12.
(ええ?!)
あっという間に遠ざかる原田の背を冬乃はぽかんと眺めた。
「ぶっ、原田さんだけ急いでも意味ないのに」
藤堂と沖田がほぼ同時に噴き出す。
「追いかけましょう・・」
冬乃は呟いた。こうなっては、原田の情熱を無駄にもできまい。
盆には四角皿を被せて上から押さえているから、走ったとて、おむすびが飛んでいくこともないだろう。
冬乃は、脚が絡まないよう、片手で着物の裾を前もってくつろげた。
冬乃の掛け声に、というより冬乃の行動に、沖田達が驚いて見やる。
「では」
「え、って冬乃ちゃん?!」
そのまま原田を追って駆け出していく冬乃に、男達が慌てて追いかけ出した。
結局、皆して屯所内から八木邸内を疾走して横断し。
途中すれ違った隊士たちに、ぎょっとされたものの、無事に八木家の離れまで各々辿りつく頃、
先に着いていた原田が振り返り、疾走してくる冬乃達を目にして大笑いしたところへ、永倉が障子を開けた。
「おいおい何事だ?」
「おう、ただいま新八っちゃん!」
原田が障子のほうを振り返って、出てきた永倉に片手を上げつつ、まだ笑っている。
「冬乃ちゃん、健脚だね~!」
藤堂の感嘆した声が、原田の笑い声に交じった。
「たいしたものだ、その着物でそれだけ早く走るとは」
無口の斎藤にまで褒められて、冬乃は息をきらしながら嬉しくなって微笑んだ。
冬乃の足腰の強さは勿論、長きにわたる剣の稽古のたまものである。
「なんだおめえら、やかましい」
帰っていたらしく土方が顔を出した。その後ろから近藤と山南も覗く。
「おかえりなさい近藤先生、山南さん、土方さん」
沖田がそれぞれに声をかけた。
「おう、ただいま。しかし、どうしたんだ皆」
「おむすび、冷めないうちにお持ちしたんです」
近藤の問いかけに、冬乃がにっこりと答えた。
狭い部屋に、皆で輪になって座りながら、夜食を囲む。まだここにいない島田と井上のぶんは取り分けてある。
輪の外でお茶を用意してから立ち上がった冬乃に、
「冬乃ちゃん、ここ座って!」
藤堂が何故か、藤堂と沖田の間を叩いて声をかけてきた。
まさか藤堂には、冬乃の沖田への恋慕が、すでにお見通しなのだろうか。
おもわず頬を紅潮させてしまいながらも冬乃は、ありがたく藤堂と沖田の間に滑り込んだ。
「この握り飯ね、具が入ってるんだよ!」
「そうそう!」
藤堂と原田がにこにこと宣伝する。
「具だと?」
土方が訝しげにおむすびを見やり。
「お口に合うかわかりませんが、・・よろしければ召し上がってください。おひとり二つずつご用意してます。こちらが梅干し入りで、」
二つの皿それぞれを差して、冬乃は解説する。
「こちらのほうが昆布入りです」
「・・へえ」
隣で沖田が感心したような声を挙げた。
「いただきましょう、先生。土方さんも、そんな食わず嫌いな顔してないで」
「うん、いただこう」
近藤がにっこりと微笑んで、さっそく梅干しのほうへと手を伸ばした。
それを皮切りに皆もそれぞれ手を伸ばし。
「毒なんか入ってねえよな」
皆が手に取ったなかで、土方がじっと冬乃を睨んで訊ねた。
「入ってませんから・・」
冬乃がもはや失笑して返す。
「なら俺が毒見!」
戯れて原田が真っ先に口へ放り込んだ。
もぐもぐと数回、
途端。
「うめーーーーー!!!」
叫んだ。
「おお」
近藤がそれを受けて、続けて手にしたおむすびを食して。
「本当だ、すごく美味いよ」
おまえも食べろ、と土方を向いて。
近藤に促された土方は渋々、手に取った。
皆の視線がおもわず注がれる中、土方が一口食べ。そして二口。
「・・・美味えじゃねえか」
ぽつり、呟いた。
(やった!)
冬乃が胸内でこっそりほくそ笑む。
「いただきます!」
皆が一斉に食べ始めて。
皆が美味しいと賞賛してくれる中、
「美味しいですよ、ありがとう」
沖田もにっこりと冬乃に微笑いかけ、冬乃は嬉しさを隠さず、ぺこり会釈した。
(また、作ろ。)
おむすびの歴史を改変したことは、この際、奇跡の神様に許してもらおう。
冬乃は溢れる笑みのままに茶をすすった。




