番外編~苦労人のカムリ~
うちの分団長はいったいどうなってしまったのだろうか。
常に冷静で強くあり仲間を率いる統率力も申し分ない。
剣を持てば戦場で血の華を咲かせる美しき戦乙女になる。
城塞都市サンサトローズの騎士団が来たと聞けば悪党だって悪事を辞める。
その分団を作り上げたのが我らが分団長シルビア様なのだ。
しかし、最近の分団長はどうだ。
浮ついたことが多く、いつものような凛々しいお姿をお見掛けすることは少なくなった。
聖日にも分団に残り各団員に声を掛け士気を保ってきたと言うのに、嬉々として分団を出ることが多くなった。
今回もそうだ。
名目は先日捕縛した盗賊頭の一人ウェリスの監視という事になっているが実際は違う。
奴だ。
全ての発端は奴がこの町に来たことが全ての始まりなのだ。
「イナバシュウイチめ・・・。」
「副団長どうかしましたか。」
「いや、なんでもない独り言だ。」
分団長不在の今この騎士団を纏め上げるのが私の使命だ。
シルビア様がいないから落ちぶれたなどという不名誉な噂は聞きたくない。
次期分団長として今以上の使命と責任を果たすことが今の私に課せられた呪縛だ。
この呪縛から開放される方法はただひとつ。
あの人を超えなければならない。
しかし、どうすればあの人を超えられる。
正直に言って剣技では引けをとらないつもりだ。
雷よりも速いと称される剣と足。
この二つがあればどんな強敵にも負けるつもりは無い。
しかし私には無い物がある。
それはあの人が持つ人を惹きつける力だ。
人の上に立ち、人を指揮し、人を納得させる。
口で言うのは簡単だがそのどれか一つを成す事すら私には難しい。
二週ほど前の聖日に起きた魔物襲撃事件のときもそうだった。
「副団長、各員準備整いました。」
「わかった。敵をただの魔物と思って油断するな、やつらはこれまで多くの村々を襲い多くの人たちを苦しめてきたオーグルだ。奴らは我らのように統率された動きでこちらに襲い掛かってくる。舐めてかかると痛い目を見るぞ。」
「「「おう」」」
最近小さな村ばかりを襲うオーグルの集団がいる情報は前々から届いていたが、実際に現場に行ってみるとひどい有様だった。
家々は火をかけられ、一軒のこらず破壊されていた。
村人は皆無残な死体となって殺されている。
ある者は首をはねられ、ある者は身体の皮をはがされ。
女は皆犯されてから殺されたか、犯される前に自害していた。
生きていたのは床に埋められていた倉庫の中にいた子供だけだ。
彼らもまたひどく怯え昨夜の惨劇に心を支配されていた。
当分は治療院で世話をしてやらねば心を病んでしまうだろうな。
襲撃を目撃した商人の通報がなければ他の村がまた犠牲になっていたかもしれない。
これ以上の狼藉はこの地を預かる騎士団として許すわけには行かない。
襲撃の報を受けた後すぐに部隊を編成し現場へと向かったのだった。
「奴らの痕跡からこの先にある岩場に逃げ込んだ可能性が高い。この先は奴らの支配下だ、全員気を抜かず周囲を警戒しつつ進軍せよ。」
現場から奴らの根城を見つけるのは簡単だった。
おそらく村にいた家畜を食料として持ち帰ったんだろうが、家畜の血が転々と地面に残されており大量の足跡も二三日前の雨によってぬかるんだ地面についたままだだった。
ここで奴等を仕留めれば我が分団の名誉は中央にも届くことだろう。
しくじるわけには行かない。
分団長不在の状況でも我分団がしっかりと機能するところを見せ付けなければならない。
これは分団の栄誉だけでなく私の名誉の闘いでもあるのだ。
「副団長、先行部隊が戻ってきました。」
先に向かわせた小隊が帰ってくる。
「報告します。この先の岩場にオーグルを確認、その数9体です。」
「どんな状態だ。」
「昨夜の襲撃の後に食事を取ったようで現在はどいつも寝ています、襲撃するのなら今しかありません。」
昨夜の蛮行からまだ時間はたっていない。
奴らのことだから奪った家畜を食して悠々昼寝ときめこんでいるのだろう。
これは絶好の機会だ。
気が緩んでいるうちに奴らの寝首を掻き、これまでの報いを受けさせてやる。
「総員戦闘準備、慎重に進撃し一気に殲滅する。念のために周辺の監視も怠るな。」
返事の代わりに全員が抜剣し進軍する。
岩場は左右が少し高くなってはいるがこの前の渓谷程ではない。
中央の開けた所まで行くとオーグルを直接視認できた。
大きい。
通常のオーグルよりも一回り大きいオーグルがいる。
中央に陣取り奴の周りだけ食べかすが多く散乱している。
あいつがこの集団のボスだ。
あいつを仕留めれば統率力がなくなり他のオーグルを一網打尽にできるだろう。
しかし奴の所に行くには少し距離がありすぎる。
弓で先制攻撃するには障害物が多く、広場まで出なければ複数人でオーグルを囲むことも難しい。
どうする。
自分が先行して一騎打ちを挑む手もある。
一対一なら負ける気はしない。
しかし相手は9体だ。
相手をしているうちに囲まれれば逃げ道はない。
やはりここは手前から各個撃破するしかないか。
一番手前のオーグルは幸い逆方向を向いて横になっていた。
一気に近づき喉を掻き切る。
突然の事に何が起こったのかわかっていないようだが、呼吸できない苦しさにもがき始めた。
さすが図体がでかいだけある。
これぐらいで倒れる程弱くはないという事か。
声にならない声を出しながらその場でもがくオーグルに数名で剣を突き出し息の根を止める。
しかしこの物音で他のオーグルが起きてしまったようだ。
「総員突撃!オーグルどもを血祭りにあげてやれ!」
「「「おぉぉぉぉ!!」」」
最初の一体を仕留めた勢いをそのままに騎士団全員でオーグルに襲い掛かる。
状況がうまくつかめず逃げ出そうとするオーグルに容赦なく一太刀を浴びせ、次のオーグルへと渡っていく。
とどめは部下に任せて目指すはボスオーグルのみ。
さすがに反応が早く自分の武器を持ちこちらを威嚇してくる。
「グォォォ、ニンゲンフゼイガココヲオソウナドイイドキョウダ!」
やはりしゃべることもできるか。
他のオーグルと違いこいつだけハイオーグルのようだ。
「貴様らの蛮行もここまでだ!」
自慢の足で一気に距離を詰め、剣を突き刺す。
しかし先制の一撃は大振りの太刀に弾かれてしまった。
こいつ、見た目以上に素早い。
「オマエタチ、ニンゲンドモヲミナゴロシニシロ」
「「「グガガガガガァァァ!」」」
先ほどまでパニックになっていたオーグルたちがボスの一声に雄叫びをあげる。
一方的だった戦況が一声で優勢にまで押し返されてしまった。
しかしこちらの方がまだ十分に優位だ、部下たちも決して弱くはない。
オーグル如きに後れを取るほど弱い鍛え方はしていない。
各々がオーグルを囲みつつ確実に数を減らしていく。
私の仕事はこいつの息の根を止めるのみ。
この大太刀に触れればそれだけで大けがをしてしまいそうだ。
腕力にものをいわせて大太刀の連撃が繰り出されるも、私の足があれば掠るはずもない。
確実に隙を突き、手足を切り刻んでいく。
隆々と盛り上がった筋肉がいくつもの切り傷で赤く染まっていく。
しかし、これといった致命傷を与えることができていないのもまた事実。
どちらが先に気を緩めるかそこが勝負の分かれ目になるだろう。
風圧だけで体勢を崩されそうになる。
右に振り下ろされた剣撃を逆の懐に入り込むようにして避け、通り抜ける流れで無防備なわきの下を狙う。
筋肉という名の壁がないわきの下は人にもオーグルにとっても急所になっている。
切り上げるようにして狙った攻撃は剣を持たない反対の手で防がれてしまった。
刃が腕に食い込むが、深く入りすぎてしまったせいで上手く抜けない。
くそ、これが狙いか。
動きが止まったその瞬間を逃すことなく頭めがけて太刀の柄が振り下ろされる。
剣を捨て大きく後ろに飛び下がることで事なきを得た。
しかし手に武器はない。
やつは腕に刺さったままの剣を無造作に引き抜き、足元に捨てる。
「コレデキサマハヨウナシダ。」
「それはどうでしょうか、たかがオーグル相手に武器など不要でしょう。」
「イツマデソノクチヲタタケルカナ。」
ボスを除き残るオーグルは4体。
半分は殲滅できた計算か。
得物はないが剣だけが俺の攻撃手段ではない。
距離を合わせ、再び襲いくる剣撃を紙一重で避けていく。
攻撃しないのであれば避けることに集中してしまえばいい。
いずれ振りが大きくなった瞬間に一気に決める。
右に左に距離を取り、シルビア様が舞うように自分も踊るように避ける。
あと数センチ、あと数ミリの世界で攻撃をよけていく。
奴の顔にも焦りが見え始めた。
当たらない攻撃にイライラしている。
もうすぐだ。
怒りが限界を超えた時、不用意な攻撃が飛んでくる。
その瞬間に奴の首を狙うだけだ。
そう慢心してしまった。
「敵襲!背後からオーグルが!ぎゃあああ。」
突然部下の怒鳴り声と悲鳴が聞こえてきた。
振り返ろうとした瞬間、ボスの攻撃が左肩をえぐる。
しまった。
うかつだった。
ここに居るだけがすべてではなく別の場所にもオーグルがいたのか。
痛む肩を抑えながら少し距離を取り状況を確認する。
広場のオーグルは後二体にまで減っていた、しかし安心していた部隊の背後から別のオーグルが二体襲い掛かってきたようだ。
突然の攻撃に部下たちが慌てる。
「慌てるな、陣形を整え複数人で対処しろ!単独で戦うな!」
「畜生、クレイの仇だ!」
「馬鹿野郎、勝手に戦うな。」
「やらせろ!あいつだけは俺がやる!」
部下の統率がうまくいっていない。
バラバラで攻撃しているため上手く対処できていない。
これでは不要な犠牲が出てしまう。
こんなとき、シルビア様だったら一声で他の者の秩序を回復できるのに俺にはその力がない。
その為に無駄な血が流れてしまう。
「キサマノアイテハコノワタシダ。」
そしてなによりまだこいつとの決着がついていない。
「お前と遊んでいる暇など無い!」
時間はかけていられなかった。
後ろから襲い来るボスの攻撃をそのまま受け流し。相手の勢いを使って懐に入り込む。
そして腰につけていたショートソードを引き抜き一気に顎から脳天へ突き上げた。
振り下ろす勢いと下から突き上げる勢いの相乗効果で刃はハイオーグルの脳を貫通する。
突然の反撃に反応することもできずハイオーグルは地に伏した。
「ボスは打ち取った!後は雑魚のみだ怯むな!」
「「おう!!」」
ボスが倒れたのを聞き味方の士気が一気に上がる。
士気の上昇と共に統率が自分の手の中に戻ってくる。
混乱は最小限に抑えることができた。
後数刻もしないうちにすべてのオーグルは殲滅することができるだろう。
しかし、背後からの襲撃を予想できなかったのは自分のミスだ。
自分の慢心が味方を危険にさらし、尊い犠牲を出してしまった。
背後からの攻撃を受けクレイという兵士が一人命を失った。
自分のミスが部下を危険にさらしたのだ。
自分にはまだまだ上に立つ実力がない。
そう痛感した戦いだった。
その後残りのオーグルの殲滅に成功し、多数の死傷者を出したものの世間を騒がせたオーグル集団を壊滅させたという知らせは近隣の村々に知れ渡ることとなった。
分団長無しで騎士団が勇敢に戦い抜いたのだと。
先の戦いは私の名誉となったが、私にとっては不名誉な戦いにもなった。
素直に喜ぶことはできなかった。
「ただいま戻った。」
「おかえりなさいませシルビア様。」
村に行っていたシルビア様が戻ってきたようだ。
心なしか難しい顔をしている。
何かあったのだろうか。
「変わりはないか。」
「この度は魔物の襲撃もなく平和に過ぎました。市で喧嘩があったぐらいです。」
「それは上々。さすがオーグルを仕留めたカムリ副団長殿だな。」
その呼び方はあまり好きではない。
名誉と不名誉両方が混在する呼び方だからだ。
「部下が優秀だからでございますよ。」
「その言い方、シュウイチ殿に似ているな。」
あの男に似ているとは心外だ。
あのような何もできない男と一緒にされるのは困る。
「恐れながら彼よりかは戦えるつもりでおりますが。」
「わかっておらんな。戦いは自分が強ければいいというものではない、仲間を信じ仲間を生かしてこそ良い指揮官になれる。部下を信じ部下がそれに応えるならばお前は立派な指揮官だと言えるだろう。」
私はその部下を危険にさらしてしまった。
そういう意味では指揮官失格なのではないだろうか。
「私にその器があるのでしょうか。」
「この前の一件をまだ引きずっているようだな。」
「不必要な犠牲を出してしまったのは私の落ち度です。」
クレイはわずか3年ほど前にこの騎士団に入ってきた兵だった。
前途有望で今後の働き次第では別の騎士団に遠征に出しても良いほどの兵士だった。
彼もそのことを誇りに思い、常に前向きに取り組んでいた。
しかし、そんな彼は私のミスで命を絶った。
もう彼の働きを見ることはできない。
「仲間の死を悔やむなとは言わん。しかし、お前はこれからもっと多くの死を経験する。それを無駄にするな、その悔しさはいずれお前の心を重く縛り付ける。しかし、その重さがいずれ何事にも動かされぬ芯の強さになる。仲間の死は無駄ではない、お前の心の支えとなっていつまでも生き続けるだろう。前に進め、それがお前に課せられた使命だ。」
この人はこれまで多くの仲間の死を見続けてきた。
私以上に多くの仲間を失ってきた。
この人の芯の強さはそこから来ていたのか。
けして楽な生き方ではない。
「まだまだシルビア様の足元にも及びません。」
「決して私にならずとも良い、お前はお前のやり方でこの団をまとめていくのだ。お前の背中を見て勇気を貰う者もいるそれを誇って何が悪い。お前はお前にしか作れぬサンサトローズ騎士団を目指せばよい。」
足元にも及ばない。
しかし、これからたどり着けばいい。
支えてくれる仲間と共に、私はいつかこの人を超えて見せる。
そう誓った。
いつまでもこの人は私の憧れであり目標だ。
戦場の戦乙女。
その横に立って戦えたことを誇りにしよう。
「ところでだ。」
「いかがされましたか。」
この人の願いならば、それにこたえるのが副団長の役目だ。
「シュウイチ殿に防具を差し上げようと思うのだが何がいいと思う?」
先ほどまで凛と輝いていたシルビア様が乙女のように頬を赤らめているなんて。
おのれ、イナバシュウイチ。
凛としたシルビア様を奪ったこの恨み私は忘れぬぞ。
「私の意見ではございますが・・・。」
後にサンサトローズ騎士団に稲妻のカムリ有りとまで言わしめたその男は、
後に稀代の商人と呼ばれたイナバシュウイチにいつまでも恨みをもつ苦労人でもあったのだった。
カムリ副団長は今後気苦労が絶えないとお察しします。
頑張れカムリ、負けるなカムリ。
いつか実になるその日まで。




