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ルルイエ姉妹の最後の音声データ

 砂浜に放置されていたものを、キャロライン・ルルイエの捜索に参加していた地元住民が発見。

 誰がどのような目的で録音したのかは不明。

 テープの種類は前述のバードウォッチャーが使用していたものと一致。

 ただしこれはこの地域でもっとも多く販売されているタイプの品である。




 以下、録音内容。


ルイーザ・ルルイエ「ここまで付き合ってくれたこと、感謝しているわ」


キャロライン・ルルイエ「なぁに? 改まって」


ルイーザ「今が感謝と謝罪の分かれ目だと思うの。この先で待っているモノをアナタに見せてしまったら、ワタシはアナタに感謝ではなく謝罪をしなければならなくなる」


キャロライン「気にしなくていいわよ。わたしは自分で決めてここまで来たんだから」


ルイーザ「流されただけでしょ」


キャロライン「まあね。でも逃げなかったことを誉めてほしいかな? 少なくともあなたの前では泣き言も言っていないはずだし」


ルイーザ「泣き言を言える相手……誰かいる?」


キャロライン「いるわよ。親友のオリヴィア」


ルイーザ「いつも手紙を送っている相手?」


キャロライン「ええ」


ルイーザ「少しうらやましいわ。わたしには友達は……小さいころはいたけど、自分で拒絶してしまったから」


キャロライン「どうして?」


ルイーザ「ワタシがサン・ジェルマンを好きでいることを、みんな、馬鹿にするから」


キャロライン「ああ! パトリシアおばあちゃまの恋物語! 子供のころのあこがれだったの! わたしも大人になったら素敵な恋をするものとばかり思っていたのに……」


ルイーザ「ならまだ先ね」


キャロライン「むっ」


ルイーザ「そもそもアナタが知っているのは、人づてに聞いた話だけでしょ? 実際は……そうね……ワタシはサン・ジェルマンのことを考えているだけで幸せ。でもワタシは自分が特種なのを知っている。この幸せは、他人にオススメできるようなモノではないわ」


キャロライン「聞かせて! おばあちゃまとおじいちゃまのお話!」


(しばしの沈黙)


ルイーザ「そうね、一目惚れだったわ。そのときワタシは闇の中にいて、サン・ジェルマンに助けてもらったのよ。

 ……ああ、キャロライン、アナタの頭の上にハテナマークが見えるわ」


キャロライン「え!?」


(何かをはたくような音。キャロラインの頭部と思われる)


ルイーザ「……本当にハテナマークがあるわけじゃないわよ」


キャロライン「そういう形のモンスターがいるのかと……ああ、もう! そんな目で見ないで! だって何が出てきたっておかしくないじゃない!?」


ルイーザ「うん。まあ。わかりづらかったわね。いろいろと。

 話を戻すわ。

 ……お父さまがそれと知らずに購入してしまった絵画が、クトゥルフの巫女が描いたルルイエの都の景色で……

 同時に、ルルイエを封印するためにルルイエに似せて作られたアトランティスの都の絵でもあり、絵の中では二つの都が重なっていた。


 アトランティスの女王がクトゥルフを押さえつけ、クトゥルフは封印を破ろうとしていた。

 あの絵は巫女がクトゥルフのために開けた脱出口のようなものだった。

 そんな絵を長く見すぎてしまったせいで、ワタシの魂はルルイエに吸い込まれそうになっていた。

 暗闇の中で怯えてちぢこまっているうちに、暗闇がワタシの中に入ってきて、溶けて混ざってワタシ自身も暗闇の一部になろうとしていた。


 まさに危機一髪のときに、サン・ジェルマンがワタシを暗闇から引き剥がしてくれたの。

 気がついたらサン・ジェルマンがワタシの手を握っていて、ワタシの手にはブルーダイヤの指輪がはまっていて、その石はサン・ジェルマンの左の瞳と同じ色で、サン・ジェルマンの右目は空洞で血がしたたっていた」


(キャロラインが息を飲んだと思われる音)


ルイーザ「やっぱりそういう反応になるのね。みんなそうだった。ママもお友達も。パパは聞こうとさえしてくれなかった」


キャロライン「ごめんなさい」


ルイーザ「その一言で救われるわ。あのころ誰もワタシを救おうとはしなかった。誰も彼もワタシがする気味の悪い話から自分自身を救いたいだけ。

 ワタシの救いはサン・ジェルマンだけ。サン・ジェルマンはすぐにワタシの前からいなくなってしまったけれど、離れていてもサン・ジェルマンはワタシの救い。


 ……あの絵が処分されてからも、闇はワタシを放さなかった。闇は、ちょっと気を抜くとすぐにワタシの心の中に入り込もうとしてくる。

 防壁になったのは、サン・ジェルマンへの想いだった。


 キャロライン、アナタ、恋をしたことは?

 ああ。答えなくていいわ。

 恋をしている人は、気を抜くとすぐに想い人のことを考えるものなの。

 例えばほら、その辺の茂みで物音がしたとして、虫が怖ければ虫がいると思うし、強盗が怖ければ強盗がいると思う。クトゥルフが怖ければクトゥルフがいると思う。

 クトゥルフがいると思うことで、意識の中にクトゥルフがはびこり、やがて意識を闇に飲み込まれる。

 けれど恋をしている人は何に怯えることもなく、物音がすればそこに想い人がいるんじゃないかと考えるものなの。

 そうやって、幼いワタシは自分の心を闇から守ってきた。

 サン・ジェルマンに馳せる想いがワタシの全て。

 でもそれは……ワタシが十九歳のときにサン・ジェルマンと再会を果たして……結婚をしたことで崩れた」


(しばしの沈黙。波の音。海鳥の声)


ルイーザ「サン・ジェルマンがワタシと結婚をしたのは、闇に憑り依かれたワタシを憐れんで救おうとしてただけ。新婚旅行は闇を払う手がかりを求めて世界中の聖地を巡るものだった。

 ギリシャの神殿やエジプトのピラミッド。チベットの山奥。誰も知らない砂漠の都。

 夫婦でもない男女が二人旅をすることに、今以上に厳しい時代だったから。結婚は旅の手続きをスムーズに進めるため。誓いのキスをあとで謝られたわ。

 サン・ジェルマンがワタシに向けた愛は人類愛。

 サン・ジェルマンが恋しているのは……

 アトランティスの女王様だって打ち明けられた。


 サン・ジェルマンの中のワタシは六歳の幼子のまま。

 自分に本気で恋してるなんて夢にも思わず、女王様への想いをべらべらしゃべってくれたわ」


(沈黙。波音)


ルイーザ「ねえ、信じられる? ワタシ達が今こうしている間も、女王様はクトゥルフと戦い続けているそうよ。人類が誕生するはるか以前から今に至るまで。


 なんてノロマなのかしら! ねえキャロライン、ワタシ、自分が女王様よりも優れているってサン・ジェルマンに見せつけたいの! そのためにクトゥルフをワタシの手で倒すのよ!

 ああ、なんて顔なの、キャロライン! できるわけないって思ってるのね! ワタシが何のためにニャルラトホテプを探し出したのか見せてあげるわ!」


(沈黙。波音)


ルイーザ「粘液が乾いたわ」


(ガサガサという音。水の跳ねる音)


ルイーザ「うん。水漏れはナシ」


キャロライン「本当に一人で行くの?」


ルイーザ「潜水服、二人分しかないもの。ワタシのとサン・ジェルマンの」


キャロライン「気をつけてね。くれぐれも……」


ルイーザ「ええ。じゃ」


(海に潜ったと思われる音)




※会話の様子からしてルルイエ姉妹は録音に気づいていなかったものと思われるが、二人の声はまるでマイクに向かって話しているかのように鮮明であり、いかにしてこのような盗み撮りをなしえたかについては判明していない。

 また、録音に使われたレコード自体は当時の平均的な性能の商品であるにもかかわらず、姉妹の声は当時市販されていた録音機ではありえないほどクリアに記録されている。






●もう一つのテープ


入手経路、極秘。

テープの種類は前述のものと同一。


 コフコフあるいはトゥフトゥフという、強いて言えば咳に似た音。

 現代の技術による解析の結果、巨大生物の鳴き声と判明。

 ただし該当する生物の存在は確認されていない。


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