと、注目した。
(そういえばコレってもしかして沖田様の?!)
紋が入ってはいないが、それなりにしっかりした手触りで。慌てて、握っていた箇所が皺になってないか確認し、大丈夫そうだと安堵しながら、
(うー・・)
沖田のであるなら、おもわず羽織に顔をうずめたくなる。冬乃はそんな衝動を慌てて我慢して、せめて胸元に、そっと再び抱き締めた。
(お世話になってばかり・・)
本当に有難うございます
羽織を抱き締めながら胸に呟く。
それに、八木家に冬乃の行李を残しておいてもらえたのだと。沖田のことだから、彼がもしかしたらそのように取り計らってくれたのではないか。
(そういえば何で、なぜ裸なのかと聞かれなかったんだろ?)
また文机で倒れていたことを何故と問われるのと同じくらい、冬乃にはそもそも理解できない事象であり、聞かれたとて正解を答えられそうにはないのだが。
とりあえず、こちらでの服装は関係なく、平成での服装如何がそのまま、こちらに戻ってくる時に影響するらしいことは、これで分かったものの。
「冬乃さん、開けますよ」
まもなく沖田の声が襖の向こうから聞こえ、
「はい!」
冬乃は声を上げた。
襖が開けられ、入口付近に沖田が行李を置く。
「着替えたら出てきて」
そう告げると、また襖を閉めた。
「はい、有難うございました」
冬乃は襖の内から答えた。
行李を開け、一瞬惑ったが仕事着を取り出して、着込んでゆく。
帷子はまだ一度も袖を通していなかった。
尤も着る機会などあるのだろうかと冬乃は疑いつつ、沖田と買い物に出た時に買ってもらった太物も、もう少しすれば仕立てられて届くはずだと思い起こす。
(帷子、やっぱり着てみたいな・・)
着付けもわからないのに、着てみたいも何もあったものではないが。
(お孝さんに教えてもらっちゃおうか)
ふと冬乃は思い立って、行李はこのまま女使用人部屋のほうへ置いておくことにした。
着替えを済ませて、羽織を畳み、冬乃は襖を開けた。
「お待たせしてすみません」
「じゃあ行こうか」
「はい。あ、この羽織・・ありがとうございます」
沖田が頷き、手に受け取った羽織を着ながら小庭へと降りてゆく。
やはり沖田の羽織であったことにおもわず相好を崩しつつ、
沖田を追って、小庭伝いに土方のいる副長部屋へと向かいながら、冬乃は溜息をついた。
(新選組、追い出されないといいけど)
「土方さん、入りますよ」
土方の部屋の前で沖田が声をかけながら許可を聞くでもなく、もう襖をすらりと開けている。
そんな沖田に、何か文句を言いたげに土方が一瞬口を開けたが、隣の冬乃を見て、すぐに表情を変えた。いや、いっそう険悪な表情になったのだが。
「おまえ、今回はどこへ行っていた」
「・・・・・・未来です。長く空けてしまい申し訳ありません」
ものすごく間延びした呼吸を置いて漸う答えた冬乃に、
土方はぴくりと眉を上げたものの、冬乃の返答は予想していたのか今回は怒鳴り返してはこなかった。
そのかわり、信じているわけでは決してない様子で、その瞳を怒らせたまま冬乃をじっと見やり。
「何故、裸だった」
次いで渡された質問に、冬乃は困って目を逸らしながら、
「すみません、よくわからないんです。未来で裸になってると、こちらに戻ってきた時もそうなるみたいです・・」
言いながら冬乃はあることに気づいて、さらに別の意味で困った。
(そういえば、私これからずっとノーブラってコトだよね?!)
先程はとにかく急いで着替えようとして、そのまま着込んでいったので深く考えなかったが、
この先もずっとこの状態で過ごすというのは、辛くないか。
(って、この時代じゃ当たり前なのか)
慣れるかな?
冬乃は戸惑いつつ、土方に視線を戻すと、
土方はあいかわらず疑わしげに冬乃を見ていた。
「てめえ、ふざけんなよ」
そんな、全否定を置いて。
「それは俺が、未来からきたというおまえの戯言を信じる前提での話だろう」
「っ・・でも、本当に他にお答えできることなんて、」
「俺をからかってるのか」
「違います!」
「冬乃さん、」
不意に後ろにいた沖田から呼びかけられ、冬乃ははっと振り返った。
「未来から来たかどうかは、さておいても、」
沖田が懐手のまま、襖に軽くその背を凭せ掛け。
「べつに貴女は好きで裸でいたわけでもないだろうから、三度も土方さんの部屋で倒れていた事も含め、貴女の意志でどうこう出来る事では無いのだろうと思ってますが、・・違いますか」
「仰るとおりです・・!」
沖田の言葉に、冬乃は間髪入れず頷いて。
「ならば、彼女に訳を聞いても詮無い事でしょう、土方さん」
どうやら。助け船を出してくれたようだと。
(そっか・・)
これが、冬乃を信じようとする方向で物事を考えてくれる沖田と、信じない方向で考える土方との違いなのだ。
(沖田様がいてくれて本当によかった・・)
フン、と土方が鼻を鳴らし、
「てめえは女に甘えからな」
冬乃が瞠目するような台詞を吐いた。
(・・それって、沖田様がこれまで関わった女性にも優しかったってことだよね)
沖田にこれまで優しくされたであろう女性たちに、早くも嫉妬心が沸いてしまい、冬乃は閉口する。
(聞かなかったことにしよう)
「しかしこの女の意志でないなら、誰の意志だ」
続いた土方の言葉に。
冬乃は顔を上げた。
未来から来たのではない、という前提なら。
たしかに土方の言うように、誰かが冬乃を裸にし、土方の部屋へ三度目の放置をしたということになる。
それもそれで変な話だ。
「随分とおかしな野郎がいたもんだな」
土方も同様の事を考えたらしく、そんなふうに嘲笑って。
「・・・本当に私の意志に関係なく、突然未来へ帰されたり、こちらへ戻されたりするんです。どうか、信じてください」
声が弱弱しくなった。でも冬乃にはそれしか言いようがない。
土方の怒ったような呆れたような表情の後に、つと、試すような表情が、続いた。
「ならば、もう一度だけ聞いてやる。次に起こる事を当ててみろ」
・・これは、チャンスとして素直に受け取っていいのだろうか。
冬乃は、おもわず目を瞬かせ。
「今日って、・・何日ですか」
尋ねていた。
「九月十六日」
土方の、
その返答に。
冬乃は息を呑んだ。




