まるで『ヤ』の付く自由業のようで
その後は穏やかな時間が過ぎ、各自がそれぞれの仕事をこなしていった。
ウェリスとシルビア様は周辺の警護を。
博士と助手の二人は持参した資料を基に別の研究を別室でこなしている。
来客は少ない。
が、いないわけではない。
主に日用品の販売ばかりだがそこそこの売上は上がっている。
後はいつ最初の冒険者が来るかだよな。
コッペンには宣伝して貰っているから後は来たいと思う人がいるかどうかだ。
最初は駆け出しの冒険者が力試しに来るぐらいだと思っている。
だがそれで良い。
駆け出しが少しずつ強くなるようにダンジョンも大きくなればそれで構わない。
今はまだ助走期間だ。
助走が長ければ長いほど長い距離を飛べるというからね。
日が高くのぼりそろそろ昼食をと思っていたとき、待ちかねていた相手が姿を現した。
商店の扉が開き男たちがぞろぞろと中に入ってくる。
「ここにイナバシュウイチというやつがいると聞いてきたがどこだ?」
ガラの悪そうな人相をした男が4人。
そのうちの一人が俺を指名した。
「私がイナバですがどのようなご用件でしょうか。」
帰ってきていたウェリスとカウンター越しに談笑していた時だった。
二人してその相手のほうを確認する。
着ているのがスーツだったら間違いなく『ヤ』のつく自由業を営んでそうな見た目だな。
何人も人殺してますと言わんばかりの目だ。
思わず目をそらしたくなってしまう。
しかしそれはダメだ。
俺が上に立つためにはこのファーストコンタクトで引き下がるわけには行かない。
「コッペンの紹介できたといえば分かると言われたんだがな。」
「・・・お聞きしておりますよ、どうぞこちらへ。エミリア店はあとお任せしますね。」
「畏まりました。」
店番をエミリアに任せウェリスと共に二階の部屋に向かう。
先に俺が入り一番奥の椅子にすわり、ウェリスは戸を押さえて相手を待つ。
二人入って来たところで扉を閉めようとした。
「おい、俺たちも入らせろ。」
「話は二人で十分だ。それとも何か、全員いないと話も出来ないのか?」
「なんだとてめぇ!」
ウェリスさん、始まる前から喧嘩しないでいただけるでしょうか。
ここは穏便に話を進めたいんですけどねぇ。
「話はこの二人で十分だ、お前たちは外で荷を見張ってろ。」
「・・・チッ。」
ウェリスを思いっきり睨みつけ残りの二人は部屋を後にする。
「狭い部屋でどうもすみませんね、後で冷たい飲み物でも持って越させましょう。」
「話には聞いていたが随分と若いようだな。情報屋の言うすごい商人には俺には到底見えないんだが。」
「人を外見で判断するのは悪手ですよ。世の中には見かけと中身が違うなんて事はよくあるでしょう。」
見るからにグロテスクなのに美味しいウニとか。
ドラゴンフルーツも見た目とげとげしいのに中身美味しいし。
あ、食べ物ばかりだな。
「確かにその通りだ。」
「では改めまして、イナバシュウイチと申します今後ともどうぞお見知りおきを。」
「ガルスだ。」
人が挨拶しようと手を出しているのに握手もしないなんて、どうやら礼儀という奴を良く知らないようだな。
まぁいいさ。
それぐらいでペースを乱されることは無い。
俺は俺のやり方でこいつらを手玉にとればいい。
差し出した手を下ろし、椅子に腰掛ける。
ガルスという男はただ真っ直ぐ俺の眼を見続けている。
どういう相手なのか見誤らないようにしているのだろうか。
「それで、コッペンの紹介という事ですからなにか悪いことでも始めようとしておられるようで。私には何を求めておられるのでしょうか。融資?それとも密輸?最近は上物の娼婦なんてのも紹介できますが。」
「お前の宣伝はどうでもいい。ここに来れば魔術師ギルドと商売させてくれると聞いてきたのは本当か。」
あまり回りくどいのはお好みではないようだ。
もう少しピエロを演じるか悩むところだな。
「魔術師ギルドの魔石買取について、ですか。確か相手を選ばずどの商人にも買取の門扉を開いているはずですが、それを通さずにあえて私のところに来るということは扱われるのは盗品もしくは横流し品といったところでしょうか。」
「もう一度聞く、ここに来れば魔術師ギルドと商売させてくれると聞いてきたが間違いないんだな?」
横流しと聴いた瞬間、一瞬だが目がこわばった。
間違いなさそうだ。
しかしまぁ、随分と気が短いようで。
「急いては事を仕損じるといいますが、随分と急いでおられるようで。」
「そっちの都合でこちらは四日待たされているんだ。それでいてここでも答えを先延ばしにされる、今すぐお前を縛り上げて洗いざらい吐いて貰ってもいいんだぞ。」
「それは恐ろしい。ですがそれをすれば貴方がたも無事ではすまないことはお分かりでしょう。四日待ったところで買取が終わるようなことなど起こりはしませんよ。」
「何故お前がそれを言い切れる。」
「答えは『私だから』ですよ。」
答えになっていない。
だが俺なら出来ると思わせなければならない。
こいつが言うなら間違いがないと、信じ込ませなければならないんだ。
「随分と自信があるようだな。」
「そうでなければこんな場所で商売なんてしていませんよ。それで、ガルスさんでしたね魔術師ギルドそれも魔石研究所と接点を持ちたいなんていったいどういう風の吹き回しか教えて貰うことはできるんですか?」
「何故それをお前に言わなければならない。」
「理由もわからず先方に紹介することなど出来ませんよ。特に魔石なんていう非常にデリケートな物を扱おうとしているならばね。」
「何もかもお見通しというわけか。」
「それはどうでしょう。私にも知らないことはありますし出来ないこともありますから。」
どこかで見た事あるんだよな、この人。
どこで見たんだろう。
結構最近見たと思うんだけど。
「・・・ガルスか、随分と懐かしい名前を聞いたと思えば随分と立派な商売するようになったじゃねぇか。」
後ろで立っていたウェリスが思いついたかのように話し出した。
「おや、お知り合いでしたか?」
「知り合いって程じゃないさ、昔の仕事馴染みってやつだよ旦那。」
「ウェリス・・・。確かお前は騎士団に捕縛され従軍奴隷に成り下がったと聞いていたがどうしてお前がここにいる。」
相手もウェリスが知り合いと気付いたようだ。
さて何ででしょうねぇ。
「俺がここにいる理由、それは全てここにいる旦那だからといえば分かるんじゃねぇか。」
「こいつなら騎士団の奴隷であるお前もここに呼べると?」
「ここに来る途中の村で珍しい物を見たと思いますが、それも含めて私なら出来るんですよ。仮に彼が騎士団の奴隷となってもね。」
「確かに村には騎士団員がうろうろしていたが、まさかそれもお前が呼んだっていうのか。」
「さすがの私でも彼一人でここに呼ぶことは出来ませんから。まぁ、騎士団員の皆さんには村のほうでのんびりとしていただいているわけですから呼んだというのは語弊があるかもしれませんけどね。」
シルビア様が手配してくれただけだが、こんな辺鄙な村に騎士団員がいることがそもそもおかしい。
しかし、ありえないことを俺がしたと信じ込まされそうになっている彼らからしたら、俺が呼んだからだと錯覚してもおかしくは無いだろう。
「・・・お前の実力は分かった。」
「信じていただけて何よりです、では交渉を始めましょうか。」
さぁ相手がテーブルに着いた。
これからが本番だ。
「先程質問にあった件ですが私であれば魔術師ギルド、それも貴方達が求めている魔石研究所に直接話を持っていくことは可能です。」
「魔術師ギルドではなく魔石研究所と直接やり取りできるのか。」
「もちろんです。そちらが求めているのは魔術師ギルドではなく、その先の魔石研究所との商売。それも大量の魔石の売買、違いますか?」
「そうだ。俺たちが求めているのは魔石研究所との直接の販売だ。」
そうだろうね。
知ってるよ。
「コッペンから聞いていると思いますが魔石の見本は今日お持ちいただいていますね。」
「もちろんだ、おい持ってこい。」
「はい。」
部屋にいた男が外にでる。
わざわざ持参しなかったのは何故だ。
見本なら少量でいいと思うんだが。
「若いのに随分と口が達者なようだな。」
「武芸が出来ない分こちらのほうに磨きがかかりましてね。荒事はもっぱら彼のような人物にまかせているんですよ。」
そう言ってウェリスのほうを見る。
やれやれといった感じでウェリスが肩を上下させた。
「お前が街からいなくなって随分と仕事がやり難くなった。どういう風に商売していたか是非教えて欲しいね。」
「それが分からないようじゃお前はまだまだ小者だって事だ。もっとも、騎士団に捕らえられるような俺が言えた義理じゃないがな。」
「だがお前はこうして俺の前に立っている。俺にはこいつがそんな事出来るようには見えんのだが。」
ひどい言われようだ。
まぁ見るからにひ弱そうな若造が出来るとはおもわないよなぁ。
これでも30代なんだけど、おたくらいくつなんだよ。
「こう見えて俺以上に頭の回る男だ。なんせ俺を捕まえたのが何を隠そうこの男なんだからな。」
「盗賊潰しのイナバってのは、まさかこいつが。」
「随分な通り名をいただいているようですが、私は商人ですよ、ただの、ね。」
にやりとガルスに笑いかける。
最初に値踏みするようにしていた目が明らかに変わった。
多少見直してくれたようだ。
「どこかで見たことがあると思ったが確か料理屋で見たことがあったな・・・。」
「あぁ、そんなこともありましたね。」
思い出した。
ニケさんを探しに部屋に怒鳴り込んできた男だ。
どこかで見たことがあると思った。
スッキリー。
「確か騎士団長のシルビアと結婚したときいているがお前が居るのもそれが関係しているのか?」
「彼女は何も知りませんよ。私の事をただの商人だと思っているでしょうね。」
「ならば何故こいつをここに呼べる。」
「先程いいましたように私だからですよ。別に彼女を通さなくても騎士団の内情であれば手に取るようにわかります。それと同じように魔術師ギルドも、なんなら商店連合の中身もお答えしましょうか?」
素性の分からない男。
秘密の多い男。
彼から見たら俺はそう見えるだろう。
勝手に俺の値段を吊り上げてくれればそれだけ交渉がしやすくなる。
とりあえずは下に見られずに済んでいるというところだろうか。
と、そのとき部屋のドアが開き男が大きな木箱を運んできた。
まずさノックしようよ。
いきなり入ってくるってどうよ。
別にいいけどさぁ。
それで、とりあえずそのでかい箱なんですか。
「これがお前の指定した魔石の見本だ、確認してくれ。」
「ウェリス開けてください。」
「はいよ。」
木箱の蓋を力任せに持ち上げるウェリス。
バキバキと音を立てて蓋がはずれると、中から大小様々な光る石が出てきた。
研磨前の宝石の原石みたいだな。
「随分と大量にあるようで。」
「俺たちが扱っているのはそこいらの商人が扱っているような魔石じゃない。もっと純度が高くそれでいて他じゃ用意できない大量の魔石だ。二三個持ってきただけで評価されたんじゃたまったもんじゃないからな。」
「なるほど、これだけ用意できるぞと言いたいわけですね。」
「これはほんの手土産だ。実際はもっと多くの魔石を融通してやることも出来る。」
流れを自分に持って来ようと少々饒舌のようだ。
「・・・これ以上の魔石を融通できるというのは本当ですか。」
「もちろんだ。ここにある魔石が100個、必要であればこの10倍は準備できるぞ。」
「これほどの魔石をどこで仕入れているのか、それを聞いても?」
「それはダメだ、俺たちは直接魔石研究所との売買を望んでる。出所を聞いて俺たち抜きで商売されるのは困るからな。」
10倍か。
当初計画していた量の半分しかないというわけだな。
もしくは時間がたてばまだ用意できるのかもしれない。
とりあえず探ってみよう。
「そうですね、私としても私抜きで話をされるのは些か気分が良くない。」
「その通りだ。俺たちは俺たちのやり方でここに話を持ってきている。お前に求めているのは魔石研究所との商売であってお前との商売ではないことを忘れないで欲しいね。」
「もちろん、払うものを払って頂けるのであれば喜んでご紹介させていただきましょう。」
「おいおい俺たちは紹介してくれるって言われてここに来たんだぞ、どうしてお前に金を払わないといけないんだ。」
「コッペンのところで情報を買い、私の所で斡旋料を払う。それに何の違いがあるのでしょう。」
「金を取るなら話は別だ。この話は無かったことにして貰いたい。」
おっと、ここで引き下がるのか。
だがそれを追いかけて奴らの思う壺になるのもちょっとなぁ。
さてどうしたもんか。
「失礼します、飲み物をお持ちしました。」
話が破談になりそうになったタイミングで外からユーリの声が聞こえてきた。
ナイスタイミングユーリ。
「どうぞ入ってください。」
「失礼します。」
ユーリが四人分の水をトレイに乗せて入ってくる。
「少々お時間がたちましたのでよろしければどうぞ。」
「ちょうどのどが渇いていたところです、ありがとう。」
グラスに手をかけようとしたそのとき。
「先に俺たちから選ばせてもらおう。」
急にガルスがグラスを取る手を遮った。
「どうぞ先にお選びください、なに毒なんて入ってやしませんよ。」
「念のためだ。何もかも相手の掌の上というのは気に入らなくてな。」
そう言って二人分のグラスを先に選ぶ。
残ったグラスを俺とウェリスで受け取った。
「そうだ、ついでにこの魔石の純度測定をお願いできますか?」
「畏まりました。おいくついたしましょう。」
そうだなぁ、サンプル検査は10個もあれば十分だけど。
「何個かここから持ち出してもよろしいですか?」
「いいだろう。ただしすり替えが行われないようにこいつを連れて行く。」
「結構ですよ、ウェリス貴方もついていってください。」
「おい、いいのか?」
「構いません。」
二人っきりになったところでどうこうされることも無いだろう。
こんな強面の男じゃなくて美人の女性だったら二人っきりも歓迎だったんだけど。
そう上手いこと話は行かないらしい。
「では失礼します。」
箱の中に手を入れて無作為に魔石を机の上においていく。
その数10。
「貴方も選ばれますか?」
「どれを選んだところで問題は無い勝手にしろ。」
今回は気にしないのか。
それだけ自信があるという事なんだろうな。
まぁいい、これでこの魔石がどこから出てきたのかの居場所も分かる。
それさえ分かれば魔石横流しの本隊グループにたどり着くことも出来るだろう。
サンプルは多いほうがいいからね。
「では後はお願いします。」
「畏まりました、分かり次第こちらにお戻しいたします。」
グラスを載せてきたトレイに今度は魔石を乗せてユーリたちが部屋を出て行く。
そして残されたのは二人だけ。
「邪魔者は居なくなったな、それじゃあ交渉とやらの続きをしようじゃないか。」
貴方さっき止めるって言いませんでしたか?
こっちとしては望むところですけど。
男二人の真剣勝負。
まだ戦いは始まったばかりだ。
無事に100話を迎えることが出来ました。
これだけ長いこと一つの作品を書けたのはひとえに読んでくださっている皆さんのおかげです。
ありがとうございます。
ブックマークや評価、感想などが全て自分のモチベーションに変わります。
話はまだまだ途中ですのでこれからもどうぞお付き合いください。
よろしくお願いいたします。




