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[第一部完結]サラリーマンが異世界でダンジョンの店長になったワケ  作者: エルリア
第二章

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正しい魔法の使い方

 あれから7日経った。


 前の世界であればちょうど一週間だがこちらの世界では種期最終週の月曜日というところだろうか。


 あの後の作業を考えると、とりあえずやっと腰を落ち着けることが出来たというところだ。


 はじめに取り掛かったのは倒壊した櫓や塀の撤去。


 すべて集めて捨てて終わりというわけにはいかない。


 この世界、特にこういう小さな村では塀に使われた木材1本でも貴重な資源になる。


 まずは廃材も含め一箇所に集めてくる。


 そしてそこで再利用できる物とそうでないものに分ける。


 普通の物と同じく使えるもの、痛んでいるが使える物、焼けたり折れたりしているがサイズを変えれば使用できる物三つに分類して分けていく。


 使えない物にも仕分けが必要だ。


 焼け焦げて普通には使えない物でも日々の炊き出し用の薪として使えるものはあるし、畑の杭として使えるものもある。木材は一度焼くと表面が硬くなり傷みにくくなる物もある。


 どうせ捨てるものだ、すぐ朽ちてもすぐに代わりを用意できる。


 前の世界では考えられないがこれがこの世界の普通なのだ。


 再利用できるものは改めて用途に分けて使用する。


 リサイクルの概念がエコではなく実用のために実践されている。


 状態の良いものは他の魔物用に同じような作りで塀を作ってしまえばいいかもしれない。


 魔物が襲ってこないという保証はどこにもない。


 自分の身を守るのは自分だけ、それがこういう村に生きる者の掟だ。


 続いて堀の清掃。


 焼け落ちた橋の撤去や油の除去。


 何よりアリの死骸をどうにかしなければならない。


 魔物の種類によっては死んだ魔物目当てに集まる種もいるようなので、死骸と灰を穴を掘って埋めることにする。


 この時嬉しい誤算があった。


 アリの死骸を片付けていると、見たことのある琥珀色の球を見つけた。


 そう、蜜玉だ。


 蜜玉はアリの体内で生成され、極まれに討伐した死骸から出てくることがある。


 通常であれば巣の中に置いているそうなのだが、球を大きくする為に体内に留めている場合があるらしい。


 見つけるとすぐに水の入った壺に入れる。


 これでまた襲われる心配はない。


 見つかったのは4つ。


 エミリアの話によると蜜玉は高値で取引されるそうなので持っていて損はないらしい。


 怪我人の看病は村の者に任せるとして、一番の問題がこの春の作付だった。


 農業を営む者は皆、秋の収穫を見越して春に麦を植える。


 そして、秋の収穫を元手に税を払い春までの備蓄を買い込むのだ。


 驚いたことにこの村では個人の畑というものがないらしい。


 税金は村長がまとめて人数分納める。


 そのために、皆は共同で畑を守り、世話をし、収穫する。


 サボるものはいない。


 もしサボろうものなら小さな村なだけにすぐばれる。


 そして、バレた者は仕事を任されなくなり分け前を平等にもらうことができなくなる。


 食い扶持は減り、いずれはこの村から出ていかなかなければならないだろう。


 そうならないためにも、皆は協力してお互いを助け合い、生活している。


 小さい村だからこそできる、相互扶助のシステムだ。


 その、共同で行わなければならない作付を行うだけの労働力が今の村にはないのだ。


 このままではこの秋の収穫はよくて半減、悪ければ三分の一まで落ち込むだろう。


 そうなれば税を納めた後、この村には冬を越すだけの食料や薪を買うお金がなくなってしまう。


 村の存続が危ぶまれる危機的状況であった。


「近くの町から人手を借りることはできないのでしょうか。」


 作付計画に頭を悩ましている村長を見かねて声をかける。


「人手を借りることはできる。しかし、その人手に払う賃金分のお金がないのだ。」


「では、この冬を乗り越えるだけのお金を貸し付けてもらうことは。」


「国に進言すれば貸し付けてもらうこともできる。しかし、来年不作になった場合はどうする。借りた分は返せず利息ばかりが増え、いずれは破たんするじゃろう。」


 明日の天候もわからないのに来年の事などわかるはずもない。


 貸付とは借金と同じことだ。


 お金がお金を生むように、借金は借金を生む。


 麦以外にお金を得ることのできないこの村で、必要以上の借金を抱えるということは村そのものを無くす原因になりかねない。


 貸し付けを受けず、労働力を借りず、いかに冬を迎える準備をするのか。


 これが一番大変だった。


 アリによって引き起こされたそんな危機的状況を救ったのは皮肉にもアリのおかげだった。


「作付の方も大切ですが、もう一つ早急に片づけなければいけないものがあります。」


「これ以上に頭を悩ます問題があるとイナバ殿は仰いますか。」


 頭が痛いとばかりに、村長はは首を横に振る。


 これ以上何があるというのだ。


 そんな顔をしているな。


「はい、今回のアリの襲撃は撃退できましたがまだ根本となるアリの巣を破壊していません。蜜玉は処理していますのでおそらく来ることはありません。しかしながら放っておけばいずれまた、同じようなことが起きないとはかぎりません。次の聖日までに巣を見つけ処理するのがいいのではないかと思います。」


「なるほど、まだ根本を絶ったわけではない。それをどうにかしなければまた同じことが起こるぞ、そう言いたいのですね。」


 その通りだ。


 根本的な部分は何も解決していない。


 水漏れして、床にこぼれた水滴は掃除したが漏れた部分そのものを直したわけではない。


 いずれ同じようなことをしなければならないのであれば、今しておけばいいのだ。


「しかし、場所はどこにあるかわからず探索に人手を割けるほどの余力もない。仮に見つけたとしてどのように処理するというのだ。」


「方法は二つあります。一つは火と油を使い、前回と同じように巣の中から爆発させるというもの。巣に残っているアリはおそらく20程度。できるだけ多くの人間で巣を囲み処理するしかないでしょう。」


 逃げだしてきたアリは、自分たちでまた戦うしかない。


 怪我人が出る可能性が非常に高く、そうなれば今まで以上に作付計画に遅れが出る。


 続いてエミリアが答える。


「二つ目は魔術の使い手を呼び寄せ、巣の中を魔法で焼ききってしまおうというものです。残念ながら私の魔力では巣の奥まで魔法を届けることはできません。しかし、もっと実力のある魔術師であれば十分可能です。」


 物理的な炎とは違う魔術の炎。


 その炎は巣の隅々までいきわたり女王アリも含めすべてのアリをしとめることができる。


 油ではどうしても中まで隅々というわけにはいかない。


 油を入れている間に中からアリが飛び出し、戦闘になること間違いない。


 前者ではリスクが高すぎるのだ。


「魔法は危険なものです。ただ、使い方を間違えなければ非常に便利なものだと私は考えています。」


「魔術ですか、魔法を使う者となるとどなたかコネがあったりするのでしょうか。そのような方であれば依頼料はかなり高額になるのではないですか。」


「それには心配及びません。飛びきりの助っ人に心あたりがあります。」


 エミリアが自信満々だと胸を張って答える。


 二つの丘がたゆんと揺れた。


 いつ見ても良いものだ。



 そして、呼び出されたのが


「私というわけね。まったく、こんな事に私を呼びだすだなんてこの短期間にエミリアも随分と大胆になったじゃない。」


「申し訳ありませんメルクリア様。町へ呼びに行く時間もなく、商店の警備部は動いてくれません。そんな中で自由に動き回ることができかつ高レベルの魔術師は私が知っている中でメルクリア様の他に思いつかなかったものですから。」


 そう、商店連合の鬼女ことメルクリア=フィフティーヌその人だ。


 確かに位が80あれば低位のキラーアント如き敵ではないだろう。


 どのぐらいすごいのかは正直見当もつかない。


 一つ言えるのは、位がまだ1である俺は足元にも及ばないということだ。


「エミリア、この依頼高くつきますわよ。」


「そう仰ると思っていました。こちらが今回の報酬予定です。」


 そう言ってエミリアは蜜玉の入った壺をメルクリアに差し出す。


「これは・・・蜜玉ね。なるほど報酬には十分ね。」


 いいんだ、蜜玉でいいんだ。


 高いと言っておきながら、これを見て納得するということは蜜玉ってよっぽど高価なものなのだろうか。


「蜜玉一つで金貨1枚と交換できます。時期によりますが高いときは金貨1枚と銀貨50枚なんていうこともありました。」


 金貨1枚は100万円、銀貨1枚が1万円だから最高150万か。


 ちょっとまて、そんな高価なもの村長の許可なくメルクリアに渡していいのか。


 大損ではないのだろうか。


「エミリア、どうしてメルクリアは納得したんだ。」


「蜜玉をつけた水やお酒はそれだけでも価値があります。美容にもいいともっぱらのうわさで、貴族の奥様方から引く手あまたなんです。おいておくだけでも価値は上がりますし、実用もありますので。本当は私もほしいんですけどさすがに高価すぎて手が出ません。」


 つまりはメルクリアはお肌の気になるお年頃ということか。


「非常に失礼な視線を感じますわね。この依頼断ってもよろしくてよ。」


「そ、そんなことはないですよ、気のせいではないでしょうか。」


 あぶないあぶない。


 余計なことをして気分を害してはならない。


 気持ちよく帰ってもらわなければ。


「冗談です。巣はもう見つけてあるようですから道案内お願いしますわ。」


 巣は見つけてあった。


 オッサンの息子から聞き出した場所に向かうと、大きな木の裏に1m程の大きな穴を発見した。


 この穴の中からアリたちが出入りをしているのは間違いない。


 離れたところで様子をうかがい出入りも確認した。


 後は、焼ききってしまえば終わりだ。


「小さい穴ね、もうすこし大きいものを期待していたのだけれど。まぁいいわ、危ないからその岩の陰で隠れてみていなさい。」


 メルクリアは穴の前に立つと膝を折り、祈るようにその小さな体を縮める。


「エミリア、魔法はどういうふうに使うんだ。」


 ゲームの中では様々な設定がある。


 自らの魔力を使うタイプ、自然の力を借りるタイプ、精霊の力を借りるタイプなどだ。


「魔法を使うには二つの方法があります。一つは自らの中にある魔力の源を触媒として、自分の属性に合わせた魔法を発生させる方法です。地水火風四つの元素からなる魔法のうち自らの魂に一番合った魔法を使うことができます。」


「エミリアは、火の魔法が使えるんだね。」


「はい。魔術を極めていけばいずれ四つの元素全ての魔法を使うことができます。しかしそのためには多くの修練が必要なんです。」


 得意な魔法以外は自分次第ということか。


 位を上げ、修練を積み、自らの魔力の源を大きくすることであらゆる元素を操ることができる。


「そしてもうひとつが・・・。」


 二つ目の説明を聞こうとした時、空気が変わった。


 先ほどまでざわついていた木々が静まり返っている。


 風がやんだのか。


 なにかとてつもない強い力が、あたりに満ちているような気がする。


 気がするだけなんだが、なんとなくわかる。


 すると、祈りを捧げていたメルクリアから声が聞こえてきた。


『わが身に宿りし火の精霊たるエフリーよ、わが声を聞き届けたまえ。我の祈りの火と汝の火の力をもって浄化の炎となし、我が前に立ちふさがる邪悪なるものに火の鉄槌を下したまえ!』


 メルクリアの詠唱と共に炎の塊が現れた。


 その炎は生き物のように形を変え、大きな拳の形をとった。


炎の鉄槌(ヴァン・エフリー)


 炎の拳はふかぶるように上昇し、力強く穴の中に叩き込まれた。


 爆発音はなかった。


 ただ真っ赤に焼けた穴だけが残されている。


 振り下ろされた瞬間に圧倒的な熱量が体中を通り抜けていく。


 この前感じた物質を持った炎ではない。


 もっと精神的な目に見えない、巨大な力だった。


「もう一つが、今見ていただいた精霊の力を借りた魔法です。魔力の源は精霊に依存しますので強い精霊の力を借りることができればより強大な力を操ることができます。ただ・・・。」


「ただ、精霊との契約は非常に難しく危険が伴う。私がこの精霊と契約できたのはある種の偶然で今となっては笑い話ですわ。」


 メルクリアは特に興味が無いようだ。


 精霊との契約か。


 ロー〇ス島戦記と同じような感じだな。


 精霊との契約は非常に危険だが、効果は絶大だ。


 ハイリスクハイリターンの構図はここでも生きているわけだ。


 等価交換の法則ともいえよう。


「どんな笑い話か興味ありますが今日はお尋ねしないでおきます。ありがとうございましたメルクリアさん、おかげで助かりました。」


「エミリアの珍しいお願いですから仕方ないですわ。ただ、次はありませんよ。」


「相変わらずエミリアには弱いんですね。」


「わたくしの可愛い後輩ですもの。手を出されないようにしっかり監視しておかなければいけませんわね。」


 ちゃっかり二人の関係にくぎを刺すメルクリア。


 特に変わったことはないはずだ。


 お互いに仕事仲間であり、友人ぐらいの関係だ。


 ただ、ここ最近同じ部屋で寝泊まりしているぐらいで。


 あぁ、もちろん特に何の進展もない。


 ヘタレと言いたければいうがいい。


 物事には順序というものがあるんだ。


 誰彼構わず手を出すような軽薄な奴らと一緒にしないでいただきたい。


 ちなみに名誉のために言うが、童貞でもない。


 経験値は、残念ながら非常に少ないけれど。


「シュウイチさんに限ってそんなことはありません。非常に優秀な方ですもの。」


「報告書は読んでいますわ。なるほど、余計にしっかり見ておかなければいけないようですわね。」


 さすがに気付いたか。


 自分でも不思議に思っていたのだが、あのアリの一件以降エミリアが自分を呼ぶときの呼称が『様』から『さん』に変わっているのだ。


 村長や村の人と話すときは『様』付けが多いのだが、二人の時や話に勢いがあるときなどは『さん』にもどる。


 どういう心境の変化なのかは本人に聞いてみないとわからないが、それを聞けるだけの勇気のないヘタレなのだ。


「今日はこの蜜玉、それに位があがったようですからそれを対価として受け取っておきますわ。中の女王が少し他のものよりも強かったようですね、中の温度が冷めたころに掘り返すといいものが見つかるかもしれませんわよ。」


 含みを持たせるな。


 おそらく女王アリが何か特殊な素材か何かを残しているのかもしれないのだろう。


 さすがにドロドロに溶けた状態で手を出すわけにもいかない。


 明日にでも改めて堀りに来ることにしよう。


「何が出るか、明日のお楽しみとしましょうかね。」


「それではお二人とも御機嫌よう。エミリア、しっかり頑張りなさい。」


「ありがとうございます、メルクリア様。お仕事御無理なさいませんよう。」


 何について頑張れと言っていたのか。


 含みを持たせるような言い方はやめてもらいたい。


 どうしても裏を読んでしまうのは自分の悪い癖なのだが、


 どう考えてもあの言い方には裏がある。


 牽制と激励、両方の意味合いが含まれているような気がするのだ。


 考えすぎだろうか。


 メルクリアはいつものように目の前にあいた扉から出て行った。


「エミリア、メルクリアさんを怒らせると怖いという意味が今やっとわかりましたよ。」


「お仕事が忙しくなければ、今頃魔女か大賢者のような位まで上がっていてもおかしくない実力です。怒らせるとどうなるかわかりません。酔って炎の精を召喚して大変なことになったこともありますから。」


 いろんな意味で怖いな。


 飲み会であまり飲ませてはいけないタイプのようだ。


 酒は飲んでも飲まれるな。


 見た目幼女なだけにいけないことをしている気分にもなるしな。


 おっと、そっちの趣味はないので誤解しないでもらいたい。


「報告しに帰りましょうか、シュウイチさん。」


「そうですね、今頃家の中をうろうろしながら待っているんじゃないでしょうか。」


 手を握ることはない。


 しかし、いつもよりも少しだけ近い距離をエミリアは歩いている。


 自分の思い過ごしということもある。


 いまはまだ、時間に身をゆだねてみよう。


 魔法のように、物事はうまくいかないものだから。


第二二部的なところがスタートです。


ブックマークありがとうございます。

読んでもらえることに感謝感激雨霰です。

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