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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第七章 サーレヨックでの戦
95/272

095.前哨戦


 涼太の持つ遠目遠耳の術はどちらも極めて珍しい魔術だ。

 そしてこの利便性の高さは他のどんな魔術の追随を許さない。そんな魔術を使えるなどと、涼太は不用意にそこらに言って回るつもりはない。

 リネスタードを出てからこれを教えた相手はアルフォンスぐらいのものだ。

 だがこの魔術により得られる有利さを捨てるつもりもないので、まずは遠目の魔術で視界の通らないところまでもを見て確認し、そのうえで視界が通るようになってから目的のものを見た、ということにする。


『おいおい、なんか予想より速すぎるんじゃないのか?』


 涼太の遠目の魔術に、敵軍が来襲するのが見えた。

 まだ敵がくるのは十日以上先の話であったはず。焦り慌てて団長に報告しようとした涼太であったが、視界が通るようになるまでまだ時間がかかる。

 いっそニナを該当地周辺に斥候に出してこれを発見させるか、なんてことを考えながら監視を継続する。

 ニナは年齢的にも体格的にも、何処に出しても恥ずかしくないほどのれっきとした子供だが、涼太はそのように扱うつもりはない。当人の希望もあるが、子供として扱うつもりならそもそもこんな戦場などに連れてはこない。

 戦力として役に立つ、だから同行を許したのだし、涼太はニナの保護者になるつもりはない。最悪、凪と秋穂、もしくは涼太の生命の危機が天秤に乗るというのなら、ニナを見捨てる腹もくくっている。

 できれば、そんな事態になってほしくないとも思うが。

 ともかく、敵軍の動きを監視していて、そこで涼太は気付くことがあった。

 涼太としては一刻も早く城壁上から見える場所に出てきてほしいのだが、敵軍はそういった場所を避け、迂回することになっても砦からの索敵から外れるように動いている。


『奇襲でもするつもりか?』


 警戒しながら軍の陣容を確認すると、更に妙なことがわかる。敵の兵数が少なすぎる。三千という話であったはずなのだが、敵の数は多くても五百といったところだろう。

 涼太はニナを呼び、魔術で嫌な痕跡を見つけたから確認のために敵軍がきているか偵察に出てくれ、と頼む。

 凪なり秋穂なりに頼むのが一番確実で速いのはわかっているのだが、涼太はこういうことを積み重ねてニナの能力の限界を知りたいと思っている。

 今のうちならば、偵察に走るニナを遠目遠耳の術で追ってその働きを確認するなんて余裕もあるのだから。

 そうやってニナの動きを見てみると、彼女は相当に慣れた様子で山中を走る。

 まるで周囲を警戒していないかのような思い切った走り方であるが、目標周辺に辿り着くと移動の仕方が変化する。それは音を忍ばせる移動であり、すぐ傍に遠耳の術をおいていても音を拾い損ねるぐらい静かなものだ。


『おおう、ニナのこと見くびってたかもしれんな。これ、凪や秋穂の動きとあんまり変わらないだろ』


 そうこうしている間にニナが敵軍を発見する。さすがに驚いているようだし、興奮している様子も見られる。

 まだまだ砦までは距離があるし、発見した場所は視界も悪くよほど注意深く警戒していたとしても、敵軍の発見は困難であると思える場所であったのだ。

 しかも敵軍は隠れ潜みながらの移動に注力しているようで、そんなものを発見できたのだから、ニナもこれが大きな手柄になるとわかっているのだろう。

 敵軍の数と装備を確認したあと、ニナは来た時と同じく音もなくその場を離れていく。

 ニナが戻り、アッカに敵軍来襲の報告をすると、彼もとても驚いていた。だが同時に大層喜んでもくれた。

 よくやったな、と率直にアッカがニナを褒めてやると、ニナは得意気に胸を反らして鼻を鳴らした。




 涼太には敵軍の動きの理由がわからなかったが、アッカがこれを解説してくれた。

 これを知りたがるだろうと思って凪と秋穂もこの場に同席させている。ニナもだ。


「先遣隊ってやつだ。軍の編成ってな規模に応じて時間がかかるものだが、位置と編成次第じゃ即日動き出せる部隊ってのも存在する。そういうのを戦場予定地に先行させるってのはよくある話さ。まあ、そうだとしても幾らなんでも速すぎなんだけどな。こりゃ隣の領地からの援軍か? いや、それにしたってこの速さは……」


 そのうえで、アッカは更にその先を読む。

 敵軍の動きは、これから数日間は砦からの索敵を回避しうるものだ。

 そこまで誤魔化せればかなりの距離肉薄することができる。

 そうやって一息に包囲してやれば、敵軍の兵数を砦側に誤認させることも可能だ。まだ敵軍の本来の襲来予定日まで随分と日にちがある。敵先遣隊が砦が迎撃準備を整える前に包囲を終える可能性も存在するのだ。

 兵や物資の砦への搬入を失敗させられれば、堅固な砦とて長くは持ちこたえられまい。そういった意図があってのあの移動であろうと。

 もっともその辺はこのサーレヨック砦に限って言うならば不可能であり、もしこの砦の特殊なあり方を知った上でそうしたというのなら、不意を突いた強襲の可能性が高かろうとも言う。


「指揮官がよっぽど慣れたやつなんだろうな。サーレヨック山周辺の地形もかなり細かく把握してる。こりゃ、よっぽど気合い入れてかからねえと……」


 ねえねえ、と凪が口を開く。


「敵が頭良さそうなのはわかったけど、今ってまだこちらが向こうに気付いたことに気付かれてないんでしょ? だったら向こうの予想通りのことして見せてやれば、案外簡単に罠にかかってくれるんじゃない?」


 そう言って凪が説明を始める。

 それはとても簡単で、単純な罠である。目の前に餌をぶらさげてやり、食いつくのを待ち構えるといったものだ。

 だがこの罠は決して見破られないだろう。あまりに馬鹿馬鹿しくて、理不尽すぎて。

 アッカはこの提案を渋面で聞いたあと、傭兵団幹部たちの中で策の是非を相談し、賛成多数により実行に移されることとなった。






 シェルヴェン軍先遣隊。この隊長である男は五百の兵を率いて、本隊より先に侵攻を開始した。

 隊長は目的地であるサーレヨック砦の攻略戦には何度か参加したことがある。腹立たしいほどに堅固な砦だ。それがわかっているからこそ、彼は三千の兵数でも圧勝は望めぬと考えている。

 しかし、次に攻め込む時はもっと悪い条件であるとの想定のもと準備をしていたのだ、それが五百の兵を直接指揮できることに加え、総数三千で攻め込めるとなれば彼は今度こそ陥落を狙えるかもしれぬと期待する。

 サーレヨック砦は山中の城でその立地条件からとにかく攻めるのが難しい砦だ。だがそれは同時に、地形の関係で視界が遮られる場所が多いということでもある。

 砦周辺に関しては木々を切り倒すなどして視界の確保に努めているのだが、あるていど離れてしまえば視界の悪さは明白な弱点となる。

 隊長はこれを利用し、そもそもの接近を気取られぬようにしてはどうか、と考えていた。

 この想定の元、地形を調査し、進軍ルートを策定し、その日に備えていた。

 この隊長は、シェルヴェン家の軍の人間ではない。王都圏の中でもサーレヨックと隣接する地域領主の軍所属であり、今回シェルヴェン家への援軍という形で参陣が決定したのだ。

 隊長の策は時間が肝だ。攻撃が決定されるなり彼は動かせる数全てを動員し、可能な限り即座に出立した。

 行軍を知られぬための小細工を自らの上司に依頼しておくと、彼は隊長の用意していた策に大いに感心し、協力を約束してくれた。

 全てを完全に押さえきるのは無理だろうが、これでかなりの情報を押さえ込むことが可能だろう。

 道中も極力こちらの存在を知られぬような進軍路を選んであり、砦まで後二日といった距離まで迫った時、隊長は策の成功を確信する。


『斥候の姿もなしときたか。これはいよいよ、か』


 隊長の軍からも足の速い斥候を出している。だが、砦に軍が入っているのならば本来展開していなければならないはずの場所にもドルトレヒト軍斥候の姿は見られない。

 そしてそれ自体は何も不自然ではない。隊長の軍の展開の速さははっきりと言って異常である。シェルヴェン領からの軍が相手だと認識しているのなら、絶対にこの速さは想定していないはずだ。

 いや、今回の派兵が貴族家三家が主導したということを知っていれば、隊長の領地から援軍が出る可能性にも思い至るかもしれない。

 だとしても、そのうえであっても、この速さは異常なのだ。それだけのことができるよう、隊長は備えていた。

 そこまでできてこそ、戦場の詐術というものは成立するのだ。冷静であらねば、と自らに言い聞かせもするが、隊長自身が興奮に身震いしてしまうのも無理からぬことであろう。

 ドルトレヒトに向けシェルヴェン軍が進軍を開始したという話が伝わっていたとしたならば、シェルヴェン領の規模を考えれば二千を超える数であると推測するだろう。

 そのうえで敵の襲来、数も知れぬとなれば敵はこの二千の軍の来襲を考えるはず。他の可能性も考慮するだろうが、攻め方次第でドルトレヒトに兵数を誤認させることは十分可能である。

 もし砦を守るに十分な兵が既に入っているとしても、これだけ早く包囲を完了してしまえれば、後々どう戦が転ぶにせよシェルヴェン軍に極めて優位に事は運ぶ。

 そして砦に兵数が用意できていなかった場合。それは奇襲の混乱に乗じ速攻にて砦を陥落せしめる好機である。


 シェルヴェン軍先遣隊は、遂にその地点に辿り着く。

 これ以上はどうやってもサーレヨック砦からの索敵を誤魔化しえぬ最終線。

 そこまで、遂に砦側から発見されることなく辿り着けたのである。

 隊長は少数の兵に、砦包囲の準備を進めていると敵に誤認させる動きを命じる。

 そして主力は全て砦への攻撃に参加する。

 砦に攻撃を仕掛けることで敵の対応を制限させ、その間に砦の包囲を完了するといった動きは、多数の兵を擁しているのであれば極めて順当な動きであり、これをしていると思わせることでこちらの兵数が圧倒的であると見せ、敵の士気を挫く一助とする。

 如何に堅牢な砦とて必要最低限の味方すらおらず敵数が圧倒的となれば、兵が崩れ砦から逃げ出すなんて話にもなりやすい。そこまで持っていければ隊長の勝利だ。

 また今回は砦攻撃と割り切った装備を整えているので、大きな盾も持ってきているし、梯子も現地調達ではなく持ち込みであるため、即座に攻撃が可能だ。

 隊長は、しんと静まり返ったサーレヨック砦を見つめ、命令を下した。


「攻撃開始!」




 隊長の予測は的中した。

 ドルトレヒト軍の城壁上からの矢は散発的で、とても組織だった抵抗であるとは思えないものだ。

 頭上に盾をかざした兵たちも全く損害を出さぬまま、じわりじわりと城壁へと迫っていく。

 隊長だけではなく攻め寄せる兵たちもまた、勝利の予兆を感じ取っていただろう。攻城戦時、最も恐ろしい最初の突撃に参加したというのに、あまりに抵抗が薄すぎる。

 だが、ことはそれだけに留まらなかった。

 城壁前にまで辿り着いた最初の一群が、城壁に梯子をかけようとした時、城門にて動きがあった。

 それは後方で見ていた隊長も驚き呆気に取られるもの。そう、城門が内から開き始めたのだ。


「な、何が起きた? いや、まさか、即座に寝返った者が出たのか?」


 ごうん、ごうん、と重苦しい音が響く。

 そしてずしんと城門が開くと、そこには、女が二人。

 城壁に迫っていた兵は、その驚きの光景にも惑わされることはない。

 城門が開いたのなら、何も悩むことはない。さっさと中に飛び込むのが仕事であり、何よりも一番手柄に繋がるものである。

 歓声を上げながら開いた城門へと、その二人の女の下へと殺到する兵士たち。

 これを、二人の女、不知火凪と柊秋穂は、すれ違いざまの一瞬で全て一息に斬り尽くした。

 城門が開いたことも、そこにいたのが女二人であることも、その二人が絶世の美女であることも、全て驚きに足るものであるが今この戦地においては、戦うことしか考えていなかった兵たちにとっては瞬く間に多数の兵が斬られたことのほうがそれらより驚くべき事象であった。

 手練れなんて言葉ではとても言い表せない。どんな熟練の技術があればこんな真似ができるというのか。

 剣がどう動き、どう斬り、そしてこれを操る二人の女が如何に動いたのか、目の前で行われたことだというのに、理解できる者が一人もいなかったのだ。

 十人だ。十人もの城攻めにて先陣を託されるほどの猛者が、ものの一呼吸の内に皆殺しにされたのだ。

 凪が、こきりこきりと首を左右に鳴らしながら歩き、城門の外へと。

 この横に並ぶ秋穂は、勢いよく剣を振り下ろし、剣についた血糊を綺麗に払い落とす。そして秋穂は、片手をあげ、兵たちを招いた。

 二人だけだ。

 開かれた城門の奥に他の兵の姿は見られない。

 城壁の上にも十人程度の兵しかいないだろう。五百の兵で正面より攻め寄せたシェルヴェン軍先遣隊に対し、たったこれだけで、ドルトレヒト軍は歯向かってきたのだ。

 隊長が指示を出すまでもない。

 兵たちは、城壁上からの攻撃を警戒した盾や梯子を面倒だと投げ捨て、一斉に門前に立つ凪と秋穂へと殺到した。




 乱戦混戦は凪も秋穂も慣れたものだ。

 だがやはり、こうして二人で並んで戦うのが一番楽である。

 凪の剣閃が兵の首脇を刺し貫き、更に左の敵に剣を袈裟に振り下ろす。ここまでが一挙動だ。これと同時に凪と背合わせの形の秋穂は正面の敵の胴を真横に薙ぎ、左方の敵を逆袈裟に斬りあげる。

 二人は斬りながら左に回る。この方向はいつでも左と決まっているわけではない。なんとなく、そう、なんとなく二人が同じ方向に回るのだ。

 くるくると回りながら、閃く銀光と共に飛沫が宙を舞う。

 回転の勢いは増していき、しかし突然速度を減じたと思ったら今度は反対の右回りに回りだす。

 凪も秋穂もお互いの姿を見てすらいない。

 だが、互いがどの敵を相手にどう戦っているのかは把握している。凪にとって、秋穂の手は自身のもう一本の手のようだ。

 きっとそう動く、そう信じられる動きを、他の誰にもできない巧みな動きでこなしてくれる。それは秋穂にとっての凪も一緒だ。

 一振りごとに人が死んでいる。それはわかっている。それでも。


『楽しいっ!』

『楽しいっ!』


 全身を包み込む圧倒的なまでの万能感。

 それも当然。実際に、二人にとって手の届く範囲での出来事は全て、二人に支配されているのだから。

 まるでこの世全てをその手に収めたかのようで。

 敵は弱くはないはずだ。そう思えれば思えるほどに、嬉しくて、楽しくて、仕方が無くなる。

 負ければ命を失う、それほどのものを賭けたやりとりなのだ。そこに一切の妥協は存在せず、そんな極致とも言える空間を全て支配できているというこの上ない充足感。

 ただ、残念なことにそういった時間はそれほど長くは味わえない。

 いつの乱戦でもそうだが、時間が経つと敵の攻め方が変化してくる。そう、敵も、凪と秋穂を相手に、真っ向より力勝負をしては勝つことができぬと学ぶのだ。

 たった二人、それも女を相手にそんな馬鹿なことがあるか、と現実を認めぬ者もいるが、彼らの犠牲の上に兵たちは貴重な学びを得るのだ。

 そうなってくると不用意に踏み込むような真似はしなくなる。慎重に、防御重視に、周囲との連携を密に。

 攻め寄せておきながら、決定的な間合いにまでは踏み込まず、牽制するような、嫌がらせのような攻撃を複数人で繰り返し続ける。

 凪も秋穂もそれでも敵を殺せるのだが、殺す速度は一気に落ちる。敵側も二人を討ち取る可能性は大きく下がるが、時間をかけて体力の消耗を狙うというのもこうした常識外の強豪を相手にするための常套手段だ。

 城門前にて、凪と秋穂と敵集団がごちゃごちゃと入り混じる。

 ここぞと脇を抜け門の内を目指す者もいたが、凪と秋穂は立ち位置を工夫しており、そうするには二人の必殺の間合いの内を通らねばならぬようになっている。

 勢いを付けて一気に駆け抜けようとした者もいたが、それらも皆一様に斬り殺されていった。

 そうして出来上がったのが、二対数十人による膠着状態である。

 単純計算でも、二の側に十倍以上の運動量が要求されているはずなのだが、動きが破綻する様子は全く見られない。

 シェルヴェン軍先遣隊隊長は、その光景を見ても動揺することはなかった。


「……あれだけの戦士を擁しておきながら、何故あのような真似を?」


 非常識な力を持つ戦士の存在は、王都圏の兵であるのなら実際に遭遇してはいなくとも話ぐらいは聞いたことがある。

 それが隊長ほどの戦歴と立場を持つ者となれば、実際に対処した経験もある。

 隊長が指示を出すまでもなく兵たちがそうしたように、持久戦に持ち込めばいいのだ。完全に周囲を取り囲み、逃げ出せぬようにしてから。

 兵の損耗は避けられぬが、最低限の犠牲で話は済む。だが、それは相手もわかっているはず。

 人間、物事がうまくいかない時は、ありもせぬ妄想に怯えることもある。

 たとえばこれが、罠である可能性など、だ。


『馬鹿な、こちらの攻撃を察知してから対応までの時間などほとんどなかったはず。そのための奇襲なのだ。私はこれまでにもう十分に恐れ準備を整えてきた。ならばこれより恐れるべきは怯懦だ。惑わず、迷わず、前へと進む勇気を示せ』


 敵軍寡兵なれば、一息に揉み潰すべし、と命令を下す。

 配下の兵たちは待ってましたと言わんばかりに一斉に突撃を敢行する。

 二人の腕利きは包囲しておけばいい。その二人でも対処しきれぬほどの数で雪崩れ込み、一気に砦を奪取する。

 あの堅牢をもって知られるサーレヨック砦を、寡兵で奪い取った誇らしき武名はこれで隊長のものだ。

 兵が突撃を開始し、城壁前に飛び込むとすぐに城壁上に動きがあった。

 百名ほどの人員が突然姿を現し、眼下に矢を射掛け始めたのだ。

 だがこれに驚き怯えるのは各隊隊長のみ。一度突撃と定められたならば、百ていどの矢など恐れる兵はいない。

 被害は出ている。怪我人も死人すら出ているが、戦士の突撃とはそもそもがそういうものだ。

 それにそのていどの矢雨で止まる軍量ではない。

 これを見て二人の女剣士、共に動きを変える。

 二人での連携を決して切らさなかった二人が、目の色を変えたかと思うと二人同時に、兵による包囲を跳び越えた。

 もう後ろの心配などしていない。新たに突っ込んできたシュルヴェン軍先遣隊に向かって、二人がそれぞれに跳び込んでいったのだ。そう文字通り包囲する兵の頭上を足による跳躍一つで跳び越えながら。

 対するは先遣隊の先頭を走る命知らずたち。恐るべき手練れだからと、恐れることも怯むこともない。


「上等だ! 叩き潰してやれええええええ!」


 達人と相対した時の防御の必要性など忘れ去ったかのように、凪と秋穂へと殺到する先遣隊兵。

 そして激突。

 先遣隊の最前列の兵は、後方からくる味方の頭上を跳んで戻っていった。

 殴られたのか蹴られたのか斬られたのかわからない。だが、凄まじい威力でぶっ飛ばされたのだけはわかる。

 それはもう剣術などではない。兵の集団に対し、単身にてこの圧力を力づくで跳ね返す、理不尽の権化だ。

 怒鳴り叫び雄叫びを上げる兵たちに、真っ向から立ち向かい力比べを演じる絶世の美女。そんなもの、誰しもが想像だにしなかったことだろう。

 更に、開けっ放しの城門の奥から大声が聞こえた。


「あああああああ! これ以上我慢なんてしてられっか! てめえら! 行くぞおおおおおおお!」


 城門の内側から、ラーゲルレーヴ傭兵団が飛び出してきた。

 凪と秋穂の大暴れを見せられて、全員がどうにもならぬほどに興奮状態だ。

 たった二人で多数の敵兵を前に一歩も引かず戦い続け、挙げ句更なる援軍にも怯えるどころか嬉々として飛び掛かる。そんな恐るべき戦意を見せつけられて、剣持つ戦士がいつまでも黙って見ていられるものかと。

 凪と秋穂を包囲していた一団は、この波に一息に飲み込まれた。

 それらをすら置き去りにした最も戦意に満ちた戦士たちは、シュルヴェン先遣隊の猛者たちへと突っ込む。


「てめえらだけでやるんじゃねえ! 俺たちも混ぜやがれええええええ!」


 目の前の巨躯の敵兵を蹴りの一つで空高くに舞い上げながら、秋穂が笑う。


「よくきたね。歓迎するよ」


 あっははは、と戦場に似合わぬ晴れやかな笑い声で凪が言う。


「そうこなくっちゃ! さーどいつもこいつもたたっ斬るわよ!」


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― 新着の感想 ―
[一言] 空城の計?まあ相手が我慢できずに攻撃したから成功?
[一言] 次回!狂戦士祭[バーサーカーニバル]‼︎デュエルスタンバイ‼︎ っという謎のテロップが頭に....ただ、こいつらのは常にこの状態なんだよなぁw
[一言] 罠などなかった。力が全て。
感想一覧
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