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[第一部完結]サラリーマンが異世界でダンジョンの店長になったワケ  作者: エルリア
第三章

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番外編~ユリウストと小人~

 間違いは無い。


 計算式にずれはなく材料は全て用意した。


 私の理論が間違いなければ人造生命体(ホムンクルス)は作成可能だ。


 これまで重ねてきた数多くの失敗と成功の積み重ねが今実を結ぶのだ。


 マッドサイエンティストよろしく秘密の実験室で行われる禁断の実験。


 そう、これはリリィことユーリ誕生の瞬間だった。


 時を遡ること300年前。


 世界全土を巻き込んだ大戦は終結したものの世界は疲弊し多くの技術が失われていった。


 それでも人々はあきらめる事無く復興を果たし、100年程で大戦の爪痕がわからぬほどの栄華を極めようとしていた。


 しかし失われた技術は戻ることはなく、その後見つかる旧世紀の遺物はいつしか逸失技術(ロストテクノロジー)と呼ばれるようになった。


 そんな逸失技術(ロストテクノロジー)に心を奪われ、心血を注いだ男が居る。


 そう、その男こそユリウスト。


 後に天才魔術師と呼ばれ世界で唯一の人造生命体(ホムンクルス)を創り出した男だ。


 天才魔術師と呼ばれ幼い頃から魔術の世界に翻弄された男は、いつしか既存の魔法に満足することが出来なくなっていた。


 これまでに無い魔法を創造し続け魔術の歴史に大きな功績を残してきた彼だったが、それでも超えられない物があった。


 そう逸失技術(ロストテクノロジー)である。


 天才と呼ばれた彼が考えうる全ての工夫を凝らして挑戦するものの、逸失技術(ロストテクノロジー)となった魔術を超えることは一度も無かった。


 そして彼は気付いたのだ。


 天才ともてはやされた自分がいかに小さな人間であったかということを。


 彼は天才がゆえに自分におぼれ井の中の蛙となっていた。


 もちろん井の中の蛙であっても世界一である事に変わりはなく、数多くの実績も残している。


 しかし彼はそれで満足できなかったのだ。


 過去の魔術のほうが優れていたという現実に打ちのめされ、彼は俗世から離れた。


 そして人里はなれた所にダンジョンを建設し、そこを隠れ家として逸失技術(ロストテクノロジー)の研究に没頭していったのだった。


 そして話は最初に戻る。


 彼はその後の人生をの全てを捧げ、齢40を過ぎたこのとき逸失技術(ロストテクノロジー)の再現に挑戦しようとしていた。


 眼の前には不思議な液体に満たされた小瓶が一つ。


 周りには禍々しい魔法陣が描かれている。


 先に断っておくがこれはかの有名な錬金術師が用いた方法ではない。


 けして作ったがゆえに体の一部が持っていかれるということもない。


 話を戻そう。


 彼が調べ上げた過去の魔術書の中に生き物を作り出す魔法が載っていた。


 主に使い魔と呼ばれるその小さな生き物は、魔術師の精もしくは魔力を主食として役割を果たす。


 しかしその方法では魔術師本人が死んでしまうと使い魔も消滅してしまうリスクを抱えていた。


 これは非常にもったいない。


 せっかく生み出されたというのに主人の死と共に死ぬ意味がわからない。


 なので彼は別の方法を考えていた。


 自らが魔力を摂取し、主人亡き後も生きていることの出来る使い魔。


 まずその実験として黒いスライムの作成に成功した。


 そのスライムは一見魔物のスライムと酷似しているが、中身は本人でも確認できないほどの大きな空間を有している。


 主人の命令があればその空間に物質を収納し、また元に戻すことも出来る。


 もちろんスライムは自然界に存在する魔力を吸収するので食事不要だ。


 ただしどうやら生き物の収納は不可能らしく、実験で入れた魔物が全て干からびて排出された。


 一度中に入って確認をしようとした彼ではあったが、間一髪のところで危機を回避できた。


 これも予備実験のなせる業である。


 何事も本番前には練習が必要であり、いきなりのぶっつけ本番は失敗することのほうが多い。


 後に彼はこのぶっつけ本番によって魂の消滅を招くのだが、これは周知の事実であろう。


 スライムの成功の後、今回の実験となった。


 彼は大きく深呼吸すると全神経を集中させ自らの魔力を魔法陣に流し込む。


 すると魔法陣は怪しい光を放ちながら、供給された魔力を何倍にも増幅しはじめた。


 増幅された魔力もまた描かれた魔法陣によって複雑な術式を開放し、小瓶の周りを何重もの小型の魔法陣で覆いだす。


 もはや小瓶の形は魔法陣に覆われて確認できず、光り輝く魔力がかろうじてその形を見せるだけとなった。


 魔法陣が魔法陣を作り、魔力が小瓶の中に奇跡を起こす。


 どのぐらい時間がたっただろうか。


 小瓶を覆っていた魔法陣が急速に力を失い、パリンと乾いた音を立てて小瓶が破裂した。


 残されたのは内側から爆ぜたガラスの破片と、小さな小さな命。


 人の体をしたその小さな命は身長15cm程の可憐な女性の姿をしていた。


 成功した。


 小瓶が割れた瞬間に思わず失敗を覚悟した彼だったが、新たな命を確認すると大きくため息をついた。


 小さな命を手のひらに載せ、用意していた小さなベットに横たえる。


 幼い子供が遊ぶ人形のような大きさの彼女だが、彼の手の上で確かな吐息と脈動を彼に感じさせた。


 生きている。


 人と同じ見た目でありながら人ではないその小さな命。


 逸失技術(ロストテクノロジー)を駆使した彼の最高傑作。


 人造生命体(ホムンクルス)誕生の瞬間であった。


 と、ここまでの話であれば非常に神秘的で素晴らしい話のように感じるが実際はそうではない。


 ここからが天才魔術師ユリウストの苦悩の始まりだった。


 まず意思疎通が出来ない。


 目を覚ました彼女は自分の何十倍もある大きさの彼に怯えてしまい用意したベットの中から出てこなかった。


 それもそうだ。


 目を覚ますと目の前に巨大な中年男が立っているのだ。


 誰でも怯えて出てこないだろう。


 生まれたての彼女には知識と呼べる物は何も無い赤子のような存在だ。


 本能しかない彼女が、自分が食べられるような恐怖しか感じなくても仕方が無い。


 約一月の長い時間をかけて彼は彼女の恐怖心を取り除くところから始めなければならなかった。


 ありがたいことに食事を必要としない彼女はほっといても死ぬことは無い。


 まずは遠くから少しずつ話しかけ、慣れて貰い、最終的にベットから出てくるまでにはなった。


 用意した人形用の服を与え、着替えさせ、自由に用意した机の上を動き回るようになるまでに半年。


 彼に興味を持ち、彼の存在を許容するようになるのにさらに半年。


 約1年をかけて彼は彼女との間に信頼関係を構築し続けた。


 その甲斐あって彼女は彼に全幅を信頼を置くこととなる。


 その後は幼い子供に言葉や知識を教えるように少しずつ人としての情報を与え、彼が50の齢を数える頃には他の大人と変わらない立派な大人へと育っていた。


 と言っても、与えられた知識と彼の好み、行動パターン、趣味趣向。


 かなり偏った情報で育った為に外の世界に出せば間違いなく苦労しただろう。


 実際に彼がここまで育て上げるためにはそれはもう涙ぐましい努力と苦労があった。


 まず言葉を覚えない。


 通常言葉とは教えられて覚えるのではなく聞いて覚える物だそうだ。


 赤子が親からたくさんの言葉を掛けられ、まず言葉の音を覚える。


 それが意味をなしていると理解し、言葉と音と意味を組み合わせる。


 こうやって人は言葉を覚えていく。


 大人になってからの勉強よりも、子供のほうが吸収が早いのはそういうことだ。


 まるでスポンジのように多くの言葉を頭に取り込んでから理解するので、歯車がかみ合うと非常に覚えるのが早くなる。


 大人は吸収力が少ないためにかみ合うまでの時間が長くかかってしまうのだ。


 彼女の場合、言葉を聴く機会が明らかに少なかった。


 というかむしろ皆無だった。


 彼が昔に結婚して子育てを経験していたのであれば言葉を教えるこつがわかっていたかもしれない。


 しかしながら彼にそんな甲斐性や経験があるわけがなく、聞きかじった知識のみで教えていくことになる。


 言葉の海につかることが出来なかった彼女は、大量の情報を取り込むことが出来なかった。


 そのため言葉を覚えるのに時間がかかってしまったのだ。


 孤独に生きた男がしゃべるわけが無い。


 その状況で言葉を聞いて覚えろとは無理な話だ。


 言葉を覚えたあとは、今度は挨拶や礼儀、世の中の法則、数字や文字など小学生が順に物事を覚えていくように教育を与え人として育てていった。


 正直彼に教育の才能は無かった。


 自分で勝手に考え、自分で勝手に結論を出し、自分で勝手に満足する。


 まさに自己完結型の典型ともいえる人間に、他人に物事を教えろというのは無茶という物だ。


 そんな彼が彼女の為に身を粉にして教育を与えるというのは、普通ではありえないことだろう。


 俗世を離れる前、数多くの教育機関から教師への就任要請があったもののめんどくさいという理由一つで断り続けた彼が彼女一人の為に教育を教えているのだ。


 世が世なら彼の知識と技術を求めて多くの門下生がいたことだろう。


 彼の技術を少しでも盗もうと日々勉強をして、優秀な魔術師が数多く生まれたかもしれない。


 しかしそんな事が起きるはずもなく。


 世界一の魔術師が持つ知識と技術は受け継がれること無く世の中から消えていくのだった。


 ユーリの頭とオーブの中を除いては。



 月日は流れ人造生命体(ホムンクルス)が生まれて10年。


 彼女が小人のままで居るわけにもいかないので教育と並行して身体の巨大化についての研究も行っていた。


「ユリウスト様、私の体の調子はいかがでしょうか」


「そろそろいい頃合だろう。なにもここまで大きくする必要は無いのではないか。」


 目の前に置かれたのは巨大化する予定の暫定的な身体の模型だ。


 魂を移し変えることが出来るのであれば別の肉体を用意すればいい。


 しかし理論上は可能であってもこの分野に関してはまだまだ研究が足りない。


 魂は子を司り肉体は入れ物である。


 この理論が正しいのであればいずれ彼は不老不死を得ることが出来るだろう。


 だがしかし、この時点ではまだ発展途上であるため彼女を使ってその実験をすることはできなかった。


 10年の月日は彼女に対する気持ちも変えていた。


 はじめはただの実験体だった。


 しかし言葉を教え、教育を施すたびにただの実験台から愛娘のような感情へと変化する。


 いつしか二人は本当の親子のように振舞うのだった。


 そして今彼が取り組んでいるのが彼女の肉体を大きくする研究だ。


 もともと魔法陣によって練成されたその身体は外見こそ人のものと似通っているが、中身は全くの別物である。


 魔力が体を維持し、手足を動かす動力もかねている。


 現在のこの身体であれば少量の魔力で十分だが、今後大きくなるのであればより多くの魔力を吸収しなければならない。


 身体の大きさに比例するように魔力の使用量は変化する。


 出来るならば小型の身体を望んでいた彼であったがそれを彼女は拒んだ。


 彼にとっては愛娘でも彼女にとっては憧れなのだ。


 出来るならば彼とつりあうような身体になりたい。


 その願望によって予定よりも大きな身体が必要になったのだ。


 魔力によって作られた体ならば魔力によって大きくしてしまえばいい。


 口で言うのは簡単だがその魔方式を考えるのは彼である。


 10年の歳月をかけた渾身の魔法式は可愛い彼女によってさらに修正を余儀なくされているのであった。


 そして出来上がった魔法式は丹念に魔法陣の中に組み込まれあとは魔力を注ぎ込むだけとなっている。


 のこるはそれを受け入れる本体の方。


 いくら魔力を注ぎ込んでも受け入れる事が出来なければ意味はない。


 そこで思いついたのが彼女自身を魔法陣の一つとして組み込んでしまおうという発想だ。


 こうする事で彼女の体自身も一つの魔力の塊としてとらえられ、分解と再構築を経て巨大化すると考えている。


 しかしこれには問題があった。


 分解というプロセスを経ることで10年積み重ねてきた記憶や知識までもが分解されるかもしれないという危険性だ。


 いくら理論では間違いなくても実際に始まってしまえばもう止める手立てはない。


 この問題の為に彼は躊躇していた。


 彼女を失いたくない。


 その気持ちが前に進むのを拒んでいたのだ。


 そんな彼を知ってか知らずか、彼女は言った。


「失敗なんてしませんよ、だってこの魔法陣を作ったのは私のユリウスト様ですから。」


 絶大なる信頼。


 彼の苦悩は彼女の一言で吹き飛ばされるのだった。


「まったく、君は私を何だと思っているんだ。」


「ユリウスト様は世界一の魔術師です、万が一の失敗などあろうはずがありません。」


「そこまで言われては、やらないわけにはいかんな。」


 彼女を魔法陣の中央に置き、もう一度体の大きさをイメージする。


 彼女が求める理想の体。


 背は私の肩程、深い藍色の髪に大きすぎない胸、すらっとした手足、そして柔らかな体。


 彼女の理想は彼の理想の姿でもあった。


 思い描いたイメージを魔力に乗せ、ゆっくりと膨らませる。


「はじめよう。」


 彼女を作った時と同じように、彼はゆっくりと魔法陣に魔力を注ぎ始めた。


 まるで模様に水がしみ込んでいくように魔法陣のうえを魔力が走ってゆく。


 通った跡はぼんやりと光輝き、魔法陣全てに魔力が通るのを待ちわびている。


 点が線に、線が面に、面が立体に。


 彼女の体を中心とした魔法陣は二次元の構造から三次元の構造に変わっていく。


 空中に展開された魔法陣が球体をなし、中心に彼女を据える。


 まるで繭のように見えるその光の球体は、柔らかな光をともしながらそれから丸1日光り続けるのだった。


 術式が始まってしまえばあとは終わるのを待つしかない。


 彼はその時が来るのを愛用の安楽椅子に腰かけながら待ち続けていた。


 どれぐらいたっただろうか。


 彼が疲れ果て意識を手放していた時、不意に金色に光る繭は光を無くし魔法陣が崩壊を始める。


 彼女が初めて生まれ落ちた時のように魔法陣は役目を終え魔力が宙に散っていった。


 残されたのは思い描いていた通りの女性。


 何も身に着けていないその体はまだうっすらと魔力に覆われて、ぼんやりと光輝いていた。


 そして彼女は起き上がる。


 自分の手を確認し、顔をなで、柔らかな手が胸の頂からお腹を通り、陰部の手前で止まる。


 理想通りの仕上がりに思わず笑みがこぼれていた。


 そして、疲れ果てた自分の主人の元に歩み寄る。


「ユリウスト様、こんなところで寝ていますと風邪をひいてしまいますよ。」


「・・・・・おまえは誰だ。」


「私はユリウスト様の娘であり恋人ですよ、お忘れになったんですか。」


「私に恋人はいないと思っていたが、そうか綺麗になったな。」


 彼は両手を差し伸べ彼女を安楽椅子の上で抱きしめる。


 手のひらに載っていた娘は、とても柔らかな白い肌を持った女性へと変わっていた。


「無事に成功いたしました。」


「当たり前だ、私の術式に間違いがあろうはずがない。」


「その通りです。ユリウスト様は世界一の魔術師ですから。」


「そう言えば、名前を付けていなかったな。」


 彼は大きくなった彼女を見て大切なことを思い出した。


 彼女にはまだ名前がなかった。


「私に名前をくださるのですか。」


 小さな小人だったときには必要だと思っていなかったが、人と同じ大きさになった今急に必要だと思いついた。


 そして迷うことなく彼女の名前を呼ぶ。


「そうだ。リリィ、今日からお前の名前はリリィだ。」


「リリィ、素敵な名前ですね。ありがとうございます。」


 そう言って彼女は優しく微笑んだ。


 おそらくこの時だろう、彼女に魂が宿ったのは。


 機械のように無表情だった彼女の顔に表情が生まれた。


 名は人を表し、名は魂に宿る。


 リリィと名付けられた彼女はこうして彼の恋人となった。


 そして彼の命が尽きるその時までその優しい笑顔を彼に振りまくのだ。


 百合の花のように美しいその女性は150年の年月を経て彼と再び再会する。


「久しいなリリィ、こうやって話をするのは何年ぶりだろうか。」


  「リリィ、これは私の名前だと認識します。そうです私の名前はリリィ、そしてその名前を知っているのはユリウスト様だけです。お帰りなさいませユリウスト様、実験は成功ですか?」


 そういって彼女は変わらぬ笑顔で彼に微笑みかけるのだった。


ユリウストは、はじめはそんな重要なキャラの予定ではありませんでした。

しかしユーリの生い立ちを考えれば考える程彼の存在は彼女になくてはならないものとなりました。


ユリウスト。

すぐにいなくなってしまうのがもったいないぐらいに好きなキャラとなりました。

間違いなく彼はムッツリです。


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