旅人
「式を台無しにした女よ。生きて帰れると思うなよ」
「ふーん、貴方がアンナのお父さんなのね」
…ディアブロ・ヴァン・ラッドベリー。
当代最強と謳われる吸血鬼。
普通の人間であれば勝つことは不可能である。
「衛兵、奴を拘束せよ」
「「「ハッ!」」」
号令とともに、8人の吸血鬼が私を囲む。
「…死にたくないならそこから動かないこと。私、加減するのが苦手なの」
「人間風情が、吸血鬼を舐めるな!!」
衛兵のひとりがそう言うと、一斉に8人が動き出した。
「はぁ…バカね」
腰を落とし、愛刀『飛燕』に手をかける。
フィール、力を貸して。
刀を、抜いた。
***
「ふふっ、吸血鬼様は人間風情にも負けるのかしら?」
「貴様…」
華やかだった結婚式会場は凄惨な光景に早変わり。
腕が飛んだ吸血鬼、血を吐きながら命乞いをする吸血鬼。
アンナとアルトの前だからか、加減が上手くいったおかげで死者はいない。
「それじゃ、可愛い花嫁は私が貰っていくからよろしくね〜」
刀を収め、アンナとアルトの方に歩く。
瞬間、背後からの風切り音を聞こえ、首を傾けた。
私の頭があった位置に巨大な槍の刃が見えた。
いつの間に近づいたのか、背後にはディアブロが立っていた。
「貴様に娘はやらん。刀を抜け」
「…邪魔、しないでくれる?」
「我を前に怖気付いたか」
…
「はぁ…勘違いしないでくれる?」
「…なんだと?」
「あなたはアンナの父親だから見逃してやるって言ってんの。さっさと諦めなさい」
その一言でキレたのか、槍を振るうディアブロ。
それをバックステップで避ける。
「もう一度言ってみろ」
「あら?こんなに若い娘がいるのにもう耳が遠くなったの?何度も言ってあげるわ。見逃したげるから諦めて。あんた達みたいな吸血鬼、いつだって滅ぼせるんだから、引っ込んでなさい」
無言で槍を振り回し始めた。
やっぱり偉そうな人煽るのっておもしろいよね。
…それじゃ、久々にちょっと本気出しちゃおうかな。
**アンナ視点**
刀と槍がぶつかる音が響き渡るホール。
なんと、シトラスはお父様とほぼ互角で渡り合っている。
しかも、その表情は余裕そうだ。
シトラスって何者…?
「ふふっ、さっきまでの威勢はどこに行ったの?」
「…ちぃっ!」
突きを最低限の動きで避け、刀で反撃を入れる。
シトラスは無傷なのに対して、お父様は傷だらけだ。
このままだと、お父様は殺される。
…なぜ、だろう。
あんなにお父様が嫌いだったのに、死ぬほど憎んでいた筈なのに…
**シトラス視点**
ディアブロが膝を着いた。
「…それで、まだやるの?」
「当たり、前だ…」
「はぁ、面倒ね」
トドメを刺してしまおう。
私は刀を掲げ、魔力を込めた。
「北の戦神エリトゥムよ。我が肉体に邪破の加護を授け給え」
「なっ…!?貴様、神との契約を結んでいるのか!?」
体に漲る邪破の力。
そう、私は戦神と呼ばれる神と契約を結んでいる。
先程の言葉は、身体に魔族を消すための加護を宿すためのものだ。
「貴様、何者だ…」
「ふふん、誰だろうね。それじゃあさようなら。お義父さん」
そう言って、1度納めた刀に手をかけて構えた。
息を吸って、吐いて。
目を開き、ディアブロの首を目掛けて刀を抜いた。
…っ!
「…アンナ、退いて」
「…」
しかし、その刃はディアブロの前に立つアンナに当たるギリギリで止まった。
彼女は涙目になりながらも目を閉じず、こちらを真っ直ぐに見つめている。
「どうして止めるの?あなただって憎んでるって言ってたでしょ?」
「…そうよ。私はお父様を憎んでる。嫌いよ、大っ嫌い!…でも、お父様は、お父様だもの…」
「…」
「どれだけ嫌いでも、どれだけ憎んでいても、お父様はたった一人しかいない、大切な家族なのよ…だから、その刀を納めて、シトラス」
「…ん、アンナがそれでいいなら。わかったよ」
刀を納め、邪破の力を戦神に返還した。
それを見たアンナが床にペタンと座り込んだ。
「はぁ〜っ、怖かったぁ…きゃあっ!」
「それじゃあ、娘さんは貰っていくわね。アルト!おいで!」
「は、はい!」
私はアンナを抱えて、今度こそ会場を後にしようと、出口へ向かった。
「ま、待て…最後に名前だけは聞かせよ。名も知らぬ者に娘をやる訳にはいかん」
「ふふっ、名も知らぬ、ねぇ。きっと知ってるわよ」
「…なんだと?」
「それじゃあ改めて自己紹介を」
私は出口の前でアンナをおろして振り返り、貴族がよくやる丁寧なお辞儀と共に言った。
「名は、シュトラウス・レイ・アグナクリューネ。国王家、アグナクリューネ家の一人娘であり、相棒と共に魔王を討ち滅ぼした英雄。現在は根無し草の旅人をしております。以後、お見知り置きを…ま、これ以後会うのかは知らないけどね♪」
しん…と会場が静まり返った。
まぁ、花嫁を奪いに来た相手が、まさかこの国のお姫様だなんて思わなかっただろう。
振り返るとアンナとアルトすら、ぽかーん、としていた。
その顔がおかしくて、少し笑ってしまった。
そのまま、2人の手を掴み走った。
「じゃ、行くよ!」
「ま、待って!そんな話聞いてない!」
「し、シトラス様が魔王を倒した英雄様だったなんて…!僕、お供できて光栄ですっ!」
外で待たせていた馬に飛び乗り、走り出した。




