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[第一部完結]サラリーマンが異世界でダンジョンの店長になったワケ  作者: エルリア
第二章

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筋の通し方

 リンゴ~ン、リンゴ~ンと教会の鐘が鳴る。


 太陽はちょうど真上にある、おそらくこれが昼の鐘というやつだろう。


 あれからエミリアと共に様々な店を見て回った。


 食べ物のお店では見知らぬフルーツを試食し、雑貨屋では今流行のアクセサリーを物色。


 市をのぞいてみると、怪しげな壷から魔物の毛皮まで様々な物を売っていた。


 ネムリはここで毛皮を販売したのだろうか。


 他の商品にまぎれて一つだけホワイトウルフの毛皮が並べられていた。


 珍しい物らしく人が通るたびにそれを見ていく。


 あれをどうするんだろうかと悩んでいると


「あの毛皮は防具の一部やコートなどに使われると思います。もしくは、貴族の方が家に飾るのかもしれません。」


 なるほど、村長の家のようにオブジェや絨毯に使ってもいいな。


 けど白い絨毯ってすぐ汚れてしまわないだろうか。


 村長の家は土足だったし、貴族の家は靴でも脱ぐのかもしれないな。


 市を見ながら賊が売ったであろうあるものの情報を集めていく。


 買い物をしない人間に良い顔をしないのはよくあることだが、あまりこれといった情報を集めることは出来なかった。


 しかし情報がなかったわけでもない。


 いくつか商人から面白い情報を仕入れた後、エミリアと共に騎士団詰め所に向かっていく。


 詰め所の前には先に着いたであろうネムリがこちらを見つけて手を振っていた。


「遅いですよお二人とも、先に入ってしまったのかと思いました。」


「お待たせしまして申し訳ありませんシュウイチ様に市を案内していたものですから。」


「イナバ様はこの町は初めてでしたね。よい品は見つけられましたか。」


「それはもう、素敵なホワイトウルフの毛皮に目を奪われてしまいましたよ。」


 売った本人に言うのもなんだがあれは良い品だと素人でもわかる。


 いくらで売りつけたかは聞かないほうがよさそうだ。


 満足げに鼻の穴を大きくしてうなずくネムリ。


「それでは参りましょうか。」


 守衛二人に挨拶をして詰め所の中へと入っていく。


 扉を開けて中に入ると想像とは違い綺麗なホールになっていた。


 上にはシャンデリア、正面に受付があり受付の横には両方から二回へ上がれる階段が伸びている。


 初代バイ〇ハザードの館といえばわかる人もいるだろうか。


 もっと汚くて狭いイメージだったが、このホールで舞踏会を開けるような広さと清潔さだ。


「イナバ殿参られたか。」


 受付前で打ち合わせをしていたのだろうか、シルビアがこちらに気づき近づいてきた。


「これはシルビア様、先程は大変失礼を致しまして申し訳ございませんでした。」


「ネムリと申したな。話はイナバ殿から聞いている。ご足労かけたな。」


「もったいないお言葉ありがとうございます。」


 こいつの頭の低さには感心する。


 よくもまぁここまで遜ることが出来るものだ。


 いくら騎士団団長とはいえもうちょっと普通でもいいんじゃないだろうか。


「はじめましてスマート商店連合所属エミリアと申します。イナバ様の補助役としてお手伝いさせて頂いております。」


「父上から聞いている。イナバ殿と共によく働いてくれたそうだな、改めて礼を言おう。この度は父が大変世話になった。」


 何のことだとキョトンとするエミリア。


 わかる、わかるよその気持ち。


 最初何のことかわからないよな。


「こちらは騎士団分団長シルビア様、ニッカさんのご息女だそうです。」


「村長様の!こちらこそ大変お世話になりっぱなしで、分団長様にお礼までいただいて言葉もありません。」


 やっぱり分団長っていうぐらいだからものすごく偉いんだろうな。


 エミリアもこの口調だし。


 けど俺が同じようにするとまたあの目でにらまれそうで恐ろしい。


「ここで立ち話もなんだ、私の部屋で話すとしよう。すまないが後でお茶を持ってきてくれないか。」


「畏まりました。すぐにもって行きます!」


 受付の女性スタッフが元気よく答える。


 なんだろう、アイドルを見るような目だな。


 あの容姿で実力もあるときたらそら人気も出るか。


 身長はまけてないけど、芯の太さと迫力では全くかなわない。


 オーラとか覇気とか、目に見えない力で圧倒されそうな感じだ。


 これがカリスマというやつか。


 シルビアの後に続き三人は団長室に入る。


 これまた広いし、奥に社長室にあるような大きな机はあるし。


 机の後ろには2本の剣が交差して飾ってある。


 特別な物なのかレプリカなのかは素人ではわからんな。


「好きなところに掛けてくれ。すぐに飲み物が来よう。それまでにこちらの書類に署名してもらえれば助かる。なに、盗賊に出会いましたという報告書類だけだよ。」


 シルビアは三枚の紙をそれぞれの前に置く。


 うむ、全く読めん。


 とりあえずエミリアに読んでもらうまで待つか。


 文字が読めないというのはこういう時に不便だな。


「シュウイチ様、よろしければお読みいたしましょうか。」


「エミリアの内容と同じでしたら署名だけでもいいですよ。そちらにはなんて書いてありましたか。」


「では確認だけしますね。」


 俺の書類を手に取りブツブツと読みはじめるエミリア。


 書類は適当にサインして本題に入りたいものだ。


 こんな部屋にわざわざ呼んだのだから、何か用があってのことあろう。


「え、分団長様これは一体どういうことなのでしょうか。」


 エミリアが驚きの声を上げる。


 ネムリは署名を終えたところだ。


「書類に書いてある通りだエミリア殿、それ以上でもそれ以下でもない。」


「私の方にはこのようなこと書いてありませんでした。ご説明願えますでしょうか。」


 おーい、何が起きてるのか教えてくれー。


「失礼します。・・・・・・これは、私の方には何も書いてませんでしたよ。」


「分団長殿、いえシルビア様。どうしてシュウイチ様だけこちらの騎士団で身柄預かりなのでしょうか。」


 身柄預かりとはなんぞや。


「書いてある通りだよエミリア殿。イナバシュウイチ殿の身柄はわが騎士団にてお預かりさせていただく。今の騎士団には彼のような頭脳が必要なのだ。」


「ですが、それを文字の読めないことをいいことに強制するのはいかがな事でしょうか。」


「強制はしておらん。あくまでお願いしているだけだ。彼が文字を読めないことは知らなかった。」


 当の本人は無視ですかそうですか。


 見えないところで火花を散らしあう二人。


 カリスマ女騎士団長に負けず劣らずのエミリア女史。


 この空中戦の結末やいかに。


「イナバ様、どういう状況かお分かりになってますか。」


「状況も何もこっちはさっぱり。文字が読めないということは不便なものですね。」


「まったく、ご自身が大変なことになろうというのに気楽なものですね。」


 横で耳打ちするネムリがあきれている。


「シュウイチ様、この書類にはシュウイチ様の身柄をわが商店連合から騎士団に譲渡するよう強制する文章が書いてあります。正確には、騎士団に所属しその能力をいかんなく発揮せよとの事です。」


 ふむ、つまりは商店に雇われた自分が今度は騎士団で働けと命令されているわけだ。


「もちろんそれなりの待遇は保証しよう。商業ギルドに属するよりも身分は高く自由も保証される。これ以上の申し出はないと思うがな。なんならエミリア殿、貴女もご一緒に来ていただいても構わないぞ。」


 俗に言うヘッドハンティングだな。


 雇われ店長で異世界に来て今度は騎士団かぁ、出世はうれしいけどちょっと筋が通らないな。


「シルビア様、これは些か公平ではないと思いませんか。」


「ほぅ、イナバ殿はこのやり取りが公平でないと申すか。して、その理由は。」


「まず当事者である私に説明がないこと。次に商店連合への筋が通っていないこと。最後に、本音を話さない相手とビジネスをする気にはなりません。以上です。」


 このままお互いのカードを隠したままゲームを進めても、強いカードを擁する騎士団には敵わないだろう。商店連合とはいえあくまでいち企業、国管轄の騎士団に手を出されては何も言えないだろう。たとえ、メルクリアの手が入ってきたとしてもだ。


「本音か、イナバ殿はご自身が今どのような立場にいるかお分かりかな。」


「私の立場は常に私が決定します。誰のものでもありません。私は今商店連合の雇われ店主です。そういう契約でこちらに来ている。それを踏まえたうえで私が必要なのであればまずは商店連合へ願いを出すのが筋ではないでしょうか。」


「強制されれば自分は働かないと、そう申すのだな。」


「これは契約でも権力でもない、筋を通すか通さないかという至極真っ当な信頼関係についてのお話かと思います。お互いを信じられないでどうしてよい仕事ができますでしょうか。こちらにいるネムリもそうです。商人は信頼関係があって初めて対等に商いができます。私も商人の端くれ、その信念は曲げられません。」


 たとえ役人でも政治家でも軍人でも同じこと。


 お互いの信頼関係がない状態ではいい仕事はできない。


 ましてや、疑問を持ったままではなおさらである。


「貴殿は面白い人だな。」


「こちらの世界についてまだ疎いだけですよ。」


「さすが父上が認めるだけある人だ。よろしい、明日改めて事情を説明しよう。」


 お互い視線をずらすことなく数秒。


 シルビアは先ほどまでの真剣な表情をはじめて崩した。


 部屋に張り詰めていた空気が少し緩む。


「まだ日は高いですしとりあえず本題の話をしませんか、先ほどの盗賊団についてその件で私を必要としているのでしょう。」


「ほぅ、今回の件が先ほどの盗賊関係だとなぜ思う。」


「よく考えれば簡単ですよ、たかが盗賊に分団長自ら捜索に当たっている。理由はおそらく盗賊の中に騎士団の人間が関与している。もしくは盗賊団に情報を漏らしている人間がいる、それを探したいのでしょう。秘密を守るためにどの組織にも染まっていない人間が必要になったワケですね。そして誰かいないかと探しているときにニッカさんが入れ知恵をした。あの人は私を買いかぶりすぎているんです、私はただの民間人ですよ。」


 この件に関しては騎士団の不名誉な事実が隠されている。


 そしてその事実を世間に公開しないために、どこにも染まっていない人間を雇って秘密裏に処理してしまわなければならなくなった。


 偶然だが盗賊に巻き込まれた人間が、分団長の探していた俺だったというわけだ。


 おそらくこの街に来なくても騎士団直々に村まで依頼に来ていたのではないだろうか。


 今回はそれが早まってしまったために準備が間に合わずこのような手段に出たのだろう。


「たった数刻の間にそこまで考えておられるとは恐れ入った。いかにも、今イナバ殿の仰ったとおりの状況だ。しかしあれだな、他の二人には秘密にしておきこの件から外れていただく予定であったが聞かれてしまった以上はいやでも参加してもらうほかないな。」


 あ、そういう流れにしたかったの。


 そこまでは思い浮かばなかったわ。


 ネムリ、エミリアごめん。


「私はともかくネムリさんは無関係では。」


「ここでの発言聞いちゃったから、無関係ではいられないかな。」


「そんな、私はまだ商談が残っているんですよ。明日からどうやって商売していけばいいんですか!」


 いやー、難しいんじゃないかなぁ。


 商売人は口が軽いって思ってそうな連中だし。


「ネムリ殿には申し訳ないがその身柄を預からせてもらおう。なに、商売をするなとは言っておらん安心しろ。」


「それは、私たちもということですね。」


「エミリア殿には申し訳ないがそうなるな。上司にはわたくしのほうから連絡を入れておこう。メルクリア殿とは知らない仲でもない。」


 なんか話が大きくなってきたけどどうしてこう、トラブルばっかり起きるかな。


 厄年まだだったよな。


 異世界に来た現代人はトラブルに巻き込まれる呪いでもかけられているのかね。


「ネムリには悪いけどその分騎士団と商売できると思えば安いんじゃないかな。」


「なるほど・・・。この問題が解決した暁にはぜひわが商店をご贔屓に。」


「よかろう懇意にさせてもらうとしよう。」


 これでネムリへの筋は通ったな。


 今後騎士団とのつながりができたともえば安いものだろう。


「なんか、また大変なことに巻き込んでしまったけれどごめんねエミリア。」


「シュウイチさんが謝ることではありません。補助する事が仕事ですから。」


 仕事だからって言われるとちょっと寂しいがそれが本当のことなのだから仕方ない。


「それでは具体的な話をしようか、他のお二人にも知恵を貸してほしい。これは我が騎士団の名誉と誇りのための戦いなのだ。」


 タイミングよくノックの音がして一人の男性がお茶を運びこまれる。


「紹介しよう副団長のカムリだ。」


「カムリだ、団長の補佐を仰せつかっている。どうか力をお貸しいただきたい。」


 イケメンの登場か。


 背も高いし顔はいいしどう見ても細マッチョだし。


 さらさらの銀髪がまたかっこいい。


 町ではさぞ人気のある副団長様なのだろう。


 畜生、勝てるところがどこにもない。


「イナバシュウイチです、よろしく。」


「エミリアです、シュウイチ様の補佐をさせていただいております。」


「ネムリと申します。副団長様ともお知り合いになれるとは光栄の極みでございます。」


 それぞれ挨拶を交わし、改めて席に着く。


「それではまずはこの度の盗賊事件についてです。お三方はちょうど被害にあったのでお判りでしょうがここ最近サンサトローズ周辺では盗賊による物資の強奪事件が続発しております。人的被害はまだ確認されていませんが、このままいけば遅かれ早かれ誰かが犠牲になるでしょう。盗賊という割には動きが素早く、統率もとれており、冒険者崩れがしているともっぱらのうわさになっています。しかし・・・。」


「実際にはわが騎士団より盗賊に下った者が出てしまったのだ。正確には元騎士団員なのだが、おかげで討伐情報もどこからか漏れておるようでな、いまだ討伐することができん。そこで、知恵のあるイナバ殿に是非協力してもらおうということになったのだ。父の推薦があったとはいえ些か強引な手段であったが許してほしい。」


 シルビアとカムリが頭を下げる。


 大体の流れは想像した通りか。


 元騎士団員の盗賊ってことは通常の盗賊より統率がとれていてずる賢いということだな。


 それをとっちめるために呼ばれたわけだ。


 うん、わからん。


 なんで俺なんだろう。


 もっと学があって知識も経験もあるようなやつはいなかったのだろうか。


 ただのオタクサラリーマンには荷が重たすぎるんですけど!


 こうして、盗賊討伐任務を半ば強制的に受ける羽目になったのだった。


 明日はどっちだ!

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