630
深くて暗い意識の中へとどんどん落ちていくような感覚だわ。
目を瞑ったまま、ずっと沈んでいく。自分の力ではどうにもできない。ただこの流れに身を委ねるしかない。
そう言えば、私……、何をしたのかしら……。
リガルに刺されて…………、それは随分前ね。シーナに血を分け与えて、ヴィアンやおじい様たちも助けに来てくれて……、それでリガルを救いに行って、そうだったわ! ライやレオンも来てくれたんだわ。
……クシャナの願いを叶えた。
『アリシア! アリシア!』
突然私の思考に甲高い聞き覚えのある声が入ってくる。
『アリシアってば! 起きてよ!』
『キイ』
私は彼女の名を呼び、ゆっくりと目を開ける。
目の前にパタパタと羽を揺らす彼女の姿が目に入る。
……近いわね。
想像よりも目の前にいた彼女の姿に私は思わずのけぞってしまう。
私の意識の奥底の中にまで入ってくるなんて、とんでもない妖精ね。
『ようやく起きてくれたわ』
『まだ目は覚めてないけどね』
『そのうち覚めるわよ。……だって、貴女、あまりにも魔力を使い過ぎ。もともと凄腕なのは知っていたけれど、ここまで魔力をしぼり取られるとは思わなかったわよ』
『キイの魔力、心地よかったわよ』
『そりゃ、妖精の魔力だもの。良質に決まってるでしょ?』
キイはそういった後、真面目な顔で私の方を向いた。空気が変わるのが分かった。
『私たちの大切な少女の望みを叶えてくれてありがとう』
ゆっくりと頭を下げるキイを驚いた目で見つめる。
まさかお礼を言われるとは思いもしなかったわ。むしろ「どれだけ魔力使うのよ!」ってもっと怒られると思っていた。
……それに、キイはクシャナのことを「少女」という。きっと、彼女がちっさい頃から傍で成長を見てきたのだろう。
だって、どう見てもクシャナは少女には見えないもの。
『妖精たちが喜んでいたわ。楽しそうに馬に乗って森を駆け巡るクシャナを久しぶりに見たって』
『最初からクシャナの願いを知っていたんでしょ?』
『……そうね。クシャナをずっと見てきたからこそ分かるの。彼女、若くして女王になったけれど、どんどん昔の表情は消えていっていたんだもの。動物と話せるし、身体能力も人間離れしてるでしょ? だから、女王になる前の彼女はどちらかというと……、戦士みたいだったの。誰よりも強くて、動物を手懐けて、この森では無敵の存在。森の外から来たけれど、この森の民たちにとても可愛がられていたのよ』
キイがクシャナの昔話を楽しそうに話す。
妖精たちにとって、クシャナという存在がどれほど大きなものだったのかよく分かる。妖精たちにもとても大切にされていたのだろう。
『本当に自由奔放で無邪気な子よ。きっとそれは今も変わらない』
『今のクシャナから想像しにくいわね』
そうよね、とキイはどこか寂しそうに小さく笑った。




