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[第一部完結]サラリーマンが異世界でダンジョンの店長になったワケ  作者: エルリア
第一部 第一章

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幼女再び

「簡単に申しあげまして、申し訳ありませんがこの建物がシュウイチ様の商店となるようです。」


「なるほど、詳しく教えて頂いてもよろしいですか。」


 はいそうですかと納得するには少々難しい物件である。


 事の経緯次第では文句の1つでも言ってみようかと思ってしまう。


 エミリアに言うわけにも行かず、鬼女に言うと後が怖い。


 誰に言えばいいのだろうか。


「ほんの30分前までは私がこの前見た新しい商店がシュウイチ様の配属先になるはずでした。ですが、私の先輩に当たる方が急遽別の方を採用してしまい、半ば無理やり新しい商店を決めてしまったんです。新採用はシュウイチ様だけとなっておりましたので、新しく入社されたということで本部は確認せずにそのお店を紹介した。そして、いざシュウイチ様となったときにはこの商店しか配属先が残っていなかった。これが事の顛末のようです。」


 なるほど、ダブルブッキングと確認不足が原因か。


 これはもう100%本部のほうが悪いというやつだな。


 用意していた商品を別のお客に振り分けたのでありませんじゃ筋が通らない。


 通常であれば同等の代替品を用意するのが筋だが、今回にいたっては同等といいがたいようだ。


 はじめに見せられたのはこれだし、これが貴方のですと言われれば受け入れざるを得ないが、もっと良い物が本当はありましたといわれれば良い方がうらやましく見えてしまうのが人の欲というものだろう。


「どこをどうやってもこの建物が私のスタート地点になるわけですね。」


「誠に申し訳ありません。まさかこんなことになるなんて思っていなかったので。いくら私のほうが成績がよかったからってこんな手段に出るなんて・・・。」


「といいますと、その先輩とやらが大分強引な手段に出たということですか。」


 どこにでもいる、ダメ上司ダメ先輩というやつだろうか。


 自分の成績が後輩に劣っていることの逆恨みに強硬手段で成績アップ。


 こういった場合は大抵後々になってトラブルもしくは自分に帰ってくるのが定番だが。


「その件については私から詳しく説明いたしますわ。」


 そう言いながら眼の前の空間に現れたのは鬼女ことメルクリア女史。


 状況説明に上司自ら再登場とは、本部はこの件について大慌てということだな。


「メルクリア様!すみません、このようなことになってしまって。」


「貴女が謝る事ではございません。この件に関しては本部と、トトラに原因がありますから。」


 エミリアを慰めるメルクリア。


 姉を慰める妹のような構図だな。


「こんなに早くお会いできるとは思っていませんでしたよ、メルクリアさん。」


「私もですわ。首桶の準備も忘れてしまいました。」


 覚えていたか。


 まぁ、ついさっき啖呵を切って別れたところですぐに再登場したわけだし、バツが悪いか。


「事情はエミリアさんから聞いていますが、改めてお願いできますか。」


「この件に関しては先にお詫びいたします、申し訳ありません。全ては本部の確認ミス。それと、私の部下でありエミリアの先輩に当たるトトラというスタッフの独断専行が招いたダブルブッキングが原因ですわ。この件に関してはトトラへの処罰を検討しています。しかしながら、別途採用されたもう一人の方に非はありません。ですので、その方に設定した条件をいまさらながら変更できないというのがこちらの決定になります。イナバさん、貴方には本当に申し訳ないですけれどこの建物とダンジョンを元にはじめていただくことになります。」


 納得はいかない。


 納得はいかないが、ごねた所で何も変わりはしないだろう。


 ならば、別の角度から何かしら反応をうかがっても良いかもしれない。


「なるほど。そちらの非は認めはするものの、この現状を変えるということは出来ないということですか。確かに私がもう一人の立場であれば、先ほどのは間違いなのでこちらに移ってくださいといわれても納得しないでしょう。重大な契約違反であり、条件の変更や別の物でもって補填してくれというでしょうね。」


 ホテルのスイートルームを取って部屋に入った瞬間、先ほどのは間違いだったのでシングルルームに移ってくれといわれても納得しないだろう。


 相応の値段は払っており、書面で契約をしているのだから契約どおりにするのが筋という物だ。


 その筋を曲げようというのだからそれなりのインセンティブ、お詫びの品のようなものが必要になる。


 相手を納得させる為には損失をかぶらなければいけない。


 これが向こうの現状だ。


「お分かりいただけて何よりです。こちらとしては打つ手がない。他を探そうにもダンジョンを探すところからスタートしなければならないのです。それがいつになるのかはわかりませんし、仮に見つかったとしても別の商会が先に手をつけてしまっていれば、入手は難しい。一ヶ月先か半年先か一年先か。そうなるのであれば、今ここにあるものを使うしかないのです。」


「ですが、この状態です。人が住むこともましてや商売することもままならないこの建物で、私にどうやって条件を満たせというのでしょうか。ただでさえ他の方よりも難しい条件を与えられているにもかかわらずこの仕打ちです。私からすれば成功させず私の首だけを目当てに、貴女が細工したと考えても仕方ないですよね。」


「イナバ様、メルクリア様がそんなことをすることはありません。」


「そう思われても仕方がない、そう言っているんです。もちろんそういう事はしないであろうと私も思ってはいます。しかしながら、信用を大事にする商売で信用を失っているのも事実。そうでないと信じる為には些か足りない物があるのではないでしょうか。」


 損失をかぶるのであれば出来るだけ損は少ない方がいい。


 それならば、すべて決まっている向こうよりもまだ確定していないこちらで損をかぶるほうが被害が少ない。


 リスクマネジメントというやつだな。


 正直、メルクリアがちょっかいを出したのではないかと疑ったのは事実だ。


 そうでないと確実に思う為には俗に言う誠意という物を見せてもらう必要がある。


 クレーマーまではいかないが、それが筋という物だろう。


「大丈夫ですよエミリア。そう思われても仕方がないことをこちらはしているのだから。」


 筋を通す。それをわかっているからこそ、ここにメルクリアが来ているのだ。


「先ほど条件等を提示しやりあった仲ですので腹を探り合うのはやめにしましょう。この建物の全面改修ならびに、住居の新築、ダンジョンの整備と周辺開発の計3点をこちらで受け持ちます。納期は約二ヶ月。その間は当初予定していたこちらからの条件指定は行いません。これが、こちらからのご提案です。好きに過ごされるか、準備をなさるのかはお任せいたしますわ。」


 二ヶ月。


 これが詫びもしくは誠意ということだろう。


 通常であればすぐにでも運営を開始し、開発ならびに運営して数字をあげていかなければならない所を、二ヶ月の準備時間を作ってその間にしっかりとこちらの世界の勉強や経営について勉強しても良いということなのだろう。


 この提案は非常に魅力的だ。


 右も左もわからない中で始めるとどうしても矛盾やほころびが出て運営計画にずれが出てしまう。


 二ヶ月あれば周辺のリサーチもダンジョン作成のノウハウも増やすことが出来る。


 なによりこの異世界に慣れるという大切な部分に時間をかけることが出来る。


 建物の改修やダンジョンの整備はいずれ行わなければならないことなのでこちらとしては全く問題がない。


 後でやるのか、今やるのか、ただそれだけの違いであって何の損でもない。


 メルクリアは時間という対価を払って最大限の誠意を提示してきた。


 先ほど内定をもらう前に条件のやり合いをしてすぐのこのタイミングで、自分の不利を承知でこの提案をしてきたのだ。


 この懐の広さ、それに大胆さには感服する。


 この幼女、見た目にだまされてはいけない。


 非常に大きな器をもっている。


 次期当主というプレッシャーをしっかりと自分の成長に結び付けているのだろう。


 怖いだけの鬼女ではなかった。尊敬すべき。すばらしい上司であった。


 これは、これ以上自分のメリットを引き出す為にごねる場合ではないな。


「わかりました。その提案をお受けいたします。」


「ご納得いただけて光栄です。当初の予定と大分ずれてしまいましたが、お互いに良いパートナーになれることを期待していますわ。」


「こちらこそ、首桶を持参されないようにしっかりと励むこととしましょう。」


 最大限の誠意には最大限の努力をもって返すことにしよう。


 この二ヶ月、有効に利用しなければなるまい。


「メルクリア様、私はどうすればよろしいのでしょうか。サポートしようにも商店がこの状態ですし。」


「エミリアには、引き続きイナバさんの監督兼サポートをお願いします。すぐに数字は出ませんが、こちらもしっかりと貴女の仕事を見ていますので安心してください。商店のこと以外にも出来ることはたくさんあります。トトラにはない、貴女だから出来ることがたくさんあるはずですわ。」


「ずいぶん、エミリアさんのことを買っているんですね。」


 最初の対応やプライベートでの付き合い方、先程の発言もそうだ。


 わざわざ先輩にはないと言うぐらいなのだからよほど信頼しているのだろう。


 幼女とエルフ娘のイチャコラとか、ご飯何杯でもいけるぞ。


 百合はあまり好物ではないが、この二人なら絶対に美味しくいただける。


 まちがいない。


 姉×妹はたまた妹×姉で戦争が起こりそうだ。


 どちらがお好みかはいつもの宛先まで送ってくれ。


「それはもちろん。貴方にはもったいないほど出来た子ですから。」


「そんな、恐縮です。メルクリア様にそこまで言っていただけるなんて光栄です。」


 褒める妹に恥じる姉。


 よきかな、よきかな。


「では、そんな出来る子に対して今回の発端になったトトラという子は今後どうなるのでしょうか。」


 事の発端は彼女である。


 会ったこともないしどんな子かは知らないが、イメージは縦ロールの高飛車お嬢という感じだろうか。


「トトラの処罰は本部に帰ってから考える予定ですが、再度私じきじきに研修し直すことになるでしょう。今までは様子を見ていたところがありますが、今回の一件でしっかりと躾け直す必要がありますわ。」


 今躾けって言ったよこの人。


 それに研修って聞いただけでエミリアが何かおびえた顔してるし。


 いったいこの人どんな研修しているんだ。


「研修、ですか。参考までにどのようなことをされているんですか。」


 非常に興味がある。


 ちょっと茂みをつついてみたい。


 ヘビが出るか蛇がでるか。


「特に変わったことはしてませんよ。ただ、初心に戻って頂いているだけですわ。」


 そう言ってメルクリアはにこやかに笑った。


 それを見たエミリアがさらにおびえた顔をする。


 よっぽど怖い研修なのだろう。


 これ以上は聞かないほうが良いかもしれない。


 顔も知らぬトトラよ、死ぬな。


「なるほど。初心は大事ですからね。」


「イナバさんもご一緒にいかがですか。」


「丁重にお断りさせて頂きます。私にはエミリアさんという力強い方がついていますから。」


 誘われたけど絶対行かない。


 行かないほうが良い。


 たぶん、いや間違いなく、地獄を見ると思う。


 幼女が鬼になるんだ。


 幼女は幼女のままでいてもらうほうが良い。


「それは残念ですわ。」


 そう言って笑う幼女。


 見た目可愛いのに中身が怖すぎて笑ってる顔なのに恐怖を感じる。


 メルクリア、恐ろしい子。


「ところで、この建物の改修と住居新築に二ヶ月と言っていましたがそれまで私はどこに住めばいいんでしょうか。」


 ふと思った。


 家がない。


「そこまでは私も思いつきませんでした。そうですね、どうしましょうか。」


 どうしましょうかじゃなくて、どうかしてほしい。


 テヘペロといわんばかりに可愛く笑ってごまかそうとするメルクリア。


 サラリーマン、ホームレスになる。


 明日はどっちだ。


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