646 十二歳ジル
馬車に揺られて、ラヴァール国へと向かう。
心臓の音がうるさい。馬車に乗ってからずっと緊張している。落ち着こうと思っても全く落ち着けない。
……一人でラヴァール国に行くことになるなんて思いもしてなかった。
けど、このチャンスを逃すわけにはいかない。アリシアが用意してくれた道を歩んだら、その先がこれだったんだ。
変化を恐れちゃだめだ。飛び込まないと……。
僕は「大丈夫、なんとかなる」と心の中で何度も呟きながら、国境を越えた。
もう後には退けない。僕ならできるんだってアリシアに成長を見せなくちゃいけない。
………………本当は僕は一人で外国になんて行けるような器じゃない。
アリシアの存在が僕の背中を押してくれているだけだ。貧困村を出る時はアリシアが一緒だから行けた。今度は一人ぼっちだ。
ギュッとズボンを握りながら、俯く。
外の景色を楽しむ余裕なんて今の僕にはない。
そう思った瞬間だった。どこからか強い視線を感じた。咄嗟に僕は顔を上げて、視線を窓の外へと向けた。
誰かに見られている。一体どこから………………、見つけた。
遠くの丘の上に凛と佇む黒いライオンを見つけた。その上に黒髪を靡かせた美しい女性が乗っていた。
「……アリシア」
僕は擦れるような声で彼女の名を呼んだ。
遠くからでも感じる彼女のその威厳と気品に僕は鳥肌が立った。
突然消えてしまった日からずっと会いたかった。ようやくアリシアの存在を確認することができた。
……僕が追えば追うほどアリシアはどんどん遠い存在になっていく気がする。
デュークがメルビン国へ行くと言っていたから、きっとアリシアもメルビン国へと行くのだろう。また僕はついて行けない。
アリシアと目が合ったような気がした。彼女はその瞬間、片手を空高く上げた。
僕は思わず溢れそうになる涙をグッと堪えた。
その姿は僕に対してのエールに見えた。どんどん小さくなっていく彼女に僕は満面の笑みを浮かべた。
どこにいたって応援しているから、ジルなら大丈夫、胸を張れ。そう言っているように見えた。
出会った時からずっといい女でいてくれるアリシアに僕は「敵わないなぁ」と小さく呟いた。
アリシアは違うだろうけど、僕は一秒たりともアリシアを忘れたことはない。アリシアの存在が僕をいつだって大きくしてくれた。
彼女が傍についていてくれていると思うだけで僕は強くなれる。
僕がラヴァール国に降り立つ前に、アリシアにそう再認識させられた気がする。
やっぱり、アリシアはかっこいいや。




