02.彼を信じています (2)
「それで、ご用件は……?」
「ゴヨウケン? あ、ええ……そうね、ええと……単に、話したかっただけよ」
アイレイスは目を泳がせながら、しどろもどろに答えた。
目の前のファンクスは、登場した時の体勢のままだ。つまり、立ちっぱなし。自分だけが座っていることに引け目を覚え、「貴方も座りなさい」と伝えるが、「お気遣い感謝いたします。しかし、私はこのままで」と首を振られてしまう。
む、としたアイレイスは、すぐに立ち上がった。
「貴方が座らないのでしたら、もういいですわ」
その時、初めてファンクスの瞳の色が変わった。何かを諦めたようなものだ。そうだ、諦めて座れば良かったのに。ぷくう、と頰を膨らませると、ツカツカと彼に近寄る。そうして、真正面に立つと、手を引っ掴んだ。
自分よりも随分と大きな手にビックリしたが、それを気取られないよう、努めて気にしないようにして、ぐいっと引っ張る。
「お嬢様っ!?」
初めて声を荒げたファンクスを、一瞥する。目が丸くなっている。
「名前で呼びなさいと言いましたわ」
「あ、アイレイス様、あの、手を離して頂けませんか」
「嫌ですわ。だって貴方、逃げそうなんですもの」
そう言い放ち、あとはもう聞く耳持たずで歩き続ける。
外に出ると、涼しい風が吹いていて、気持ちが良くなる。こんな日に外に出ないのは、もったいない。
そうだ、庭園へ行こう。アイレイスの屋敷の庭園は、大変綺麗なのだ。この挙動不審の魔法使いにも見せてやろう。
行き先が決まり(勢いで部屋を出てしまい、困っていたのだ)、アイレイスの足取りは軽くなった。
「さあ、着きましたわ!」
目的地に辿り着き、振り向いてにっこり笑い掛ける。
「え、と……では、手を離して頂けますか?」
「なんですの! 素直に喜びなさいな!」
「ええ、ですから離してください」
ここで離したら、負けな気がする。もはや意地である。
行きますわよ、とぐいぐい引っ張り、庭園を歩く。初めは少し抵抗感があったが、途中から気にならなくなった。抵抗力が弱くなったのか、あるいはアイレイスが花を見ることに夢中になってしまったからか。
結果、非常に満足して、庭園散歩は終わった。
「――って、違いますのよ!」
「何がでしょうか」
少しばかりくたびれた声が、背後から聞こえた。十中八九、自分が連れ回したから疲れているのだろう。
「あー、あー……つ、付き合わせて、申し訳なかったわ」
しゅんと肩を落として謝ると、少しの間を空けてから、「いえ、僕も、楽しかったので」と柔らかい声が聞こえた。心なし、言葉を和らいでいる。
ちら、と彼を盗み見る。
――優しそうな瞳を細め、微笑む顔。
「…………」
「アイレイス様?」
「え、あ、……も、戻りますわ!」
急に恥ずかしくなってきた。
手をパッと離して、アイレイスは部屋に向かってカチコチになった身体を動かした。離してから、少し後悔する。温かい手は、本当に心地よかったから。
その日から、ファンクスは定期的に家に訪れるようになった。
アイレイスが望んだ訳ではない。ファンクスが望んだ訳でもない。
ただ、初日に仲良く手を繋いでデートする姿を見たアイレイスの母が、嬉しくなって「また来てくださいな!」と言ったためだ。勘違いも甚だしい。……そう、勘違いだ。自分は、そう、彼がアイレイスの母に相応しくないことを証明するために会っているのだ。
「アイレイス様、北方大陸の創造魔法に関する書物を見つけたのですが、内容がなかなか面白くて。読まれますか?」
「北方の創造魔法!?」
なんとも心踊るフレーズだった。北方大陸に広がる魔法は少々特殊で、ここ中央大陸の魔法とは根本的な魔力の使い方が違うと言われている。その創造魔法というと、更に特殊なものが多い。
涎が出そうなくらい、興味がある。
キラキラした瞳を本に向けると、彼はクスリと笑った。
「嬉しそうですね」
「うっ、れしくなんか、ないですわ!」
「どうぞ。王立図書館の物でも無く、僕の私物ですから、差し上げます」
「要らないわよ!」
アイレイスが要らないと言っているのに、ファンクスは華麗にスルーして、「ここに置いておきますね」と本を彼女の机に乗せた。
そうして、妙に幸せそうに笑うのだ。
そういう顔を見ていると、自分と随分と差があるように思えてしまう。何故だろう。あまりにも、穏やかで。大事なものを静かに慈しむような顔は、決して自分にはできない。
五歳、歳が離れている所為だろうか。しかし、三歳年上のミディアスとこんなにも差を感じたことは無いし、三歳年下のカーダルは…………知らない、あんな奴。
「それじゃ、今日はこれで」
「え、もう帰るんですの?」
「研究がありますので」
ファンクスは、困ったように笑った。
「……精霊についてでしたわね」
「はい、まだまだ分からないことだらけです」
彼の周囲に精霊使いはいない。その所為で余計に研究は難航しているようだ。
精霊使いなら、ミディアスがいるではないか、と一度言ったことがある。ファンクスは、ミディアスともよく話をしているというので、不仲でも、知らぬ仲でもないだろう。
しかしファンクスは、「殿下を魔法使いにする訳にはいきませんので」と困った顔で笑うばかりだ。そして彼は、やはり穏やかに言う。「あの方は、いずれ立派な王になるでしょう」と。そうかしら、とアイレイスはそこだけはいつも同意しかねる。アレが立派な王に? 本当に? あの馬鹿王子が?
閑話休題。とにかく、だ。彼はもう少し周りを頼ってもいいと思うのだ。
頼られる立場にいない自分が、ひどく悔しかった。
先程“押し付けられた”書籍だって、本当は精霊に関する書籍を片っ端から探していた時に、偶然見つけたのだろう。これは、ファンクスの苦労の証だ。
「……身体には、気を付けてくださいませね」
いかにファンクスが本気であるかを知るアイレイスには、その一言を絞り出すことだけで精一杯だった。
アイレイスさんのツンデレは、この頃には既に絶好調です。
こうして連れ回されることに慣れていくファンクスさん。
変なところで貼った妙な伏線を回収中……。
⚫︎お知らせ⚫︎
現在、作者の仕事の都合にて、更新頻度が遅くなります。拙作を読んでくださっている方に、大変申し訳ありません。
仕事が落ち着き次第、また戻していきたいと思いますので、何卒ご容赦くださいませ。
大体、これまでの、二回に一回、三回に一回のペースでも、更新はしていきたいと思いますので!




