婚約破棄? 喜んで♡ 相談女と元婚約者様、どうぞお幸せに!
まさか、こんな日が来るなんて——。
学園の中庭。授業の合間で人が溢れる中、
アレンは突然振り向き、声を張り上げた。
「エマ・ロードネル! お前との婚約を破棄する!」
ざわり、と空気が波立つ。
視線が一斉にこちらへ向いた。
私は震える声で問う。
「ど……どうして……?」
(ここで泣いたら負けよ、エマ……耐えなさい……!)
ニナは涙を拭いながら、肩を震わせた。
「……エマ様が、そこまでお怒りになるなんて……
私、気づかなくて……」
(エマ、絶対に泣くな……!)
アレンはニナを庇うように言い放った。
「お前、ニナを虐めているだろう!」
「ちがっ——」
「言い訳をするな!」
こんな……こんな綺麗に話が進むなんて……!
(計画どおり……!
笑い泣きしたくても、今は耐えるのよエマ……!!)
◆
——数日前。
「嘘でしょ……婚約破棄って言われたの?」
親友カレンが青ざめて、私の手をぎゅっと握った。
「うん……ジョージ様に呼び出されて。
理由は……“ニナを虐めたから”って」
「虐めじゃなくて注意だよね?
あの子、無意味にジョージ様へ近づいたからでしょ……!」
ニナ——
婚約破棄できない身分差を利用し、
“ギリギリ揺らすだけ”を楽しむ女。
「私……気軽に話せる相手がいなくて……
優しく聞いてくださったのが嬉しくて……つい」
そう言って、いつも涙ぐむ。
既に婚約している男にだけ近寄るという、恐ろしく性質の悪いタイプ。
「婚約していらっしゃる方のほうが、頼りがいがありますもの」
「……あ、でも。わかってますわ」
小さく首を傾げ、困ったように微笑む。
「皆さんだって、
そう思っていらっしゃるでしょう?」
簡単には婚約破棄できない。
それをいいことに、危険なところだけを器用に突く。
胸の奥が熱くなる。
「許せない……」
その時、アレンが迎えに来た。
「エマ、行くぞ」
「わかったわ。カレン、またね」
カレンに手を振って歩き出す。
「何話してた?」
「別に……」
廊下の先で、ニナとすれ違った。
「ごきげんよう、アレン様、エマ様」
その声を聞くだけで、
伏せた睫毛の奥にある計算が伝わってきた。
「やあ、ニナ」
私は一度だけ手を握りしめ、それから言った。
「……あなた、カレンに謝りなさいよ。
彼女の婚約者を誘惑したでしょ」
ニナは大きく目を見開き、すぐに潤ませた。
「え……? 誘惑だなんて……」
「私、ただ困っているって相談を……」
「嘘つかないで!」
「おい、エマ」
アレンが低い声で割って入る。
「そんな決めつけるなよ」
「ニナは、そんなことする子じゃない」
「……どうして、あなたが庇うの?」
私が問い返すと、
アレンは一瞬だけ言葉に詰まり、肩をすくめた。
「お前、いつも正論振りかざすよな……少しは俺の立場も考えてくれよ」
その日から——
ニナはアレンに露骨にちょっかいをかけ始めた。
「あらアレン様、ネクタイ曲がってますよ」
「私、エマ様の気に障る事をしたのでしょうか……エマ様の視線が怖くて……」
私は二人に向かい、手を握りしめ言い放った。
「アレン様、ニナから離れてください。
そしてニナ、あなたも!」
「……エマ、重いんだよ。そういうとこ」
ニナは一瞬だけ怯えたように瞬き、
助けを求めるように、そっとアレンの袖を掴んだ。
「エマ様……どうして……
私、何かしてしまいましたか……?」
声を震わせ、涙を滲ませる。
「そうだぞエマ。そんなふうにニナを責めるなんて……可哀想だろ」
アレンは彼女を庇うように、一歩前へ出た。
無意識の仕草だったが、その距離は、私を完全に締め出していた。
——二人は“共通の敵=私”を作り、さらに仲を深めていった。
◆
——そして今。
ニナは、勝ちを疑っていない余裕満々の顔。
“どうせエマは縋りついてくる” と信じきった目。
私は静かに、深く頭を下げた。
「……わかりました。
婚約破棄を受け入れます」
「!?」
アレンの顔が歪んだ。
ニナも固まる。
私は涙を拭うふりをして、柔らかく微笑んだ。
「今までありがとうございました。
どうぞ、お二人でお幸せに」
「と、当然だ!」
アレンは一瞬の沈黙のあと、
自分を奮い立たせるように声を張り上げた。
「お前みたいに、いつも正論で追い詰めてくる女とは……
別れられて……正直、ほっとしてるぞ!」
……だが。
その横で、ニナの指先が小さく震えていた。
そもそも——
ニナが他の婚約者たちを揺らしていたのは、
本命にしていた上位家の男性たちに相手にされず、
婚約まで辿り着けなかった“腹いせ”だった。
そして——アレンは伯爵家の三男坊。
ニナは男爵家の娘。
(いつもみたいに“別れられない”って、高をくくってたのよね、ニナは)
私が子爵家の娘だったため、
アレンとの婚約は“家同士の均衡”で決められたもの。
彼とは違い、私から簡単に婚約を解消できる立場ではなかった。
(アレンと別れたかったのよ……
彼、見目こそ紳士だけれど——
中身は人の心をすり減らすタイプなのよ)
私は背を向け、中庭を静かに去った。
(ニナ、男の自尊心を満たすのが得意でしょう?
きっと、ぴったりね。
……どうぞ末永く、頑張って♡)
◆
公開婚約破棄の噂は瞬く間に学園中へ広がり——
親友カレンの誤解は解け、
ジョージ様とも無事仲直り。
一方アレンとニナは、
「あなたが余計なこと言うからよ!」
「は? 俺のせいにすんなよ!」
「こんなつもりじゃなかったのに!」
「なんだと!」
と責任転嫁し合い、
勢いのまま婚約する羽目になった。
ニナの望んだ『上位家との婚姻』も、
アレンの『子爵家に婿入りして爵位を得る』という淡い望みも——
その一瞬で、同時に潰えた。
「平民扱いなんて耐えられない!」
「男爵位すら、継げないのか……!」
その悲鳴混じりの声に、
周囲から、堪えきれない失笑が漏れた。
そして私は——
公開婚約破棄の件で、家が私を改めて見直し、
「もっと相応しい相手を探そう」と
縁談そのものを考え直してくれることになった。
(私の人生、ここからが本番ね♡)
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