フェブラリータウンの悪夢
●イーグルスホテルの跡地で発見された録音用レコード、その一。
アデリン・アンダーソンが宿泊していた部屋の音声と思われる。
言葉の内容から就寝中のいわゆる寝言を盗聴したものとされるが、その割にハッキリしすぎているとの見方もある。
以下、その音声を確認できる限り文字に起こす。
「……誰?……誰なの?……」
「……アラン?……」
「……違うの?……」
「……待ちなさい!……待って!……」
録音用蓄音機を誰が仕掛けたのかは不明。
●録音用レコードその二。
(寝息)
「……アラン?……」
「ちがうよ」
「……そう……」
「ごめんね」
(寝息)
アデリン・アンダーソンの日記等を確認しても、イーグルスホテル滞在中の夜間に寝室に侵入者があったとの記述はナシ。
●録音用レコードその三。
「また来たわね。アンタ、何者なの?」
「ぼく……モスマン……」
「蛾人間ですって!? 冗談はやめて!! そんなくだらないことを言うなんて……やっぱりアランなのね!?」
「……アランじゃない……ぼくはモスマン……ぼくのなまえ、これしか、ない……」
●フェブラリータウンからの手紙 8
親愛なるオリヴィアへ
朝食のとき、アデリン叔母さまに「モスマンって知ってる?」って訊かれたの。
わたし、オリヴィアからいろいろ聞いてたはずだけど、フライング・ヒューマノイドの一種だってこと以外、とっさに思い出せなくて――
そうしたらルイーザが、やけに詳しく説明し始めたのよ。
だいたいは前にあなたが言ってたのと同じだったけど、初めて聞く話もあったの。
モスマンの羽の模様とか。
オリヴィアも言ってたのにわたしが忘れてるだけかしら?
イギリスに帰ったらまた話しましょうね。
わたしね、ルイーザに、どうしてそんなに詳しいのか訊いてみたの。
そうしたらルイーザは急にハッとなって「わからない」って――
しばらく考え込んで「きっと本で読んだんだわ」って言っていたけど、自分でも納得していないみたいで――
ルイーザ、大丈夫かしら?
いつもの怪しくはぐらかす感じがしないと、かえって不安になっちゃうわ。
キャロラインより
●録音用レコードその四。
「すごいや、このきりを かきわけてくるなんて。きみみたいに ゆうかんなひと はじめてだよ」
「あっ。まってよ。ここまで きといて なんで かえるのさ」
「人違いだったからよ。アランじゃないなら……」
「だれ? それ」
「……夢でもいいから会いたい人よ……。まあいいわ。何の用なの? 夜中に婦女の夢に押しかけるなんて、そうそう許されることではないわよ?」
「サン・ジェルマンをふっかつさせないで」
「は?」
「めいごさんをとめて。でないと せかいが ほろびるよ」
※ここでレコードの音質が変化。
雑音が増え、いかにも古い機械で録ったというものになる。
アデリン・アンダーソンと思われる人物が息を呑み、飛び起きる音。
「どういうこと!? モスマン!!」
※ノックの音に続き、キャロライン・ルルイエと思われる声。
「アデリン叔母さまっ? どうなさったのっ?」
「何でもないわ。ちょっと変な夢を見ただけ」
「叔母さまも? わたしもですっ」
「どんな!?」
「歯が抜ける夢……これって確か、夢占いでは……」
「寝る前に歯を磨きなさい」
※アデリン・アンダーソンが目覚めてからの音声よりも、寝言と思われる声のほうがはるかにクリアーに録音されている。
理由は不明。
※歯が抜ける夢が暗示するものは、諸説あるが不吉とされることが多い。
●フェブラリータウンでのアデリンの日記 3
ルイーザを監視。
夢の声が気になる。
ルイーザの様子。
サンジェルマンに恋をしている。
ワタシにはわかる。
キャロラインはわかっていない。
サンジェルマンはフライング・ヒューマノイド。
モスマンもその一種とのこと。
だけどサンジェルマンはモスマンではない。
ルイーザが言うには、フライング・ヒューマノイドは世界にこの二人だけ。
●録音用レコードその五。
「アナタとサンジェルマンは仲間なの?」
「おなじ りゆうで たんじょう したよ。だけど みためも のうりょくも まるで ことなるよ」
「何よそれ? いったいどういう関係なの? 結局サンジェルマンってどういう人なのよ?」
「あとらんてぃす で なんどか あったよ。そのときは わるいひとじゃ ないとおもったよ。いまは どうか わからないよ」
「アトランティスって、火山の噴火で海に沈んだっていう伝説の?」
「しずんだのは ほんとう。かざんは うそ。あとらんてぃすは るるいえをふういんするために じぶんから うみのそこに しずんだんだ」
(しばしの沈黙)
「さんじぇるまんは あとらんてぃすを ふっかつさせようとしている」
(しばしの沈黙)
「あとらんてぃすが ふじょうすれば るるいえも めざめる」
(しばしの沈黙)
「くとぅるふ が ときはなたれる」
※ここからまた雑音混じりになる。
「……クトゥルフ……」
●フェブラリータウンからの手紙 9
親愛なるオリヴィアへ
フェブラリータウンのイーグルスホテルで、わたしとルイーザは同じ部屋で、アデリン叔母さまはとなりの部屋なんだけどね。
夜中にいきなりアデリン叔母さまがわたしたちの部屋に入ってきて、ルイーザをたたき起こしたの。
クトゥルフについて教えろって。
夜中にいきなりよ?
ルイーザは落ち着いてたわ。
訊かれたから答えますって感じで、淡々と話し始めたの。
考えてみればどうしてもっと早く訊かなかったのかとも思うけど、こんな子供がそんなもののことを知っているわけないっていうか――
ううん、知らないでいてほしかった――
訳知り顔をしているだけで、本当はそんな恐ろしいものに深く関わってなんていないって信じていたくて――
これも違うわ。
認めたくなかったの。
訊くのが怖かったのよ。
でもアデリン叔母さまは、わたしが知らないうちに覚悟を決めていらした。
クトゥルフについてルイーザが言っていたことを、思い出せるだけ書いてみるわね。
まずは――
「名状し難きモノ。
だからわたしが『ナニナニに似ている』『ナニナニのようなもの』と言ってもそのままだとは思わないで。
地球にあるモノの中で近いと言えなくもないモノの名前を無理やり引っ張ってきているだけなのだから」
「邪悪なドラゴンの頭部を、おぞましき海洋軟体生物にすげ替えた姿をしている――と言えなくもない」
「タコなんて可愛らしいモノじゃあないわ。それでも我々はソレをタコに例えることしかできない。
まあ、タコにもいろんな種類がいるし、タコに見慣れていなければじゅうぶん怖いでしょうけどね。
地球上の生物に、アイツと少しでも似た部分のあるものが紛れ込んでいるってだけで奇跡なのよ」
「凶暴な邪神よ。我々風の言いかたをすればだけど。
そんな概念など届かない闇の空のはるか彼方より飛来せし存在で、人類なんてものが誕生するはるか以前から、我々の知るよしのない種族によって神として崇められてきた」
「クトゥルフがよみがえれば、そうね、キャロラインみたいなタイプは生け贄にされるわ」
「アデリン叔母さまは、運が良ければ奴隷かも。
ほかの人間をクトゥルフへの生け贄として集め、運ぶ、奴隷」
「奴隷頭って器じゃなさそうだけど」
「でもね、そういう人ほど奴隷頭の座を目指して争うのよ」
「絶望って、ただ絶望する以外に何の選択肢もなくなるってことよね?
クトゥルフが復活した世界では、ろくでもない選択肢が最高のものに思えてくるの」
クトゥルフ。
インスマウスの港町で聞いた名前。
ルイーザが言うにはインスマウスの人たちはまさにクトゥルフの奴隷で、クトゥルフの復活のために尽力した奴隷は、のちの世界で奴隷頭にしてもらえるんですって。
奴隷になれば自分が生け贄にされる恐れはなくなって、奴隷ですらない人たちを生け贄にできる。
奴隷頭は奴隷たちの上に立てる。
だからってそんなものをわざわざ目指すなんて理解できないわ!
タコもドラゴンも本物なんて見たことないけど、そんなのに従うなんて、クトゥルフってそんなに恐ろしいものなのかしら?
目が冴えちゃったんでこんな手紙を書いているけど、今はまだ夜中。
アデリン叔母さまは自分の部屋に帰っちゃったわ。
ルイーザはぐっすり眠ってる。
朝になったら三人でもっとじっくり話してみるわね。
キャロラインより




