目指すべきもの
応接室がないので広いテーブルに俺とエミリアが座り、その向かいにメルクリアが陣取る。
やっぱり応接室作ろう。
宿の一室潰しても最初は大丈夫だろう。
「次に商店を作るときは応接室もセットで設計しておきますわ。」
「そのほうがよろしいかと思います。」
メルクリアも同じ考えのようだ。
今はいいけど今後店の大事な話をする時に他人に聞かれるというのはさすがによろしくない。
商談用の小屋でも建てようかなぁ。
正確には建ててもらおうかなぁだが。
「まぁいいですわ。それでは改めて商店の目標をお伝えさせて頂きます、覚悟はよろしくて?」
「覚悟は出来ていますよ。」
二ヶ月間待ったんだ、それぐらいの覚悟は出来ている。
どんな目標になろうとそれに向かって努力するまでだ。
もちろん実現可能な目標であれば、だが。
「イナバシュウイチ、貴方にお任せする商店の目標をお伝えします。次の夏の節までに総利益金貨20枚・ならびにダンジョン構築階数地下15階・住民50人以上の村落の誘致以上です。」
純利益が2000万。
正直予想していた金額よりかは少ない。
金貨30枚ぐらい要求されると思っていた。
だが総売上ではなく総利益だからそれぐらいが妥当なのかもしれない。
利益を金貨20枚残さなければならないわけだから来年の今頃までに手元に残しておかなければならないという事だ。
経費なども全て差し引いて純粋の手元に残った利益。
単純計算1日あたり55555円也。
まぁ1日当たり銀貨6枚の利益を残せよって事だ。
そう考えるとあれだな結構厳しいかもしれない。
商品の粗利が大体50%ぐらいだから1日当たり銀貨10枚売り上げる必要があるわけだ。
今の商品構成だと銅の剣が銅貨50枚に薬草が銅貨15枚。
客単価銀貨1枚として最低10人は来ないと維持できないわけで。
実際今日の客数で考えるとどうだろう。
うん、どう考えても総売上銀貨1枚行くか行かないかだよね。
ってことはだ。
今期はこの流れで行きそうだから30日は無駄になるわけで。
となると、目標純利益も跳ね上がるわけで。
あー、無理ゲーな気がしてきた。
これって外部でお金稼いじゃだめなのかな。
「この最終利益という部分は最終日に金貨20枚を商店連合に納めるという事でよろしいですか?」
「その通りです。どう考えてもこの客入りでは商店だけでは無理ですから、貴方の頭を十二分に使ってよそで稼いできてくださっても構いませんわ。商店連合としては売上金として収めてくだされば特に文句は言わないつもりです。本当は店のみと言いたい所ですが、貴方の場合は他にしなければならない部分が多いので特別扱いとしています。これでも随分と頑張って交渉したんですから感謝してほしいですわね。」
商店連合のほうで随分と交渉してきたというのは売上外でもいいという部分で想像できた。
ありがたい話だ。
「無理をして頂いたようで感謝の言葉もありません。」
「結局数字として残らなければ何の意味もありませんからしっかりと稼ぎなさい。」
「もちろんそうさせて頂きます。」
売上でとるのが一番簡単な道なのは変わりない。
商売を大事にしていけばいずれ道が開けていくだろう。
それでだ、次はダンジョン15階層か。
なるほど分からん。
ユーリを呼んでこよう。
「エミリア、ユーリを呼んでください。」
「わかりました。」
さっき家の片づけをするといっていたのでエミリアに呼んできて貰う。
「それで、売上のほうは何とかなりそうなのかしら?」
「どうでしょうね、初日でこれですから今期はほぼ捨てたようなものです。外部で稼がせて貰えるというのは非常にありがたいですね。」
エミリアがいないので率直な考えで答える。
「エミリアの前でそんな言い方したらただでは済まさないからそのつもりでいることね。」
「口が裂けてもいえませんよ。この店のことを一番に考えてくれているのは私よりもエミリアですから。」
「私は貴方の首が手に入れば別に何でもいいのだけど、そうなればあの子が悲しむことになる。悔しいけど貴方にはしっかり頑張って貰わないといけないのよ、よく覚えておきなさい。」
メルクリアはエミリアのことになると急に怖くなる。
それだけエミリアのことを大切にしているんだな。
「本当にエミリアの事を大切にされてるんですね。」
「当たり前よ。あの子は私が手塩にかけて育て上げた商店連合一の人材ですもの、それが貴方のような良く分からない男に取られるだなんて考えたくもなかったわ。」
「それに関しては言い訳する気はありませんし、むしろ責任は取りますというところでして。」
「これだから男って嫌いなのよ。責任をとれば何でもしていいと思っているの?」
「そういうわけではありませんが。」
「じゃあ責任を取らないつもりなのかしら?」
メルクリアは過去に男関係で何かあったんだろうか。
いや、あったとしか考えられない。
どれだけ目の敵にされてるの俺。
「夫として相応しい人間でいられるよう努力は惜しみません。彼女たちのためにもこの首を差し上げるわけにはいきませんから。」
「そうならないよう日々努力をすることね。」
頑張らせていただきます。
でもさ、いくらエミリアが大切だからってそんなに怖い目をしなくてもいいんじゃないかなぁ。
睨みだけでこのあたりの弱い魔物なら殺せそうだ。
もちろん俺の心も。
「お待たせしました御主人様。」
「ユーリをお連れしました。」
裏口から小走りで二人がかけてきたかと思うと俺の左右に分かれて座った。
いや別に左右じゃなくてもいいんだけど、まぁいいか。
「次にダンジョン15階層ですが、現状を踏まえた上でユーリは今のダンジョンを10階層にするにはどのぐらい時間がかかると思いますか?」
「現状魔力の残量はほとんどない状態です。日々生み出される魔力はダンジョンの維持でほぼ使い切っておりますので自然発生量が増えないのであれば10階層にするのに270日かかる計算です。」
現状5階層を10階層に増やすだけで春の節までかかるわけだな。
それを15階層にしようものならどのぐらいの時間がかかるのやら。
「ダンジョンにどのぐらいの人間が来れば1年以内に15階層まで出来そうですか?」
「一概には答えられませんが、魔物の増加分や維持する魔力を考えれば1日に15~20人は最低必要かと思います。もちろん位の低い冒険者ではなく階層に応じた・・・そうですね、位が30~40程度の方が来ることが前提です。」
なるほど、階層の倍の位を必要とするわけか。
50階層になると位が100を超えてくるから、個人ではなく複数人パーティーで100以上を確保する必要があるわけだな。
もしくは大量の冒険者に来てもらうしかないか。
質より量か、量より質か。
難しいところだなぁ。
でも現状考えれば今はとりあえず量がこない事には始まらないよな。
次のイベントでどれだけ来てくれるかに全てはかかっている。
売上も、魔力としても。
「では当面はそれだけの人数に来てもらえるように鋭意努力というところですか。とりあえず毎日一人一回はダンジョンの入口を通って帰るようにお願いします。特にメルクリアさんは位が高いので是非ご協力をお願いしますね。」
「上司を使うとはいい度胸じゃない。」
「知人としてお願いしているだけですよ。」
友人ではなくあくまでも知人。
まだそこまで親しいわけではないので言葉選びには気を使っている。
これでも一応考えて発言しているんだよ?
一応念のため。
「仕方ないですわね、それぐらいしても上から何か言われる事はないでしょう。」
「助かります。」
「ここの成績が悪ければエミリアの評判にも傷がつくんだから、貴方の為ではなくってよ。」
あくまでもエミリアの為。
そういう名目でメルクリアは手伝ってくれるというわけか。
ありがたい話だ。
「では一番最後の部分。正直に言いましてこの目標には賛成できません。」
「どういうことかしら。これは商店連合の決定事項であって貴方の意見は認められないのだけれど。」
「すみません、言い方が悪かったですね。村の新規作成には賛成できませんといいたかったのです。理由は二つ、一つ目はここから半刻先に同規模の村が存在しており新規に作るメリットがないということ。二つ目は仮に新規に作るとしても開拓する場所がなく、むしろ既存の村の拡張に飲みこまれる可能性が非常に高いということです。」
仮に新規に村を作るとしてこんな不便な場所に人がくるはずがないというのが本音だ。
近くに作物を作る場所もなく泉も近くにない。
木々を伐採し開墾していくとしても1年で50人も集めるのは物理的に不可能だ。
この目標は明らかに現場を見ていない人間が決めた目標であって一度でも現場を見ている人間ならこんな目標を立てるはずがない。
商店連合が決めた目標に逆らうつもりはなかったがこの目標を飲んでしまえば売上目標を達成しても来年には首が飛んでしまう事になるだろう。
それだけは避けなければならない。
「確かに貴方のいうことにも一理あります。しかしながら貴方を採用したときの条件はダンジョンの経営と共に街づくりもお願いするという話だったはずです。それをしないという訳にはいかないのだけど、そこはどうするつもりなのかしら?」
「その部分についてもし私の意見が通るのであればこう変更していただきたい。『既存の村の人口を50人以上にして冒険者滞在用の宿を誘致する』と。」
新しく作る必要なんてない。
今ある村を大きくしてしまえばいいのだ。
村を大きくすれば最終的にはダンジョンと街づくりをセットで行なっているのと同じ事になる。
そもそもの目的は商店連合主体でダンジョンの育成と商売そして冒険者や住人が滞在する場所を作り上げて、そこからの売上も手に入れてしまおうというもの、のはずだ。
宿が出来れば人が来る。
人が来れば村にお金が落ち、そのお金は商店にも落とされる。
住人が出来ればその人がうちで買い物をすれば冒険者以外の顧客を作り上げる事ができる。
正直に言って冒険者よりも冒険者以外の顧客の方が人口は多い。
その顧客が全て自分の店で買い物をしてくれれば売上は今まで以上に上がるという考えなのだろう。
幸い村と商店は非常に良い関係を構築している。
それに現在村を拡張しているのもある意味では俺が行なっていると言えるのかもしれない。
もちろん村長や村人の許可を取らないといけないが、商店連合が村の開発に加わると考えれば決して悪い話ではないだろう。
問題は現在の拡張を行なっているのは領主様の命令であって、そこに我々のような民間の力が加わってもいいのかという所だ。
どの世界でもお役所の仕事に民間が絡むといい顔されないからね。
そこに噛んでいけるとなればむしろ商店連合としてはプラスなのではないだろうか。
「既存の村を大きくするだなんてずいぶんと大きな事を考えたわね。」
「むしろそれしか方法はないと思います。現在あの村は領主様の命で開墾や開拓を行なっています。つまりは、収穫を増やして人を増やす下準備をしていると考える事もできる。今その流れに商店連合が入っていく事ができれば、官民一体の開発事業として世に名を売ることが出来るのではないでしょうか。」
「確かに今回の開発に商店連合が加わる事ができれば、それを足がかりに他の地域の開発に名乗りを上げる事ができるでしょう。もちろんその為には今の事業を成功させる事が前提ですが、1年で住民が倍になるとなれば決して成果としては悪いものではないですわね。商店連合としての今後を見据えるのならばこの条件を飲めと貴方は脅すつもりなのね。」
いや脅してなんていないんですけど。
「あくまで提案しているんです。今の計画よりも実になる計画がありますよ、と。」
「でも村の人たちが本当にそれを喜ぶかしら。村長の意見も聞かずに勝手に話を進めることはできないわよ。」
「そこに関してはご一緒に言質を取りに来ていただいても構いません。私達と村の関係であれば間違いなくご協力いただけると私は思っています。」
「村を救った英雄の頼みなら誰も断われはしないものね。」
なんて言い方するんだよ。
確かにそういう言い方も出来るけどそれはさすがに傷つくなぁ。
「お言葉ですがメルクリア様、その発言は訂正してください。」
「あらエミリアが私に反論するのかしら?」
「商店連合の社員であると同時に私はこの店の人間です。そしてなによりシュウイチさんの妻です。自分の夫がそんな風に言われて許せるほど私の心は広くありません。」
一番最初に黙りなさいなんて言われて縮こまっていたエミリアはもういない。
まっすぐにメルクリアの目を見て自分の意見を言っている。
部下としてではなくこの商店の人間として、そして何より俺の妻として。
嬉しくないわけがないじゃないか。
ありがとうエミリア。
「ご主人様は村長様と良好の関係を結んでおりますし、現在の開発についてもご主人様の意見を村長様が受け入れて行なっている次第です。一度ご相談に行ってからでも遅くはないのではないでしょうか。」
先ほど来ていたときに聞いてもよかったのだが、条件がどういうものか分からなかったので聞かなかったが話だけでも振っておけばよかった。
「では言質が取れ次第、貴方の意見を上げる事としましょう。それでよろしいですわね?」
「それで結構です。今から行きましょうか?先ほどこられた所ですのでもう戻っていると思いますよ。」
「店の方は私達で見ていますのでお任せ下さい。」
この客数だしお任せしても大丈夫だろう。
「開店初日に店主不在だなんて先が思いやられるわね。」
「私の代わりになる優秀な人材が揃っていますから。」
貴女の優秀な部下であるエミリアがいますからとは言わない。
言ったらどんな目をされるか。
「・・・本当にうらやましいわ。」
メルクリアはふっと笑みを浮かべると先程と違い柔らかい声でそう言った。
うらやましい、か。
普段は強い口調で上に立つ人間として気を張っているメルクリアにとって、気心を許しあえる関係というのはそう見えるのかもしれない。
もちろんぬるま湯のような関係ではいけない。
お互いを正しつつ許しあう。
本当にお互いのことを認めて信じているからこそ、この空気は作り出せるのだと思う。
エミリアもユーリも俺を心から信じてくれている。
だからこそ俺も任せることが出来るというわけだな。
ありがたい。
本当にありがたい。
かけがえのない仲間だ。
そしてなによりメルクリア自身も俺にとってはかけがえのない仲間であることは間違いない。
新しい企画や横流しの件についても彼女なしでは上手くいかない部分がたくさんある。
同じ方向を向いて前向きに進んでいく仲間がいるというのは非常に心強いからね。
「さぁ行きますわよ。」
「畏まりました。」
「いってらっしゃい、シュウイチさん。」
「後はお願いしますね。」
てっきり歩いて行くのだと思っていたのだがメルクリアは眼の前におなじみの黒い壁を作り出した。
「置いていきますわよ。」
「すみません、すぐ行きます。」
メルクリアの後を追い黒い壁の中に飛び込んだ。
ほんの一瞬視界が漆黒に覆われ、気付いたときには見慣れた村の入り口の前に立っていた。
「さぁ村長の家まで案内して頂戴。」
何も戦いに行くんじゃないんだからさ。
やる気満々のメルクリアを先導して村長の家に向かうのだった。
因みに見た目は引率の先生状態であることは言わないお約束だよ。
メルクリアの前を歩くと誰でも引率の先生になれます。
ただ、引率しているのは恐ろしい見た目幼女であることをお忘れなく。
怒らせると怖いけど根は優しい。
結構好きなんですよねメルクリア。
でもなかなか出番がないので悲しいです。
今回はそんなメルクリアがたくさん出てくるお話でした。
因みに次も出てきますのでご期待ください。




