集う災い
●かつての映画ファンへの取材
「友達とさ、エキストラの顔が全員同じじゃね? みたいな話をしてたんだ。
そっくりっつっても全員親戚なのかなーとか、予算がなくて身内を集めて撮ったのかなーとか、そのレベルだったんだけどさ。
そしたら次の日、例の火事が起きてさ。新聞を見てさ。
あの映画、火事のシーンなんてあったっけ? ってなって、確かめに行ったんだよ。別の映画館に。
火事のシーンなんかなかったよ。
でもさ、それよりさ、エキストラの顔がさ、変わってたんだよ。
みんな全然似てねーの。
しかもさ、なんかチグハグなんだよ。
顔と体型が合ってないっつーか、顔だけすげ替えたみたいっつーか。
それだけじゃねーよ。
例の火事でさ。現実のほうの。映画館の館長が焼け死んだってんで、館長の顔写真が新聞に出てたっしょ? 出てたんだよ。
エキストラの一人の顔がさ、館長にそっくりなんだよ。
友達と話したんだ。
ありゃあ映画の悪魔に取り込まれたんじゃないかって。
おれは怖くなっちまってアレっきり映画館には行ってないんだけどさ。
あんた、記者だってんなら調べてくれよ。
火事で死んだほかのやつらも、映画に出させられてるんじゃねーのか?
●火災のあとのアデリンの日記
十月◇日
死ぬかと思った。
今さらだけど。
ルイーザは、避難の間は落ち着き払っていた。
消防隊の前では脅えたフリまでしてみせた。
だけどホテルの部屋に戻った途端に大声で笑いだした。
ニャルロタホプ? が近くに居るって。
もうすぐだって。
ルイーザをたしなめた。
火事で亡くなった人もいるのに、その態度は良くない。
得体の知れない相手をたしなめるなんてするのは怖ろしかった。
キャロラインが居れば任せられたのに。
ルイーザは困惑した様子だったけれど、逆上したりはしなかった。
「そういえば、そういうものだったわね」
「こんなところをサン・ジェルマンに見られたら嫌われてしまう」
「やっぱり叔母さまを連れてきて良かったわ」
あの火事はニャルラロテプ? が起こしたもの。
別にアタシたちが狙われたわけではないし、もしもそうならそう簡単には逃れられない。
ニャルララを追っていれば、こういうことはまだまだ起きる。
らしい。
●映画にまつわる手紙 3
親愛なるオリヴィアへ
朝、起きたら、サン・ジェルマンおじいちゃまが居なくなっていたの!
って、なんだかデジャヴみたいな書き出しだけど、ルイーザも前におんなじことをしてたのよね。
あの二人、血が繋がってないって本当かしら?
昨日のおじいちゃまの様子からすると、新聞でも買いに行ったのかなとも思うのよ。
おじいちゃま、新聞を読みながら片眼鏡を外して目を押さえて「パトリシアも同じ新聞を見ている」って。
例の『恐怖の吸血ミイラ』の記事よ。
一昨日の火災に続いて、また別の映画館で事故? 事件? とにかくそういうのがあったんですって。
水道管が破裂して、客席に水があふれて、大勢の人が溺死したって――
そんなこと、ありえるのかしら?
服が濡れるとか床が水びたしになるぐらいまでならわかるけど――
これもやっぱり“怪異”なのでしょうね――
悲惨なことが続いて、この映画の上映中止を求める声が各地で上がっているって新聞に書いてあって。
「そのせいでパトリシアはあせってる」っておじいちゃまは言っていたわ。
今、時計が十時を指したわ。
もう少し待って、おじいちゃまが戻ってこないようなら――どうしましょう?
おじいちゃまに何か良くないことがあったのなら、わたしが行ってどうにかできるとは思えないし――
でもトラブルって、怪異だけとは限らないわよね?
まさか交通事故とか!
迷子になってるなんてことはないとは思うけど――
ああ、でも、何十年も森の奥で眠ってらしたんだから、今の世の中がわからなくて困っているのかも!
やっぱり今すぐ捜しに行くわ!
キャロラインより
●映画館の警備員への取材メモ
「夜中に小さな女の子が一人で歩いていたんだよ。
映画館の廊下を。
館はとっくに閉まってて、オレしか居ないはずだった。
迷子かと思って追いかけたんだ。
その子は確かに映写室に入っていったのに、いくら捜しても見つからなかった。
出入り口は一つしかないのに、だ。
酒なんか飲んじゃいないよ。
ちょっとしか、な。
それでまあ、幻でも見たのかと思っていたら、今度は大人の女が映写室に入っていったんだ。
母親が捜しにきたってんならやっぱり迷子が居るんだってんで、その女を追いかけてみたら、その女がまた居ない。
映写室に入った途端に消えちまった。
おかしいおかしいと思いつつ、オレが映写室の戸口から出ようとしたところで、今度は真っ青な瞳の男がオレを突き飛ばして映写室に入っていきやがった。
真っ青な顔じゃねーぜ。真っ青な瞳だ。あの瞳は普通じゃねえ。
そいつもオレが振り返ったときには消えちまってた。
いよいよ自分がおかしくなっちまったのかと、さすがのオレも思ったぜ。
だから次の日のアレで、狂ってるのはオレじゃなくて世界のほうだってわかって、正直、ホッとしたね」
●サン・ジェルマン伯爵の置き手紙
キャロラインへ
いきなり居なくなる形になってしまってすまない。
夕方までにこのホテルに戻るつもりだが、もしもそれが叶わなければ、パトリシアやアデリンさんのことは諦めて君一人でイギリスに帰ってくれ。
僕の片眼鏡を通じてパトリシアの動きが感知できるのは前に話したね?
この手紙の上に重しのように乗せていくけれど、この片眼鏡がパトリシアの危機を伝えたんだ。
パトリシアは極めて危険な存在から力を得ようとして、逆にその存在に捕らえられてしまった。
その存在は光を嫌い、その分、声や音にとても敏感だ。
たとえ僕たちが二人だけの部屋で話していても、どこに居るとも知れないその存在に聞かれてしまう恐れがあるってぐらいに。
だからこの真夜中に君を叩き起こしたとしても筆談で話すことになるし、文字で見るにしても夜が明けてからのほうがいい。
そいつやパトリシアが居る場所は、闇の中、としか言いようがない、
フェブラリー・タウンがあったのとは別の種類の異空間だ。
入り口の見当はついている。
僕は今からそこへ向かう。
僕自身も異空間に閉じ込められることになるけれど、命が無事ならこの片眼鏡の導きで戻ってこられる。
そのために君に、ちょっとした手助けをしてもらいたい。
なに、簡単なことさ。
朝日が昇ればこのテーブルに光が当たる。
片眼鏡に日光がしっかりと当たっているか確認して、午後になったら西向きの窓辺に片眼鏡を移動させてくれ。それだけでいい。
ニャルラトホテプは光を嫌う。
君はなるべく明るい場所で過ごして――あとは、そうだな、幸運を祈っていてくれ。
サン・ジェルマンより
※この手紙は○○ホテルのクロークに利用客の忘れ物として保管されていた。
便せんから複数人の指紋を検出。
二人を除きホテル従業員のものと確認。
一人はサン・ジェルマン・ルルイエ伯爵と思われるが、残る一人が誰かは不明。
イギリスで入手したキャロライン・ルルイエの指紋とは一致せず。
忘れ物用のクロークに片眼鏡が収められた記録はナシ。
状況から考えるに、キャロラインが目覚める前に何者かが片眼鏡を持ち去り、重しがなくなったために置き手紙が風に飛ばされ、キャロラインは手紙の存在に気づかなかったものと思われる。




