お祈り
「ああもうっ!びしょびしょじゃない!」
シトラスが突然倒れ、休める場所を探していると雨が降り始めた。
来たくなかったが、渋々近くにあった父上の別荘に避難することになった。
夏季の休暇で使うくらいしかここに来ないため、現在は誰もいないはずだ。
「お嬢様、お着替えどうぞ」
「ありがと…シトラス、大丈夫かしら…?」
ベッドに寝かされたシトラスは、荒く息をしながら、眠っている。
その表情は苦しそうで、見ているこっちも辛くなってくる。
「心臓は動いてますし、息もしてます…でも、魔力の流れが不安定です。原因は…昨日と今日のお仕事で魔力を使いすぎたからだと思います。もし魔力欠乏症なら2日間位は目を覚まさないかも…」
「…早く目を覚ますことを祈りましょう」
2人でシトラスの服を脱がし、雨で濡れた体を拭く。
22歳と私たちよりも少し年上だが、こんなに若くて美人…
腕もこんなに細くて、戦いに向いている体には見えない。
なんで、こんなに危険なことを見返りもなくやっているのだろう。
どうして、そこまで他人の為に尽くすことが出来るのだろう。
私には到底理解できない…
「これでよし、と。とりあえず村で買った食材で夕飯作ってきます。お嬢様はシトラス様を看ててあげてください」
「分かったわ」
ざぁざぁと、雨粒が窓に当たる音だけが鳴る部屋。
既に外は暗くなっており、シトラスが倒れてから結構な時間が経ったことが分かる。
シトラスの手を握り、額に当ててお祈りする。
…吸血鬼が神様にお祈りだなんて珍しい事やってるんだから、早く目を覚ましなさいよ。
「…ふぃー、る…」
ぽつり、と呟いた。
フィール…この間、シトラスが泣いていた時に呟いていた名前。
私が知らない、きっとシトラスにとっては1番大切であろう人物。
私がいてもなお、夢に出てくるほど忘れられない人物。
…少し妬けてしまう。
「いか、ないで…」
シトラスはそう呟いて一筋の涙を流した。
行かないで…
シトラスを捨てたのだろうか?
それとも、やむを得ない事情で離れなければならなかったとか…
掠れた声で必死に呼び止めるシトラスを見ていると、胸が苦しくなる。
シトラスの手を握った。
助けてあげたい。
私がいる、って安心させてあげたい。
…そんなことを言えるくらい、私はシトラスにとって大切な人になれているのだろうか。
「お嬢様、夕飯です。…泣いているのですか?」
「…いえ、大丈夫よ。あなたもお腹がすいているでしょうから、早く食べましょう」
「あはは、バレちゃいましたか」
そう言ってお腹が鳴っているアルトと一緒に、夕飯を食べた。




