守られるばかりが全てじゃない
三日目ともなるとあまり驚きも感動もなくなってしまう。
やはり人間慣れというのは怖いものだな。
魔術師ギルドの扉はいつもとかわらずエミリアを受け入れてくれた。
「魔術師ギルド所属、エミリアただいま帰還しました。」
『所属員エミリアの魔力を感知、本人と判断します。』
今度来たときは俺がやってみてもいいだろうか。
登録してないから無理だろうけどだめなときのアナウンスも聞いてみたい。
扉が開き毎度おなじみの黒い壁が俺たちを出迎えてくれる。
臆する事無く中に飛び込むと変わることの無い光景が迎えてくれた。
相変わらず綺麗だなぁ。
「やだ、綺麗だなんてそうやって他の女の人も口説いているんでしょう。」
別に貴女に言ったわけじゃないんですけど、というか何で毎日ここにいるんでしょうかリュカさん。
「おはようございますリュカさん。」
スルースキル発動ですかエミリアさん。
まぁ何に綺麗といったかわかってくれているなら別に構わないんだけどね。
「おはようエミリア、いつこの男の元から逃げてきてくれてもいいんだよ?」
「シュウイチさんは良い人ですから大丈夫ですよ。」
「御主人様は人畜無害だと主張いたします。」
人畜無害って言い方があると思うんですけどユーリさん。
「そうやって良い顔をしていても実は裏ではひどい事されてるんじゃないの?」
「そう思うのであれば一度シュウイチのところに来れば良い。どれだけの人間かそれでわかると思うぞ。」
そうやっていきなり怖いこと言うのはやめてくれませんかシルビアさん。
一夫多妻ウェルカムなのは良く知っていますがさすがにリュカさんとは合うとは思えないんですが。
「確かにそれはそうかもしれない、食わず嫌いは良くないって聞いたことがあるし。」
「さすがにこういうのは食わず嫌いでどうにかなる問題ではないと思うのですが。」
「なによ、たらし男の癖に私じゃダメだって言うの?」
何でそうなるんでしょうか。
「何度も言いますが私は別にたらしというわけではないんですよ。」
「嘘よ、こんなに綺麗な子ばかりはべらかしてたらしじゃないって言うならなんだっていうのよ。」
「ただの夫婦です。」
「た、ただの夫婦・・・。」
これ以上の正論はないだろう。
だって本当なんだもん。
「そうやって先に結婚したことばかり見せびらかしに来てるのね、なんてひどい男なの!」
「リュカさん落ち着いてください。私たちは昨日の件に進展があったのでご報告に来ただけで。」
「何だそうだったの。それで今日は誰のところに行けば良いわけ?」
え、付いてくるの?
別に来なくても大丈夫なんですけど。
「ギルド長にお会いできるだろうか。」
「今日はミド博士はいなくてもいいの?」
「必要であればこちらから出向きます、お忙しいと思いますので。」
この前も嫌味言われたばっかりだしね。
「なんだ、私に用事があるんだったらかまわないぞ?」
どれだけエンカウント高いんだよ、この場所は。
リュカさんはまぁ納得しても貴方はここにいちゃいけないでしょう。
「ミド博士、今日はどちらに。」
「昨日の件で思ったことがあって、ちょっと聞きに行こうとしてたんだよ。」
「では行き先は同じですね。」
「そうだね、仕方が無いから一緒に行ってあげるとしよう。」
別に一緒じゃなくても構わないんだけど。
なんでこう上から目線なのかなぁ。
助手の子を見習ったらいいのに。
「ミド博士、今日はイラーナはご一緒じゃないんですか?」
あの子はイラーナという名前だったのか。
「今は別室で研究の続きを頼んでいるから当分出てこられないんじゃないかな。」
「また愛の部屋でお仕事させてるなんてミド博士もいけない人ですね。」
「あの部屋は研究室だといつも言っているでしょ、べ、別に彼女とはそういう関係ではなくてですね。」
おや、まさかの脈ありですか。
よりいっそう彼女にはがんばってもらわないといけないな。
がんばれイラーナ。
玉の輿のために。
それと、博士の手綱を握って貰う為に。
「ここで立ち話もなんですので行きましょうか。」
ただまぁいつまでもここに居られるほど今日は時間に余裕は無い。
さくさく進めていこうじゃないか。
結局リュカさんも付いてきてたどり着きましたギルド長の部屋。
「失礼いたします、精霊士リュカとミド博士、エミリアたちが参りました。」
「入っておいで。」
達って何ですか。
そんなに俺の名前出したくないかなぁ。
「これまた大人数で何の用だい。」
「彼らとは別件で参りましたがよろしいでしょうか。」
「なんだい坊や、昨日言ったように魔石の事前チェックなんかに出てこられると話がややこしくなるからね、そっちの彼女のほうをうちに出すほかは無いよ。」
いったい何の話だろうか。
考えられるのは一般の商人が持ち込む魔石を博士が自分の目で見たいとか何とか駄々をこねている感じか。
「彼女ではないと何度言えばいいんですか!ただの研究員として接しているのであって・・・。」
「のろけはいいからさっさと用件を言いな、見ての通りやら無きゃならないことがそこのめんどくさい男のせいでいっぱいなんだ。」
めんどくさいって言いながら俺を見るギルド長。
もういいです、好きに言ってください。
「彼女には魔装具の最終チェックを任せていますので手が空きません、ですので私なしでは魔石の買い付けに同意することは出来ないといっているんです。」
「またそれかい。何度も言うけど魔装具の最終チェックを別の者に任せるようにしな、二人しかいないようじゃ今後の作業に支障が出るといつも言っているだろう。孕まれて休暇に入ったら誰がチェックするって言うんだい。」
「彼女をは、孕ませるとかそんな・・・。」
「別にあんたが孕ませるなんて一言も言ってないんだけど、そうかい思う節があるってわけだね。」
「な・・・!!!」
なんて恐ろしいやり取りなんだろうか。
確かに一言も明示していないとはいえ、論戦に弱いミド博士を上手く逆手に取っている。
さすがギルド長にまで上りつめたのは伊達じゃないという事か。
魔術の力だけでは人の上に立てないということは、この人を見るといやでもわかるな。
「そんなことで戸惑うからいつまでも嫁の貰い手が無いんだよ。いい加減跡継ぎの一人や二人しこんでおかないでどうするって言うんだい。」
親戚のオバチャンに早く結婚しろって言われているみたいだ。
しかもド直球な内容で。
がんばれミド博士。
負けるなミド博士。
「と、とりあえず私の用件は伝えました!」
「なんだいもう仕舞いかい、もうちょっとやり合えるようになってから交渉においで。」
ミド博士撤退。
という事で次は俺の番だな。
「引き続いてよろしいでしょうか。」
「どれ、ちょっと歯は応えのある奴が来たみたいだね。」
「歯ごたえがあるかはわかりませんが・・・。昨日の魔石購入について流して頂いた情報ですが、さっそく魔石横流しに関わりのありそうな組織と接触がありました。」
「ほぉ、昨日の今日で仕事が速いね。」
向こうからよってきただけだから俺は何もしていないんだけど。
「その組織が実際に魔石横流しに関知しているかはまだ不明ですが、三日後に組織と直接話し合いをする機会を設けました。その際に取引をする魔石を持参するように指示を出しているのですが、魔石から産出場所などを特定することは可能でしょうか。」
「それは随分と急いで決めたね。何か事情があるのかい?」
「他の商人に出し抜かれ横流し品を売りつける事が出来なくなるのを不安視しているようです。つきましては当初の予定を多少オーバーしても三日後までは買い付けを継続して頂けますでしょうか。現状そこまで多くの魔石が持ち込まれることは無いと考えてはいますが、一応念のために上限の撤廃をお願いしたいのです。」
奴らの懸念は魔術師ギルドとの取引履歴の喪失だ。
逆に言えばそれさえあればいいとも言える。
「そういうことであれば構わないよ。どれだけ見積もってもこの街には予定数以上の魔石は存在していないからね、三日ぐらいなら何とかなるだろう。だが産出場所の特定に関しては難しいだろうねぇ。」
さすがに無理か。
それが出来ればどの魔石鉱山から横流しされたかまで突き止めることができると思ったのだがそう簡単に物事は行かないらしい。
「それならできますよ。」
「予定数以上の分に関しては研究所のほうにはご無理をお願いする形になりますがよろしくお願いいたします。」
ミド博士が良いと言ってくれるならそれで十分だ。
「そうじゃなくて、魔石の産出場所の特定なら出来ますって言ってるんです。」
え、マジでできるの?
無理だと思ってた、ちょ~うける~。
オホン。
「いくら坊やが魔石好きだからといって私でもそれは信じられないねぇ。」
ほら、ギルド長もそう言ってるんですけど。
「私が出来るのではなく彼女が出来るんです。今、彼女には各鉱山から産出される魔石の魔力波の特性を解析して貰っています。今までに取引のあった鉱山から出た魔石については資料がそろっていますので、解析が完了次第産出場所の特定は可能になります。」
「確か予備鉱山に関しては取引が無かったと記憶していますが、資料と違う場合にはそれを予備鉱山からの産出品として扱うという事ですね。」
「その通りです。予備鉱山以外の既存鉱山とは過去に魔石を送っていただいたことがありますので網羅してあります。この資料以外のものであるならば予備鉱山の魔石であると断定していいでしょう。」
これで横流し場所の特定までできるようになったのか。
ちょっと出来すぎな気もしないではない。
もし仮に博士が横流しグループと繋がっているとして今回の資料も偽装された物ならどうだろう。
予備鉱山産出の物であっても別鉱山の物と言い張れば通ってしまうのではないだろうか。
イラーナという彼女も仲間であればそれを特定することは実質不可能だ。
中立の立場でその場で同席をして二人態勢でチェックするというのがベストだろう。
博士が間違いなくこちら側の人間だと信じて疑わないが、念には念を入れる必要はあるかもしれない。
「そういうことであれば是非当日はイラーナさんに同席して頂いて魔石の鑑定をお願いしたいのですが。」
「それは出来ません!」
何でそこで断るのさ。
横流しグループとつながっていて、仲間だとばれたくないからだろうか。
普通そこは彼女なら出来るから任せますって言うところじゃないんだろうか。
可能性が0ではない以上変に博士を疑ってしまう。
まぁ絶対エミリアやシルビア様が仲間だとは言い切れないんだけど、そこは自信を持って信じられる。
愛だよ、愛。
「産出場所が特定できれば横流し場所やその相手も判明するし、私はこの書類の山からも開放されることになる。なのにどうしてお前の彼女が同席できないんだい?」
「それは・・・。」
彼女じゃないって否定しないし。
もう確定じゃないですか。
「それは?」
「・・・危険な場所に彼女を連れて行きたくないからです。」
ごめん、こっちも愛だった。
「アッハッハ、そりゃあそうだ。それはすまないことを聞いたねぇ坊や。」
「笑わないでください。彼女は今までの助手のように私を肩書きで判断する事無く、本当の研究者としてみてくれるんです。そんな彼女を危険な場所に連れて行くなんて、私には出来ません。」
それはそうだ。
俺もエミリアやシルビア様を危険な場所には連れて行きたくない。
だからこそ昨日は一人であの場所に行ったのだから。
彼の気持ちは痛いほどわかる。
わかるのだが、彼女がいないと話はもっとややこしくなる。
どうしたものか。
「確かに危険な場所に連れて行きたくないという気持ちは非常に良くわかる。私としても仮に戦場に行くとなればシュウイチを連れて行くことはまず考えられないからな。」
急にシルビア様が俺を引き合いに話し始めた。
「実際に、シュウイチは私やエミリアやユーリも含め自分の身近な人間を危険な場所に連れて行こうとしない。昨夜もこのグループの場所に一人で赴き情報を仕入れてきたそうだ。」
「一人で行かれたのですか。」
えぇ、まぁ。
一人ならほら、逃げるのも簡単だし。
被害は少なくて済むしね。
「そうだ。だがそれを聞いて私は悲しかった。昨日はさすがに事情が事情であったが、通常であれば私も一緒に連れて行って欲しかったのだ。危険な場所だとわかって私を連れて行かないのはわかる。だが、その危険な場所に一人で行かせるというのも待たされる側としては非常に辛いのだ。信じて欲しい、頼って欲しい、彼女もそう思うのではないだろうか。」
そんな風に思っていたのか。
エミリアやシルビア様がどういう気持ちで待っているかなんて考えたことも無かった。
けどそうか、一人の人間だし自分が逆の立場だったら間違いなくそう思うだろう。
もっと頼りにして欲しいと。
特にシルビア様の場合は守ることが出来るからこそ守れなかったときの事を考えられないんだろうな。
「すみませんシルビア。」
「シュウイチが謝ることではない。守られるという経験が無い私には守って貰うという行為は非常に心地がいいものだ。しかし、守る事と頼りにされないという事は違う。一度彼女にこの話を聞いてから返事をしても遅くは無いのではないだろうかといっているのだ。おそらく答えは明白だがな。」
事情を説明すれば彼女は参加するというだろう、そうシルビア様は考えているんだな。
「守るのと頼らないのは違う・・・ですか。」
「守ることは悪いことではない。しかし、頼らないという選択肢はそれと同じではないという事だ。もちろんこれは私個人の意見だから絶対にとは言わん。」
「女は守られるばかりじゃないって事、二人ともよく覚えておきな。」
エミリアもユーリもそうなんだろうな。
今度からはちゃんと声掛けたりしていこう。
でもさ、これだけは言わせて欲しい。
強がって守りたい物なんです。
男にはそういうプライドがあるんですよ!
「女は守らなきゃいけないとか言うくだらないプライドなんてね、その辺に捨てちまえばいいんだ。」
あ、はいすみません。
くだらないプライドですみません。
ちょっとその辺に捨ててきます。
「では改めてイラーナさんに魔石鑑定をお願いしてもよろしいでしょうか。」
「そういうことでしたら一度聞いてみます。ただし、彼女がいくのであれば私も同行しますよ。」
「むしろ来て頂くほうがこちらとしても話を進めやすいのでありがたいです。どうぞよろしくお願いします。」
「それでは彼女に聞いてきますので。」
博士は立ち上がると足早に部屋を後にした。
「ただの坊やだと思っていたが、なんだいちゃんとやることはやっていたみたいだね。」
その言い方はちょっと生々しすぎやしませんか。
「いいなぁイラーナちゃん、また一人仲間がいなくなるのか・・・。」
そして玉の輿に乗る同僚をうらやましそうに思うリュカさん。
たぶん彼女はずっとこういうポジションなのかもしれない。
「シルビア、カムリさんは独身でしたっけ。」
「そうだがどうかしたか?」
「いえ、彼女があまりにも不憫なのでちょっと・・・。」
一度お見合いさせてもいいかもしれないなぁ。
「そういうことか。確かにあいつにもそろそろ守る者がいた方がいいかもしれないな。」
「リュカさんカムリさんの応援団にも入っていますから、聞いたら喜びますよ。」
どれだけ入ってるのあの人。
「それで、話はそれだけじゃないんだろう?」
そうだ、話はこれだけではない。
ここから先は少々ややこしい話なのでしっかり許可をもらわないといけない。
さて、歯ごたえのある話をしましょうか。
1日ぶりです。
お待たせして申し訳ありませんでした。
引き続きこのペースになるかと思いますのでゆっくりとお付き合いください。




