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キャロライン・ルルイエの消息  作者: ヤミヲミルメ
漁村インスマウス
28/72

逃走劇の記録 4

(10)


 ルイーザがわたしたちの拘束を解いて三人で逃げ出して。

 だけどすぐに海岸に追い詰められてしまったわ。

 崖があって、その先は海。

 でもそこに、オリンピア号が迎えにきたの。


 ああ、オリンピア号の船員に何が起きたかはさっき見てるわ。

 船長だって死んでいた。

 それなのにどうして船が動いているのか、考えると怖かったけど、この船に乗り込む以外に町の人から逃れる方法なんてないもの。

 わたしたちは顔を見合わせて、スカートの裾をまくってオリンピア号に飛び移ったの。


 船に乗った途端に町の人たちの怒声が遠く小さくなって、時間が止まったような気がした。

 それは錯覚なんかじゃなかった。

 甲板の、見晴らしのいい場所に置かれたテーブルのティーカップから湯気が上がって、まるでついさっきまで乗客がくつろいでいたみたいだった。

 乗客を船から下ろして町の広場まで連れていくのにかかる時間を考えたら、紅茶が冷めていないわけがないと思うのだけど。


 船が岸を離れて、誰かが操船しているはずなのに、操舵室に行っても誰も居なかった。



(11)


 人が居ないか船内を捜して、ジョン・セレストさんがマストにもたれて座り込んでいるのを見つけた。

 両足を床に投げ出して、死にかけていたわ。


「説明している時間はない」って、消え入りそうな声で言われて、船の反対側にある救命ボートに乗るように、うながされた。

 救命ボートは先に海面に降りていて、縄ばしごを使ってそれに乗り込んだの。

 アデリン叔母さまが、こういうのは得意だって言って、オールを取った。


 ボートがほとんど離れていないうちに、オリンピア号の船べりから町の人が身を乗り出して、わたしたちに気づいて声を上げた。

 背筋がゾッとしたわ。

 船べりに集まった町の人たち全員が、ギョロリとした目に、唇の薄い大きな口。

 同じような顔が一列に並んで、わたしたちを睨んだの。


 オリンピア号は大きな船だから、人間の体重が一ヶ所に片寄ったぐらいで傾いたりはしないはず。

 でも、沈んだ。

 きっとこれが、ジョンさんの最後の力。

 ねえオリヴィア、わたしさっき、時間が止まった気がしたって書いたでしょ?

 きっと本当に止まってたのよ。

 もともと沈むはずだったオリンピア号を、ジョンさんが不思議な力で時間を止めて支えていて――

 ジョンさんが事切れたから、船が沈んだ。

 そう感じた。

 直感よ。


 あとでルイーザに話したら「それで合ってる」って言われたわ。

 あのとき、あの空間にはジョンさんの魔力の余波が満ちて、直感を鋭くするエネルギーみたいなものになっていたんですって。

 どうしてルイーザにそんなことがわかるのか不思議だけど、その辺ははぐらかされてしまったわ。



(12)


 オリンピア号が海面の下に消えて、だけど恐怖は終わりじゃなかった。

 町の人たちは、泳いで救命ボートを追いかけてきた。

 アデリン叔母さまが必死でオールを漕いで――

 わたしとルイーザは、非常食が入った袋だったのかしら? そんな感じの物で、迫ってくる町の人たちをたたいて――

 間一髪で、救命ボートは岸にたどり着いたわ。


 ちょっと走れば、すぐに森で、隠れられる場所があるかもしれない。

 だけどわたしたちの足では、森に入る前に追いつかれる。

 もうダメだって思ったところで、森から騎士が飛び出してきたの。


 ねえオリヴィア、今さらふざけてるなんて思わないでね。

 ここはアメリカのマサチューセッツ州で、今は二十世紀だけれど、ヨーロッパの騎士みたいな全身甲冑を着込んだ人が、森の中から飛び出してきたのよ!


 騎士が真っ黒な剣を振るって、町の人をたたき伏せた。

 剣の形をしていて、でも金属の刃ではない、黒い光? のような、闇の塊のような不思議な剣よ。

 斬られた人は、血は出なかったし、死んでいないと思うわ。


 騎士の顔は、見えなかった。

 わたしはそれを、暗いせいで見えないだけだと、必死で思い込もうとした。

 アデリン叔母さまは怯えきってた。


 騎士はわたしたちを小型の馬車に乗せて走り出した。

 馬車に取りつけられたランタンが騎士を照らして――

 認めるしかなかったわ。

 わたしたちを助けてくれた騎士には、首がなかったの。


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