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キャロライン・ルルイエの消息  作者: ヤミヲミルメ
フライング・ヒューマノイド
44/72

フェブラリータウンの怪物

●監視カメラの映像/イーグルスホテル


廊下の映像


 キャロライン・ルルイエが一人で歩いている。

 周囲にほかの人間の姿はナシ。


 キャロライン・ルルイエの唇の動き。

「ルイーザぁ? どこに居るのー?」


 廊下を塞ぐように『従業員以外立ち入り禁止』の看板。

 キャロライン・ルルイエ、立ち止まってしばし考える様子。

 看板の先を覗き込む。

 意を決したように看板の向こうへ進む。




厨房の映像


 キャロライン・ルルイエ、忍び足で入ってくる。

 壁の時計を見上げて首をひねる。

(昼食時が近いのに厨房に誰も居らず何の支度もなされていないことに疑問を持ったものと思われる)


 急に戸口のほうを振り向く。

 後ずさりして壁にぶつかる。

 壁の時計が落ちてくる。

 時計を受け止める。

 悲鳴を上げて時計を投げ捨てる。


 時計は文字盤を上にして床に落ちる。

 時針、分針、秒針がそれぞれバラバラに回転と逆回転をくり返す。

 キャロライン・ルルイエ、背中を壁に貼りつけて時計から最大限に距離を取りつつも視線は時計から離さず。


 時計の針が止まる。

 十二時を指している。


 画像のブレが二秒ほど続く。

 ブレが収まる。

 カートの上にサンドイッチやベイクドビーンズなどの料理がセットされている。

 コーンチャウダーの上に湯気らしきものが映っている。


※資料添付

 一九三〇年にカリフォルニア州のホテル・イーグルスで供されたメニューと一致。



 キャロライン・ルルイエ、視線を上げる。

 戸口に向かって悲鳴。

 戸口は画面から見切れており、そこに立つ円錐形の影だけが床に映っている。






●フェブラリータウンでのアデリンの日記 4の前半


 これで正しいのだと思うしかない。

 アランに逢えるかもしれない。

 かもしれない、というだけ。

 アタシは人としての正しさを売り払ったのかもしれない。

 ルイーザを――


※(文字がインクで塗りつぶされている。

 ペンの跡を鑑定。

『信用するなんてとんでもない』と読み取れる)



 状況を整理する。

 自分を落ち着かせる。

 そのためにこうして文字にする。

 今のアタシにできるのはこれだけ。


 フェブラリータウンのやつらはアタシを町の外れまで追いつめた。

 そこで世界が途切れていた。

 地面を破りとったような断崖絶壁。

 その先は暗闇。

 アタシの真上は真昼の青空だったのに、崖の先は空を闇で埋めたみたいに、星一つなく上も下も真っ黒だった。


 アタシは足を滑らせて崖から落ちて、モスマンに助けられた。

 空中で受け止められた。

 初めてモスマンと夢の外で逢った。

 そのままモスマンの背中に乗って、フェブラリータウンの上を飛び回った。

 最初は怖かったけれど、気がつくと楽しくなっていた。


 橋の下を連続でくぐったり、教会の鐘の周りをぐるぐる回ったり。

 教会? 教会に似た建物。

 鐘つき堂があったから教会だって思ったけど。

 たぶんあいつらはアタシたちの神を信じていない。


 モスマンはアタシの言うとおりに飛んでくれた。

 アタシは少女のころに読んだ絵本の主人公の気分だった。


 モスマンから、フェブラリータウンの成り立ちについて聞かされた。

 人間の体から出てきた、円錐形の幽霊みたいなモノ。

 あいつらは、人類が生まれるよりもはるか以前の地球で、人類をはるかに超えた文明を築いていた。


 その文明がどれくらい優れているかというと、時空を超えて旅をする技術なんていうわけのわからないものを作り出せるぐらい。

 だけどそれを使いすぎたせいでいろいろゆがんで、サン・ジェルマンやモスマンが、フライング・ヒューマノイドとして生まれてきてしまった。

 本来ならサン・ジェルマンはアタシと数百年差ぐらいのほぼ同じ時代に、モスマンの種族は数万年後の地球に生まれるはずだったのに。


 古代都市アトランティスの女王アトラは、フライングで生まれてきたヒューマノイドたちがいずれは本来の時代で仲間と暮らせるようにと、時空の一部を切り取ってタイムカプセルを作った。

 フェブラリータウンがある空間が、そのタイムカプセル。

 結構、大きい。


 その後、アトランティスはクトゥルフとの戦いで海に沈んだ。

 無事だったのはアトランティスから切り離されたこの時空だけ。

 サン・ジェルマンは避難が間に合わず行方不明になり、アトランティスに居た人で助かったのはモスマンと、この時空の管理を女王から任されていた男だけ。

 ただ、そのときたまたま未来へ旅行していた古代人たちが、旅先の時代に取り残された。


 フェブラリータウンで数年のときが流れる間に、外の世界では三億年が経った。

 管理人――名前は聞いたけどアタシたちの文字で表せるような発音じゃないので管理人としか記しようがない――は、特殊な電波を飛ばして旅行者に呼びかけた。

 やがて時間が追いついて、恐竜を観察していた旅行者やメソポタミアの研究をしていた旅行者が、電波を頼りにこの空間に集まってきた。

 彼らはもとの時代に戻れないことを悲しみながらも身を寄せ合い、慎ましやかな家を建て、さらに未来に居るはずの仲間との合流に備えながら過ごしてきた。

 仲間が増えて、最初はモスマンの巣と管理人のための施設しかなかったこの空間は、いつしか町になっていた。



 時空を超える力なんてものがあれば、それこそ神さまのように振る舞って、アタシの種類の人類を攻め滅ぼしたり陰から操ったりぐらい簡単にできるはず。

 だけど彼らはそんなことはしなかった。

 知的好奇心? のために彼らから見ての未知の文明を観察したり研究したりはしたけれど、人類の本来進むべき道を狂わせるような接触の仕方はしない。

 してはいけないという掟がある。



 これを聞いて、古代人って別にそんなに怖がらなくちゃいけないようなやつらじゃないんじゃないのかみたいに――一瞬でも思ってしまった自分が恨めしい。






●監視カメラの映像/イーグルスホテル 続き


狭い廊下の映像


 キャロライン・ルルイエ、従業員用と思しき飾り気のない廊下を、転がるように走り抜ける。

 四.五秒後、円錐形の生物がキャロライン・ルルイエのあとを追いかけていく。

 生物の体は、廊下が塞がるほどに大きい。



廊下の突き当たりの映像


 暗い色の扉がある。

 モノクロのため実際の色は不明。

 キャロライン・ルルイエ、把手に飛びつく。

 開かない。


 キャロライン・ルルイエ、扉をたたく。

 把手を何度も回そうとする。


 画面の隅に円錐形の生物の姿が映る。

 画面で見る限りでは、両側には壁しかなく、扉のほかに逃げ道はない。


 扉が開き、奥から人間の腕が伸びてきて、キャロライン・ルルイエの手首を掴む。

 キャロライン・ルルイエ、扉の向こうへ引きずり込まれる。

 扉の向こうは下りのスロープになっている。



スロープの映像


 アデリン・アンダーソンがキャロライン・ルルイエの手首を掴んだまま、なれた手つきで扉脇の制御盤を操作。

 扉が閉まる。

 円錐形の生物は締め出された模様。


 アデリン・アンダーソン、やや強引にキャロライン・ルルイエを引っ張ってスロープを降りていく。




※映像から二人の唇の動きを読む


キャロライン・ルルイエ「叔母さま! ここは何なの!? いったいどこへ行くの!?」


アデリン・アンダーソン「知りたいかい?」


キャロライン「ええ! もちろん!」


アデリン「なら取り引きだ。ワレワレもキミしか知らないことに興味がある」


キャ「え?」


ア「サン・ジェルマンについて」


キャ「何を言っているの!? 叔母さまが知らないことをわたしが知っているわけが……」


ア「サン・ジェルマンと世界を旅して、さまざまなものを見てきたのだろう? パトリシア(・・・・・)?」



 キャロライン・ルルイエがアデリン・アンダーソン(?)の手を振りほどく。

 アデリン・アンダーソン(?)、無表情にキャロライン・ルルイエを見つめる。



キャロライン・ルルイエ「あなた、誰なの!?」


アデリン・アンダーソン(?)「キミが養子にした男の妻の妹のはずだが?」


キャロライン「違う!」


アデリン(?)「ふむ。何故その判断を?」


キャ「何でアデリン叔母さまがわたしとおばあちゃまを間違えるのよ!?」


ア(?)「うむ? キミとパトリシアは同一人物なのでは?」


キャ「だから何を言っているの!? そんなわけないでしょ!?」


ア(?)「キミはルイーザでは?」


キャ「今度は妹!? さっきはおばあちゃまで今度は……あなたは何なのよいったい!?」


ア(?)「なんと! ルイーザとは幼体のほうだったのか?」



 アデリン・アンダーソンの姿をした何者かが監視カメラを見上げる。

 無表情だが身振りから興奮がうかがえる。

 感情がないのではなく、感情と表情筋の繋げかたを把握していないものと思われる。



(?)「記録媒体! 研究用ファイル展開! 貴重な発見があった! ニンゲン種との接触は、ワレら大いなる種族ですらも偏見という思考的不利益に陥らせる! これは深く検証すべき事例なり!」



 キャロライン・ルルイエ、この隙に逃げ出し、画面外へ消える。


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