思わぬ状況
ドリアルドに先導されて泉へと急ぐ。
黒い塊が出たのが半刻ほど前で現在は泉の中に潜って魔力結晶を回収している最中のようだ。
ウンディーヌからのSOSを受信したドリアルドは俺に連絡を取ろうとしたものの、存在が確認できず商店のほうにやってきたらしい。
この森で連絡を取ることができないのはダンジョンの中だけなので、仕方なく外で待っていたところそんなに待つ事無く俺がすぐ出てきたそうだ。
そうか、ダンジョンは森の地下ではなくて別空間に存在しているからドリアルドの干渉下にありながら連絡できなかったんだな。
それは盲点だった。
「もう、次からダンジョンに入るときはちゃんと断ってから入ってよね。」
「それは悪かったって、次回からちゃんと気をつけるから。」
「絶対だよ。次に連絡取れなかったらお店も家も茨でグルグルにしちゃうんだから。」
眠り姫かよ。
王子様ならぬ王女様のキスじゃないと目覚めないようにされてしまうのだろうか。
「ディーちゃんはどうしてる?」
「ディーちゃんは怯えて水の中に隠れちゃった。話しかけても返事はないし黒い塊がいなくならないと出てこないんじゃないかな。」
あの子のことだからいなくなっても出てこなさそうだ。
今回を逃すと次がいつになるかわからない。
商店が始まってしまえば簡単に外出もできなさそうだし今回の出現を逃すわけにいかないな。
しかし、森の妖精が先導してくれるとこんなに走りやすいのか。
眼の前にある木々が自分を避けるように道を作ってくれる。
そしてまた通り過ぎると元の位置にもどる。
あれか、猫〇スと同じ感じか。
木がよけてる~って言ってたもんな。
リアルネコバス体験ご馳走様です。
走ってるのは自分だけど。
「シュウちゃん遅いよもうちょっと速く走れないの。」
「これが限界だよ、魔物が出てこないか一応確認しながら進まないと。」
「他の子が近づいてこないようにお願いしているから魔物は出てこないよ。もし出てきても私がお仕置きしちゃうから大丈夫。」
そんなこともできるのか。
そうだよな、自分の森なんだからそこに生きてる魔物にも干渉できて不思議じゃないよな。
ということは、一番最初に言っていた森に居れなくしちゃうぞ発言もあながちうそではないという事か。
見た目は幼くても精霊『様』であることに変わりはないというだな。
気をつけよう。
それに、スポーツもまともにしていないオタクサラリーマンに走り続けろというほうが無茶だ。
今にも心臓は張り裂けそうだし酸素が欲しくて呼吸が荒い。
だがここで弱音を吐くのは男としてのプライドが許さないので倒れるまで走り続けるしかない。
倒れたら助けてくれるのだろうか。
一抹の不安を抱きながら俺は走った。
「そろそろ泉に着くよ。」
やっとか、もう限界だ。
突然眼の前の視界が開け、この前見た泉が視界に入ってくる。
見た感じは特に以上なさそうだけどもう出て行ってしまったのだろうか。
「まだ、いるのか、な。」
呼吸が荒くしゃべるのもままならない。
車も自転車も無い世界だ、移動するのは自分の足しかないんだから鍛えておいて損は無いだろう。
がんばろう。
筋肉も持久力もない自分の体を恨みながら必死に呼吸を整える。
「うーん、ディーちゃんはまだ返事してくれないからまだ中にいると思うんだけど。」
念話でもしているのだろう、目を閉じ腕を組みながら難しい顔をしている。
怯えて出てこないのか、それともまだ中か。
水の中を覗き込んでもそれらしい姿は見えない。
水中眼鏡でもあれば便利なんだけど、上手く中が見えないなぁ。
「泉に着いたよって引き続き呼びかけてあげて、中に居たら怖くて出てくるかもしれないし。」
「わかった!」
ウンディーヌと話ができるのはドリアルドだけなのでここはお願いするしかない。
まだ中に居るならば出てきた所を襲うのではなく、そのまま後を追い掛ける。
今回の目的は迎撃ではなく追跡だ。
魔力結晶を捕食するだけならその場で消化すればいい。
だが魔力結晶を別で使用するのならば主人のところに戻るはず。
それが誰かを確認してから対策を立てても遅くは無い。
できれば平和的に解決したいとは思っているが、それが難しい場合はうちの分団長様に出てきて貰うことも考えなければならない。
姐さん出番です!
という感じでお願いする予定だ。
しばし待つ。
いまだ泉に変化は無い。
ウンディーヌからの返答もなく現在は膠着状態だ。
いるのかい、いないのかい、どっちなんだい!
さらに待つ。
現場に変化が現れた。
先ほどまで微動だにしていなかった水面が波打ち始める。
下から水が湧き出るようにモワモワとした動きで水がかき回されている。
上がってきたか。
ゴ〇ラが水から上がってくるように黒い物体が水中からどんどん近づいてくる。
ザバーっという音を立てることはなかった。
想像以上に小さく、チャポンと出てきた。
なんだろう、思っていた大きさと違う。
自分と同じぐらい大きい巨大な黒い塊を想像していたのだが、実際は1mぐらいの黒いスライムだ。
前に戦ったスライムと違い全身が黒い為中身は見えない。
ごろごろと転がるわけではなく、ズルズルと体を引きずりながら移動を始めた。
転がったほうが速くない?
移動速度は普通に歩くよりも少し遅いぐらい。
これを尾行する必要はあるのだろうか。
近くによって見るもこちらに反応する感じは無い。
思い切って正面に立ってみると手前で方向を変えて避けていった。
なるほど、正面の障害物なんかは避けれるようになってるのか。
魔物に攻撃されても反応しなかったって言ってたし、回収と輸送のみに特化している感じだ。
これは魔物なんだろうか。
どちらかといえば人工的に作られた魔法生物みたいな感じだ。
その証拠に魔物のように攻撃してこない。
いや、全ての魔物が攻撃するかどうかは知らないけど一般的に魔物といえば人間を襲うイメージだ。
襲うどころかこちらが近くで見ていることにすら全く興味や関心を示さない。
「ドリちゃんはここに残ってディーちゃんに話しかけてあげて、置いていって一人で寂しがるといけないから。」
「わかった、シュウちゃんも気をつけてね。」
「魔物だけでないようにお願いしてくれると助かるよ。」
丸腰で狼に遭遇したら生きていられない。
いや、丸腰でなくても生きていられるかわからないけどさ。
いくら良く切れるダマスカスの短剣でも当てなければ何の意味も無い。
逆の意味で当たらなければどうという事もないのだ。
幸いドリアルドのお願いが効いているようでここまで魔物に出会っていない。
かなり遅い速度で進む黒いスライムを後ろからのんびりと追いかけているわけだが、なんだか老犬の散歩をしているような気分になってきた。
犬も年をとる。
昔は元気に走り回っていた犬も人間と同じように年と共に足腰が弱り、その歩みはゆっくりになる。
でも散歩には行きたがるので散歩の時間は距離と反比例するわけだ。
通常30分で済む散歩が1時間になったかわりに、移動距離は半分になった。
それでも嬉しそうに尻尾を振りながら歩く姿は可愛かったなぁ。
でも、こいつは何のアクションも出さないわけで。
ただひたすら同じペースでずるずると進んでゆく。
後ろを振り返ってみても通った跡がついているわけではないのでそんなに重量はないのかもしれないな。
何があるかわからないので触れていないのだが、触り心地や重さなど気になるところはたくさんある。
見た目が美味しそうじゃないのが救いか。
みたらし団子やわらび餅を想像する色だったら間違いなく触っていたと思う。
でも黒はなぁ・・・。
やはり警戒するよね。
犬の散歩じゃなくてスライムの散歩をずるずると続けていくと見慣れた街道に出た。
あれ、ここって村と商店をつなぐ道じゃなかったか。
方角的には村と反対方向に進行していく。
これで村に犯人がいる可能性は低くなったな。
でもこっちに進んだところであるのは商店とダンジョンだけだ。
それとも森の別の場所に犯人と思われる何かが住んでいるのだろうか。
それあとドリアルドが知ってそうなものだけど。
そういう情報が出てこないという事は知らないという事なのか、はたまた黙っているだけなのか。
まぁついて行ったらわかることか。
日は真上を過ぎすこしずつ傾いていく。
飽きてきた。
どれぐらい追跡を続けているんだろう。
ダンジョンから泉に向かった時間の倍はかかっていると思う。
いまだドリアルドからの連絡はなし。
ウンディーヌはまだ引きこもっているようだ。
困ったもんだね。
そうこうしているうちに商店とダンジョンが見えて来る。
うーむ。
考えたくないんだけどまさかダンジョンに入るとかいうことはないよね。
ついさっき来たばかりなんですけど。
じゃなくて、この中に入るってことは必然的にダンジョンに犯人がいるわけで。
そしてダンジョンの犯人が自分じゃないってことはあの二人、もとい一人が犯人なわけで。
そうなると非常に話がややこしくなる。
仮に彼女が犯人だとすると理由はなんだ。
いや、理由は明白か。
魔力だ。
ダンジョンを維持するための魔力がない以上外部から取り込まなければならない。
さっき外部からの補充はぼぼないと言っていたけど、不可能ではないという良い方にもとれる。
その証拠に魔力の塊があればできるとも言っていた。
それで、こいつが今腹の中にため込んでいるモノはなんだ。
そう、ウンディーヌの作り出した魔力結晶、つまり魔力の塊だ。
おいおい考えれば考える程彼女が犯人に思えてしまう。
いやそう考えるのがむしろ自然というべきか。
まいったなぁ。
仮に彼女が犯人だとして俺には彼女を止めるすべがない。
彼女は今は亡きユリウストの命令のみを受け入れる状況だ。
新しいマスターとはいえ俺の命令は受け入れてくれそうにない。
死亡状況がどんなものか説明しても、新しい情報のインプットは同じくユリウストしかできないらしい。
あー、でも俺が新しいダンジョンの契約者だってことは理解してくれたんだけどその辺はどうなんだ。
一度言うだけ言ってみるべきなのだろうか。
もし受け入れるのであれば好都合だ。
それによって彼女は呪縛から解き放たれて自由になり、俺が再び契約をすれば何の問題もなくなる。
だが受け入れられなかった場合はどうだ。
結局彼女はそのままでこのスライムの行動を変更することもできないままだ。
そうなると再びこいつは泉へ向かいウンディーヌの魔力を奪うことになるだろう。
止める方法はこいつを破壊するしかない。
でも新たなスライムが生成されるのであればイタチごっこのままだ。
できればこの件は穏便に解決したい。
でもそれが無理なら、管理をしている彼女を止めるしかない。
彼女を、殺すしかない。
幸い人じゃないから、なんて軽く考えられるほど自分の頭はおかしくなってない様だ。
よかった。
できれば彼女を殺すことなく話を終わらせたい。
これは彼女へ惚れたとかそういう事ではなくて、彼女のスキルを無駄にしたくないからだ。
けして可愛かったからとかじゃないぞ。
ほんとだからな!
って何に必死になっているんだ俺は。
あれこれ考えているうちにスライムはどんどんダンジョンに近づき、そしてダンジョンの中に入っていった。
これで犯人確定だな。
できれば違ってほしかったけどやっぱりこうなるよね。
さてどうしたものか。
相談したいときに人は無し。
ドリアルドに話すこともできるけどむしろややこしくなりそうだしなぁ。
村まで帰って相談するにしても適切な相手がいない。
ウェリスはどうだ。
魔物とかは専門外っぽいしとりあえず魔物お倒したらって話になりそうだ。
村長やオッサンも同様だな。
ううーむ。
知り合いが少なすぎる。
情報も少なすぎる。
こんなときどうするかってすぐ調べたくなるのは現代病の一つなのかもしれないな。
まぁこの世界にはネットなんてないのでできませんが。
すぐ調べれば答えの出る世界と、調べれなくて考えなければいけない世界。
どちらがいいとは言わないけどこういった状況では前者が嬉しい。
まぁ考えてもしかたないか。
1人じゃ答えでないもんな。
まだ完璧な答えが出たわけじゃないし、とりあえず中に入って答えを確認しよう。
それから考えればいいか。
とりあえずダンジョンに入る時はドリアルドに伝えると約束したのでマナの樹に向かう。
呼びかけたらつながるって言ってたけどどうするんだ。
とりあえずマナの樹に手を添えてドリアルドを想像する。
『これでいいのかな。』
『あれ、この声はシュウちゃんかな、きこえてるよ~どうしたの?」
『おお、繋がった便利便利。』
『そう便利でしょ、こうすればいつでもお話しできるから愛の囁きも喜んで待ってるよ。』
何を言い出すんだこの子は。
『それはまたいずれね。』
『もう恥ずかしがり屋さんなんだから、シュウちゃんは。でもそこが可愛いんだけどね。』
『可愛いとかはじめて言われたよ。そうじゃなくて、ウンディーヌとは連絡取れた?』
『まだ返事がないの。でも、泣き声は聞こえるからやっぱり怖かったんだね。』
怖くて声も出ないという奴か。
今はそっとしておこう。
『そっちはお願いするよ、それと今からダンジョンに入るから連絡取れなくなるんだ。その報告をしようと思って話しかけたんだよ。』
『ちゃんと約束守ってくれたんだ、ドリちゃん嬉しいな。黒い塊について何かわかったの?』
『それを確認しようと思ってね。』
『よくわからないけどそっちはシュウちゃんにお任せするね。』
『わかった、詳しいことがわかったらまた連絡するから。』
『気を付けてね~。』
手を離すと会話が切れた。
なるほどこれは便利だ。
傍から見れば樹に向かって話しかける危ない人だけどこれは仕方ない。
離れた人と話ができるというのはやはり便利なものだ。
エミリアも商店の方とは念話のようなことができるみたいだし、この世界でも探せば同じようなことができるのかもしれないな。
念話って魔法の素質がなくても覚えることができるのだろうか。
できると便利だよなぁ。
愛の囁きがどこでもオッケー。
って囁いたことないけど。
とりあえずドリアルドには伝えたし、事の真実を確信しに行きますか。
どんな風に解決するかはその時考えるとしよう。
「なんとかなる。」
何ともならないと決まったわけではない。
言霊を信じてそう呟いた。
目指すは三度目のダンジョン最下層。
目的はスライムの主人の確認とその目的。
そして、解決方法の模索。
できれば彼女の呪縛からの解放か。
しなければいけない事にやりたい事。
一つずつ片付けていけばきっと、なんとかなる。
そう決意して本日二度目のダンジョンに足を踏み入れるのだった。
出演者が少ないと独り言が増えてしまいます。
人間普段こんなに物事を考えて過ごしているのでしょうか。
自分ではあまり考えていないつもりですが、いざ文章にするとこうなってしまうわけです。
深く考えずしたいことをして過ごせたら、それが一番幸せなんでしょうね。
物語は少し動きを見せだしました。
どうなっていくのか、もう少しお付き合いください。




