朋美の明日は
2018.12.20書き直ししました。
「うわぁ,うわぁ」朋美は周囲を見渡してそう声を思わずあげた。
もちろん安定の残念仕様の小さな声ではあるが。
また周囲を確かめて、それがやはり現実だと知ると、そのまま馬鹿な子のように、口をぼけぇ~っと開けたまま視線を空に向けた。
ここはどこなんだろう?
少なくとも自分がさっきまでいたダイニングテーブルじゃないし、空気や何か世界の色が違う気がする。
いや、どう考えても違うだろ!
ひとり冷静に突っ込みを入れ自分の状態を確認してみた。
着ているものはあの上からスポッと入るだぶだぶのワンピース。
そして裸足のまま。
そしてそして何とか見ないでいようと、見て見ぬふりをしようと自分なりに頑張ったけどやっぱりダメだった自分で描いた腕のタトゥ-を確かめた。
黒い墨で描かれたはずのそれの色が変わっていた。
濃い紺色に金が混じっている、そんな色に。
インターネットで見たどこかのお寺にある綺麗な装飾のお経の書かれたあの色に似ているかもしれない。
すごい綺麗、本当にこんな色見た事がないくらい深くて綺麗なんだけど、認めたくない事が一つある。
・・・動いているんだ。
私の腕の表面をウネウネと。
それも綺麗なかすかな光を黄金に放ちながら。
これって私が考えた「生命の木」のモチーフだよね。
「生命の木」本体から幾つか伸びる蔓たち、うん、動いてるね・・・。
私は腕を前にまっすぐのばし、もう一度それを見た。
まるで映画の特殊効果みたいに見えるそれ。
痛くはない、全然動いているのに何もそよとも感じない。
でも見ていると気持ちさっきよりそれの動きが激しくなった気がする。
私がじっとそれをよく見るために腕を曲げ顔を近づけると、そのウネウネの動きがまるで渦を巻くようにかわり、かすかに光っていたそれがゲームのエフェクト効果みたいに、よりキラキラしいものになってきた。
何なのこれ?どうしたんだこれ?
私は空をもう一度見上げた。
子供に現実逃避させるなんてそんなことあっていいのかな?
憲法が許さないんじゃないのかな?
あの児童相談所の人たちも許さないはず。
どこに訴えたらいいんだろうか?
確か小学校五年か、六年の社会科の授業の時習った気がする。
「ユニセフ」だっけ?それとも、中学校の先生と一緒に家庭訪問にくる役所の「児童課」の人んとこに文句を言えばいいんだろうか?
落ち着け、落ち着くんだ朋美、思い出すんだ。
あの時、小学校のプールの大掃除の時、プールに落とされた時を思い出せ。
何度もプールから上がろうとした私をみんながプールのふちを囲み、上がれないように何度も阻止されたあの時どうした?
私はあの汚れたプールの中に生息していた「ヤゴ」を取って遊びはじめたじゃないか?
いつの間にかきた先生は掃除もせず遊んでいると何やら怒っていたが、とても楽しかったじゃないか。
まあ、あの後「ヘドロ女」やら「ヤゴ娘」とかの新たな称号をいただいたけれど。
あの時のように楽しい何かがあるかもしれない。
待ってみた・・・ないな。
お願いだから誰でもいいから助けてくれないかな。
せめて何がおこってるか教えてくれないかな。
教えてくれたらちゃんと中学校もいくからさ。
私は現実逃避をあきらめて、首をふりふりそのまま地面にしゃがみこんだ。
いつだって現実は厳しいもんだ、そうだろ朋美。
子供の世界は大人と違ってとても単純だ。
いろんな「カ」がものをいう。
親のカにグループのカ、単純にケンカが強いってのもある。
何にしても子供の世界に大人は無力だ。
その隙間にさえ入ってくる事なんてできやしない。
大人は触れているつもりでも、そんなのは自分だけの幻想に近い。
わずかな期間、大人になる間の究極の「閉じられた世界」だ。
その中でも底辺も底辺をバッチリ生きてきた私だ。
我ながら嫌なとこで持つ自信だけど、大丈夫だ、きっと大丈夫。
だって、だって!
わけのわからない気合いを自分に入れ原口朋美12才、思いっきりパカッとワンピースの胸元を開けました。
そうして一度目をつぶり、ため息もおまけにつけてそっとその胸元を閉じようとした。
「はぁ」ため息が思わずまた出る。
なぜならささやかな胸のふくらみに、将来はこうご期待だ、形はいいはず!とひそかに思ってるそのささやかな胸に描いた東洋の竜のタトゥーの目がギョロリと動き朋美をみたからだ。
さっきからの蔓のうねうねも確かに気になるけど、目をそらそうとしていた事実、そう、ワンピースの胸の隙間から「フシュー」とかすかな音と共に、ワンピースの生地がそよぐんだ。
で、思いっきり胸元のダボダボをあけてみた、今。
どうだろう?ついこの間まで小学生だった女の子としては、「えらいぞ」って誉めてもらってもいいんじゃないだろうか?この対応。
このわけのわからない場所に自分がいるのに気がついてから、まだそんなに時間はたってないはず。
ワンピースの隙間からたどたどしい声が聞こえてきた。
「あるじよ、あるじ。なをつけよ。なのられよ」
・・・・・うん、やっぱり12才の女の子にこれはないよね。
私はもう一度空を見上げながら、子供らしからぬ長い、なが~いため息をついた。
やっぱりどこであろうと世の中ははっきり私には厳しすぎるんじゃないかと思う。
「あるじや、あるじ、聞こえておるか?」
私に話しかける声がたどたどしいものから、だんだん言葉として滑らかなものになっていく。
本当にどうしたらいいんだろう、ここは、この対応を。
私は基礎教育の最初である小学校でさえ、なおかつそれも同じ人間相手にさえ「会話をする」なんて高等なスキルは身につけてこなかった。
私はコミュニケーション力だけはないと自信を持って断言できる。
人間でさえなく、それも自分の描いたタトゥーに話しかけるなんて、どう考えても無理だ、無理、ありえない。
私の人間としてのあり方が問われている気がする。
あれだけ自分には感情がないと思って今まできたが、これ以上残念な子にはなりたくないと心が叫んでいた。




