不可解な映画
●記者の個人的なメモ
以下は私がキャロライン・ルルイエの失踪に興味を持つきっかけとなった事件である。
●映画のあらすじ
『恐怖の吸血ミイラ』
一九三〇年、公開。
監督、ジョン・スミス。
脚本、ジョン・スミス。
主演、ジョン・スミス。
いずれも同姓同名の別人とされる。
フィルムは現存せず、関係者の所在も不明。
ここに記すのは後年発表されたノベライズ版のあらすじである。
◇
平和で退屈な田舎町で暮らす三人の若者は、ある日、奇妙な噂を聞きつける。
森の奥の打ち捨てられた屋敷に、今でいう孤独死を遂げた家主の遺体が取り残されている。
家主はすっかり干からびてミイラと成り果ててなお自らの死を受け入れられず、夜毎にさまよい歩いては人々の生き血を啜って回る。
その話を真に受けたわけではないが、三人の若者は軽い好奇心から夜の闇に紛れて屋敷に忍び込む。
翌朝、若者たちが帰っていないと気づいた町民が捜索隊を結成。
程なくして若者たちは発見されるが、一人は死亡し一人は発狂していた。
正気を保っていたアーサーの証言によれば――
三人が屋敷の中を手分けして探索していたところ、地下室で悲鳴が上がった。
アーサーが駆けつけると、ブライアンが狂ったように暴れており、なだめようとしていたチャールズを階段から突き落としたとのこと。
しかし警察の調べでは屋敷に地下室は存在せず、しかもチャールズの遺体の発見場所は屋根裏部屋。
さらに――遺体に頭を打った形跡があるのは間違いないが、周囲に血痕はなく、それどころか遺体からは血が完全に抜き取られていた。
矛盾する証言により疑いの目がアーサーに向けられる中、落ち着きを取り戻したブライアンはとても狂人とは思えない理知的な態度で、チャールズを殺害したのは吸血ミイラだと語り出す。
ブライアンいわく、アーサーは自分が吸血ミイラを目撃したという事実に耐えきれずに正気を失い、居合わせたブライアンが犯人だという幻想に囚われてしまった。
一方、チャールズの妹のセシルは、アーサーにはチャールズを殺害するだけの動機があると証言。
一年前に起きたアーサーの恋人の事故死にチャールズが関わっているというのだ。
セシルいわく、アーサーは何らかのトリックを使ってブライアンに吸血ミイラの存在を信じ込ませた。
その証拠を掴むべく、セシルは単身、森の屋敷へと向かう。
同時刻、ブライアンは精神病院から脱走。
アーサーもまた、警察の監視の目をかいくぐって姿を消す。
◇
なおこのノベライズ版は映画のファンの一人が記憶を頼りに執筆し、関係者の承諾なしに出版したものである。
内容の一部に映画と異なる部分が見られるとの指摘もある。
Mikipediaより
●映画にまつわる手紙 1
親愛なるオリヴィアへ
例の映画をまだ観られていないの。
『恐怖の吸血ミイラ』ね。
道が混んでて、映画館に着いたときには上映時間が終わってて、それで映画館から出てきた人にどんなお話だったか訊いて回ってみたんだけれど、言うことがみんなバラバラなの!
観る人によって解釈が変わるとかいうレベルじゃないのよ!
ある人はアーサーが犯人だって言って、ある人はブライアンが犯人だって言って、別の人はチャールズが実は生きていたとかいうの!
こんなお話ってありえるの?
もしも解釈の問題なら、いったいどんな脚本を書けばこうなるのよ!?
キャロラインより
●映画館火災の生存者への取材
名前まではわからないけど、たぶんその二人だと思うよ。
最初は親子かと思ったんだけど、娘のほうが連れを『おばさま』って呼んでたからね。
『アデリンおばさま』かどうかまではちょっと……
だってたまたま席がとなりだったから聞こえたってだけで、別に聞き耳を立ててたわけじゃないからね。
いや、そんなこと僕に訊かれても……
消防署の人に訊いてよ……
気がついたら炎が上がってたんだよ。
スクリーンが燃え落ちて。
うん。火元は前のほうだと思うよ。
物語がちょうど火事のシーンでね。
最初は、すごい迫力の映像だな、なんて思って眺めてたんだよ。
そのせいでみんな、逃げ遅れたんじゃないかな。
満員だったのに助かったのが数人なんてね。
映画が発明されたばかりのころには、走ってくる汽車の映像を観た客が轢かれると思って本気で逃げ出したなんて話もあるのに、おかしなもんだよね。
僕は……例のその……親子連れっぽい二人。
あの二人が真っ先に本物の炎だって気づいたみたいでね。
逃げる際に僕の足を蹴っ飛ばしていって、そのおかげで僕は現実に引き戻されたんだ。
それくらい、のめり込むシーンだったんだよ。
そうさ。それくらい、のめり込める映画だったんだ。
あんなすごい映画は初めてだよ。
本当にすごかったんだ。
だけどおかしいな。
どんなストーリーだったか全く思い出せない。
火事のショックのせいかな。
もう一度、観に行かなくちゃ。
もう一度……
もう一度……
観に……行かなくちゃ……
●映画にまつわる手紙 2
親愛なるオリヴィアへ
ロサンゼルスの映画館の火災って、イギリスでもニュースになっているのかしら?
例の映画が上映中だったわけだけど、わたしは巻き込まれてはいないわ。
だけどもしかしたらオリヴィアが心配しているんじゃないかと思って、急いでペンを取ったの。
ああ、でもサン・ジェルマンおじいちゃまは、ルイーザが現場に居たはずだって言うの。
ブルーダイヤの力でそれがわかるのだそうよ。
おじいちゃまがおっしゃるには、火事があった映画館には、邪悪なものが潜んでいた跡の、霊的なニオイのようなものが残ってるって――
そのニオイはわたしにはわからなかったけど、嫌な雰囲気なのはわたしですら感じ取れたわ。
決してルイーザがその邪悪なものなわけではなくて、もちろんルイーザが映画館に放火したのでもなくて、ルイーザはその邪悪なものを探しに映画館まで来たらしいの。
邪悪なものなんかに会ってどうするのかはおじいちゃまにもわからないらしいけど、危険なら止めてあげなくちゃ。
ルイーザの正体はパトリシアおばあちゃまだって、いくらおじいちゃまに聞かされても、わたしにはどうしてもルイーザは“幼い妹”に思えてしまうの。
ルイーザと再会すれば何か変わるの?
それともおじいちゃまが言っていたことは全部ウソだったってなるのかしら?
本当に全部ウソならどんなにいいか。
でもやっぱり――
いろんなものを、この目で見ちゃってるのよね――
キャロラインより




