お願いと約束
とりあえずこれでダンジョンの件は片付いたな。
指揮系統がずれることはないし、心強いダンジョン妖精も手伝ってくれることだし。
あとは商店のやり方をユーリと一緒に覚えれば運営のほうは問題ないだろう。
管理や召喚についてはユーリの知識があればいいし、そこに俺の罠やダンジョン構造の知識を足し算すればいい。
どこまで大きくできるかは今後のやり方次第というわけだな。
がんばろう。
「それではこれからどうすればよろしいでしょうか。引き続きここに残って管理をすればよろしいですか?」
「今後ここには多くの冒険者が来る予定ですのであの作業部屋は使わないほうがいいでしょう。出入りしていてなにかのきっかけで見られても困りますから。」
「なるほど、あの部屋に他人が入るのは許せません。非常に合理的な決定だとおもいます。」
「ダンジョンの整備は商店の地下にある設備でも同じようにできますので、よろしければ住居のほうで寝泊りされますか。部屋は開いていますので、エミリアとシルビア様の許可が取れるのであれば歓迎します。」
さすがに俺一人の一存では決められない。
無理なら商店で寝泊りして貰えばしい。
人造生命体のダンジョン妖精でありながら人と同じという非常にややこしい身なので少々扱いに困る。
ユリウストから彼女を頼むとお願いされてるし、普通の人として扱うべきだよな。
「そのお二方様はご主人様とどのような関係なのでしょうか。」
「二人は妻であり商店を運営する仲間でもあります。今日からユーリもその仲間に加わって頂くわけですのでエミリアが戻りましたら紹介させていただきます。」
「妻とはどういうものなのでしょうか。」
そこから説明しなければならないのか。
ユリウストの知識をもらったとはいえ彼の知識にも大分偏りがあるみたいだな。
少しずつ覚えて貰えば大丈夫だろう。
「妻とは生涯を共にすることを誓った相手です。ある意味ユーリとユリウストの関係のような物ですね。」
「非常に良くわかりました。なるほど、妻とはそんなに大切な相手なのですね。それが二人もいらっしゃるとはさすがご主人様です。」
さすがの部分が良くわからないが、驚いてくれたならもういいか。
自分でも奥さんが二人居るという現実に今だなれないで居るんだから。
「では、この部屋の荷物を持ち出してしまいましょう。不必要な物はこのまま置いて帰りますので必要な物だけ用意してください。何度か往復すれば今日中には運び込むことができるでしょう。」
まだ日暮れの時間にはなっていないはずだ。
あまりにもたくさんのことが起こりすぎて時間の感覚が狂っているが、黒いスライムを追ってここに入ったのが昼過ぎなのでまだ昼の中休みにはなっていないと思う。おなかもそんなにすいてないし。
「畏まりました、すぐに準備いたします。」
持っていくとしてもオーブと研究資料ぐらいだろうか。
資料といっても大分風化してしまってまともに読めそうな物はあまり残っていないようだ。
机の上に集められた資料はどれも痛んでしまって使い道はなさそうだった。
「持っていけない物はここで処分してしまいましょう。必要な情報は全てそのオーブの中ですし、流出して悪用されても困りますので。」
「そうですね、それがよろしいかと思います。」
作業部屋では狭すぎるので広いダンジョンに戻り、不要な資料を山と積み上げる。
「ユーリが火をつけますか?」
「ご主人様にお任せいたします。必要なものはもう、ここにありますので。」
それもそうだ。
これはもう不要なものだから誰が処分しても同じだよな。
ユーリから火をもらい資料に引火させる。
風化した資料は非常に良く燃えた。
「あとは残ったものを運び出すだけですね。」
「ユリウスト様の椅子はどうしましょうか。」
そうだ、すっかり忘れていた。
あの椅子はちゃんと持って帰らなければならない。
でもあの大きさを一人で外に運び出すのはちょっと無理があるような気がするんだけど。
「もって行くつもりですがどうやって運び出せばいいのやら。」
ウェリスを呼んできてもいいけどこの部屋のことはできるだけ秘密にしておきたいし。
かといって二人で運び出すのには無理がある。
そもそもあの椅子をどうやってあそこまで運んだんだろうか。
入り口につっかえてしまうと思うんだけど。
「それでしたらこの子にお任せください。」
ユーリの足元にどこからか現れたのは例の黒いスライム。
確かに運搬用人造生命体ではあるけれど、こいつが運んでたのはあの小さい結晶だよね。
「この子に運ばせるんでしょうか。」
「いえ、この子に取り込んで貰うんです。」
こいつが取り込むのか。
とりあえずお手並み拝見だな。
ユリウストの部屋まで戻り安楽椅子を準備する。
この白骨死体どうしよう。
このままってわけにも行かないと思うんだけど。
「ユリウストの骨はどうしようか。」
「それはもうただの骨ですからこのままでいいと思います。ユリウスト様はもうそこには居ませんし持って帰っても使い道は無いでしょう。」
「ならいいけど・・・。」
埋葬する文化が無いのだろうか。
いや、埋葬する必要が無いのか。
個は魂に宿り肉体は器にすぎない。
この無い肉体は所詮ただの入れ物だ。
骨にまでなってしまったら使い道などありはしない。
非常に合理的な考えだ。
「では安楽椅子だけお願いします。」
「お任せください。」
ユーリの指示で黒スライムが安楽椅子の上に登る。
すると突然体が大きく膨らみ、安楽椅子をすっぽりと包み込んでしまった。
そしてゆっくりと元の大きさに戻る。
椅子があった場所には黒いスライムがいるだけだった。
質量保存の法則はこのスライムには適用されないのだろう。
人とかも運べたりするのだろうか。
あーでも、入ったら最後出てきたら骨だけになってるかもしれないし。
気になる。
でも怖くて勇気が出ない。
今度魔物でも入れて確認してみよう。
「これでよろしいでしょうか。」
「便利なものですね、てっきり魔力のかけらしか運べないと思っていました。」
「この子が大きくなれる大きさの物でしたら生き物以外は運べますので遠慮なくお申し付けください。仕事をしている方がこの子も喜びますので。」
あ、やっぱり生き物はダメか。
試さなくてよかった。
「じゃあ、家までお願いします。」
俺には全く分からないがユーリ曰く大きなものを運べて非常に喜んでいるそうだ。
喜んでくれてるならお願いしておこう。
その後資料なども全てスライムに収納してもらい新居まで戻った。
日はまだ落ちておらず、心地よい風が頬をなでる。
「外の世界はこんなにも色々なモノであふれていたのですね。」
「これからもっとたくさんのモノを見ることになると思いますよ。」
世界は驚きで満ちている。
俺も知らないようなものがこの世界にはたくさんあるのだろう。
人造生命体も十分驚きの一つだけどね。
「ユリウスト様の分も新しい知識を補充しなければなりません。」
「そうですね、その方が彼も喜ぶでしょう。」
「もっと遠くの世界まで私を連れて行ってくださいますか。」
「ダンジョンと商店がひと段落したらみんなで行けるといいですね。」
夏季休暇とかあるのかな。
長い休みがもらえたらこの世界の行ったこのとのない場所をエミリアやシルビア様に教えてもらう。
そしてみんなでその場所に行こう。
楽しみは多ければ多い方がいいからね。
「とりあえず椅子は私の部屋にお願いします。資料はそうですね、開いている部屋にとりあえず入れておいてください。」
「かしこまりました。」
スライムが自室の中に入ってくる。
窓際のスペースに出してもらうことにした。
「ここにお願いします。」
指をさすとスライムが移動し、先ほどのように大きくなると今度は安楽椅子が現れる。
いやー便利便利。
スライムは音もなく床に落ちユーリの所に戻っていった。
これで荷物の運搬はおしまいだな。
後やらないといけないのは、そうだ忘れてた。
大変な事を忘れていた。
「ユーリ、そっちは終わった?」
「はい、隣の部屋を荷物置きに使わせていただきました。」
「申し訳ないけど大事な約束を果たさないといけないんだ。一緒に来てくれるかな。」
「もちろん、お伴致します。」
そう、事の始まりは彼女達のお願いをかなえるところから始まったんだ。
ちゃんと報告しないとね。
マナの樹に向かいドリアルドに呼びかける。
『ドリアルド聞こえるかな。』
『シュウちゃん聞こえてるよ、確認は終わったの?』
『確認もお願いも全部終わったよまだ泉にいるのかな。』
『ディーちゃんがやっと出てきてくれたの。こっちに来てくれるとうれしいな。』
『ちょうどよかった今からそっちに向かうから待っててね』
やっとウンディーヌが出てきてくれたらしい。
これで今回の一件が無事に終わったことを二人に説明することができるな。
手を離して振り返ると不思議そうな顔でユーリがこちらを見ていた。
「ちょっと知り合いと話をしていたんだ。」
「お知り合いとはどなたでしょうか。」
「森の精霊ドリアルドだよ。」
「ご主人様は精霊と交信することができるのですか。ユリウスト様でさえ精霊との交信は叶わなかったというのにさすがです。」
何がさすがなのかわからないが驚いてくれるならいいか。
「精霊の話はね、ユーリとそのスライムが関係してるから一緒に来てほしいんだ。」
「私とこの子がですか。」
事情は道中説明すればいいだろう。
とりあえず日が暮れる前に泉についておきたい。
少し駆け足で泉へと向かうのだった。
「あ、シュウちゃんだ。」
泉につくとすぐドリアルドがこちらに気づいた。
遅れてすぐ隣にいたウンディーヌがこちらに気づく。
「遅くなってごめんね。」
ユーリと共に二人の側に立つ。
「大丈夫だよ、ディーちゃんももう落ち着いたから。」
「取り乱してしまって、ごめんなさい、だって、怖かったから。」
「怖かったのなら仕方がないよ。」
シュンと俯くウンディーヌの頭を思わず撫でてしまった。
驚いたように顔を上げたウンディーヌが今度は顔を赤らめてまた下を向いてしまった。
「あ~!いいないいな。私も頭撫でてほしいな~。」
「ドリちゃんはまた後でね。」
「え~、シュウちゃんのケチ。後で撫でてくれないと蔦でぐるぐる巻きにしちゃうんだから。」
そんな拘束プレイはご遠慮いたします。
「二人に報告があるんだ、もうあの黒い塊はこの泉に来ることはなくなったよ。」
「「ほんと!」」
今度は二人声を合わせて顔を上げる。
「うん、でもその件で謝らないといけない人がいるから連れてきたんだ。ユーリ、こちらが森の精霊ドリアルドでこちらが水の精霊のウンディーヌ。」
後ろに控えていたユーリに二人を紹介する。
「はじめてお目にかかります。私はイナバ様付ダンジョン妖精のユーリと申します、この度は私共のせいで多大なご迷惑御おかけしましたことをお詫びいたします。」
地面に頭がつくぐらいに深々とユーリは頭を下げた。
何のことかわからない二人が固まってしまっている。
「シュウちゃん、どういうことか説明してもらえるのかな。」
「もちろんだよ。」
俺は二人にあの後何があったかを全て話した。
黒スライムの正体の事、なぜ魔力結晶を盗んだのかという事、ユーリの正体とユリウストの事まで。
彼女の正体を話した理由は当事者に隠し事をするのが失礼なのと、伝えたところで彼女たちがユーリの正体を他にばらすことはないだろうという考えたからだ。
「つまり、ダンジョンの魔力不足を補うためにディーちゃんの宝物を持って行っちゃったんだね。」
「その通りです。私の管理下にありながらどこから結晶を拝借しているのか突き止めなかった私の落ち度です。それなりの償いをさせていただければと思っております。」
「んー、私はディーちゃんにお願いされただけだから別に構わないんだけど。ディーちゃんはどうする?」
話を振られるもウンディーヌは固まったままだ。
怒っているのだろうか。
「・・・・・・もう、勝手に私の宝物は、取らない?」
「二度と手を出しません。」
「もう、怖いこと、しない?」
「精霊様を脅かすようなことは致しません。」
ユーリの主人は俺なんだから俺が詫びても良かったのだが、事情を説明したユーリは自分が謝ると聞き入れなかった。
「ディーちゃん怒ってるのかな。」
「それは俺にはわからないよ。ドリちゃんの方が詳しいんじゃないかな。」
「私もあんなディーちゃん見たことないもん。」
ドリアルドにすら解読不能なのか。
さてどうなることやら。
「シュウちゃん、お願いを聞いたら何でも叶えてあげるって約束覚えてる?」
「そんな約束してたね、すっかり忘れてたよ。」
「も~、せっかく私とディーちゃんがお願いかなえてあげるって言ってたのに忘れちゃうなんて、ドリちゃん泣いちゃうよ。」
いや、泣かれても困るし。
泣いたそぶり見せるけどどう見てもウソ泣きだし。
「事件が解決したら奥さんにしてくれるって話はもういいんだよね。」
「それとこれとは話が別だよ。それで、シュウちゃんは何御お願いするの?」
何をお願いすればいいんだろう。
仮にも精霊『様』なわけだし、すごいお願いとか叶えてくれるのかもしれないけどすぐには思いつかない。
元の世界だったら億万長者とか長期休暇とか言うんだけどさ。
ん~そうだなぁ。
「それじゃあ、二人へのお願いはユーリ達を許してあげてほしいんだ。」
「え、そんなことなの。私は元から怒ってないし許しちゃうけど、でもディーちゃんがなんていうか。」
「私はもう怒ってないよ。約束してくれたし、シュウちゃんが御主人様なら、もう大丈夫。」
よかった。
ウンディーヌは怒っていないようだ。
これでユーリとスライムの身は保証されたわけだな。
「お願いを聞いてくれてありがとう。」
「えー、でもでもそれだけでいいの。私たち精霊がお願い聞いてくれることなんてもう二度とないかもしれないんだよ?」
確かにその通りだ。
だけど欲張って無理やりお願いするぐらいなら、今かなえてほしいお願いをする方がいい。
「いいんだよ、許してくれるだけで十分だ。」
「じゃあじゃあ、許してあげるお願いはディーちゃんへのお願いで、私へのお願いはどうするの?」
「お願いは普通一つだけじゃないのかな。」
「私がいいって言ったらいいの、ねぇディーちゃんいいよね。」
「ドリちゃんが、したいようにしたらいい。シュウちゃん、私怒ってないよ大丈夫。」
正直ドリアルドよりもウンディーヌの方が可愛らしくて好きだ。
なんていうか守りたくなるよね。
ドリアルドはなんていうか、妹のようだ。
妹いたことないけど。
12人もいても困るし。
「ありがとうディーちゃん。」
また頭を撫でてしまった。
ウンディーヌもまんざらではないようで恥ずかしがりながらも嫌がってはいないようだ。
「また頭撫でた~!私も私も!」
「はいはい、なんでドリちゃんのお願いを俺がかなえているのかな。」
「私のお願いは何回でもしていいの。ディーちゃんのお願いも何回でもいいんだよ。」
そんな約束していませんが、なんでそうなった。
何回でもって今後どんな願い事をさせようというのだろうか。
とりあえずまとわりつくドリアルドの頭をクシャクシャと撫でる。
嬉しそうな顔でドリアルドが笑った。
畜生可愛いな。
ロリ属性は持ってなかったはずなんだけどな。
いや、これは妹を可愛がる兄の心境だ。
うん、きっとそうだ。
「シュウちゃんは、ドリちゃんに何をお願いするの?」
「それじゃあ、俺が困った時があったら二人の力を貸してくれるかな。」
「なんだそんなこと!シュウちゃんのお呼び出しならいつでも二人で駆けつけちゃうよ!ねぇディーちゃん。」
「うん、シュウちゃんとドリちゃんと私の約束。」
精霊と約束を取り付ける。
困った時がいつ来るかなんてわからないけど、心強い味方ができたことは間違いない。
我ながらすごいお願いをしたものだ。
「精霊様と約束を取り付けるなんて、御主人様さすがです。」
あえて何も言うまい。
こうして無事に精霊のお願いを果たすことができたのだった。
怒涛の1日だった。
何の変哲もない平和な朝だったのにまさかこんな急展開を見せるなんて。
終わり良ければすべて良しというけれど、よくまぁ無事に終われたと思う。
相変らず行き当たりばったりだけど何とかなるものだ。
日暮れ前に家に付き自室へ戻る。
ユーリは荷物の片づけでもしているんだろう。
ガサゴソと音がしている。
ふと窓際を見ると安楽椅子に夕日が当たって気持ちよさそうだ。
遠慮なく座らせてもらおうかな。
先程は自分の体でありながら自分の感覚で椅子を味わえなかった。
陽の当たる窓辺で安楽椅子に体を預ける。
最高。
適度な拘束感と柔らかい感触。
低反発クッションなんて目じゃない柔らかさだ。
柔らかいが体重をしっかり支えてくれるので変な姿勢になることもない。
これはいい。
最高のプレゼントだよ、ユリウスト。
大切に使わせてもらおう。
「ご主人様片づけ完了いたしまし・・・。」
ユーリが急に言葉を止めた。
なんだろう。
入り口を見るとユーリが驚いた顔でこちらを見ていた。
「どうかしたのかな。」
「いえ、なんでもありません。椅子に座る姿がユリウスト様にそっくりでしたので見間違えてしまいました。」
似ても似つかぬ顔だと思うんですけど。
悔しいことに彼の方がイケメンだった。
「そうかなぁ。もしかしたら彼の魂がまだここに残っているのかもね。」
そう言って自分の心臓を指さす。
魂の器に二つの魂は入れない。
でも、消滅した彼の魂がかけらとなって残る可能性だってある。
そのかけらが彼の錯覚を見せたのかもしれないな。
「確かに、ユリウスト様はそこにいるのかもしれませんね。」
ユーリが愛おしそうに俺の胸に手を置いた。
けしてやましいことはしてません。
してませんとも。
でも、まさかこのタイミングで。
「ただいま帰りましたシュウイチさ・・・ん?」
エミリアが帰ってくることはないんじゃないかなぁ。
まさかの瞬間に我らがヒロインエミリアさんの登場です。
次でこのひとまずの終わりになると思います。
どうなったかも含めてもうすこしだけお付き合いください。




