アーカムからのエアメール 三通目の七枚目から十三枚目までの便せん
⑦
ねえ、信じられる?
ルイーザが言ったのはつまり、パパはパトリシアおばあちゃまの子供じゃないってことなのよ?
何よそれ?
どうしてそんなことをこんなところで、妹の口から聞かされなくっちゃならないのよ?
もちろんウソだと思ったわよ。
その場でルイーザを叱ろうとしたわよ。
ウソなんか吐いて、何を聞き出したいのか知らないけど、牧師さまを騙そうなんてしちゃいけないわ。
それなのにルイーザってば、わたしが口を開くより早く、牧師さまに見えないようにわたしのお尻をつねって黙らせたのよ!?
まるで行儀の悪い子供をしつけるみたいに!
わたし、姉よ!?
逆でしょ、こんなの!?
しかもその隙に、なんと牧師さまがわたしに詰め寄ってきたわけよ。
「こんな子供にそんなことまで話しているのか」って。
わたしは初耳なんだってば!
ルイーザは「おばあちゃまから聞いた」って。
「パパには言ってない」って。
牧師さまはあきらめたように首を振って、「そこまでわかっているなら」って、重い口を開いたわ。
ルイーザはわかっていても、わたしはわかっていないんだけど。
⑧
ルイーザ「パトリシアと別れてから、サン・ジェルマンに何があったのか教えてほしい」
牧師さま「私はそのかたとお会いしたことは一度もありません」
ねえオリヴィア、がっかりした?
長い手紙をここまで読んできたのに、って思った?
わたしはこのとき、肩透かしを食らったみたいになったわ。
でもね、ここからよ。
ルイーザ「首なし騎士の首の在り処に心当たりは?」
牧師さま「それらしきものをこちらの教会で預かっています」
牧師さまは墓地の隅の、教会そのものよりも古そうな納骨堂から、木の箱を持っていらしたわ。
頭蓋骨がすっぽり収まる大きさの箱。
頭蓋骨は、布に包まれて収められてた。
ルイーザが、その場で中を確認したの。
わたしはルイーザの肩越しにちょっと覗いただけ。
真っ白だったわ。頭蓋骨。
目の穴が、目なんてとっくになくなってるのに、こちらを見つめているみたいだった。
⑨
ルイーザは頭蓋骨を手に取って、なで回して、抱きしめて、泣き出した。
わたしも牧師さまも唖然としてそれを見ていた。
牧師さまがおっしゃるには、この頭蓋骨は、鉄道事故から数年後にアーカムの若い学生たちが森で見つけたのだそうよ。
首なし騎士の噂を聞いて、まさか本当にそんなものがいるわけがないと、度胸だめしに行った人たちの中の一組の戦利品。
線路から離れた場所にあったから、鉄道事故とは関係がないと思われたみたい。
警察が調べても身元はわからず、教会で引き取って――
一度は埋葬したのだけど、野良犬が掘り返してしまったの。
すでに白骨化していて――嫌な言い方になってしまうけど――食べられる部分なんてないはずなのに。
何度、埋め直しても、その度に野良犬が掘り返すので、埋めるのはあきらめて、すでに使わなくなっていた納骨堂に収めておいたんですって。
⑩
牧師さまはルイーザのおかげでヘンリーさんとヘンリエッタさんのお墓に名前が書けるって喜んでらしたわ。
わたしも一応はお祈りをしておいたわよ。
ヘンリーさんとヘンリエッタさん。
こんな呼びかた、他人行儀かしら?
だってこの二人はわたしの本当の祖父と祖母ってことになるのよね?
でもまだルイーザの言葉を信じる気になれなくて。
パトリシアおばあちゃまにはあまりかわいがってもらった記憶はないけれど、それでもやっぱりショックだわ。
牧師さまは、子供に聞かせるような話じゃないっておっしゃってた。
わたしが実家を出て学校の寮に入ったのは九歳のとき。
ルイーザだって同じ九歳なのに。
パトリシアおばあちゃまはどうしてパパのことを、ルイーザには話して、わたしには話さなかったの?
わたしが聞かされてきた話では、パパはおじいちゃまとおばあちゃまの新婚旅行の最中にアメリカで生まれた。
パパは大人になってから何度もアーカムに来て、自分が生まれた産院を捜したけれど突き止められなかった。
それは、生まれた場所がそもそもアーカムではなかったから。
⑪
パパはパトリシアおばあちゃまの子供ではない。
わたしはパトリシアおばあちゃまの孫ではない。
それじゃあルイーザは?
髪の色が、白髪になる前のパトリシアおばあちゃまにそっくりだっていうのは、ただの偶然?
だから実の孫じゃなくてもかわいがっていたのかも。
ルイーザが、パトリシアおばあちゃまが生んだ子供だなんて噂、本当なわけないわよね?
話を戻すわね。
ルイーザが言うにはね、白骨化したこの首を、この状態で首なし騎士に返しても意味がないんですって。
で、このまま持っていくっていうのよ。
人間の頭蓋骨を。
ルイーザってば「子供が持っていれば誰にも本物だとは思われない」なんて言って。
本当に大丈夫かしら?
それでその後は頭蓋骨の入った箱を肌身離さず。
今も食堂車まで大事に抱えて持っていっているわ。
最初に書いたとおり、この手紙は汽車の中でしたためているわけで。
ほかの乗客にバレたら大変よ。
イギリスに戻る前に首なし騎士に首を返せるといいんだけど。
説明が前後しちゃうけど、わたしたち、ニューヨークに向かっているわけじゃないのよ。
⑫
汽車に乗る前にちょっと気になることがあってね。
昨日、アデリン叔母さまが汽車のチケットの時刻を間違えて、出発が一日延びたじゃない?
今日、駅に着いて、いざ乗車っていう段になって、急にルイーザが「チケットから魚のニオイがする」って言い出したのよ。
アデリン叔母さまはチケットを間違えて買ったのではなくて、インスマウスの人にすり替えられたんじゃないか、とか。
わたしたちを足止めして、その間に何か企んでいたんじゃないか、とか。
しまいには、わたしたちが乗ろうとしていた汽車の窓を指差して「魚顔の人がいた! 罠だ! 汽車の中で待ち伏せしてる!」って。
それでわたしたち怖くなって、ニューヨークへ向かうその汽車とは逆へ行く汽車に飛び乗ったの。
あとで考えると、本当にそうだったのかしら? って疑問になるのよ。
わたしもアデリン叔母さまも一刻も早くイギリスへ帰りたかったのに、ルイーザだけはまだアメリカに居たかったのよね。
しかもこの汽車が向かう先には、先住民が禁断の地って呼んでる場所があるらしいの。
ちょっとルイーザに都合良く進みすぎてない?
⑬
駅の魚顔の人はわたしは見ていないし、チケットからは確かにほのかに魚のニオイがしたけれど、ホテルの食事に魚が出たから、ルイーザがニオイをつけることは可能――
考えすぎかしら?
でも旅に出てからのルイーザの様子を見ていると、これくらいやりかねないって思えるの。
でもいいわ。これはルイーザのための旅だもの。
パトリシアおばあちゃまが悲惨な死にかたをしたあの日から、謎の先に危険が待っていることぐらいはわかっていたもの。
アデリン叔母さまには悪いけど、わたしはどこまでも着いていってルイーザを守るわ。
キャロラインより
PS.ヘンリーさんとヘンリエッタさんのことをパパになんて話すか、わたしがイギリスに帰ったら、オリヴィアも一緒に考えてちょうだいね。
ルイーザみたいなやりかたはさすがに無理だわ。
あの子も悪気があったわけじゃないというか、そんなこと考えてもいなかったんだろうけど。
パパはわたしが受けたのよりもはるかに大きなショックを受けるはずよ。




