イナバの不思議なダンジョン:初陣
女性の準備は時間がかかるというけれど、少々時間がかかり過ぎではないだろうか。
体感時間でかれこれ30分ぐらい経っている。
借りているドリスの家の前をウロウロするのにも飽きてきた。
俺の横を通り過ぎる村人に挨拶を返しつつ改めて自分の装備を確認する。
武器:ダマスカスの短剣
防具:革の手甲
:革の鎧(上半身のみ)
:革の靴
道具:薬草×3、革の袋(そこそこ大きい奴)、革の紐、小刀、松明×3
ダマスカスの短剣は例の武器屋の親父から新たに譲り受けたものだ。
シルビア様がオリハルコンの剣の修理を依頼した際に事情を説明すると、快く再作成を引き受けてくれた。
自分の剣がオリハルコンを欠けさせたと聞いて非常に喜んだそうだ。
自分の武器に誇りを持てたと。
代金の支払いは断られたそうで、代わりに今度は自分で買いに来いとシルビア様が言付かっている。
防具は村長の昔のおさがりだし、ダンジョンに自分で潜るときはいらないけれど鍛えたりする時用に自分の装備もほしくなるよね。
その時はお世話になるとしよう。
「お待たせいたしました。」
「待たせたようだな、申し訳ない。」
やっと準備ができたようだ。
二人の方を振り返ると、そこには二輪の花が咲き誇っていた。
シルビア様はトレードマークの赤のハーフプレートとオリハルコンの剣。
エミリアは魔法使いらしい紺のローブに短い杖を装備している。
エミリアのローブ姿は初めて見たな。
魔法使いは黒のワンピースに赤いリボン、箒と使い魔の猫を持つのが正式装備だと巨匠のアニメで言っていたが紺のローブもなかなかだ。
膝下まですっぽりと覆われていていかにも後衛職といった感じだ。
杖は長くないんだな。
もっとこう大きな杖を想像していた。
「先ほど来たところですから大丈夫ですよ。」
定番の社交辞令で返事をしておく。
魔物の強さはしれているようだから正直過剰装備のような気もするが、怪我をしては意味がないので万全を期すべきなのだろう。
「シュウイチ殿は世辞がうまいな。ただ、同じ家から出ているのだからその世辞は通じぬと思うぞ。」
「待つのは慣れていますから大丈夫ですよ。」
同じ家から出てきたんだからばれるのは当たり前として、そこはスルーしていいところですよシルビア様
「忘れ物はありませんか。」
「大丈夫です。ニッカさんからいろいろ貸して頂けたので助かりました。」
「よくお似合いですよ。」
エミリアも良く似合ってるよ。
なんて言おうものなら今度はシルビア様の装備もほめる必要がある。
相手が二人いるという事は気を付ける部分も倍になるのだ。
「エミリアもシルビア様も良くお似合いです。」
「私はいつもの装備だが、エミリアのその姿は初めて見るな。」
「あまり着ることはないんですけど、さすがにダンジョンとなると何が起こるかわかりませんので。」
この前は後ろ待機だったもんね。
装備も持って行ってないし仕方ない。
「いつもの格好もいいがこの格好も良く似合っているぞ。」
そこは俺が言う所なんですけど・・・。
先に言われると二番煎じだし、だから気が利かないと言われるのか。
難しいものだ。
「それでは行きましょうか。」
「よろしくお願いします。」
「怪我などさせるつもりはないので安心してついてくるがいい。」
シルビアの姉御カッコいいです。
後ろでこそこそ戦わせてもらう事としよう。
異世界に来て自分から戦いに行くなんてこの前のスライム以来じゃないんだろうか。
あれもたまたまエンカウントして戦っただけだし、これから行く場所は戦いを主としたこの前とは違う戦場だ。
魔物だから大丈夫なんてことは一切ない。
命のやり取りをするというのは魔物も人間も同じだ。
気を抜かずに行こう。
「そんなに心配せずとも大丈夫だぞシュウイチ殿。」
「ダンジョンも5層までしかありませんし、強い魔物はいないはずです。」
そうは言うけれど初めての実戦ですから。
この前のように逃げる事や助けてもらうことが前提ではなく自分から戦いにに行くわけで。
ゲームだとボタン一つだがそういうわけにはいかない。
攻撃が当たれば痛いし、苦しい。
世の中にはゲームでダメージをくらうと現実の自分も傷を負う装置が開発されているそうだけど、どこのマゾのための装備なのだろうか。
確か血を抜かれていくという話だ。
吸血鬼か!
「初陣が緊張するとは聞いていましたが本当のようですね。」
「初陣か。確かに緊張するものだがこの前もっと激しい戦を見たところであろう、あそこまで激しいものはなかなかない。緊張は体を固くする、気を緩める方が安全に戦えるというものだ。」
「シルビア様は怖くなかったのですか。」
いくらシルビア様といえども初陣ぐらいは怖かっただろう。
「今でも戦は怖い。しかし、そこいらの魔物に負けぬほどの技量があるとわかっていれば怖くはない。初陣の時は強くなることしか考えておらんかったからな、恐怖よりも興奮の方が勝っていた。」
そうですか。
ワクワクとドキドキの方が強かったんですか。
確かに子供の時って危ない事でも楽しかった記憶がある。
はじめて蛇にちょっかい出した時も恐怖よりも興味の方が大きかったな。
子供の純粋さって恐怖に打ち勝つことができるのか。
魔物がすぐ近くにいる生活ならそうなるわけだ。
「なるほど。リラックスして戦うことにします。」
「商店で販売をするのならば捌き方も覚えねばならぬな。そうであろうエミリア。」
「確かに覚えておく方がいいかもしれません。皆さん捌いて持ってくることが多いですが、質などを見極めるためにも自分でできるほうがよろしいかと。」
捌くって魔物をですか。
確かにできるに越したことはないけど捌くの?
魚ぐらいはできるけど、あと鶏。
鶏って首切っても走るんだよね。
筋肉が動いてトコトコトコと走り出す。
ちなみに興味のある人は首なし鶏マイウで検索だ。
ゲームの世界だと倒すとアイテムのみが転がるけど、実際はそうでもないのか。
せめてダンジョンの中でも簡単仕様だったらいのに。
何で革の袋を別で持たされたか理由がやっとわかった。
獲物を取ったら入れ物がないとだめだよね。
今日の晩飯よろしくお願いしますみたいな流れだったし。
案外簡単にできるのかもしれない。
頑張れ俺。
「そのあたりもご教授よろしくお願いします。」
「獲物を取るという事は無駄にしないという事だからな。もちろんどうにもならん奴もいるがそのあたりはエミリアに聞くといいだろう。」
「売買できるものは覚えておりますので大丈夫ですよ!」
さすがエミリア。
魔法使いだけど所属は商店だもんね。
無駄にしないか。
もったいない精神がこんなところにまで来ているのか。
エコとはちょっと違うんだろうけど。
シルビア様に戦い方の基本や武器の扱い方のレクチャーを受けつつダンジョンへと向かう。
武器は敵の行動を見てから使う事。
二匹以上に囲まれた場合は下がること。
深追いしないこと。
正面ではなく横を意識する事。
仲間の動きをよく見る事。
等々。
ゲームだと隊列があって勝手に戦ってくれるけど、横一列に広がって戦ってるわけじゃないもんな。
後ろも横もあるし、SRPGのように地形も意識する必要があるわけだ。
さすがにディス〇イアのように仲間を投げたりはしないけどさ。
後ろからのダメージが高いのは現実でも同じようだ。
ダンジョンの入り口までくるのは今回が初めてだが、ぽっかりと空いた穴は中が見えず恐怖を感じる。
まるで今すぐにでも冒険者を食べようと口を開けているようだ。
中はいったいどんな風になっているのだろうか。
恐怖もあるが興味もある。
何せ生ダンジョンだ。
ダンジョンマイスターと呼ばれた血が騒ぐ。
攻略できないダンジョンなど俺にあるはずがない。
ゲームでなくてもしっかり攻略して見せよう。
ダンジョン攻略や罠の基本、探索方法などはお手の物だ。
あとは雰囲気に押しつぶされなければ問題ない。
大丈夫だ。
俺ならできる。
心強い仲間が二人もいるじゃないか。
仲間というか護衛のような感じだけど。
まずは何事もやってみる。
無理なら任せる。
これで行こう。
いざ、ダンジョン攻略だ!
「それでは行くとしようか。二人とも準備はいいか。」
「大丈夫です。」
「よろしくお願いします。」
シルビア様を先頭に中に入る。
一瞬完全に視界がブラックアウトするがすぐに明るくなった。
トンネルを抜けるとそこはダンジョンでした。
というか、洞窟か。
思った以上に明るい。
明かりもつけていないのに二人の姿は確認できるし先の方も見渡せる。
ダンジョンってこんなもんなんだろうか。
「ほう、ここは随分と明るいな。カンテラや松明を準備しなくてもよさそうだ。」
「ヒカリゴケが広がっているようですね、古いダンジョンのようですから自然に住み着いたようです。奥の方はわかりませんが暗くなるようでしたら明かりを準備しますね。」
あ、やっぱり普通は暗いんだ。
そうだよね、屋外じゃないんだし。
でも普通は後ろから外の明かりが入るものだけど。
なんて考えながら振り返ると、そこには黒い壁があるだけで外は見えなかった。
まるで面接のときに見た黒い壁のようだ。
ダンジョンってこんなものなのだろうか。
「後ろはもうわからないんですね。」
「ダンジョンは普通の洞窟と違って中に入ると別の空間に移動します。もちろん後ろの壁を通り抜ければ元の場所に戻りますが、目の前に広がっている洞窟は別の空間にできたダンジョンの中というふうに思ってもらえればと思います。」
本当だ。
壁に手を入れると自分の手が見えない。
なるほどなぁ、どうやって地下に掘り進めるのかと思ったらそういうカラクリだったのか。
ダンジョンという別の世界に飛ばされたと思えばいいわけだ。
ダンジョンという別空間をどんどん拡張していくわけだな。
まるで不〇議のダンジョンのようだ。
シ〇ンはフィールドだけどト〇ネコはダンジョンだったし、まさにこんな感じなんだろうな。
すごいなぁ。
ダンジョンってすごいなぁ。
全く違う空間という事は広さも未知数という事か。
マッピングしながら行った方がいいのかもしれない。
「では行くぞ。」
シルビア様を前衛に俺とエミリアが続く。
長い一本道を進むとT字路に出た。
「どちらから行きましょうか。」
「まずは右に。」
世の中ではクラ〇カ理論と呼ばれることもあるそうだが、通常ダンジョンでは左回りに進むことが多い。
これは右利きの人が左に壁を触りながら進むと必然的に左回りに攻略するからだそうだ。
あとは行動学的に左回りが多いらしい。
なので俺はいつもあえて右側から攻略することにしている。
目印さえつけていれば間違えることは少ない。
右側の壁に剣で印をつけて右へと進む。
自然発生のダンジョンがどういう仕組みかはわからないが、迷路でないのならいずれ出口か入り口にたどり着ける。
ここではマップを見渡すことなど出来ないので踏破する必要はないのだ。
「右か。何か理由があるのか?」
「特に理由はありませんが、常に右に進めばいざというときに戻ることができますので。」
「確かに統一性をもって進めば迷子にはならんか。」
「地図がありませんしここはシュウイチさんにお任せします。」
地図なんかがあるのか。
入るたびにマップが変わる不思議系ではなさそうだ。
さほど入り組んでいる感じはなくしばらく進むと曲がり角にぶつかり、道沿いに進むと部屋に出た。
「む、魔物がいるな。」
いよいよか。
さほど広い部屋ではないがコンビニぐらいの大きさはある。
奥に一匹のモフモフした生き物がいた。
「モフラビットですね。森にも生息する一番弱い魔物です。」
ふさふさしたウサギか。
初陣にふさわしい相手だ。
いきなり強敵とかは勘弁願いたい。
「モフラビットであればイナバ殿一人でもなんとかなるだろう。動きはさほど早くない、よく見て避ければ問題ない。」
いきなり一人ですか。
でも一番弱いらしいし、これぐらい相手にできないとこの先が思いやられるな。
剣を構えて中腰でゆっくりと進む。
壁の方を向いていたウサギがこちらの気配に気づき振り返る。
エンカウントした。
ウサギらしいトコトコとした速さでこちらに近づいてくる。
魔物でなければしゃがみこんでエサでもあげたくなる可愛さだ。
「ジジジジジ。」
うわ、変な声を出して威嚇してきた。
歯をこすり合わせて真っ赤な目でこちらを見て来る。
あの歯で噛まれると痛いどころじゃすまないと思うんですけど。
ゆっくりと距離を近づける。
5mを切った。
ウサギは威嚇音を出しながらこちらを見て来る。
その時だった。
ウサギがいきなり走り出しこちらに体当たりをしてきた。
しっかり見ていた為、余裕をもって横に回避する。
思ったよりも早くない。
やれる。
振り返り、もう一度ぶつかろうとするウサギ。
短剣を構えて動きを待つ。
避けてから攻撃。避けてから攻撃。避けてから攻撃。
まるで紫色した巨大人造人間にのったパイロットの心境だ。
相手の目を見てタイミングをうかがう。
ウサギがとびかかってくるのを確認してから右側にステップして避け、後ろからウサギめがけて短剣を振り下ろす。
生々しい感触と共に振り返ろうとしたウサギの頭を首のあたりから叩き切った。
思ったほどの衝撃はなかった。
ただ、カッターナイフで段ボールを切るような抵抗があったぐらいだ。
ダマスカスの切れ味が良すぎるんだろう。
ウサギは悲鳴を上げることもなく息絶えていた。
首から切ったので血が出ているが、血抜きしやすいと思えばいい。
あっけない戦いだった。
初陣ってもっと苦労すると思ったんだけど。
こんなんでいいのか。
ボロボロになりながら戦うイメージはあっけない終戦にもろくも崩れ去った。
「一太刀で仕留めたか。さすがというべきかな。」
「さすがシュウイチさん!」
褒めてくれるのは嬉しいけどこれは武器の性能によるものだから自分の強さじゃないんだよね。
でもこれを積み上げて強くなるんだから経験値としては十分すぎるほどだ。
戦える。
魔物と戦える。
そして勝てる。
この事実はこれからの戦いにおいて一番重要なものだ。
自信になった。
俺はできる。
「数をこなせば複数を相手にすることもできるだろう。ちょうどいい獲物だ、捌き方も一緒に覚えてもらおうか。」
ここからは少々グロテスクなので省略するが簡単に言えば毛皮を剥ぎ内臓を抜き、肉と毛皮に分けたのだ。
よかった。
鶏捌いたことがあってよかった。
思ったほど抵抗感なくできた。
食べれるのであれば美味しくいただかないとね。
合掌。
持ってきた袋に無造作に放り込んで後処理終了だ。
「はじめてにしては手慣れた感じだったな。」
「昔鳥を捌いたことがありましたからそのおかげです。」
「モフラビット毛皮は買取に回せますし肉は食料になります。初心者の良い獲物です。」
なるほど、初心者御用達で美味しい魔物か。
「さぁ初陣も済んだ所だ、どんどん進むとしようか。」
この感じだと問題なくクリアできそうだな。
なんて思っていた時が私にもありました。
本当の戦いはここからだったのです。
いや、マジで地獄だった。
うん。
生き物を仕留めるというのは現実ではあまりないことです。
しかし田舎に行ったとき感じたあの気持ちは一生忘れられないでしょう。
今食べているモノは元は生きていたと。
食べ物は粗末にせずしっかり食べましょうね!




