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「よし、みんなそれぞれ何か持っているわね」
私は医務室に戻って来て、全員掃除用具を持っていることを確認する。全員不満そうだ。
だが、私には知った事ではない。
私は建物の入り口の前に立ち、全員の方を振り向き、大きな声を出す。
「ここを全員で掃除するわよ!」
私はそう言って、建物にも魔法をかけて、蜘蛛の巣まで張っていた医務室の全ての扉を開けた。
これで風通しは良くなったはず。開放感は大切。それに、常に新しい空気を取り入れないと。
「これから毎日換気すること!」
まるで掃除係のリーダーみたいになっている。
そんな私を見て、誰も素直に掃除をしようとは思っていない。ため息をついたり、文句を言ったり……。
「どうして私たちがこんなものを……」
「そんなの侍女の仕事でしょ?」
「私たち病人になんてことをさせるのかしら」
「この俺が雑巾を持つなんて、それならこんな場所出て行ってやる」
「なら出て行ってください。退院おめでとうございます」
私は雑巾をその場に投げた男性ににこやかにスマイルを向けてそう言った。
その場の空気が緊張感を帯びる。
デューク様は黙ってその様子を見ていた。医者とジャスミンは少し不安げな表情を浮かべていたが、ミアはいつもの表情で私を見ている。
「ああ、それと、貴女」
私はさっき文句を言っていた女性へと目を向ける。彼女と目が合った瞬間、「な、なによ」と女性は少し戸惑った様子で私を睨む。
「侍女の仕事? ……じゃあ、呼んできて」
「え?」
「呼んできなさいよ。この部屋を掃除してくれる侍女を」
「そ、そんなの……」
「無理なんでしょ? ここに侍女はいないの」
私は女性に向かってはっきりそう言った。そして、全員を見渡し、声を出す。
「甘ったれないで。前の生活とは全く違うことを受け入れなさい。ここには侍女も使用人もいない。いるのは看護師と医者の二名のみ。……自分の寝床は自分で綺麗にしなさい」
そして、と私は付け足し、雑巾を投げた男性へと視線を戻した。
「少しでも今の状況を打破したいと思っているのなら、今すぐ雑巾を拾いなさい」
私は彼の威勢を潰すように眼圧をかけてそう言った。
男性は少し躊躇ってから、雑巾を拾う。
私は無理やり役割をそれぞれに与えた。窓を綺麗にする人、床を綺麗にする人、そして、シーツを洗う人……ざっくり三グループに分けて掃除を始めさせる。
もう全員抵抗することなくぞろぞろと部屋の中へと入って行く。ミアとジャスミンに建物の中を仕切ってもらい、私は外を仕切ることにした。大量のシーツをバケツにいれて、その上からデューク様の水魔法で水を流し込み、石鹸で洗う。
恐ろしいほどに汚いことが判明した。一瞬で水が濁り、その様子に流石の患者たちも引いていた。何度も水を替えて、洗いなおすことにした。
デューク様がいてくれて良かったわ。水を汲みにいく手間が省けた。
……今度からは皆水を汲みに行って洗わないといけないけれど、定期的に洗っていれば、一回の水洗いで済むだろう。
意外と全員サボることなく、ちゃんと動いてくれている。




