17.
夢すら、見なかった。
千秋達に揺さぶられてやっと目を開けても、
冬乃は覆い被さってくるような強烈な眠気に、瞼を持ち上げていられず。
「冬乃、もしかして、この睡眠薬のんだ・・?」
真弓の声に、ふたたび無理やり抉じ開けた視界の中、
空になった錠剤の包装を手に真弓が、心配そうに見下ろしていて。冬乃は、そうだった、と思い出す。
「だめだってば、・・」
真弓達は、冬乃が時々母親の睡眠薬を服用していることを知っている。
「ちゃんと処方されてないのに、勝手に飲んだりしたら危ないじゃん」
「・・ごめん」
冬乃はぼんやりと、小さく頷いた。
「眠れなかったの?」
横から千秋が溜息をついて尋ねた。
「ん、・・」
眠りたかった。
冬乃はまだ、すぐにでも眠りのなかへ引き込まれそうになりながら、頭の片隅で思い起こした。
眠れば、向こうへ戻れるかもしれないと思ったのに。
戻れなかったのだ、と。
―――――もう、戻れないの・・・?
次の瞬間に襲ってきた、その絶望感は。
朦朧としていた意識に打ち勝つほど、冬乃を覚醒させ。
「・・・」
身震いした冬乃の顔色に、二人が驚いて覗き込んだ。
「冬乃・・?」
「大丈夫?まだ具合悪いの?」
冬乃は唯、首を横に振るしかなく。
「あのー悪いけどそろそろ出てもらえる?」
半開きの扉から突然、係員が覗いた。
「あ、そうだよ、うちらもう出ないと。そろそろ会場閉める時間なんだって」
「どうしよ、これ」
千秋が慌てて冬乃に、持っていた冬乃の服を差し出す。
「着替えられそぅ・・?道着で帰るわけにもいかないじゃん?」
「てか、立てる?」
真弓に支えられ、冬乃は体を起こして両脚をベッドから下ろしてみる。まだ体内に残る睡眠薬のせいか、支点が定まらなかった。
そんな冬乃を見た真弓が、
「タクシーで帰ろっか。千秋、ちょっと冬乃みてて。さっき医大の人みかけたから、こっち戻ってるんだと思う、鍵どうせ返さないといけないし、呼んでくるわ。タクシーまで冬乃のコト、また運んでもらおうよ」
「え、だいじょぶ」
冬乃が呼び止めるより早く、出て行ってしまった。
「いいじゃん、運んでもらぉ?」
千秋が扉の鍵を内側から閉めにいきながら、
「とりあえず着替えちゃおっか。座ったままならだいじょぶだよね」
冬乃は諦めて頷き。
千秋に渡された服をいったん横に置いて、座っていてもふらつくままに道着の上を脱いで、千秋に手伝ってもらいながら、なんとか稽古着袴も脱ぎきった。
「ブラのストラップ、どこ?その服オフショルだよね、付け替えるでしょ?」
冬乃の着てきた服は肩を出したデザインのために、下着の肩紐も、機能性よりデザインが重視された見せてもいい肩紐へと、付け替える必要があった。
「うん、ごめんバッグの中入ってる」
千秋は頷いて、冬乃のバッグをベッドまで運んだ。
冬乃がストラップを入れてあるポーチを取り出す間、千秋はベッドに乗って、冬乃の後ろに回った。
冬乃は胸の前でストラップを付け替え、繋げた先を、後ろの千秋に渡す。
「ぁん。コレうまく引っ掛かんないんだけど」
だがすぐに、千秋が後ろで悲鳴をあげた。
「それ引っ掛ける部分、ちょっと変わってるんだよね・・」
「ゴメンわかんないかも・・」
千秋の困惑した声に、冬乃は微笑って。
「私やるから大丈夫だよ、ありがと」
冬乃は下着を外して手に持ち、後ろ側のストラップを取り換える。
「入ってへいき?」
そのとき扉の外から真弓の声がして。
「あ」
いま医大のひと一緒だよね
早口に呟いた千秋が慌てて、
「ダメまだ!」
扉の外へと叫んだその声が、
冬乃の耳を霞めた瞬間、冬乃の目の前は真っ白になった。
(なに、これ?・・・)
霧・・・・・




