めぐりめぐって己がため。
顔を見てしまうとさっきのシーンを思い出して赤面してしまう為、エミリアの顔を見ることが出来ない。
勢いとはいえすごいことをしてしまったものだ。
ついさっきまでキスなんてしませんよ的な空気を出していたはずなのに、いざそういう状況になると本性が出てしまった。
まぁ、お互いに節度を守るとか順序がなんて気にする年ではないんだけど・・・。
プラトニックな関係が長ければ長いほど、いざそういう時になると気後れしてしまう。
今回はそれを払拭するいい機会だったのかもしれない。
言い訳させてもらうとすればエミリアのあの格好と抱き寄せたときのあのにおいが原因です。
あの状況で獣にならない男がいれば教えて欲しい。
好きな人が目の前にいて、潤んだ瞳でこっちを見ているんですよ。
無理でしょ。
でもやったことには後悔していない。
むしろそれを望んでいたわけだから結果オーライだ。
うん、ポジティブに行こう。
裏通りから白鷺亭に戻ると入り口でユーリが待っていてくれた。
「お帰りなさいませ御主人様、リア奥様。」
「ただいま戻りました。他の二人は予定通りにできましたか?」
「お二人は無事に騎士団へと向かわれました。おそらくもうしばらくすれば戻ってくると思われます。」
作戦は成功したようだ。
シルビア様には先に騎士団へと戻り彼女の仮の受け入れ場所を整えて貰った。
その後騎士団員数名を連れて店に戻り、中で待機していた彼女に持ってきた鎧一式を着てもらう。
後は騎士団員にまぎれて騎士団に戻れば完璧というわけだ。
名づけて兵士を隠すなら小隊規模で作戦!
我ながらネーミングセンスないなぁ。
受け入れ場所に関しては一時的に騎士団で待機して貰い、ユーリが白鷺亭の安全を確認。
安全の確認が取れ次第こちらに戻ってくる二段構えだ。
しかし問題は今日だけではなくこれから先どうやって彼女を保護するかだな。
ずっと白鷺亭を借り続けるような予算は無い。
それでもって騎士団が安全ともいえないのはさきほどの通りだ。
さてどうしたものか。
「シュウイチさん来られたようです。」
人ごみにまぎれるようにシルビア様がこちらに向かってくる。
そしてピッタリと張り付くようにニケさんがその後ろに続いている。
エミリアの服を着て帽子を深くかぶっているためパッと見ではニケさんと気付くことはないだろう。
「無事成功してよかったです。」
「詳しい話は中でするとしよう。」
「そうですねこのまま先に上がってください、私はもう少しここで外の様子を見ておきます。」
すれ違いざまに言葉を交わし三人を部屋へ向かわせる。
見た感じ怪しそうな人間は見当たらない。
通路からこちらを窺うような人影も見えない。
とりあえず作戦成功といえるだろう。
とはいっても、部屋に戻ったら次は今後の作戦会議だ。
どうも休息日に休息できないのは決定事項みたいだな。
トラブルに巻き込まれるなら街に出ないほうがいいのだろうか・・・。
だけど商店にいても何かしら事件は起きているわけだしどこにいても一緒だよな。
なるようになるか。
再度周りを見渡して白鷺亭の中に戻る。
「皆様は部屋にお戻りになられました。ロビーにも怪しい人物は見られませんのでご安心ください。」
「いつもご迷惑をおかけしまして申し訳ありません。」
「何を仰います、イナバ様にはいつもご贔屓にしていただきましてこちらとしても大変感謝しております。」
「今まで聞こう聞こうと思っていたのですが、よろしいでしょうか。」
「どうぞ何なりとお聞きください。」
実は忍者なんじゃないですか?
ちがう、それも聞きたいけど今はそれじゃない。
「どうしていつも私の為にあれこれ手を焼いてくださるのでしょうか。」
「それはさきほど申しましたように・・・。」
「社交辞令ではなくハスラーさんの意見を聞いているんです。」
最初は騎士団の紹介でこの宿に泊まったのが始まりだった。
しかしその後も何かしらと手を焼いてくれている。
盗賊団討伐の時以外にも泊まりに来るたびになにかしら準備してくれている。
ここまでくるとただの支配人と客という関係では説明がつきにくい。
もちろんただそれだけの可能性もある。
も、もしや支配人は俺のことが!
なんて思ったことは一度も無いのでそこは安心して欲しい。
「最初はただのお客様でございました。しかしながら誰の為にも一生懸命に命を懸けてやり遂げようとする姿を見ているとある人を思い出すんです。」
「ある人、ですか。」
「もう随分と前のことです。その人は常に一生懸命に働いておられました。この宿の下男として働きだして間もない私にも平等に接してくださり、いつも笑いかけては仕事に行く日々。しかしあるときその無理がたたり病に臥せってしまわれました。今では特に恐れられていない病ですが当時は不治の病といわれ、見る見るうちに痩せ細っていくのです。」
結核のようなものだろうか。
今では特効薬や対処法が見つかっている病気も昔は不治の病といわれていた。
だがその人と俺に何の関係があるというのだろうか。
なんせ俺は異世界から来た人間だ。
実は俺がその人の隠し子!なんていうベタなオチはありえない。
「あの時にもっと私に人脈があれば、あの時にもっと情報を集めることが出来たら。悔やんでも悔やみきれないことがたくさんあります。イナバさん、貴方はその人にそっくりなんですよ。」
「だからその人に出来なかったことを私にしてくれる、そういうわけですか?」
「そんなつもりはありません。あの人は世界に一人ですしイナバ様は別の人間です。ですが、あの時出来なかったことが出来る今ならば自分の仕事を全うできる。私の全身全霊をかけた仕事を捧げるに相応しいお客様がイナバ様、貴方なのでございます。これからも私に出来る全てでおもてなしさせていただきますので、どうぞお覚悟をお願いいたします。」
そういう理由だったのか。
少し早とちりしてしまったが、支配人は自分に出来ることをただやりきろうとしているだけというわけだ。
そしていつもトラブルを持ち込んでくる俺こそが、それをやりきるに相応しい相手という事だな。
でも言い換えれば非常に面倒な客という事になるのではないだろうか。
面倒な仕事ばかり増やしては去っていく。
また来たと思ったら、また厄介ごとを持ってくる。
俺だったらいやだけどなぁ。
しかし、覚悟をお願いしますか。
それだけおもてなししてくれるって言うんだからこれからも全力でご迷惑かけさせて貰おう。
「これからもどうぞよろしくお願いいたします。」
「どうぞ、好きなだけご用命くだされば幸いです。」
思わず握手を求めてしまったが、支配人はそれに快く応えてくれた。
世の中は自分の損得だけで動いているわけではない。
例え自分にとって損なことでも、それをバネに全力を尽くす人だっている。
誰かの為に働くという事はけしてマイナスではない。
情けは人のためならず。
いつかは自分に帰ってくる時をのんびりと待とうじゃないか。
「では失礼します。」
「後で冷たい飲み物をお持ちしますのでしばしお待ちください。」
俺は俺にできることをしよう。
彼女の為に今出来ることを精一杯考えれば、この小さい頭でも少しはいい案が浮かぶかもしれない。
支配人に元気付けられ俺は部屋に戻った。
「おかえりなさいシュウイチさん。」
真っ先にエミリアが俺に気付いて迎えてくれた。
「遅かったな、なにかあったか?」
「支配人と少し話し込んでしまいました。外は特に問題ありませんので安心してください。」
「こんなお部屋に泊まっておられるんですね・・・。」
ニケさんはこの豪華な部屋に居心地が少し悪いようだ。
わかるよその気持ち、俺も最初はそうだった。
「さすがに毎日ではありませんよ。ここは安全ですのでリラックスしてください。」
「何から何までありがとうございます。」
膝に頭がつくんじゃないかってぐらいに、ソファーに座っていたニケさんが頭を下げる。
「御主人様これからいかがいたしましょうか。」
「まずはそこからですね。正直に言いまして、このままここでかくまう事も商店に連れて行くことも難しいと思っています。」
「商店でもダメでしょうか。」
「相手がどんな勢力でどれぐらい危険かがわからない以上、安易に移動させるのは得策ではありません。それに商店では何か有ったときにニケさんを守り抜くことは難しいですから。ここであれば騎士団という強い味方がいますので、相手が近くにいたとしても何とかなるでしょう。ただ、その中でも外界と遮断された安全な場所があればそこにいてもらうほうがいいとは思いますが・・・。」
そんな場所があるとは思えないが、考えられる最高の隠れ場所はそこだ。
「外界と遮断される必要は何故だ?」
「どんな相手かわからないからです。魔石の横流しという大事をしでかしているのですから小さい勢力という事はないでしょう。もっと大規模でいろいろな場所に精通していると考えるべきです。騎士団や商店連合、魔術師ギルドだって安全だと言い切ることは出来ません。」
「確かにその通りだな。国家事業として厳重に管理されているはずの魔石鉱山での横流しだ。簡単に出来る事ではないだろうし、横流しするという事はそれを流す場所も必要になる。色々な所に奴らの手が伸びていると考えるのが妥当というわけか。」
「流石シルビアですね。ニケさんを隔離することができれば、この街にいる連中が動き出すのを止める抑止力にもなります。口封じができず上手く動き出すことができないはずですからね。」
『でかい商売になるからかませてもらえ。』という事は、言い換えればまだ横流しグループと接触していない。
これから何らかの準備をして横流しグループに接触を図り、何らかの見返りを得るつもりなのだろう。
それをできなくするだけでも彼女を隔離する十分な意味はある。
「ですがそんな場所があるかどうか・・・。」
「ダンジョンの作業部屋はダメでしょうか。」
「万が一そこへ移動している間に襲われてしまったら意味がありません。リスクが大きいでしょう。」
ユーリが言うようにあの作業部屋も考えた。
が、白骨死体と一緒に彼女を置いておくわけにもいかないだろう。
俺なら絶対に嫌だ。
「外部から隔離ができてかつ安全で滞在時の待遇もいい場所か、なくはないぞ。」
え、あるの?
「本当ですか!?」
「うむ、それであれば我が家に来ればよい。正確には私と兄弟の家だがな。」
確かお兄さんが領主の補佐をやっているとか。
その人が奴らと手を組んでいないという保証はないが、そこはシルビア様の兄弟を信じるしかないか。
「確か領主様の補佐をされているとか。」
「そうだ。残念なことにまだあの家を出ることはかなわんのでな、しばらくの間はうちで預かることができるだろう。外出を控えてもらわねばならんので軟禁のようになってしまうが、そこそこ広い屋敷だし運動には困らんだろう。必要な物があれば使用人に申し付けてくれれば良い。」
まさかの使用人付きお屋敷でしたか。
そうだよな、片や騎士団分団長。片や、領主様補佐官。
それぐらいの家に住むのが当たり前か。
「奴はほとんど家に帰ってこんが事情は私から説明しておく。横流しの件、秘密にしておくべきだろうか。」
そこが問題だ。
内密に処理したいという気持ちはある。
しかし相手の規模がわからない以上使える手は使っておきたい。
「ニケさんの事情を説明して秘密裏に探ってもらえるようお願いできますでしょうか。必要であれば私が説明に行きます。」
「そこまでは必要ないだろうが、魔石の横流しがわが領内の鉱山で行われているのならば話は別になるかもしれん。この情報の真贋について問われる可能性もある。」
確かにその通りだ。
嘘の情報で人手を割くわけにはいかない。
むしろ嘘であったならば偽証罪のようなもので囚われる可能性だってある。
何せ相手は領主様だ。
正直に言うならば横流しを証明することはできない。
ニケさんが聞いた言葉だけが何よりの証拠なのだが、それ以外の物証などは皆無だ。
ならばどうするのか。
物証がなければ論証を立てていけばいいのだ。
横流しがそもそも事実でなければ彼らが動くはずはない。
猫目館で追われる事無く今頃いつもと変わらぬ夜を迎えた事だろう。
つまり事実がなければ彼女は狙われることはなかった。
しかし彼女は狙われた。
猫目館で何かを聞き、それがバレた為に彼らに追われている。
追われているのはなぜか。
横流しの事実があるからだ。
つまり、彼女が狙われているという事が事実の証明になるというわけだな。
回りくどいがこれで論証を立てることができる。
「そこに関しては何の問題もありません。」
「ならば手配しよう。ニケ殿もそれでよろしいか?」
「十分すぎるぐらいです、どうぞよろしくお願いいたします。」
「移動方法は明日にでも家の者に手配させよう。」
籠でもつかうんだろうか。
この世界の文化レベルなら馬車かな?
「どうやってニケさんを移送するんですか?」
「迎えの馬車を用意させよう。お付の者として皆で乗り込めば特に問題はあるまい。」
「先ほどと同じ作戦ですね。」
「その通りだ。」
樹を隠すならその2ですか。
ついでにシルビア様のお宅拝見もできるわけだな。
「横流しの事実が間違いないとして、シュウイチさんは今後どうするおつもりですか?」
そこが問題なんだよな。
「正直に言いまして今回ばかりは手がありません。相手の素性がわからない以上手の出しようがないんです。ニケさんを隔離することで当分は時間を稼げると思いますのでその間に何かつかめればいいのですが・・・。」
「何かできることはないのでしょうか。」
「下手に動けば横流しをしている本体までもが隠れてしまうので難しいでしょう。悔しいですが今回は相手が大きすぎます。できることがあるとすれば間違いない人物に横流しの事実を知らせ、そちらの方から探ってもらうしかないと思います。」
報告すべきは管理している『領主様』、魔石を一番使用している『魔術師ギルド』、商人の情報がある『商人ギルド』、さいごに各方面にコネクションのある『商店連合』といったところか。
領主様へはシルビア様にお願いするとして、魔術師ギルドには早急に連絡すべきだろう。
魔石鉱山のトラブルが立て続けに起きていることもきな臭い。
片方は自然災害だが、もし純度が保てないというのが嘘だったらどうだ。
魔石が手に入らなければ魔装具の作成は滞る。
魔王具の作成が滞れば魔術師ギルドの信頼に関わる。
ならば多少高くてもどこかしらから魔石が確保できるとなれば手を出す可能性がある。
つまりは横流しグループが狙うは魔術師ギルドという推論も立てられる。
あくまで仮定の話だ。
だが、可能性が0ではない以上警戒するに越したことはない。
こちらとしてもその線から何かできることがないか考えてみよう。
ニケさんの場合はそれだけではなく猫目館への対応も考えなければならない。
勝手に出て行った娼婦がどうなるか。
事情を説明して聞いてくれる相手とも思えないし、取引会場に猫目館を使用している場合もある。
まぁぶっちゃければ猫目館が横流しグループの一部って考えるほうが簡単だ。
となれば、正攻法で彼女を開放する方法はただ一つ。
金貨20枚を準備して彼女を買い上げることだ。
そうすれば解決してからも罰せられることはない。
魔石横流し事件と金策か。
「休みが明ければ商店も開店しますし、待つしかないんですね。」
しまった商店の方を忘れていた。
コッペンに情報を流した以上イベントの準備もしなければならないし、なによりメルクリアから自分の命を懸けた条件発表だってあるじゃないか。
他人にかまけている時間はないという事か。
自分がもう一人いればあれこれできるのに。
悔しいがこれが今の自分の限界だ。
支配人もこの限界に悔しい思いをしたということだな。
出来ないことはたくさんある。
けど、できることだってきっとある。
自分のためじゃない、誰かの為にできることを今頑張ろう。
それがきっと自分のためにもなる。
「焦らず今は実がなるのを待つべきだろう。」
シルビア様の言う通りだな。
「とりあえずは明日、ニケさんを安全な場所へ移送して魔術師ギルドに事の次第を報告に行きます。魔石の横流し品がたどり着く可能性が一番高いのは魔石を欲しているミド博士の研究所でしょう。」
「確かにそうですね、博士は魔石が到着せずに焦っておられましたから。」
「ついでに魔術師ギルドの観光もできればうれしいのですが。」
このタイミングで観光することを思いつくとか、さすがマイペースのユーリだな。
「時間があればそうさせてもらいましょう。私もあの世界樹をもう一度見てみたいと思っていました。」
「魔術師ギルドの入り口まで入ったことはあるが、あの中は見たことがなかったな。ぜひ私も同行させてもらおう。」
シルビア様はいなかったんだっけ。
感動するだろうなぁ。
「どうして皆さんは大変な時なのに笑っていられるのでしょうか。」
大事な話の途中で観光だと笑い出す俺たちにニケさんが不思議そうに尋ねて来る。
狙われている本人からしたら気を抜けないし笑えないのも仕方がない。
「気に障りましたか?」
「いえ、そんなことはありません。こんなに良くしてもらってむしろ私の方がいろいろ手伝わないといけないのに何も出来なくて。」
「ニケ殿は何も気にせず待っていれば大丈夫だ。笑っていられる理由か、それはおそらく・・・。」
そう言いながら俺の方を見てくるシルビア様。
なんでしょう、私が何かしましたか?
「そうですね、笑ってられるのはきっと。」
エミリアもなんで俺を見るのかな。
「御主人様であれば間違いなくこの問題を解決してくれるからです。」
その自信はいったいどこから来るんでしょうかユーリさん。
「俺にもできる事とできないことがあるます。何でもかんでも解決できるとは思っていませんし、そんな特別な力は持っていません。ですが、怯えて何もしないぐらいなら恐れず前に進むほうがいい。今自分にできることをすればきっと、何か道はできると信じています。この三人はなぜか何でもできると思っているみたいですが・・・。」
「実際どうにかしてしまったのを私は見ているからな。」
「そうです。シュウイチさんはどんな時も最後は笑っておられました。」
「それぐらいできなければあの人の代わりになれるはずがありません。」
三者三様。
そうやって信じてくれるのは嬉しいけどプレッシャー強すぎませんかね。
「という事みたいです。」
苦笑いをしながらニケさんに答えを出してみる。
「イナバ様なら何とかしてくれる。私もそれを信じて笑って待ってみようと思います。」
他力本願は私の十八番なんですけど。
けど、そうやって期待されるのも悪い気分じゃないよね。
「できる限り頑張らせてもらいますよ。」
今自分にできる事。
誰かのために頑張った結果はきっと、めぐりめぐって自分に返ってくる。
そう信じて今は前に進もう。




