フェブラリータウンの謎
●キャロライン・ルルイエ一行のアーカム滞在の最終日である一九三〇年一〇月X日に発行された新聞。
同じものをアデリン・アンダーソンがアーカムの駅で購入している。
一面の大見出し。
『タイタニア号の行方、未だわからず』
※記事はリヴァプールからニューヨークへ向かうはずの客船が大西洋で沈没した可能性が高いと告げている。
※同じ新聞の隅のほうに小さく、イギリスのドックで整備中だったオリンピア号が消失したと記されている。
●ヘンリー・ルルイエ氏への手紙
パパへ
旅は順調です。
心配しないでください。
アーカムで、パパの出生の秘密を突き止めました。
帰ってから話すので、覚悟しておいてください。
キャロライン&ルイーザ
※消印はフェブラリータウンとなっている。
封筒の宛名の筆跡はキャロラインのものではない。
パトリシアの筆跡に酷似。
アーカムで書かれた手紙の内容と照らし合わせるに、ルイーザの筆跡と思われる。
便せんの筆跡は、ルイーザの分の署名も含めてすべてキャロラインのものと確認。
●フェブラリータウンからの手紙 1
親愛なるオリヴィアへ
旅に出てから初めてパパに手紙を出したわ。
あなたにはこんなにいっぱい送ってるのにね。
アデリン叔母さまが、パパにも書けってうるさくて。
書けるようなことなんてないのに。
パパが心配してるはずだからって。
船でのことやインスマウスでのことなんて、うかつに書いたら余計に心配するでしょうに。
わたしの身を心配するのか、それとも頭を心配するのかはわからないけど、きっと頭のほうね。
アデリン叔母さま自身は別に、モードリンおばあさまに手紙を書いてる様子はないのよ。
モードリンおばあさまは母方の祖母ね。
アデリン叔母さまは、汽車の中でも降りてからもずっと、同じ新聞を何度も読み返しているわ。
タイタニア号っていう船が遭難してしまったんですって。
いったい何があったのかしら?
まさかわたしたちが乗っていたオリンピア号みたいにわけのわからないことが起きたりなんてしてないわよね?
乗っている人、無事だといいけど。
でも結局は他人事。
自分たちがこんな状況なのに他人の心配なんて――
大人の余裕なのかしら?
わたし、そんなふうにはなれないわ。
わたしたちは今、フェブラリータウンってところに来ているの。
着いたのが夜で、ホテルの看板を見つけてすぐに入ったから、町の景色だとかはまだ見ていない。
パパへの手紙は汽車の中で書いて駅で出したわ。
ニューヨークへ行くはずが逆の汽車に乗って、ルイーザに言われるまま、聞いたこともない駅で降りて。
ほんと、何もかもルイーザに言われるまま。
姉としてこれでいいのかしら?
わたしって、ルイーザがホテルに泊まるため、汽車に乗るための身分証とお財布でしかないんじゃないの?
今はそれでいいわ。
この旅が終わったら、姉として、流行りの劇にでも連れていってあげるわ。
明日、この手紙を投函したら、あとはひたすらルイーザのお供よ。
キャロラインより
PS.
昨夜、寝る前に手紙を書いて、夜が明けてからこれを書き足しているわ。
今朝がた、ひどい夢を見たの。
夜中に奇妙な気配を感じて目を覚ますっていう夢を見て――
ちょっとわかりにくいわね。
目を覚ましたって部分まで全部夢よ。
人間ではない何か――大きさは人間くらいなんだけど、顔の三分の一を占めるような異様に大きな真っ赤な目をした怪物が、窓にへばりついてわたしの様子をうかがってる夢。
怪物と目が合って、わたし、夢の中なのに気絶しちゃったわ。
朝になって本当に目が覚めても汗びっしょりで、しばらく震えが止まらなかった。
すごく怖かったけど、ただの夢よ。
インスマウスであんなことがあったんだから、このフェブラリータウンにだってどんな化け物が潜んでいるかわかったもんじゃないけれど、でも昨夜のはただの夢。
だってこのホテルのカーテンは白の無地なのに、夢の中のカーテンは、黒の濃淡で何とも言えないような不気味でいびつな模様をしていたの。
怪物と目が合う前、わたし、そのカーテンが怖くてたまらなかったのよ。
書いているうちにちょっと冷静になってきたわ。
ただの夢の話なんて手紙にしてもしょうがないかしら?
でも書いちゃったし、送っちゃうわね。
●蛾人間とは
アメリカの都市伝説に語られる怪物。
体長約二メートル。
全身を黒い毛で覆われている。
翼があり、自動車に追いつけるほどの速度で飛ぶ。
モスマンが現れると災いが起きるとされる。
モスマンが災いを起こしているとする説と、モスマンは災いを予知して警告を発しに現れるのだとする説とがある。
モスマンの正体について。
仮説1
ネイティブアメリカンの呪い。
仮説2
地球外生命体。
仮説3
鷹などの大型の鳥類の誤認。
全身を黒い毛で覆われている。
目撃情報が夜間に集中しているため、キャロラインがカーテンの柄と記したような濃淡の模様があるのかは不明。
●封筒と便せんの鑑定結果
キャロライン・ルルイエからヘンリー・ルルイエへの手紙に使用。
封筒はアーカムのホテルのもの。
キャロラインからオリヴィア・ジョーンズへの手紙に記されていた、ルイーザが宛名を書いた封筒と思われる。
紙、インク、ともに異状なし。
便せんにはフェブラリータウンのホテルのロゴあり。
紙に異様な黄ばみ。
鑑定の結果、紙、インク、ともに二〇〇年前のものと判明。
ホテルが客室に設置しておくレターセットとしてはあまりに不自然。
キャロラインが手紙の中でそれに触れていない点にも疑問。




