魂の在処
映画を見ているようだ。
自分ではない『自分』が自分を操っている。
そしてその映像を自分で見ている。
自分が主役の映画を見るのはこういう気持ちなのか。
なるほど、この前の夢はユリウストの記憶だったんだな。
「どういうことでしょうか。声は違いますがユリウスト様の口調で新しいマスターがしゃべっています。説明を希望します。」
「久しいなリリィ、こうやって話をするのは何年ぶりだろうか。」
「リリィ、これは私の名前だと認識します。そうです私の名前はリリィ、そしてその名前を知っているのはユリウスト様だけです。お帰りなさいませユリウスト様実験は成功ですか?」
彼女の名前はリリィというのか。
150年呼ばれる事がなくて忘れてしまっていたのかもしれない。
俺も150年余ばれなければ自分の名前なんて忘れてしまいそうだ。
「実験は半分成功だ。肉体は入れ物に過ぎず個は魂によって区別されている、私がここに居るのが何よりの証拠になるだろう。これで世界は大きく変わる、不老不死の理論はこれによって確立されたのも同然だ。」
半分。
それはどういうことだ。
「この場所はユリウスト様が機能を停止されてからの150年何も変わらず機能しております。実験の続きはいつもでも行えますがいかがいたしましょうか。」
「そうだなリリィ私に残された時間は少ない。記憶の継承を行うので今すぐ新しいオーブを準備してくれ。」
「畏まりました。作業室にご準備いたしますのでユリウスト様は自室にてお休みください。」
リリィがきびきびと準備を始める。
作業部屋のオーブをはずし、どこからか持ってきた新しいオーブを台座にセットする。
ユリウストはそれを愛おしそうに眺めた後、自室へと戻った。
殺風景な部屋に机と安楽椅子が一つ。
もちろん安楽椅子には自分の白骨したいが横たわっている。
「まさか自分の遺体を見る日が来るとはな。」
安楽椅子に横たわる白骨死体。
ユリウストは自らの遺体を床に蹴落とし埃を払った後深々といすに腰掛ける。
自分の遺体とはいえ蹴落とす事はないんじゃないかなぁ。
「やはりこの椅子は良い、世界が広いと言えこれほどの椅子は他にはないだろう。覚えておけ、この椅子はドワーダの名工に作らせた魔法の椅子だ。何があってもけして捨てるなよ。」
体の中にいる俺に対してユリウストはつぶやく。
よっぽどすごい椅子なんだろう。
彼が背にもたれるとまるで全身を包み込むようにかたちを変え体重を支える。
宙に浮いているかのような感覚を彼を通じて感じる。
これは自分でも座ってみたいものだ。
「時間がないから簡単に説明する。私はユリウスト、世界一の魔術師だ。私は禁忌といわれた生命体を産み出すことに成功し不老不死の技術を研究していた。肉体は入れ物に過ぎず魂こそが個を確立するという私の理論はこの体を動かしていることで証明されたわけだ。お前には感謝している。」
自分で世界一と言ってしまえる程の実力があったのだろう。
人体練成を成功させてしまうなんて等価交換の法則はこの世界には無いようだ。
いや、練成したわけではないのか。
「私は技術の粋を結集しリリィを作り上げた。不老不死となった私の右腕となるべく作り上げたのだが、皮肉なことに私の不老不死の技術は間に合うことは無かった。肉体の限界を迎える前に私はオーブに魂を移し変え彼女にこの場所を守るように命じた。それが今の現状だ、そこに転がっている骨は私の成れの果てだな。」
寿命が来る前に肉体を捨ててまで魂という状況で個を維持したのか。
だが、もし失敗して消滅したときのことを考えなかったのだろうか。
「私は死を恐れていない。肉体的な死は人が生きる上で必要不可欠なものだが魂は違う、魂は劣化する事無くいつまでも生き続けることができるのだ。だからこそ私は魂の移し変えに心血を注ぎ、新たな体に魂を移す為の実験を繰り返した。魂を移し変え続ければ命は尽きる事無く不老不死は現実の物となる、はずだった。」
はずだった。
つまりそれは失敗したという事か。
どうしてだ、実際に今150年のときを経て自分は生き返ったのではないのか。
「人の体には魂の器と名づけた魂を受け入れるための器がある。その大きさは人によって様々だが、器があればその中に魂を移すことで新たな個を維持することができると私は考えていた。リリィ、お前が人造生命体と呼ぶモノには魂は無いが器が存在する。つまりその中に私を移しかえることができれば私は永久に生きていられる。」
そこまでは俺にもわかる。
しかし失敗したというのはどういうことだ。
魂の移し変えは俺に入ったことで成功した。
ならば今度は人造生命体の中に入れば完璧ではないか。
「お前がそう思うのはもっともだ。しかし、現実は上手くいかないものだな。」
「ユリウスト様オーブの準備ができましたのでこちらへお越しください。」
「すぐ行こう。」
ユリウストは安楽椅子から立ち上がり作業部屋へ向かう。
「今から行うことをけして忘れるな。そして、誰にも漏らすな。」
ただそれだけ彼は言った。
作業部屋には新しく置かれたオーブが置かれた台座のみがある。
記憶の継承と言っていたがどういうことだろう。
「これより私の全てをこのオーブに移し変える。知識、技術、知恵私の魂が蓄えた全ての情報はこのオーブの中に残り、魂が消滅したとしても永久に残り続けるだろう。リリィ、お前には新たにこのオーブを守り正しき魔術師に受け渡す使命を与える。正しき魔術師が私の技術を正しい方法で使用してくれることを祈っている。」
「畏まりました。今後私はこのオーブを守り正しき者へ継承いたします。」
「リリィ、死とは何だとおもう。」
オーブに手を当ててユリウストはリリィに尋ねた。
「死についての情報は与えられていません。死とは何でしょうか。」
「死とは魂の消滅だ。肉体の消滅は直接の死ではなく過程に過ぎない。」
「魂が消滅すれば人は死ぬのですね。」
「その通り。魂の無いものは死んでいると考えてもいい。魔物も動物も魂のあるものは生きている。アンデットや死霊などは魂が無いので生きていない。」
まるで哲学のようだ。
死とは何か。
生とは何か。
「では私はどうなのでしょうか。ユリウスト様に創られた私は生きているのでしょうか。」
人造生命体は生きているのか。
これは人形は生きているのかと同じ問いだ。
魂が無いものは生きていないという定義なのであれば人造生命体に魂は存在しない為死んでいることになる。
人造生命体が生きているのであれば、造られたものは全て命があることになる。
彼女は現に今動き回っている。
心臓があるかどうかまでは確認していないが、他の誰が見ても彼女は生きているように見える。
だが、定義上魂がなければ生きていない。
魂とは何か。
今度はこの定義が必要になるのか。
魂は『個』を意味する。
魂の入ったモノは全て個として存在できる。
ユリウストという魂が入ったモノはユリウストとして認識される。
今の俺がそうだ。
ではリリィの中に入ったらどうだ。
彼女に魂が無いのであれば彼女は彼になるのか。
わからない。
この定義は非常に不安定だ。
「リリィ、お前は生きている。なぜならお前には魂が存在するかだ。」
えっと、それはどういうことでしょうか。
さっき彼女には魂がないって言ってませんでしたか。
まさか人形が自然に魂を持ったということなのか。
それってどうなんだ。
自然に個は発生していいのか。
その流れだと命無いものでも、魂を持てば生きているということになる。
これは非常に話がややこしい。
もう俺の頭ではついていけない。
「私に魂があるのですか。」
「私にも理由はわからない。だが、お前には魂が存在する。その証拠にお前はリリィという個を持っている。考え悩み実行する。これは今までの定義や概念を全て覆す状況だ。奇跡だ何だという不可思議なものを信じることは今まで無かったが、それが目の前で起きているのは間違いない。だが、その理由を突き詰める時間はもう俺には残っていない。」
人形が魂を持ったときそれは人と呼べるのか。
今度は人の定義だよ。
魂が無い人は死んでいるが、魂が入った人形は生きている。
では魂とは何か。
まるで堂々巡りだ。
これを奇跡と呼ぶのは些か丸投げしすぎだがそう考えるしか答えを見つけられない。
この答えは哲学書を全て読み漁っても見つからないだろう。
「私は最初お前に魂を移すつもりだった、しかしお前が魂を持っているとわかりその考えは変わった。お前を消すことなど私にはできない。だから私は魂を移し変え別の体に移ることを決めたのだ。しかしそれも上手くいかなかったようだな。」
「どうして上手くいかなかったのでしょう。」
「一つの器に魂は二つ入らない。無理やり魂を移している私は近いうちに消滅するだろう。この体の持ち主の中に無理やり私を入れても魂は受け入れてくれないようだ。魂の無い器にしか新しい魂を入れることはできないそれが今わかった。」
なるほど、だから時間が無いといっていたのか。
その考えだと無理やり入ってきた彼の消滅と共に俺の魂は元に戻る。
俺の個は維持されるわけだな。
なら今のうちにまたオーブに戻ればいいのではないだろうか。
そして新しい魂の無い人造生命体を準備してそこに移ってしまえばいい。
「もう一度オーブに戻られてはどうでしょうか。」
「戻るにはもう遅すぎる。魂がなくなってきていることは自分が良くわかっている。私というものがどんどん薄れていきいずれなくなるだろう。その状態でもう一度オーブに入ったところで私はもう私ではない。」
完璧な個がいまや存在していないという事か。
なんでそれを検証しなかったんだ。
調べればわかったことではないのか。
「事前に検証すればわかったことだ、しかし私にはその時間が無かった。それが今の状況を生み出している。時間が有限であることをこれほど後悔したことは無いよ。」
そういうことか。
肉体の限界がそれを許さなかったのか。
たった一つの過ちがこれまでの全てを無かったことにしている。
「ユリウスト様は死んでしまうのですね。」
「その通りだ。リリィ、私が死んだときのことを覚えているか。」
「ユリウスト様は自分が死亡した場合にのみ私を開放するという条件を付けておられます。もし死んでしまった場合はその条件にのっとり私は解放されるでしょう。しかしながら私はダンジョン妖精です。ダンジョンのために作られましたのでダンジョンから不要と言われれば機能を停止します。よってユリウスト様が死亡した場合は私も機能を停止いたします。」
これは初めてこの部屋に入った時に聞いた通りの反応だな。
そうか、彼女はユリウストと共に死ぬと言っていたのか。
順序立てていけば彼女の言う通りだが、その真実は私も死ぬと言っているんだな。
人形が感情を持つ。
なるほど、彼女に魂があると考えてもおかしくない。
ただの機械や人工知能に感情はない。
いかに精巧に感情を模した動きをしても生き物のような感情の動きは作り上げることはできないだろう。
しかし彼女はどうだ。
人造生命体でありながら人と同じような感情の動きを見せている。
夢で見たあの涙もまたユリウストが彼女に魂が宿っていると感じた根拠の一つなのだろう。
「私が死ねばお前も死ぬというのか、リリィ。」
「私の体に魂が宿っているのならば、私は人と同じです。もし私が人と同じであるのならば私ユリウスト様と共に死ぬことを望みます。」
「バカな事を。不老不死の身でありながらそれを放棄するというのか。」
「人には『愛』という感情があるそうです。私にはそれがどういう物なのかわかりませんが、ユリウスト様を失うことによってその感情がなくなってしまうのであれば私には生きている理由がありません。」
人形が人を愛し、人もまた人形を愛している。
ユリウストはリリィを創った父であり、また彼女を愛した恋人でもある。
俺は愛や恋という事に疎いため彼女の気持ちが正常かを決めることはできない。
だが、エミリアやシルビア様がいなくなってしまうともし考えるのであれば、彼女達のいない世界にいる意味など無いと思う気持ちもわかる。
忘れるという行為は時として非常に痛みを伴うものだ。
「私は誰にも愛されてなどいないと思っていたが、そうか愛してくれた人がいるんだな。」
世界一の魔術師は同時に世界一孤独な魔術師でもあったのだろう。
優秀が故に人に恨まれるというのはよくある話だ。
ユリウストはそんな多くの妬みや恨みの世界から離れ孤独のまま生きることを選んだ。
しかし、自らが作り上げた人造生命体は彼を愛し支えてくれた。
自らが死ぬとわかってからそれに気づくというのはひどく悲しい結末だな。
リリィがユリウストを後ろから抱きしめる。
まるで母が子を抱くような優しい抱擁だった。
「ユリウスト様を一人で死なせる事は、私には受け入れられません。」
愛した男への精一杯の愛情表現だ。
「その気持ち私は死んでも忘れはしないだろう。」
ユリウストもまた彼女の気持ちを受け入れていた。
俺の体を支配していた彼の存在が少しずつ薄くなっていく。
代わりに俺の魂が体に戻っていくのがわかる。
彼にはもう時間がない。
「イナバシュウイチと言ったな。」
あぁ、俺はイナバシュウイチだ。
「彼女の事をよろしく頼んだぞ。」
まて、どういうことだ。
彼女と一緒に死ぬことを選んだんじゃないのか。
今の流れはどう考えてもそうじゃないのか。
「どういう事でしょうか、ユリウスト様。」
彼女もまたユリウストの発言に戸惑っている。
お前は人だと言われた時から彼女はどんどんと人らしくなっているように思える。
もう初めて会った時のような機械的な反応は見られない。
「私は全権限をイナバシュウイチに移譲する。私の代わりにお前は彼女を守り、リリィもまた彼を支えろ。これは私からの最後の命令だ。生きろ。生きて私ができなかった全てを私の代わりに成し遂げてくれ。」
ユリウストが手を添えていたオーブを強く握る。
オーブが白く光り輝き俺の体の中から急速にユリウストの魂がなくなっていくのがわかる。
「ユリウスト様!」
「私の全てお前に授ける。人として生きるすべをこれから見つけるといい。愛していたぞリリィ、いままで世話になった。」
光が部屋中を照らし出し、光の収束と共に俺の体からユリウストの存在が消えた。
体のコントロールが戻ってくる。
添えていた手を離すとオーブが青く輝いていた。
「・・・データの移行を確認。ユリウスト様の全てはこの中に無事収められました。」
後ろから俺を抱きしめていたリリィの手が震えていた。
こういう時どうすればいいんだろうか。
笑えばいいと思うよ。
違うな。
泣けばいいんだ。
リリィの震える手にそっと手を重ねる。
「彼は最後まで君を愛していた、魂が消える最後の瞬間まで君の事を想っていたよ。」
魂が消滅する最後の最後まで、彼は彼女の事を想い続けていた。
俺の魂の器が大きければ彼を受け入れることができたのだろうか。
彼の時間がもっと残されえていれば、無事に別の人造生命体に魂を移すことができたのだろうか。
過去にはもう戻れない。
後悔をしても彼はもう戻ってこない。
魂の消滅は死を意味する。
彼は今150年の時を超えて眠りについた。
リリィが添えた手を握り返してくる。
彼女はもう人造生命体などではない。
魂を持った立派な人になった。
人だから、泣くのは当たり前だ。
だって感情があるんだから。
愛する人を失ったのだから、悲しいに決まっている。
今は泣けばいい。
それからしばらくリリィの嗚咽は止まることはなかった。
彼女が泣き止むまで、俺は手を握り続けた。
願わくば彼の死後が平穏でありますように。
どれぐらいの時間がたっただろうか、不意に彼女が手を離した。
そっと後ろを振り返る。
そこには目は赤いが強い意志を持った一人の女性が立っていた。
「改めまして、ダンジョン妖精のリリィと申します。これから私の全てをかけて貴方様を支えさせていただきますのでよろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いしますリリィと呼べばいいでしょうか。」
「その名前はユリウスト様がつけてくださった名前です。できれば私に新しい名前を授けてくれますでしょうか、あの人が願ったように私は新しい自分になろうと思います。」
もうリリィではない。
ちがうな、リリィという名前は真名として残り続ける事だろう。
彼女は新しい区切りとして、新しい名前がほしいんだ。
「ではユーリというのはどうでしょう。彼の名前と貴女の名前二つの名前が入っています。」
ちょっと安直だっただろうか。
「ユーリ。あの人と私の名前。気に入りました、私の名前は今日からユーリです。」
どうやら気に入ってもらえたようだ。
「改めまして、よろしくお願いしますユーリ。」
「こちらこそよろしくお願いします、ご主人様とお呼びする方がよろしいでしょうか。」
「呼び方は貴女にお任せしますよ。」
ユーリ。
うん、いいじゃないか。
リリィは日本語で百合というのは内緒だ。
「ご主人様、大変申し訳ありませんが引き続きオーブの記憶を私に移す作業をしてもよろしいでしょうか。」
「かまいません、それが彼の望みですから。」
俺の代わりにユーリが青く光るオーブに手を添える。
「記憶データの移行を行います。移行後データのコピーはオーブに残しそれ以外のデータはすべて抹消します。」
再びオーブが光り輝き、今度は赤い色に変わった。
「データ移行およびデータの抹消を完了しました。これでユリウスト様と一つになれましたね。」
ユーリがそっとオーブを抱きしめた。
母親のような目で愛おしくオーブを抱いている。
「終わったかな。」
「はい、ユリウスト様の持っていたすべての情報は私の中に取り込まれました。やはりあの方は素晴らしい魔術師だったようです。」
どのぐらいすごいのかよくわからないが、世界一の魔術師であり世界一の幸せ者だったってことはわかる。
「私の一生をかけてあの方の研究を続けようと思います。もちろん、ご主人様のダンジョン妖精としても引き続き全力を尽くさせていただきます。」
「頼りにしています。」
「オーブはどうすればいいでしょうか。」
どうすればいいだろうか。
あの中にはユーリの中にあるのと同じユリウストの全てが記憶されている。
人造生命体の情報などは漏洩しても困るし無い方がいいような気もするけれど。
「ユーリが持っていてください。その中にはきっと彼の魂が残っているはずですから。」
魂の移行は可能だったのだ。
データ移行のなかで魂のかけらが残っていてもおかしくない。
尽きる事のない彼女の時間をかければ、きっと彼の魂を再びこの世に呼び出すことができるだろう。
「ありがとうございます。」
羨ましいなぁ。
俺もエミリアやシルビア様にあんな風に思われる男になろう。
そう誓うのだった。
人とは何か、生とは、死とは。
哲学的な命題は私のような小さい人間には解き明かすことはできませんでした。
魂の入れ物に関しては古代エジプトのミイラのように考えています。
肉体が死んでも魂はやがて帰ってくる。
帰って来た時の為に肉体は残そう。
これがミイラの考えだったと記憶しています。
いい感じで話は終わりましたが、実は片付いていないんです。
後2話ほどで終わります。
もう少しだけお付き合いください。




