03.お願いされました
いつものように馬車で城に着く。今日は、ニキとラルクも一緒だ。そのままアイレイスの部屋まで向かおうとしたら、カーダルに止められた。
不思議そうに小首を傾げた雛㮈に対して、カーダルはいつも通り平坦な声で告げる。
「…先に、話をしなければならないことがある。二人は、少しの間待っていて欲しい」
昨日頼まれたことに関連することだろうか。分かりました、という意味を込めて、こくこく頷く。ニキは「仕方ないね」と言い、駄々を捏ねそうなラルクを、雛㮈の肩から攫った。
カーダルは、「こっちだ」と短く言うと、アイレイスの部屋とは反対方向へ歩いていく。どこへ行くのだろうか。少なくとも、カーダルの足取りに迷いは無いようであるが。
広い中庭に出た。レンガ作りの道に、白いアーチがいくつも続いている。アーチには蔦が絡みつき、色とりどりの小さな花を咲かせている。
普段は庭になど出なかったから気付かなかったが、なるほど、確かに王宮に相応しい造りだ。火を噴く変な植物だっていないし。
やがて、前方に建物が見えた。円錐型の建物で、その屋根は膨らんでドームのようになっている。
これはなんだろう、休憩スペースかし
ら? と思いながらスルーしようとしたら、カーダルはその建物に真っ直ぐ向かい、扉を静かに開けた。
「中へ」
「は、はい」
穏やかな空間なのに、何故だか肌をピリピリとした空気が襲ってくる。
その解は、目の前にあった。
「王様…?」
三度の謁見は、唐突なものだった。心の準備をすることもできず(とはいえ、それは一度目とて同じだが)、雛㮈は急に緊張して、ピンと背筋を伸ばした。
「あ、あのっ、えっと!」
「よい。楽にしなさい」
謁見の場で見るよりも、王の顔は穏やかで、それでいて少し疲れていた。この人も同じ人間なのだ。そんな当たり前のことを思い出す。
それと、気楽に接することができるかは、全くの別物であるが。
固まったままの雛㮈に、王は話を長引かせる方が酷と判断したのか、「早速じゃがの」と切り出した。
「この国の事情を、お主はどこまで理解しておるかの」
「え、と…」
正直なところ、あまり分かっていない。意図的に学ぶ機会を制限されている印象も受けるが。
「…私の妻は、既に他界しておる。それは、五年前の事件の所為ではなく、もっと前に」
唐突に始まった話に、首を傾げながら、耳を傾ける。
「しかし私は、アレ以外の妻を娶るつもりは無い。そうすると、必然的に次の王となる者は、絞り込まれてくる」
静かな語りが行き着く先を、雛㮈は想像する。
「我が息子、ミディアスが最有力じゃ」
「…その、ミディアス様はどちらに?」
問い掛けながら、雛㮈はその解答に既に行き着いていた。光眠り病の解明のために、見ず知らずの娘を殺さず城に入れた。それは果たして、世界中の患者を救う、ただそれだけのためだろうか。
確かに、解決を図れたとなれば、国民からの支持は高まるだろう。しかし。
「ミディアスは今、病に臥せておる」
「…光眠り病、ですか?」
「そうじゃ」
五年前の大事件。それは確かに、国をも脅かす大事件だったのだ。いや、今もなお、脅かし続けている。
「もしミディアスが目覚めなかった場合………」
「陛下」
カーダルが、口を挟む。しかし、それ以上は何も言わず、二人は無言で見つめ合った。やがて王は仕方が無いとばかりに首を振る。
「お主に求めるのは、ミディアスの回復じゃ」
「はい。…でも何故、わざわざこんな」
隠れたような場所で。まるで密会のように。戸惑いの顔を王に向ければ、「誰も彼もが我が息子の目覚めを待ち望むわけではない」とため息を吐くように言った。
「ミディアスが目覚めなければ、王族の血が薄くとも、王になれる可能性が高まる。…つまりは、そういうことじゃの」
「要するに、これまでのように悠長にしていると、自分の命も危ういということだ。…助けに行っている間に、本体がいなくなったら、どうなるか」
「いなくなったら、って…」
不穏な響きのする言葉を、カーダルは昨日とは打って変わった無表情、無感情でさらりと告げる。
王が「その危険性も考慮せねばならぬということじゃ」と頷き、重々しく口を開いた。
「フェルディナン、リリーシュ。既に二名が目覚めている。この話はすぐに貴族たちの間で広がるだろう。そうなる前に、どうにかしたいのじゃ。魔力量が高いフェルディナンはすぐに目覚めた。幸運なことに、ミディアスも高い魔力を保持している。―――外界から来た者に全てを押し付けるようじゃが、手を貸してくれぬか」
噂が広まれば、寝たきり王子の命が狙われることが多くなるだろう。
自ら頭を下げた王に、雛㮈は息を飲んだ。カーダルは王を止めることはなく、自身もまた、深く低頭する。
「あ…頭を上げてくださいっ」
かといって、身体に手をかけることもできず、眼前の光景におろおろする。「やりますから! だからどうか!」と反射的に声を上げる。
「勢いで答えるな」
べし、と頭を叩かれた。
「これ、カーダル。女子に乱暴はいかん」
王に注意されたカーダルは、ぶすり、と不貞腐れた顔をしている。こうして見ると、まるでこの二人は親子みたいだ。顔立ちだって―――。
「ちゃんと、考えてから答えろ」
「っわ!」
がっしりと肩を掴まれて、雛㮈は肩を大きく震わせた。
「…考えても答えは変わらないと思います」
「なに?」
眉を寄せたカーダルを、雛㮈は真っ直ぐに見つめる。
「カーダルさんが、支えてくれるんですよね。なら、大丈夫です」
目を開いて惚けた彼を見て、雛㮈は不思議そうな顔をする。カーダルさん、と呼び掛ける。
「………ああ」
短い返事の後で、カーダルの手が、肩から頭に移っていく。
「カーダルさん?」
「守るよ、必ず」
真摯に響いた一言が、心に届く。
「うおっほん」
ビクッとカーダルの身体が震える。
「へ、陛下。…失礼、しました」
「止めるつもりなどない。ただ、見せつけられている側としては、少々恥ずかしくなってしまうのう」
「そのようなつもりは…」
王は、「よい、よい」と笑う。「お主も、少しばかり肩の力を抜ける場所ができた方がよかろう」と彼は、雛㮈が見た中で一番屈託無く笑った。カーダルは困ったように眉を寄せたが、反抗心は見せない。
雛㮈の前に、王が立つ。
「ご協力、感謝する。そして―――彼のことも。この子も、この国にとって、大事な子だ」
どうかよろしく頼む。
その言葉に、雛㮈は一拍置いてから、全力で頷いた。
「妹のようなものですから」
「ほう?」
「…それ以外は…他意は、ありません」
「…ほう?」
本当ですよ、と告げるカーダルさんに、私は何も言っていないぞ、答える王様。




