トカゲの尻尾と第二の選択肢
騎士団を出るとまっすぐ市場へ向かう。
種売りが現れるであろう一角にネムリが陣取っていた。
どうやら村で仕入れた残りの毛皮を売るようだ。
「遅いですよイナバ様!」
「報告が長引いていたんだ。後で兵士が変装してここに集まってくるから安心していい。ネムリは予定通りここで商いをしてくれたらそれで構わない。不審なやり取りがあったら何か合図をしてくれれば近くまで行くから。」
「本当ですか。さすがに一人では不安でしたが騎士団の皆さんが来てくれるなら安心です。」
ホッと胸をなでおろすネムリ。
さすがにこれだけの大役を一人でやらせるわけにはいかない。
こちらはこちらで買い物をするふりをしながら様子を見ることにしよう。
「少し離れた場所で見ているから頑張って。」
「捕縛後はどうすればいいんですか。」
「騒ぎにならないようにする予定だけど、念のために白鷺亭に集合しよう。もし騒ぎになった場合は荷をまとめて全力で逃げてもらって構わない。」
騎士団に集まるわけにはいかないし、捕縛後は捕まえたやつが口を割るまでに時間がかかるだろう。
遅くても明日までには何らかの情報が集まると思うからそれまで待機していればいい。
「わかりました。イナバ様も気を付けて、あ、来ましたよ!」
予定通り昼少し前、ネムリの少し横に大きな手押し車が到着した。
小汚い商人がのそのそと敷物をしき、豆を荷車から降ろす。
小汚いのは服だけで肌は比較的綺麗だ。
手も荷車を引いているという割にはごつごつしていない。
やはり盗賊の変装と思って間違いないだろう。
「いい話をありがとう、ちょっと話を詰めてくるからまた後で来るよ。」
「こちらこそご贔屓に、良い商売を期待していますよ。」
さも用事が済みましたというように芝居をしてネムリのそばから離れる。
あとは商人が豆を売り終わるまですることはないのだがここから離れるわけにもいかない。
どうしたものか。
「シュウイチさん、ここにいましたか。」
「エミリア、よくここがわかりましたね。」
「騎士団に向かうとここにおられると伺ったので。これ、よかったら食べてください。」
エミリアから差し出されたのはパンに野菜やら肉やらが挟まったクラブサンドのようなものだ。
サンドイッチのように耳を落としてはいないが挟んで食べるという文化はこちらの世界にもあるらしい。
「これは支配人が?」
「はい、外でも食べやすいように準備してくださったそうです。」
「では食べながら詳しい話を聞きましょうか。」
ネムリがギリギリ見える場所に動き、壁にもたれるようにして二人で昼食をいただく。
何の香辛料かはわからないがピリっとした刺激が食欲をそそる。
胡椒ではないと思うがそれに近い味だ。
「これは美味しいな、手軽に食べれるし手も汚れない。」
「そうですね、会議の時などに食べると便利かもしれません。」
たしかサンドイッチの起源はサンドイッチ伯爵がポーカーをするときに手軽に食べたいからと言って発明したのが起源だっけ。
あれ、ちがったかな。まぁいいか。
「エミリアはどういう状況か大体聞いてきたのかな。」
「軽くですけど。種を取引している商人が現れたので頃合いを見て捕縛すると伺いました。」
「その通り。他の店よりも安くしているから飛ぶように売れているし、これじゃあ夕刻よりも早く捌ききってしまうだろうな。後は仲間が売上金を回収に来たりしないかだけど。」
今のところは不審な動きはない。
ただ、他の種売り商人が客をすべて奪われてしまい恨めしそうな顔でその光景を見ている。
お願いだからこのタイミングで暴れたりしないでくれよ。
今日でいなくなるんだからさ。
「エミリアの方はどうでした。何かわかりましたか。」
「レンガの方は冬の節の全ての期にわたって売買されていたようです。商店としても商品の動きが鈍い時期に大量に購入している不思議な状況に気付いていましたが、売り上げがあるのは助かるとのことで特に調べもしなかったようです。」
まぁ、どの業界も売り上げがあるのは嬉しいことだし、武器や火薬のように危険なものではないから特に不審に思うこともなかったんだろうな。
「冬の節ということは90日ですか、結構な量を購入したようですね。」
「そうですね、出荷量だけで考えても城壁を作れてしまう量ありますから。」
屋外のアジトが砦になっている仮説は現実味が出てきたな。
どんどん話が大きくなっていく。
最初はただの盗賊討伐のだけだったのに。
アリの時もそうだったがトラブルは向こうから勝手にやってくるようだ。
「あまりよくない方に話が進んでいますね。」
「シュウイチさんは何かつかんでいるんですか。」
「まぁまだ情報が少なくて仮説段階ですけど。この商人を捕まえて吐かせることができれば話は簡単に済むんのですが、そう上手く問屋が卸さないでしょうね。」
どうも話が簡単に済むとは思えない。
とりあえず捕縛してからの話だが、すぐに情報をはかない場合は別の手段に切り替えるしかないな。
できればこの方法は取りたくないんだけど。
その後エミリアと市を見て回るふりをしながら監視を続ける。
時は過ぎ昼の中休みの鐘を聞いた頃、動きがあった。
「シュウイチさん、ネムリ様がこっちを見ているようですがどうかされたんでしょうか。」
「ネムリには用がない場合以外はこちらを見ないように言ってあったのですが、念のためエミリアはシルビア様に報告を。私はネムリに様子を聞いてきます。」
「わかりました。」
種の減り具合からそろそろ動くころだろうとは思っていたが、様子がおかしい。
念には念を入れてシルビア様に来てもらってもいいだろう。
不測の事態が起きた時に指揮を執る者がいると助かる。
「先ほどはどうも、店の者とも話したのだがやはり今回は見送ろうと思うんだが。それとは別にホワイトウルフの毛皮はないかな。」
適当に話を作りながらネムリに話しかける。
少し怯えたようにも見えるがなにかあったのだろうか。
「先ほどはどうも。そうですか今回はやめておきますか。それは残念、こちらとしても売り急ぎたくて困ってましてね。ほら、お隣はもうありませんがうちはこの在庫の山でして。それでホワイトウルフでしたね。」
売り急ぎたい。
ふむ、そういう素振りを見せているということか。
話の流れで横を見てみると種はほぼ完売。
残りわずかという所だ。
しかし特に困った様子はないけどな。
「ホワイトウルフは生憎昨日売れてしまいまして。狩りに行くにも私のような商人には難しくてですね、武器を持った仲間でもいればいいんですけれど。」
武器を持った仲間。
それか、ネムリが見たのは。
おそらく横の商人の近くを武器を持った仲間が通り過ぎそれを見てから売り急ぐようになったと。
やはり仲間がここにきているようだな。
騎士団が探しに来ているとわかって何か急いでいるに違いない。
はやく仕入れを終わらせて、町からおさらばしようとしているんだな。
しかしそうはさせない。
こいつにはしっかりと吐いてもらわないといけないのだから。
「そうですかそれは残念です。今腕の立つものをよその町から呼んでましてね、到着しましたら一緒に狩りに行きましょう。それまでこの町でお待ちいただくことはできますか。」
「それはもう喜んで。私はこの町で商いをしておりますのでいつでもお呼びいただければ、良い狩場をご案内できるかと思います。」
話の意図は伝わったようだ。
今援軍を呼んでいるからここで待て。
しかし、よくもまぁお互い口から出まかせがポンポンでるものだ。
商売人ってのは怖いね。
「それじゃあ行くよ、よい商いを。」
「こちらこそ、楽しみにお待ちしています。」
もうすぐ動き出すのは間違いない。
離れると同時に横の商人にも最後の客がついた。
恐らく安値でも売りさばいて離れる事だろう。
あとは騎士団の皆さんにお任せすればいいだけだ。
エミリアは間に合いそうにないから、ここに居る兵士に期待するしかない。
市場を離れて大通りから様子を窺う。
商人が動くとしたら大通りではなく裏通りの方だろうが一応念の為だ。
しばらく待つとネムリが慌ててこちらへ走ってきた。
「イナバ様大変です!商人が殺されました!」
おいおい何の冗談だ。
兵士には捕縛って言ってあったのに抵抗でもされたのか。
武器を持った様子はなかったし、まさか仲間の仕業か!
「どういうことだ、詳しく教えてくれ。」
「商人が店じまいをして裏通りの方に向かいました。恐らく兵士であろう皆さんも後を追いかけたのですがいきなり叫び声が聞こえて、『逃げるな!』とか『捕らえろ!』とかいろいろ声が聞こえてきたんですけど様子を見に行ったら裏通りの入り口で商人が血を流して倒れていたんです!」
興奮したネムリが状況を伝えてれる。
おかしい。
仲間がいたとしても商人を殺す理由が見当たらない。
売上金を奪って逃げたとしても商人の仲間だろう。
まさか、カムリの言っていたように尻尾切りにあったんだろうか。
いくら替えの商人が手配できるとはいえ、こんな騒動を起こしてしまえば奴らも商売をしづらくなる。
同じように種を安売りすればこの前のやつだと怪しまれる可能性だってある。
騎士団が探しているとわかったのが昨日、いくら何でも動きが速すぎる。
「シュウイチさん、どうしたんでしょう市場が騒がしいですが。」
「狙っていた商人が何者かに殺されたんだ。詳しくは騎士団の皆さんが調べてるようだけどまさかこんなことになるとは想像してなかったな。」
「横で商売をしていた私も狙われるのでしょうか、どうしよう家族の身が。」
「おちつけネムリ奴らの狙いはあくまで横の商人だ。無関係のお前まで狙う理由が見当たらない。こんな大騒動をしでかしてまた狙って来るようなへまはしないだろう。」
そうはいいながら最悪の事態は否定できない。
ネムリ一人ならまだいいが、家族の身もとなると話がややこしくなる。
これはネムリの家族にも護衛をつけたほうがいいだろうか。
「念のためにネムリは一度家に帰れ。騎士団には家の周りを巡回してもらうように話をつけておく。今日一日は家から出ないように家族にも伝えてくれ。」
「わかりました、後はお願いします!」
商品を残して慌てて帰ってく。
仕方ない、売り物はこちらで回収して明日にでも届けてやればいいか。
とりあえず今はどういう状況か情報を集めることが先決だ。
「ネムリさん、ご家族がおられたんですか。」
「ええ、奥さんと子供が家で待っているそうです。用心してもらうに越したことはないでしょう。」
「奥さんと、お子さんも・・・。」
心なしかショックを受けているエミリア。
わかるわかるぞ、その気持ち。
俺も同じ気持ちになった。
信じられないよな、そして自分のことを考えるよな。
それはいけない、考えちゃいけない。
現実は現実として受け止めよう。
「ネムリの荷を片付けたら現場に行きます。エミリアはどうしますか。」
「・・・え、あはい!行きます、一緒に行きます。」
現実に戻ってきたようだ。
おかえりエミリア。
別の事に集中すれば嫌なことは考えないで済むからね。
「では行きましょう、シルビア様も現場で指揮を執っているはずですから何かわかるでしょう。」
エミリアがここに居るということは呼んできてくれているはずだ。
大量の毛皮を荷車に押し込んで、近くを歩いていた子供を捕まえる。
銅貨10枚握らせると喜んで騎士団までもっていってくれるようだ。
良い小遣い稼ぎになったかな。
現場付近は規制線が張られ、なんてことはなく兵士が立って通行を制限していた。
シルビア様がこちらに気付き中へと誘導してくれる。
死体はなかった。
ただ、その場に残された血痕がここで何があったかを物語っていた。
グロいのはちょっと苦手なのでできるだけ見ないことにする。
「イナバ殿、まずいことになったようだ。」
「ええ、ネムリから聞きました。詳しく教えてくださいますか。」
「兵士の話では市場を離れ裏通りに入った所を捕縛しようとした際に、別の通りから来た男がいきなり商人に襲い掛かったそうだ。腹を一突きにされて商人は絶命、犯人を追いかけたが路地の奥で見失ったそうだ。念のために捜索させているが恐らく見つかることはあるまい。」
「売上金はどうなりました、犯人が持って逃げたとか。」
殺す理由はわからないが目的は金だろう。
「金はここにある。一瞬探すそぶりをしたそうだが兵士が来たことに気付き何も取らずに逃げたようだ。これでまたふりだしに戻ったというわけだな。外のアジトで何か企んでいるとのことだったがそれも探せずじまいか。」
金を奪い取ろうとして失敗したのか。
ということはやはりトカゲの尻尾切りだな。
一度種の商売から身を引くと決めて、自分たちの事を知っている商人を消すことにしたんだろう。
売上金さえあれば後はどうとでもできる。
しかし彼らは失敗した。
目的の金は手に入らず、今後種を捌くことも難しい。
何か別の方法で稼ぐ手段を考えだすだろうが当分は監視の目が強くなっているので難しくなってくるだろう。
ということはだ。
第二の選択肢に現実味が出てきたということだな。
あまりこの手段はとりたくなかったけどそれしか方法はないだろうし、そのために種もまいてエサも準備したわけだし。
無駄になればいいと思っていたことが無駄ではなかった。
準備しておいてよかったと思えないのはこれが初めてだ。
「金がこちらの手にあるということは彼らが次にどう動くかという事もおおよそ見当が付きます。詳しくは詰所の方でお話しします。大丈夫だとは思いますが念の為ネムリは家に帰しましたが護衛をつけていただけますか。」
「わかった、現場を他の者に任せて私もすぐ向かうとしよう。カムリがもう戻ってきているはずだ事情を説明して部屋で待っていてくれ。」
「わかりました。」
エミリアと共に現場を離れて騎士団詰め所へ向かう。
と、その前に。
丸腰で行くのはさすがに危険だからな、お守りを持っていこう。
「ちょっと寄るところがあるけどいいかな。」
「どちらへ向かわれるのですか。」
「お守りを買いに、できれば使いたくないんだけど。」
大通りを北上し、最初に入った武器屋に入る。
「イラッシャイ。」
相変わらず愛想のない親父が迎えてくれた。
「先日はどうも。やはりあの輝きが忘れられずきてしまいましたよ。」
「誰かと思ったら身ぐるみはがされたお前か。金は準備できたのかい。」
「えぇ、無事良い商いができましてね。余裕ができたので買いに来ました。」
「横にいるのは嫁さんか。そうだよな、男たるもの自分だけじゃなく嫁さんの身も守れないと一人前とはいえねぇよな。」
いや、嫁でもなければ彼女でもないんですけど。
どこをどう見たらそういうふうに見えるの。
って、エミリアもまんざらでもないって顔しない。
期待しちゃうでしょうが。
「銀貨30枚でしたね。」
「俺のお手製で申し訳ないがな、鞘の方はサービスしておいてやるよ。今度嫁さんに作ってもらえばいいだろう、なぁ。」
なぁって誰に言ってるんだよ。
頷いてるんじゃないよエミリア。
意味わかって頷いてるの、それ。
「ではこれで。」
憧れのダマスカス鋼の短剣が手に入ったというのにどうもうれしくない。
事情が事情だけに素直に喜べないというのが本音だ。
親父に銀貨35枚を渡して商品を受けとる。
「おい、5枚多いぞ。」
「それはちょっとしたお願いがあっての代金です。」
「それはこの前のもう一つの探し物ってやつか。」
察しがいいな親父。
それだけ察しがいいなら嫁じゃないってことも気づいてくれよ。
「おそらくガラの悪い連中が武器を買いに来ると思います。恐らくすぐに金を持ってくるとか何とか言って急ぎ用立てるように催促もされると思いますので、そのまま渡してください。その時に、金持ちが白鷺亭に泊まっているという情報を流しほしいんです。目印はこのダマスカスの短剣だとね。」
「おい、それはどういうことだ。まるで狙ってくれて言ってるようなもんじゃないか。」
「奴らが持って行った分の支払いは、うちの人が明日持っていきますので代金を伝えてください。なに金はあるんですよ。」
商品を受け取って店の外へ向かう。
「何に首突っ込んでるかわからないが命だけは落とすなよ。その短剣だって俺がまた打ってやることもできるんだからな。」
「そうなったときにはぜひお願いしますよ。と言ってもくれてやるつもりもありませんけどね。」
武器屋を出ると慌ててエミリアが駆けよってきた。
「シュウイチさん、さっきの話はどういうことですか。いったい何をしようとしているんです。」
「それも含めてお話ししますよ。」
「命を落とすなって、それは今回の事と関係あるんですか。」
「落とすことはないと思います。ただ、非常に危険であることは間違いない。なのでそのためのお守りなんです。」
お守りというか目印というか。
できるならば使いたくない。
こんな重い短剣つかったことなんてない。
使えるかどうかすらわからない。
でも、第二の選択肢として準備したことを無駄にはできない。
「どういうことかじっくり説明してもらいますからね。」
怒ったような顔でエミリアが睨んでくる。
下から睨まれるのもまた可愛いなぁ。
は、もしかして怒られると興奮するっていうあれか!
いやそれはないな。
痛いのも苦しいのも嫌いだ。
気持ちいいのは大好きだけどね!
少々お怒りのエミリアと共に詰所へと向かう。
自分が思っていた以上に、話は大きくなっているようだった。
物語は進んでいきます。
エミリアのプリプリとした怒った顔も可愛くみえる主人公は、
やっぱり変態なのではないかと思い始めています。
作者なのに。




