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生徒達にはじろじろと容赦なく見られるが、何も言ってこない。
ただ、私を軽蔑するような目で見ているだけだ。
「目だけで全て語られているよね」
ジルが周りを軽く見渡しながらそう言った。
確かに言葉にするよりも皆の瞳が全てを語っている。
まるで疫病神が来たような目で私達の事を見る。口に出す方が失礼なのか、そんな目で人を見る方が失礼なのか……どっちの方が失礼なのかしら。
「ねぇ、アリシアさ、人にゴミって言ったの……前で二回目だったよね。というか、一回目はゴミで二回目はゴミ以下だから、彼女達に言い放った言葉の方が酷いか」
ジルの言葉に私は思わず固まった。
「え? 私、ゴミって言った事あったっけ?」
私は目を丸くしながらジルの方を向いた。ジルも私の言葉に目を開いた。
いつそんな事を言ったのかしら。
大概自分の言った事は覚えているはずだし、ゴミなんて言葉は強烈だから絶対に覚えているはずなんだけど……。どんなに考えても全く思い出せないわ。
「僕達が誘拐された時に、アリシアがキレてあいつらにゴミって言ったんだよ」
「……覚えていないわ」
「だろうね……あの時は凄かったよ」
ジルは真剣な口調でそう言った。
人を殺したのは覚えているんだけど、何を言ったのかは完全に脳から消してしまっているみたいだわ。
私って自分に都合の良い人間ね……。
「アリちゃん~」
後ろから明るく軽い調子でカーティス様に声を掛けられた。
「久しぶりだね。元気だった?」
「はい。カーティス様はいつも元気そうですね。……一人ですか?」
私がそう言うと、カーティス様はにやにやし始めた。
「何? デュークに会いたかった?」
「そうじゃないですわ。ただ、カーティス様が一人でいるのは珍しいなと思ったので」
「そうだね~、俺の周りにはいつも可愛い女の子達がいるからね」
「本当に可愛くて頭が空っぽな女達が沢山いますわね」
私は笑顔を作ってカーティス様にそう言った。
カーティス様は一瞬固まったが、すぐに笑顔になった。
「何? 嫉妬?」
「それは絶対にありえませんわ」
私は満面の笑みでそう言った。
カーティス様に嫉妬するなんて、絶対にありえないわ。
悪女は他の女の子達の悪口を言うものなのよ。それに実際、カーティス様の周りにいる女の子達は私より頭が悪いだろうし……だから、悪口が言えるのよね。
もし私の方が頭が悪かったら悪口なんて言えないわ。
「人の事を馬鹿にするなって説教しないのね」
私はふとそんな言葉を漏らしてしまった。
その言葉にカーティス様もジルも少し目を見開いた。
「……アリちゃんより馬鹿なのは確かだしね。魔法レベルも学力も」
カーティス様はそう言って笑った。
意外だわ……いや、意外なのかしら。もうよく分からないわ。
カーティス様はリズさん派なのかしら。本当に何を考えているのか分からないのよね……。
「私は努力していない馬鹿だとこの学園では思われているみたいよ」
私はカーティス様の方を見ながらそう言って口角を軽く上げた。
私の言葉にカーティス様は苦笑した。
「俺は五大貴族じゃないけど、賢いか馬鹿かの区別ぐらいは出来るさ」
「僕は貴族ですらないけど、区別出来るよ」
ジルはカーティス様の言葉に乗ってそう言った。
今度は私が苦笑してしまった。
「なぁ、アリちゃん」
急にカーティス様が真剣な目で私をじっと見る。
「何ですか?」
私は目を見開いたままそう言った。
「リズは賢い……が、あまりにも考えが浅はかだ」
「ええ、知っていますわ」
「……そうか。リズは聖女なんだろ?」
誰にも聞こえないようにカーティス様は声を落としてそう言った。
私はカーティス様の目をじっと見つめ返す。
彼の瞳はもうリズさんが聖女だと確信しているようだった。
「どうしてそれを知っているのですか?」
「国王のリズに対する態度を見ていたら分かるさ。それにあの魔力で全属性……異質過ぎる」
「あっさりばれているわね」
「彼女は純粋無垢で、世界は全て綺麗なものだと思っている」
「それも知っています」
私がそう言うと、彼は私の耳元に口を近づけた。そして一呼吸置いてから彼はそっと口を開けた。
「……国王はアリちゃんのブラックな部分を利用しようとしている。それと俺の推測だと、いつか聖女の裏になれって言われるはずだよ」
カーティス様はそれだけ言って去って行ってしまった。
私は茫然と立ち尽くしながら彼の言った言葉の意味を考えていた。
裏? 表はリズさんで、裏が私?
「アリシア? カーティスに何て言われたの?」
ジルが私の顔を覗き込むようにしてそう聞いた。
「聖女の裏になれ……」
私はそれだけ呟いた。
私の言葉にジルの顔が曇るのが分かった。
ジルは頭の回転が尋常じゃないぐらい早いからそれがどういう意味か分かったみたいだ。
……裏なんて絶対に嫌だわ。
私は表舞台で堂々と悪女になるのよ。どうして聖女の裏なんてしないといけないのかしら。
でも、ただのカーティス様の推測だし。そうと決まったわけではないわ。
「カーティスが言ったの?」
「違うわ……いつか国王様が言うかもしれないって」
私がそう言うと、ジルの表情はさらに曇った。
私を利用している事は分かっていたわ。別に国王様に利用されるのは良いのよ。
ただ、悪女が裏舞台になるっていうのが気に食わないのよね。
それさえなければ利用されてあげるわよ。恩を売っといて損になる事はないもの。
「何の話をしてたんだ?」
私達がカーティス様の言葉の意味を考えていると、いきなりいつもの聞き慣れた澄んだ声が聞こえた。
私は声がする方に振り向いた。窓の外にデューク様が立っている。
「久しぶりだな」
そう言ってデューク様は手を伸ばして私の頬を軽く撫でた。
朝っぱらから心臓がうるさくなるのは勘弁よ。今日一日体力が持たなくなるわ。
……今ここで思いっきり窓を閉めたらどんな反応をするのかしら。
「何をしているのですか?」
そろそろ顔から手を離して欲しいわ。じゃないと、顔からでる熱がデューク様に伝わってしまう。
まぁ、もう伝わっていると思うけど……。
私の質問にデューク様は口の端を軽く上げて、からかうようにして私を見る。
「愛情表現」
「要りませんわ」
私は即座にそう言った。
自分の顔がますます熱くなる。ああ、要らない事を聞いてしまったみたいだわ。
どうしたらデューク様に勝てるのかしら。
……負けっぱなしは本当に嫌なのよね。悪女として男性に負けるのは恥ずかしいもの。
私は窓から外に出る勢いで両手を伸ばして思いっきりデューク様の頭をわしゃわしゃと撫でた。
あら、やっぱりさらさらね。素晴らしい髪質だわ。
「何だ?」
デューク様は目を見開いて私を見る。
やったわ、これで引き分けぐらいかしら。デューク様を驚かせたんだもの、なかなかやるわよね、私。
「愛情表現です」
私はそう言って勝ち誇ったように笑った。
私の言葉に一瞬デューク様は固まったようだが、すぐに顔を綻ばせた。
「愛があるのか」
そう言ってデューク様は私の方を見ながらいつもの意地悪な笑顔で私をじっと見る。
「え? いや、あの」
デューク様の仕返しのつもりで言った言葉をまさか指摘されるとは思わなかった。
まずいわ。またデューク様が優勢になってしまったわ。私、いつになったらデューク様に勝てるのかしら。
私の少し戸惑う様子を見て、デューク様は満足気に口元を上げた。
最悪だわ、戸惑う様子を見せてしまうなんて。私はすぐに心を落ち着かせる。
「アリシアから愛を貰えるんだったら俺は何だってする」
デューク様は私の目を真っすぐ見て真面目な口調でそう言った。
自分の目が見開くのが分かった。一瞬時間が止まったように感じた。
そんな台詞、生まれて初めて言われたわ。前世でも一度も言われた事ないわよ。
さっきまでの意地悪な表情で言ってくれた方がまだ緩い気持ちでいられたのに……。
どうしていきなり真剣にそんな事を言うのかしら。これもまた意地悪の一種なの?
ガンッ
私の目の前を何かが勢いよくスライドした。
どうやらジルが思いっきり窓を閉めたみたいだった。
「いちゃいちゃしてくれるのは構わないけど、朝からは止めてくれる?」
ジルがデューク様の方を見ながらそう言った。
デューク様はジルの言葉に少し苦笑していた。ジルはその表情を見て少し嬉しそうに笑った。
……この笑顔は本当に笑っている時の笑顔だわ。
もしかして、デューク様への意地悪で窓を閉めたのかしら。
ジルって結構デューク様に協力的だけど、なんだかんだ言って私の味方よね。
これで今日の勝負は引き分けって事よね? ジルに力を借りたのは許してもらいましょ。
デューク様は強敵なんだもの。いつか私一人で倒せる日が来るのかしら。
……というか、私ってデューク様の事を好きなのかしら。
いや、勿論好きだけど、これが恋なのかどうかは分からないわ。
初恋はレモンの味って言うけど……全く分からないわ。まず、そんな事を一番初めに誰が言ったのかしら。
ああ、恋愛って難しいわね……。私にはまだ早いのかもしれないわ。




