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キャロライン・ルルイエの消息  作者: ヤミヲミルメ
失われたフィルム
56/72

上映内容 五

●映画の中の台詞 5


サン・ジェルマン「起きろ! キャロライン!」


キャロライン「う……ん……おじい……ちゃま……?」


サン・ジェルマン「いったいどうなっているんだ!? 僕の片眼鏡(モノクル)は!? 置き手紙は読んだのか!?」


キャロライン「な、何のことですかっ?」


サン・ジェルマン「テーブルの上に置いていただろう!? 片眼鏡(モノクル)で外と繋げないと、この世界から脱出できない!!」


キャロライン「だから何のことなんですかぁ!?」






●映画の観客(FとG)の証言


F「この台詞のときサン・ジェルマンは、さり気なく自分の体を壁にして、パトリシアの様子をキャロラインに見せないようにしていたんだよな。何せパトリシアは、とんでもねぇ姿になっちまっていたもんな」


G「あれ、どうやって撮影したんだろうな? 周りの書き割り丸出しの景色から絵の具が剥がれて、リアルな町並みが現れたんだ。

 リアルっつっても質感がリアルってことで、建物とかはまあ、ファンタジーなわけなんだけどな」


H「パトリシアはパニックになってたな。

『ワタシは絵に描かれたルルイエしか知らないはず! なのにわかる! これは本物のルルイエだ! どうしてワタシは本物のルルイエを知っているんだ!?』

 ……ってな」


F「それをあの姿で叫んでたんだ。すげぇ迫力だったな」






●映画にまつわる手紙 5−7


※キャロライン・ルルイエからの手紙の続き


 おじいちゃまに助けられて目を覚ましたら、状況が一変していたわ。

 おじいちゃまはわたしにそれを見せないようにしていたけれど。

 気を失う前よりも何倍もひどいことになっていたのよ。


 何から説明したらいいのかしら?

 まずね、ルイーザの体が、ルイーザの大きさに戻っていたの。

 大人の女性のパトリシアでなく、九歳のルイーザの背丈。

 あとで考えて気づいたんだけど、これってつまりこの場所が、ルイーザの思い通りにならなくなったってことなのよね。

 ルイーザにとって、見たい、見せたい、幻の世界ではなくて、あの触手は現実に実際に生えていたんだわ。

 ああ、オリヴィア、わたしの気がヘンになったんだって思ってくれて構わないのよ?

 本当にそうならどんなにいいか!

 ルイーザの顔から触手が生えていたのよ!

 緑色の!


 クトゥルフって言葉が頭をよぎったわ。

 邪悪な巫女が崇める邪神。

 いつだったかルイーザが、説明しきれない、名状しがたいと言っていたバケモノ。

 それが体の一部だけ、触手の部分だけ、ルイーザの体の一部としてわたしの目の前に現れていたの。


 その触手が巫女たちを襲って――

 一人は締め潰され、一人はねじりちぎられ――

 血が飛び散って、すごいニオイで――

 食べようとしていたのね――

 触手で掴んで、ルイーザの顔の、口がある辺りに押し当てていたわ――


 実際に口に入っていたのかはわからない。

 訊く気には今でもならないわ。

 一生わからなくていい。

 きっとルイーザにだってわかってないわよ。


 サン・ジェルマンおじいちゃまに「見るな!」って言われたけれど目をそらせなかった。

 もしもここで目を閉じたら、次に開けたときにはもっと恐ろしいことが起こっていそうで。

 おじいちゃまに「祈っててくれ」って言われて、どうにかそれだけはできたわ。

 おじいちゃまはクトゥルフに――ルイーザに向かって走り出した。






●映画の観客(H)の証言


H「当時としてはありえないほどシャープなアクション・シーンでした。

 今となってはそれほどでもありませんが、当時はスクリーンの前で思わず目を見張ったものでしたよ。

 細身の美青年が闇と触手の合間を縫って、怪物と化した少女に駆け寄りましてね。

 いやー、もう、本当に鮮やかな身のこなしでしたよ。

 私、憧れて真似をして足首をひねってしまいまして……

 いやいや、それはどうでもよろしいですな。


 少女は、頭は怪物になってしまいましたが、それ以外は少女のままでした。

 青年は少女の前でひざまずき、切り落とされた指を拾って、少女の左手にそえました。


 私、こういうの、わかるんですよ。

 あのシーンはきっと、作り物の指を引きちぎる様子を撮影して、フィルムを逆回しにしたのです。

 少女の指は、元通りに手にくっつきました。

 指輪をしたまま、ね。


 青年は『すぐに助ける』と叫びました。

 指輪にそういう力があるという設定だったのです。

 ですが少女は青年を突き飛ばしてしまいました。

『クトゥルフの力を使わなければニャルラトホテプと戦えない』と。

 もともとはニャルラトホテプの力でクトゥルフを退治する話だったのに、いつの間にか逆になってしまいましたね」






●映画にまつわる手紙 5−8


※キャロライン・ルルイエからの手紙の続き


 わかったの。感じたの。ニャルラトホテプが――

 生け贄を横取りされて怒ってるって――


 わたしの足もとで、石畳がめくれ上がって吹き飛んだ。

 石畳の裏は、木でできていた。

 安っぽいセットだったわ。

 それはいいの。

 問題は、石畳の下。

 そこでは闇が霧のようにあふれていた。

 霧のような、煙のような、でもどちらでもない、闇。


 闇の中でとてもたくさんの、ゆがんだ顔がうごめいていた。

 過去にニャルラトホテプの生け贄になった亡者たちの顔よ。

 闇が波のようにクトゥルフに襲いかかった。

 クトゥルフは闇に――食べ残し――を投げつけた。

 ああ! なんて恐ろしい食べ残し!!


 ルイーザが、切られたり戻ったり忙しい左手の薬指を、自分の口もとに持っていったの。

 指輪にキスするみたいな仕草。

 実際にしたのかもしれないけれど――

 噛み砕いた音が響いて、青い光が飛び散った。


 新聞で見たわ。

 映画館の周りに異常な雷が落ちて、大勢が亡くなったんですってね。

 それ、きっとこのときよ。


 サン・ジェルマンおじいちゃまは、ブルーダイヤの力で、ルイーザの中に眠るクトゥルフの力を封じていたの。

 六歳のパトリシアおばあちゃまが、巫女が描いた絵に触れたことで宿ってしまったクトゥルフの力。

 その封印を、解いてしまった。


 前におじいちゃまに聞いていた話では、ルイーザに入り込んでいるのはクトゥルフの力のほんの一部に過ぎないはず。

 一部であれなら全部だとどうなるの?

 ルイーザの口から闇が吹き出された。

 まるでサーカスの火吹き芸人みたいに闇を吹き出したの。

 その闇で、空間を塗りつぶそうとしていたみたい。

 だけど空間からは別の闇がにじみ出て、ルイーザを飲み込もうとしていたのよ。


 どちらの闇の中でもたくさんの生け贄の顔がひしめいていた。

 クトゥルフの闇の中に、セレスト夫妻の顔が見えたわ。

 覚えているかしら? アメリカに着いてすぐ――インスマウスでわたしを助けてくれた人たちよ!

 パパによく似た男性もいたわ。パパよりずっと若くって――たぶんパパの本当のパパ――寄り添っていたのはわたしの本当のおばあちゃま?


 オリヴィアにそっくりな子もいたわ。

 気を悪くしないでね?

 顔の数がとにかくたくさんで――あれだけ大勢いれば、似た顔の一つや二つはあるものだわ。

 一瞬、ぎょっとするほど似ていたけれど――

 きっと無意識に知ってる顔を探してたのよね。


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