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キャロライン・ルルイエの消息  作者: ヤミヲミルメ
失われたフィルム
61/72

ハリウッドを離れて

●ハワイの地方紙の記事


『✕✕渓谷で変死体』


 十月○○日午後五時頃、地元警察が✕✕渓谷の奥で女性一人が倒れているのを発見。

 死亡が確認された。


 第一発見者はバード・ウォッチングのために島を訪れていた男性で、昼なお暗い谷底で不審な明かりを見つけ、近づいて木の陰から様子をうかがっていたところ、そこでは得体の知れない儀式めいた行為が行われていたという。

 紫の色ガラスのランタンに取り囲まれた祭壇で、南国らしからぬ黒いコート姿の女性一人が、観客も居ないのに手品を披露し、祭壇に捧げられた片眼鏡(モノクル)から若い男性と中年女性の計二人が出てきたように見えたというのだ。


 青年のほうは現れた直後に崩れるように倒れ、女性二人は意味不明な会話ののち、もとからいたコートの女性が倒れた。

 目撃者は残った女性が笑い声を上げる様子に危機感を覚え、足音を忍ばせてその場を立ち去り、最寄りの警察署へ駆け込んだ。


 現場では女性一人の遺体が発見されるも、青年ともう一人の女性の行方はようとして知れず、警察は二人の足取りを追うとともに、死亡した女性の身元の確認を急いでいる。




※ハリウッドとの時差や、目撃者が渓谷から町に帰り着くまでの時間を考慮するに、儀式が行われたのはキャロライン・ルルイエが映画館に居たのと同時刻と思われる。






●バード・ウォッチャーによる音声記録


※渓谷での儀式を目撃したバード・ウォッチャーが鳥の声を納めるために所持していた録音機によるもの。

 地元の警察署に保管。




中年と思われる女性の声

「……グルイ、フタグン……イア、イア、クトゥルフ、フングルイ、フタグン……」


(数種類の鳥が悲鳴めいた声を張り上げる)


「おお……」


「フン! 教えた通りちゃんとやれたようだね」


「ノベンバ! アンタいったいいつの間にどこでこんな魔術を……」


(人が倒れたと思しき音)


「ちょっとちょっと! 殺しちまったのかい? ここで死んでちゃ生け贄にならないよ!」


「やかましいねえ。気絶させただけさ。ちっとはお黙りよ」


「薬かい?」


「んにゃ。魂を肉体から軽く剥がしてやったのさ。剥がしたままにしておけば死ぬが、すぐに戻してやったから、じきに目を覚ますよ」


「ああ、ノベンバ! そりゃあまるで大いなる種族どもが使う術じゃないかい!

 ノベンバや、アンタいったいどうしちまったんだい? いい加減に説明しておくれよ。フェブラリータウンから帰ってこのかた、すっかり別人じゃないかい。

 もちろんアンタから大いなる種族のニオイがしていないのはわかっているよ。でも………」


「ああ。アンタたちは乗っ取りができるのは大いなる種族だけだと思ってるんだね」


(人が倒れたと思しき音)


(異様に大きな鳥の羽音)


(草を踏む音

 ※録音機の所有者が立ち去る際のものと思われる)






●映画にまつわる手紙 5−9


(“おじいちゃま”や“叔母さま”と何度も書いて消した跡)


 ごめんなさい。やっぱり整理できないわ。

 アデリン叔母さまは今、とても言えないような状態になってしまっているの。

 それなのにどうしてわたしたちはハワイになんて来ているのかしら。


 ああ、いえ、理由はあるのよ。

 でも何でハワイなのかしら。

 しかもこのハワイはわたしがイギリスにいるときに想像していたような南国の楽園なんかではないの。

 ハワイ諸島にはいくつも島があって、例えばマウイ島とかは有名な観光地だけど、わたしが今いる島は、名前を言ってもきっとわからないわ。


 気持ちの悪い汗が止まらない。

 便せんにシミになっていたらごめんなさいね。


 となりの部屋からアデリン叔母さまの一人言が聞こえるわ。

 この島はちゃんとした保養地でもなければ、せめて安らげる観光地ですらないの。

 みすぼらしい宿屋に、それなりの食事。

 観光地にありがちなスリだとかに遭う怖れはほぼない。

 そんなことする気も起きないくらい恐ろしいものがこの島にはある。


 ルイーザが、この島に行くって言ったのよ。

 映画館を出てすぐに。

 暴れるアデリン叔母さまを、わたしが泊まっているホテルへどうにか人目を避けて抱えて――引っ張って――行こうとしているときに――

 ルイーザも茫然自失って感じではあったけれど、自分で歩いてわたしについてきてはいたの。

 それが不意に立ち止まって「思い出した」って。

「ルルイエの場所」って。

「行かなくちゃ」って。


 ねえオリヴィア。こんなところまで来てしまったわたしは、なんて愚かなのかしら。

 だって仕方ないじゃない。

 もしもわたしが妹を放り出してアデリン叔母さまだけ連れてイギリスに帰ったとして、どんなに上手に事情を話せたとしても、パパに信じてもらうなんて不可能だわ。


 それにモードリンお祖母さま! 母方の祖母でアデリン叔母さまのお母さまね。前に書いたかしら?

 ああ、オリヴィア。わたしのこと、ひどい人だと思わないでね。こんなこと話せるのオリヴィアだけよ!

 わたし、ルイーザだけでなく、アデリン叔母さまも放り出してしまいたい――

 イギリスに帰ったらアデリン叔母さまをモードリンお祖母さまの家まで送り届けなくっちゃいけない。

 わたしの役目よ。

 叔母さま一人で帰るなんて無理だもの。

 わたしはこの状態のアデリン叔母さまをモードリンお祖母さまに会わせなくちゃならないの。

 その場にいるのが、わたし、怖い。


 もちろんクトゥルフだって怖いわよ。

 だけど怖さにはいろんな種類があって、イギリスへ帰る怖さはどれくらい怖いか想像できるけど、ハワイにいる怖さはどれほどのものなのかこうしてここにいても見当もつかない。

 見当もつかないから、だから、もしかしたら本当はそんなに大したことないのかも? って、心が勝手に期待してしまうの。

 結局のところオリヴィア、わたしは、パパやモードリンお祖母さまに会うのを先延ばしにするためにハワイに逃げてきたのよ。


 イギリスに帰ったら、できれば最初にあなたに会いたいわ。

 それからパパやモードリンお祖母さまと話して、怒りや心配や質問やたぶん不審を雪崩のようにぶつけられたら、そのあとでまたあなたに会うの。

 わたしをなぐさめて、今までどおり友達でいてちょうだね、オリヴィア。


キャロラインより


あなたへ



―――――――――――p「まあ、そういうことです」

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