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[第一部完結]サラリーマンが異世界でダンジョンの店長になったワケ  作者: エルリア
第二章

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生き残るために

 逃げるとは言ったものの現実はそう簡単ではない。


 何せ、異世界転生モノによくある俺TUEEEE!ができる要素は一切持ち合わせていない。


 ユニークスキル0


 戦闘能力初期値


 所持スキルは話術に交渉術、最近ついてきた多少の度胸。


 今までプレイしてきたゲームでもこれだけ厳しい縛りプレイはないだろう。


 いやー、何にもできなさすぎて逆にすがすがしいね。


 こんな自分にできる選択肢はただ一つ。


 逃げる事のみ。


 渓谷中に響き渡る戦いの声と音。


 シルビア様率いる騎士団全員が正面から攻め込んでいる。


 ここまでくるにはまだかかるだろうし、この騒動の中で見知らぬ人間がいたら間違いなく敵決定だ。


 敵にエンカウントせず友軍と合流する作戦をリトライ無しで実行しなければならない。


 命の危険とかそういうレベルじゃない。


 発見=死亡確定だ。


 さてこんなときどうするか。


 その1:友軍が来るまで閉所にて隠れておく。

 その2:友軍めがけて正面の門まで疾走する。

 その3:敵軍に偽装して友軍に接近する。

 その4:あきらめてその場で迷走する。


 うーん、4はなし。


 3はそもそも偽装するための条件が不明すぎて危険。


 2は敵地を突っ切れる保証は0。


 1は隅っこに行き過ぎて逆に危険な可能性大。


 結論・・・有効な選択肢はなし。


 まいったねこりゃ。


 でも建物の入り口で突っ立ってるわけにもいかない。


 とりあえず選択肢1を実行するしかない。


 慌てて入ってきた衛兵に思わず腕が伸びて幸運にもラリアットのような格好になったが、所詮素人でしかも貧弱オタクのラッキーアタックだ。


 すぐに起き上がって襲って来るに違いない。


 細長い渓谷に逃げる場所などほとんどなく、隠れることができそうなのはここに住んでいる盗賊の家ぐらいだ。


 この騒動で家から飛び出して、正面の門に向かって現在留守でーす、とか最高なんですけど。


 さすがにご都合主義全開すぎて無理だと思う。


「ここに居たって始まらないか。」


 自分に言い聞かせるように呟き、正面入口へと駆け出す。


 しばらく進むと広場を抜けまた細い道に戻ってきた。


 この辺りは居住区になっているようで木造住居が点在しているな。


 中から音は聞こえないし無人だったらひとまずここに逃げ込みたい。


 誰もいないことを祈りつつ、恐る恐る玄関を押し開けてみる。


 見た感じだれもいない。


 あまり人がいないのか少しかび臭い。


 換気されてないような感じだ。


 谷底だし湿気もたまるから仕方ないか。


「失礼しま~す、どなたかいらっしゃいませんか~。」


 反応なし。


 逃げ場はこの入り口しかないか。


 見つかった時はどうしようもないな。


 でもこのまま突っ込んだところでどうしようもない。


 それならばここで隠れていればもう少し友軍が攻め込んできてチャンスが増えるかもしれない。


 生き残るために手段は問えない。


 というか問うほどの選択肢がない。


「お邪魔しま~す。」


 中は6畳ぐらいの広さで机とベットのような木の台に藁が引いてあるだけ。


 机の上に埃がたまっているみたいだしここ最近人がいなかったようだ。


「幸子さん、ここに埃が残っていましてよ。」


 机の埃を人差し指でなぞってみる。


 有名なセリフが思わず出てしまった。


 誰だよ幸子さんって。


 知り合いかよ。


 いや、知り合いにそんな名前の人はいなかったな。


 秋子さんならしってる。


 あ、謎ジャムの人じゃないよ。


 ひとまず玄関を閉めてドアを開けた時に隠れる位置に座り込む。


 ウェリスの時のように誰かが入って来ても対処できる位置かつ、攻撃のアドバンテージがとれる場所だ。


 ただしこれは相手が一人の時だけでツーマンセルやスリーマンセルだと意味がない。


 ナ〇トのような班で動かれると即アウトだ。


 まぁ、そんなふうに訓練されているのは軍隊とかそれこそ騎士団とかだろうからありえないと思うけど。


 座り込んだとたんにドッと冷や汗が体中から出てくる。


 目的地まで20%も進んでいないのにこの状態だ。


 もっと厳しくなるここから先なんてほんとうに行けるんだろうか。


 ここで濡れ鼠のように震えて待っている方がいいのではないだろうか。


 恐怖から否定的な事しか思い浮かばない。


 そらそうだ。


 普通に考えてNPCキャラ的な人間だし。


 英雄でもなければ勇者でもない。


 ただのオタクサラリーマンだ。


 この世界的にはただの商人か。


 商人で勇者のように戦えるのはト〇ネコだけで十分です。


 しっかし、なんでこうなったんだと思っても仕方ないよな。


 身分不相応にこんな事柄に首を突っ込んだのは自分の責任だし。


 勢いに流されてしまったというかなんというか。


 勢いで流されていいのはベットのお誘いだけでいいと思う。


 経験ないけど。


 じっと息を殺して外の様子に耳を立てる。


 後ろから衛兵が来てる感じはなし。


 ウェリスが逃げてきたリグランドやエルが走ってくる様子もない。


 静かだ。


 戦闘音は聞こえるが家の周りは静かだった。


 このまま何もなくすべて終わればいいのに。


 全て終わって予定通り商店を開いて夢のハーレム生活に進めればいいのに。


 あー、でも失敗したら即奴隷か死亡だもんな。


 ある意味今の状況と一緒か。


 でも危険は明らかに少ないよな。


 ダンジョンに入っても自分のモンスターには攻撃されないから死なない。


 経営がうまくいけば死ぬことはないわけだし。


 決めた。


 下手なことに首をつっこまずに堅実に生きていこう。


 トラブルがこっちによって来ても逃げていこう。


 うん、そうしよう。


 それができれば・・・。



 身を隠してどれ位経っただろうか。


 体感時間では30分ぐらい経っているが、こういう時って実際の時間ではそんなに経ってないことが多い。


 訓練された騎士団と盗賊の集まりでは、いくら地の利があるとはいえ騎士団に軍配が上がるだろう。


 裏切りも計画には含まれているし、30分も経てばこの辺りまで来ている可能性だってある。


 でもそんな感じはしない。


 苦戦しているんだろうか。


 シルビア様含めそうそうたるメンバーだからそれはないと思うんだけど。


 こういうときは悲観的なことしか考えないな。


 ここは1つ乳のことを考えるべきだ。


 エミリアのなんともいえないあの丘のことを。


 シルビア様も意外と隠れ巨乳だったりして。


 私服を見てないから判断の使用はないが。


 うん、こういうときでもこんなこと考えてると元気が沸いてくるな。


 いろんな意味で。


 なんて馬鹿なこと考えていると近くを走る足音が聞こえてきた。


 人数はわからないが一人ではない。


 2~3人ぐらいだろうか。


 この中に入ってくると厄介だ。


 二人以上だとどうにもならない。


 ヤバイ。


 万事休すか。


 足音はドアの前で止まった。


 入ってくるな。


 入ってこないでくれ。


 そんな願いもむなしくドアが開けられる。


 窮鼠猫を噛むって言葉もある。


 最後は一矢報いてやるしかない。


 来い。


 ビビッて死ぬだけは真っ平ごめんだ。


 飛び掛る準備をしたそのときだった。


「ここに、シュウがいる。どこだ、出でこいシュウ。」


 この声は先ほどの塀の上にいた門番だ。


 確か、ホルダとトルタとかいった名前だったはず。


 よりにもよってこの二人か。


 門番を任せられるぐらいだからそれなりに強いんだろう。


 俺の異世界ライフもここまでか。


 短い夢だった。


 次に生まれ変わるときにはせめてユニークスキルの一つでも持って生まれたい。


「シュウ、助けに来たぞ、騎士団が来た。」


 知ってるよ、俺が呼び込んだんだから。


 でもおかしい。


 俺が犯人だとわかっているならわざわざ騎士団が来たなんていうか。


 いや、罠かもしれない。


 誘い出して捕まえるつもりかもしれない。


 どうする。


 出て行くしかないが、出て行ったら終わりかもしれない。


「トルタ、ここにシュウいるのか。」


「間違いない、ここからにおいがした、シュウはここにいる。」


 樽の中のシルビア様に気付くぐらいだ、隠れたままは無理か。


「外にいるのは誰ですか。」


「俺だ、ホルダとトルタだ、怖くない、まだここは大丈夫。」


 出て行くしかない。


 覚悟を決めろ。


 まだ死ぬと決まってない。


 口で何とかするしかない。


 俺にはそれしかないんだから。


 意を決して扉の裏から出る。


 門の前で見たさっきの二人だ。


「シュウ、騎士団が攻めてきた、ここ危ない、一緒に逃げる。」


「お前肉くれた、逃がしてやる、そのかわりまた肉もってこい。」


 交互にしゃべる二人。


 どっちがどっちとか今はどうでもいい。


 逃がすだって。


 探しに来たわけじゃないのか。


「騎士団が攻めてきたというのはどういうことでしょう。」


「肉食べてた、やつら門を開けて入ってきた、ここ危ない、一緒に来い。」


 シルビア様は上手く門を開けることができたらしい。


 ここまでは作戦通りだ。


 なぜかこいつらには俺が犯人だとは思っていないようだ。


 それに肉のお礼か何かで逃がしてくれるとも言ってる。


 信じられないがここは信じるしかない。


 神はまだ見捨ててなかった。


 ありがとう神様、後で美味しい肉お供えするから!


 どこの神様か知らないけど。


 あー、でも死神の罠でないことだけ祈る。


 逃げた先で後ろからとかだけは勘弁してもらいたい。


「どこに逃げるんですか、ここは逃げ道なんてどこにもないのでは。」


「入り口と奥の真ん中、割れ目がある。そこから外に逃げれる。」


「ホルダが見つけた、トルタが掘った、他の誰も知らない。」


 どこかに隠し通路があるのか。


 他の誰も知らないって事は後ろから来るかもしれないグランドとエルは知らないのか。


 でも、そうなるとウェリスは死んだことになる。


 死亡フラグなんてたてるから。


「お願いします。連れて行ってください。」


 今はそんなこと言ってる場合じゃない。


 命さえあればなんとかなる。


 上手く逃げ出せればあとは騎士団と合流すればいいのだ。


 そのあとウェリスを助けに行けばいい。


 死んでないことを祈るしかない。


「こっちこい、いそぐ。」


「ホルダいく、トルタの後ろ、ついてくる。」


 家の外に出て先を行く二人を追いかける。


 さっきの言い方だと前を行くのがホルダでその後ろがトルタだな。


 よく見るとトルタのほうは髪の毛の後ろを団子のようにくくっている。


 ホルダはただ短髪にしているだけのようだ。


 見た感じ小柄だからホビルトかドワーダだろう。


 まだ亜人種には会った事ないからわからないけど、おそらくヒューリンではないと思う。


 しゃべり方が普通じゃないのは理由があるのだろうか。


 二人は戦いの音の方に走っていく。


 音はどんどん大きくなっているがまだ戦場は見えない。


 しばらく走るとホルダが右に曲がり細い切れ目のような場所に入っていく。


 どんどん狭くなり普通に歩くのが難しくなってきた。


 体を横にして後を追いかける。


「ここだ、しゃがんで、通れ。」


「この先森に出れる。まっすぐいく、町に出る。」


 先に進んでいた二人の姿が見えない。


 ギリギリしゃがみこめるぐらいの場所にぽっかりと穴が開いていた。


 後ろ向きに四つんばいになって行くしかないか。


 前が見えないってこんなに怖いのか。


 でもこうでもそないと穴に入れないし。


 行くしかない。


 出た先で殺されるとかは考えないでおこう。


 後ろ向きに進むこと50mもなかったと思う。


 穴を抜けるとそこは森でした。


 正面には上れそうにない崖。


 そこにぽっかりと開いた穴。


 穴の横に穴と同じぐらいの石が置いてある。


 おそらくこれで穴を隠していたんだろう。


 振り返るとトルタとホルダがこっちを見ていた。


 ヤバイ。


 殺されるやつか。


 助けた振りしてザクっといくやつか。


「ここ、壁沿いに行く、門の近く出る。」


「騎士団いる、手前の川、下る。町の近く出る。」


 壁沿いに行って川を下るか。


 いや、そのまま行けば合流できるかもしれない。


 二人がついてこないならそのほうがいいな。


 ついて着たらおとなしく下るしかないが時間をロスすることになる。


「お二人はどうされるんですか。」


「俺たち、道、もどる。」


「戻って、戦う。ウェリスの旦那肉くれた。」


 つまりウェリスも助けると言っているのか。


 でもウェリスはあの二人と戦っているはずだ。


 そこに加勢されたら間違いなく死ぬ。


 ここで二人を引き止めたほうが騎士団の被害も少ないかもしれない。


 でも、早くここからにげたい。


 どうする。


 どうすればいい。


「ご一緒には来てもらえないのでしょうか。」


「ここ、だれも知らない、安全。」


「戻る、ウェリスの旦那騎士団と戦ってる、俺たちも向かう。」


 そうか、この二人はウェリスはまだ味方だと思っているから最前線へ向かうのか。


 それなら無理に引き止めない方がいいかもしれない。


 下手にここで抵抗してもおかしい。


 シルビア様やイケメンがやられるとも思えない。


 ここは他の皆を信じて早く合流しよう。


「ありがとうございました。」


 2人に礼を言って壁沿いを走る。


 振り返りはしなかった。


 恐らく彼らは穴から再びあの戦場へ戻るだろう。


 そして再び敵として戦いに参加するのだ。


 敵に礼を言うのもおかしな話だ。


 中に戻れば彼らは騎士団に襲い掛かる。


 しかし、今はあの戦場から救い出してくれた救世主でもある。


 皮肉なものだ。


 生きていてほしいなんて、思ってはいけない。


 彼らとウェリスは違う。


 明確な違いは正直何とも言えない。


 もしかしたら中でウェリスは寝返っているのかもしれない。


 しかし、これは言い切れる。


 彼らは敵側の人間だ。


 たまたま仲間と勘違いしてくれただけで俺は今生きている。


 本当なら殺されていてもおかしくなかった状況だ。


 命を救われた。


 それは間違いようのない事実だ。


 だがそうだからと言って殺さないでくれというのはおかしな話だ。


 騎士団からすれば敵でしかない。


 ただの商人を救ったからと言ってウェリスのように恩赦をかけるわけにもいかないだろう。


 戻るころには雌雄が決しているかもしれない。


 急ごう。


 今は何も考えずに走ろう。


 まずは生きているという事実だけでいいじゃないか。


 生きてエミリアの元に戻る。


 それからウェリスを救いに行く。


 あれこれ考えるのはできるが、選べるものは一つだけだ。


 全て救えるわけじゃない。


 そんな万能な人間ではない。


 ちっぽけな人間だ。


 敵に命を救われるような男だ。


 それでも、生きている。


 今こうやって走っている。


 生き残ることができただけでいいじゃないか。


 生き残ることができた。


 その事実だけが今の自分を走らせている理由だった。


 走れ。


 現実を受け入れるために。


 走れ。


 命を救うために。


 走れ。


 エミリアに会うために。


 自分にできる精一杯の力で、俺は走った。


長いお休みをいただいて土日の分を更新することができませんでした。

更新を途絶えさせないつもりでしたが自分の執筆力不足です。


楽しみにして下さっちる方がいると勝手に自惚れ、これからもよろしくお願いいたします。

たくさんの人に読んでいただき、感想までいただき感謝でいっぱいです。


あと二話程でこの話に区切りがつくと思います。

それまでお付き合いください。


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