11.
四口ぶん程度の小ぶりで二種類ずつ、人数分を用意して冬乃は、流し場を急いで片付けると、
ずっと隣で談笑しながら待っててくれた原田たちを向いた。
「お待たせしました。お茶って、離れにご用意ありましたっけ」
「あー、あるある」
藤堂がにこにこ答える。
「では、おむすびだけお持ちしますね」
「おうよ!」
原田が満面の笑みで答えた。
三人並ぶようにして屯所の中を横断してゆく。
屯所の外周りにこの時間おかれている篝火の明かりが、朧ろに冬乃たちの位置まで届いていた。
「皆様、お戻りになってるでしょうか?先程伺った時は、永倉様しかいらっしゃらなかったんです」
「戻ってるんじゃない?あ、島田さんと井上さんは夜番かな。そろそろ帰ってくるだろうけど」
藤堂が答える。
「局長たちはまた黒谷に出かけたのを見たよ。こっちもそろそろ帰ってくると思うけど」
黒谷とは金戒光明寺のことで、京での会津の本陣である。
「あとは・・、あいつらも、そろそろ風呂出てるんじゃないか」
あ、沖田と斎藤のことな、と原田が補足した。
「あいつらは俺たちより後に風呂入ってきたから、それまで道場で稽古でもしてたんじゃないかな」
沖田の名前が出て、どきどきしている冬乃に、知る由もない原田が呟く。
「しっかし、あいつら、よくやるよな。二人揃って非番の日なんか、朝からいつまででも打ち合ってっからなー」
「うん、ほんと根っからの剣術馬鹿だよね」
(やっぱそうなんだ)
冬乃は嬉しくなって微笑ってしまう。
(拝見したい。お二人の稽古)
実際、その場を迎えたら、
(感動しすぎて、たぶん泣くけど。)
「お、噂をすれば」
不意に響いた藤堂の声に、はっと冬乃は藤堂の視線を追った。
(あ・・)
風呂上りの着流しで、腰に一本差しの状態の沖田と、
その横に並ぶ、きちんと袴までつけて二本差しの斎藤とが、
冬乃の目に映って。
斎藤が、風呂上りでも既にきっちりと身を整えているさまにも、おもわず感動しながら、
冬乃は隣の沖田の、初めて見る姿に、
釘付けになってしまった。
(着流し・・・)
こちらに気づいて、二人が近づいてくる。
沖田達の視線が、冬乃の手に持たれた盆へと注がれる中。
冬乃の視線は、おもいっきり沖田の着流し姿に注がれていた。
沖田は、その高い背と、広い肩幅に引き締まった顔立ちとの対比で、大分着痩せして見せているようだが、
鍛えられた彼の逞しい身体は、こうして着流すと、襟の合間の分厚い胸筋や、歩くたびに覗く逞しい脹脛までは隠せない。
(倒れそう、私)
「冬乃ちゃん・・?」
「え、あ、はい!」
「動き止まってるよ」
藤堂が何か気づくものがあったのか、苦笑しながら覗き込んできて、
冬乃は大慌てで顔を上げた。
「あのっ、お二方もお夜食いかがですか?」
「いいね」
「有難い」
冬乃の前で、沖田と斎藤が答える。
改めて冬乃は、沖田の顔を見上げた。
(逢えた・・)
同時に、ここに至るまでの切望感や、先刻の出来事が、冬乃の胸内を駆け巡り。
ほっとする想いに強く押される冬乃に、
「どうしたの」
沖田が微笑んで。
「そんな泣き出しそうな顔して」
「え」
自分は一瞬にそんな顔をしていたのだろうか。
冬乃は急いで首を振った。
「よろしければ、おむすび冷めてしまう前に、・・」
ごまかすように、皆を見回して促してみせる。
「そうだ!急ごう!」
原田が真っ先に声を挙げて、なんと駆け出した。




