03.最悪のチームワークです (3)
第一ステップ。
屋敷に戻ってからの夕食の場で、雛㮈は意を決して、口を開く。
「ミディアス様に会いたいです」
ピキン、と何かが凍った音がした。
「あら…ダルお兄様にライバル出現ですか? ディズ様が?」
「………」
何故か楽しそうに笑うリリーシュは、少し前に自分が狙われている可能性があることを伝え聞いたばかりのはずだが、その笑顔に曇りは無い。フェルディナンにしろ、カーダルにしろ、ミディアスにしろ、自分の命が狙われていることは、当然覚悟するべきことなのだと言う。
何故そんな覚悟をしないといけないのか。しかし、その覚悟無くしてやっていけない世界なのだろう。でも………。否定して、否定したことを否定して。
いや、今はそこに考えを巡らせている場合でもなくて。
「あの、少しお話がしたくて」
「…同席しても?」
「…えっと、二人で話がしたいです」
またも空気が固まった。
「ダメですか?」
「………。なんの話だ?」
リリーシュが呑気にデザートを食べながら、くすくす笑っている。今のこの状態の、いったいどこに笑う要素が?
視線を泳がせながら、「カーダルさんの小さい頃の話を聞きたいなって思って」と答えた。間違ってはいない。
「俺に分かる範囲なら、俺が答える」
「え、ほんとですか?」
本人から聞けるならその方がいい。カーダルのことだから、断られると思っていたのだ。第一ステップをクリアせずに、次のステップに進んでしまったが、それはそれで、まあ。
明るい表情になった雛㮈に、未だに複雑そうな顔をするカーダル。
「ヒナちゃんは、ダルお兄様のこと好き?」
「えっ!?」
にこにこ笑っていたリリーシュが、突然口を開いて、そんなことを言い始めた。手にはスプーン。まだデザートを食べながらの、(雛㮈にとっては)最大級の爆弾だ。
「そっ…どっ…!?」
「うん?」
にこにこ、にこにこ。
カーダルも固まりつつも、雛㮈を戸惑った目で見ている。
「………う」
苦し紛れに、目の前のパイをざっくり切って、一切れ口に運ぶ。咀嚼して飲み込んでから、ドリンクに手をつける。
一連の流れが終わってから、そっと前を盗み見る。………まだ返事を待たれていた。
「………………す、すき、ですよ?」
「まああ! 良かったですわね、ダルお兄様!」
そこで、振るか! 雛㮈が慌てて、好きと言っても恋愛的な意味ではなく…と言い訳を始める前に、カーダルがふわりと笑って応えた。
「ああ」
「っ…!」
なんの辱めだろうか、これは。
カッと赤くなった頬を持て余していると、デザートまでしっかり食べ終えたリリーシュが静かに立ち上がった。
「それでは、私は部屋に戻りますので、ゆっくり話してくださいませ」
「えっ…」
確かに、この雰囲気の中に他者がいるのは恥ずかしいが、いなくてもやはり恥ずかしい。
「後でいろいろ訊かせてくださいねっ」
何を訊くつもりなの。
妙にキラキラ輝いているリリーシュの様子に若干慄く。うきうきした足取りで出て行ったのを見届けるなり、カーダルが「それで」と話を切り出した。今日は、変に急いている。
「俺の、何を訊きたいって?」
「…えっと」
目を泳がせる。初めから直球で訊ねるべきか、どうか。しかし、徐々に…なんて芸当はできそうもない。
「カーダルさんは、その、幼い頃からミディアス様と、共に学んできたんですよね…?」
「…あいつの話が訊きたいのか?」
瞳に剣呑な光が灯った気がした。
殿下を、“あいつ”呼ばわり。普段線を引こうとしている時とは、違う物言いだ。
失敗した、と瞬時に悟る。何が失敗なのかは、…多分“アレ”だと思うのは、自惚れ過ぎだろうか。
「ち、がいます。あの、当時から、アイレイスさんとも話をしてたのかなって。私、お二人に仲良く…い、いえ、仲良くなり過ぎるのは嫌ですけど、でもあの、穏やかに話していて欲しいです」
たどたどしく目的を告げると、カーダルの顔が複雑なものに変わった。
「別に、俺は………」
「あのままでいいだなんて、思っていませんよね」
「………ああ」
理性では分かっているが、ああも頑なに拒否されると、面白くないということだろうか。そういえば、ミディアスに突っ込まれた時にも、不服そうだった。
「それで、不仲になったキッカケを探っているわけか」
「そっ…そうです」
途端に冷静な顔に戻る。最近は感情が表に見せてくれるようになってきたので、ついつい忘れてしまうが、彼のスタンダードは、この仏頂面だ。
急に萎縮してしまう自分を叱咤する。
ここに来てすぐの彼の応対は、実のところ、今でも少しトラウマだ。決して、それが悪いことだったとも思っていないし、彼が闇雲にそういう態度を取る訳ではないと知っていても、身体の反応は、思った通りになってくれない。
それでも雛㮈は、無理やり言葉を紡ぐ。
「何か心当たりは…?」
「…さあ。でも、初めからああだった訳じゃない」
意外な事実に、え、と驚く。
「俺と、ミディアス殿下、それから魔法団長殿は、従兄弟同士というのもあって、当時は共にいることが多かった。リリィはあまり身体が丈夫ではなかったから、部屋で休んでいることの方が多かったが。リリィは昔から………」
そこまで口にして、妹語りになりつつあることに気付いたらしい。不意に口を噤むと、何事も無かったかのように「その時は、普通に話もしていた」と続けた。
「特別仲が良かった訳じゃない。でも少なくとも仲間としては、認め合っていた」
彼は、目を細めた。戸惑い。揺れる瞳が、その感情を訴える。
「態度が変わったのは、俺にも理由が分からない。ある日突然、敵意を向けてくるようになって、…今の通りだ」
「そう、だったんですか」
アイレイスが何も無く相手を嫌う人物だとは思えないが、カーダルのことを信じていない訳ではない。彼が知らないというなら、彼が意識せずに行った何かか、あるいは“全く別の人物から吹き込まれた何か”によって、仲違いをしてしまったのか。
「分かりました、ありがとうございます。…アイレイスさんにも、訊いてみようと思います」
「ああ、…世話を掛ける」
申し訳なさの混じった言葉に、「いえ! そんなっ!」と慌てて首を振る。確かに、仕事が進まないからという理由もあるが、半分は私情だ。どうせなら仲良くなってほしい、それくらいのお節介。
「そろそろ俺も戻る。お前も疲れただろうから、しっかり休め」
カーダルが立ち上がり、少しの間雛㮈を見ると、「俺の昔話なら、また付き合う」とボソリと言って、扉に歩いていく。
「…あ、か、カーダルさん」
なんだ、とばかりに彼は肩越しに振り向いた。至って冷静な顔に躊躇いが生まれたが、気合いを入れると、なるべく軽い調子で言った。できれば、その思惑通りに受け取って欲しかったが、どうだろう。顔が引き攣っている自信がある。
「さっきのって、嫉妬ですか?………なあんて、そ、そんなことありません、よ、ね!」
そうだったらいいのに。
好きだと伝えられたのに、素直に信じられない自分に嫌気は差すけれど。
思った直後に、伸びてきたカーダルの腕が後頭部に回り、引き寄せられた。耳に彼の息がかかる。
「そうだよ」
それだけ囁いて、彼は去っていく。その耳が赤いことに気付いて、雛㮈は思わず笑みを溢した。
余裕がありそうで無いカーダルさん。
あれですよね。訊かなくてもいいんだけども、ついつい訊いちゃうことってありますよね。
結局のところ我儘?なんですけれども、やっぱり応えてもらえると嬉しいという心情。




