企みはディナーの前に
騎士団詰め所を後にして考えをもう一度まとめる。
ネムリの方はおそらくすぐに結果が出るだろう。
奴らが持っている資産は種だけだ。
それを換金しないことには別の物資を買い付けることはできない。
では、その換金ルートがなくなった場合はどうするか。
外貨を獲得できない国が滅んでいくように奴らも同じ道をたどるだろう。
ではそうなった国はどうするかって。
奪いに行くんだよ。
お金を持っている、しかも奪いやすそうな国に攻めていって略奪する。
これが弱肉強食の摂理だ。
恐らく奴らも同じ手を使って来るだろう。
その時のために種まきをしておくのだ。
奴らが慌てふためいているうちに芽を出して、
実力行使になったときに食いつく餌を準備しておく。
これが誰にも伝えることのできない作戦の本筋だ。
なぜ伝えられないかって。
危険だからだよ。
危険すぎてエミリアを巻き込むことができない。
だから安全な場所に向かわせたんじゃないか。
アリとの一戦以来、心に芯が通った気がする。
多少の事では動じない。
怯え慌てた方が負けなのだ。
最後までたって生きていたければ最後まで冷静に最善の手を尽くし続ける。
最後の最後に立っていれば勝ち。
倒れていけば負け、すなわち死だ。
店長やるのにこんな根性論みたいなことは必要ないはずなんだけどなぁ。
この世界は俺みたいな人間には優しくないらしい。
せいぜいいろんな人に恩を売って自分のハーレム計画の礎になっていただこうじゃないか。
待ってろ未来の美女たちよ!
俺は負けないぞ!
さてと、くだらないこと言ってないで仕事しよ。
とりあえずはこちらも資産を確保するところから始めなければなるまい。
世の中全て金次第。
資本主義の鉄則だな。
とりあえず聞き込みから始めるか。
「すみません、ちょっといいですか。」
通りすがりの商人らしき人に声をかける。
「なんでしょう、どうかされましたか。」
「この辺りに買い取りを主にされているお店はないでしょうか。もしくはそういうことをされている方などは。」
「買取ねぇ、この辺りだと奥の両替商ぐらいじゃないかね。物によるけど大体買い取ってくれるだろうさ。」
まぁそんな適当な返事になるよね。
自分の利益にならないことは好んでしない。
これが一般的な商人の反応だ。
ではそんなときはどうするか。
「そうですか、皆さんそこを紹介するばかりで困っているんです。これでも駄目ですかねぇ。」
そっと商人に銀貨を1枚握らせる。
手の中のものを見た瞬間男は目を見開いた。
「何を売るのかは知らないが羽振りがいいですな。南門の手前の道を右に、3軒先をもう一度右に曲がるとジムニという男がやっている壺屋がある。おいしい豆がないか聞いてみな。」
そういうと商人は口笛を吹きながら去って行った。
中東に出張に行った時がそうだった。
道を聞いても皆同じことを言うが袖の下を渡すと一変する。
信頼関係がない以上次に頼れるのは金しかないということがよく分かった。
あまり好ましいやり方ではないが一番賢いやり方でもある。
それに、この銀貨が後々噂を広めてくれるかもしれないしな。
南門を右に、三軒先を右に、その先の壺屋か。
おー、あった。
いかにも怪しいって感じの店だな。
できるなら一人で来たくはなかったがそうはいっていられない。
銀貨1枚分の価値があるかどうかだ。
「ここには壺しかないよ、何の用だい。」
カウンターの婆さんがめんどくさそうに迎えてくれる。
普通に考えたらこの時点で店替えるか帰るよな。
「壺はいらない、おいしい豆を売ってる店を知らないかい。」
合言葉という奴だ。
これを言うか言わないかで対応が変わるんだろう。
「おいしい豆なら下の壺に入っているよ、取りに行くからついておいでな。」
婆さんが重たい腰を上げて手招きしてくる。
裏に行ったらそのまま身ぐるみはがされたりして。
確率は半々ってところだよな。
さっきの商人が嘘を教えたのかもしれないし。
念の為に出した銀貨じゃ足らなかったらとかだと笑えないなぁ。
壺屋の奥は別の家の裏口につながり、その家からまた別の家を経由する。
恐らくはこうやってどこを歩いているのかわからなくさせているのだろう。
非合法の賭場なんかもこうやって案内することがあるそうだ。
これは先輩に聞いた話だけどね。
5軒ほど経由して通されたのはさっきとはうって変わって綺麗なラウンジという感じの場所だった。
壁には酒が並び、ボーイが酒を運んで回っている。
ブースが3つほど、そのうち一つは埋まっていた。
何かの商談のようだあまり見ないでおこう。
「見ない顔だな、どうしてここに来たんだ。」
店の奥から顎髭のオッサンが出てくる。
美人なママじゃないのかよ、残念。
「今日来たばかりでね、商売に来たんだが有り金すられてしまったんだ。なので現金が必要になったところ親切な人がここを教えてくれたのさ。」
適当なことを言いながらお互いに品定めをする。
下から上に目線を動かし、最後にお互いの目と目で素性を探る。
こっちは下に見られるわけにはいかないし、むこうは危ない橋を渡りたくない。
お互いの利害をうまくクリアできるかどうかはファーストコンタクトにかかっている。
「いい面構えだ。こんな場所に来ても驚きやしねぇし、お互いに何を求めてるのかもわかってるって感じだな。兄ちゃん名前は。」
「シュウだ。そちらは。」
「俺はこの店の主人をやってるコッペンだ。まずはブツから見せてもらおうか。」
コッペパンかと思ったら違った。
席に案内されると当時に水が出される。
この水飲んでも大丈夫だろうか。
いきなり薬なんていれてないとおもうけどもしもってこともあるしなぁ。
オッサンに促され、腰にぶら下げた革袋からブツを取り出す。
そう、村長に一緒に換金するよう頼まれていた蜜玉だ。
入れ物がなかったので、出された水を飲みほし開いたグラスに蜜玉を入れる。
カランカランと高い音を響かせながら9個の琥珀の球がグラスに反射している。
なんで水に入れないで持ち歩いてるかって。
キラーアントの巣を破壊して持ち主が死に絶えたから問題がなくなったんだ。
それぞれの巣ごとに匂いが違うらしく、違う巣のアリは蜜玉を取りに来ることはないらしい。
「ほぉ、蜜玉か。色も透明度も高いなかなかの上物だな。」
本物の琥珀のような基準があるのか。
全部同じような感じだったからあまり気にしてなかったが普通に考えたらそうだな。
濁ったやつだったら綺麗だと思わないもんな。
「巣の中から集めた上物だ。こいつを集めるには苦労したよ。」
「ということは、丸ごと一つの巣をつぶしたのか。大変だっただろう。」
「なに、ちょいと熱い油であげてやっただけさ。」
嘘は言っていない。
正確には巣の方は恐ろしいほどの火力で焼きつくされたのだが。
村長の4つは油でこんがり揚げ物になったアリから見つけたわけだしな。
「うむ、これだけの上物だったら一つ金貨1枚と銀貨30枚だな。取引の記念にしめて金貨12枚だ。」
1200万。
金額だけ聞けば非常に高価だし十分な気がする。
ネムリはこれを金貨1枚で買ったわけだしな。
ちょっと安すぎた気もするが行商人の相場ならそんなものか。
すぐ換金できずリスクも高い商売だしな。
「ちょっと安すぎやしませんか。」
いきなり相手の値段にうなずいてはいけない。
こういう商売はたいてい買いたたいてくるのが普通だ。
「そうでもないだろう、普通は金貨1枚に銀貨10枚が相場だ。そこをここまで来れた労をねぎらって提示しているんだ。十分すぎると思うがね。」
「私は別にここでなくても構わないんですよ。領主様の館には知り合いもおります。最近美容によいと評判で身分の高い方々が高値でもほしがっているとか。そちらで変えていただくこととしましょう。金貨2枚出していただけるのであれば考えますがね。」
グラスにてをかけ、革袋に戻そうと袋を開ける。
「よく知ってるな、それに度胸も据わっている。金貨1枚と銀50枚だ。」
「金貨1枚と銀70。」
「欲をかくのはいけねぇな、ここは俺の店だしお前さんはただの客だ。この場で身ぐるみ剥いで捨てたってここのやつは何にも言わないぜ。」
「そうでしょうね。ではしめて金貨14枚でいかがでしょう。」
金貨1.5枚で計算すると13.5枚。14枚なら上々だろう。
「そんなもんか、もう少し粘ってくると思ったが何かわけがあるんだろう。おい、金持ってこいそれと酒だ。」
交渉成立だ。
金貨12枚が14枚に増えた。
やはり交渉はこうでないとな。
信頼のない中でやりあうのは些かリスクが高いが、どうやら新参者でも相手をしてくれるようだ。
「よい取引になりました、ありがとうございます。」
革袋を閉じ、グラスをオッサンの方にずらす。
奥から出てきたボーイが金貨と琥珀色の飲み物の入ったグラスを二つ持ってきた。
一つはオッサンに、金貨ともう一つのグラスがこっちだ。
「蜜玉は酒につけて1年たつと中の蜜が溶け出して良い味の酒に生まれ変わる。水じゃいけないね、やっぱり酒でないと。」
「では、この琥珀色は。」
「そうだ、この辺りん上物に付け込んでいる。貴族のバカどもは別の事に使っているようだが酒につけて売るだけで値段は3倍になるからな。これだけの量だと当分困ることはないだろうよ。」
おいおい、そんなカラクリ俺みたいなやつにばらして良いのかよ。
そうか、酒か。
梅酒とかも漬ければ漬けるだけ味が染みてうまい酒になる。
それと同じだろう。
「それで、俺は秘密を一つばらしたが兄ちゃんはどうしてほしくてここに来たんだ。まさか換金だけが目的じゃないだろう。」
そうだ、それだけが目的じゃない。
なるほど、秘密を共有することで逃げ道をふさいだか。
「情報を流してほしいんですよ。大金をもった商人がこの町に来てるという噂をね。」
「なんだそんなことでいいのか。しかし腑に落ちないな、なんで狙われるようなことがしたいんだ。普通はそんな危険冒すバカはいないだろうよ。」
「ちょっとした事情がありまして、よろしく頼みましたよ。」
深く探られても面倒になるだけだ。
グラスを手に取り液体を口につける。
うん、仄かな甘さの中にも酒のガツンとした勢いを感じる。
度数の高い酒でつけているのだろう。
呑みやすいからついつい飲み過ぎてしまう奴だな。
「そんなもんでよければお安い御用だ。いいのか、それっぽっちで。」
「ええ、十分ですよ。」
男に一礼をしてボーイに促されるまま外へ向かう。
「ああそうだった、もう一つ忘れてましたよ。」
別の革袋からもう一つのものを出す。そう、女王が持っていたあの大きな蜜玉だ。
「この蜜玉だと、美味しい酒は造れますかね。」
「お前、これは・・・。俺も長いことこの商売をしているがこれほどのブツは見たことねぇな。金貨10枚でも惜しくねぇ。」
「では、味が染みたころにまた持ってくることにしましょう。良い取引をありがとう、コッペンさん。」
蜜玉をすぐにしまい、店を後にする。
長居は無用だ。
あまりここに居すぎるとこの蜜玉を狙って何をしでかすかわからない。
ポーカーフェイスは上手い様だが、明らかにこの蜜玉を狙っている。
目つきが変わった。
これでいい宣伝材料が増えただろう。
企みはこれぐらいにして、早いうちに宿に戻るとするか。
怪しい婆さんに挨拶をして大通りへ抜ける。
人ごみの中に入って初めて大きく深呼吸できた。
さすがに緊張した。
どっと疲れがでてきた。
気づけば太陽は赤く染まり日暮れが近づいていた。
よかった、なんとか明るいうちに戻ってこれた。
とりあえず今はベットに倒れこんでしまいたい。
この年になって酒に強くなったとはいえ、空きっ腹にアルコールを入れると酔いやすいな。
それにしてもおいしいお酒だった。
エミリアにも飲ませてあげたい。
エミリアの喜ぶ顔を思い浮かべながら少しふらつく足で目指すは白鷺亭。
あれ、白鷺亭の場所聞いてなかった。
まぁ、何とかなるか。
久々のアルコールに上機嫌になりながらエミリアの待つ白鷺亭へ向かうのであった。
お酒は二十歳になってから。
約束だよ。
明日のお昼に次の話を投稿します。
予約機能を使ってみたいので初の試みです。




