094.砦に参陣
サーレヨックの砦はドルトレヒト近郊と王都圏とを分かつ山の中に建てられた砦である。
その目的は王都圏よりの攻撃を防ぐことであり、今回の戦は正にその目的そのものである。故に砦の機能はその全てを発揮でき、人員が十分ならば相当な大軍相手でもこれを支えることが可能な堅城である。
現在進軍中の敵は三千、砦につめているラーゲルレーヴ傭兵団は総数三百。その差十倍であるが、砦の堅固さを知るラーゲルレーヴ傭兵団団長アッカは、だからこそ、これをおいしい仕事だと思っていた。
依頼主は最近羽振りの良いドルトレヒトの街。ボロースの配下に加わったという話も聞いていて、そのボロースからの援軍も期待できる。
状況は悪くない。リスクが絶無なんて話ではないし、何か一つ歯車が狂えば窮地に陥ることも理解している。だが、そういった危険を潜り抜けるからこそ儲けられる、それが傭兵団だ。
だが、しかし、団長アッカは、これはないだろう、と天を仰いだ。
「と、いうわけだから、よろしく頼むよ」
サーレヨック砦の中、応接室にてラーゲルレーヴ傭兵団の主要メンバーが出迎えたのは、砦への援軍という名の超厄介事である。
依頼主であるドルトレヒトの街長からの紹介状もあり、これを無視することもできない。
一人はまだいい。リョータと名乗る青年は魔術師であるということで、戦場に出てくれる魔術師なんて珍しくかつありがたいことこの上ない存在である。
だが残る三人。一人は子供だ。これはもうどうすればいいのか、と団長アッカは言いたい。
そして一番の問題、残る二人の美女。
洒落にならない。ここが荒くれ者だらけの傭兵団だということを理解していないのだろうか、とアッカは頭を抱えたくなった。
砦にきた時、ほとんどの団員にこのとんでもない美貌は見られている。アッカは確信している。この四人が街長からの紹介できた重要人物であると言い含めても、絶対に暴走する馬鹿が出ると。
実に遺憾なことに、この部屋にいる傭兵団幹部の中にも同じことを考えてる馬鹿がいるっぽい。
相手の身分だの立場だの、そういったものを考えられる奴ばかりではない。そういうことができないからこそ、戦場に出ているような馬鹿も傭兵団には多数存在するのだ。
しかし、理由を付けて断るなんて真似もできない。雇い主の命令、それも文面を見るかぎりかなり強い指示だ。これに逆らうのはアッカにも難しいだろう。
アッカは僅かな抵抗を試みてみた。
「……この、手紙にある、援軍というのはどういう意味か説明してもらえるか?」
交渉担当の涼太は、事前に考えていた内容をすらすらと伝える。
「言葉通りだ。ドルトレヒトの軍が壊滅状態になった話は聞いているか? それをやったのはそこの凪と秋穂だよ。アーレンバリ流の二人も斬った。アルベルティナも潰した。それができる二人を援軍として送る。そのままの意味だ」
「ああ、そうだな。ドルトレヒトの街長からの手紙にも、何故かドルトレヒト軍を叩き潰したことが自慢げに書いてある。戦士としての二人の力量に、俺は疑いを持ってはいない。つーかおっかねえからその気配もうちっと抑えてくれ。だがな、ここは傭兵団なんだ。傭兵ってのは頭が悪いんだよ。目の前に極上の肉ぶらさげられたら我慢できねえで飛びついちまうんだ」
「構わない、想定している。十人までは許可もらえるか? 極力それ以下で済ますよう努力はする」
ぴくり、とアッカの頬が動く。
「おい、それはウチの団員に手をだすって意味か?」
「手を出すのはそっちだろ。馬鹿には馬鹿に相応しい対応の仕方がある。殺した馬鹿の分以上に働けるってところは、全団員にきちんと教えてやるさ。そして、それ一回のみで以降は友軍として扱う。味方に無茶はしないし、味方が生き残れるよう尽力することを約束する」
悩まし気に顔を歪ませるアッカ団長に、副団長が口を挟む。
「アッカ。悪い条件じゃない、手を出した馬鹿は見捨てると先に全員に明言しておけば連中も納得はする。……飲み込め」
「わかった。わかってるよ。ああ、リョータ、だったか。いいぜ、その条件で。アンタたち専用の個室も用意する。リョータはどんな魔術を使えるか、教えてもらうことはできるか?」
「できる範囲はな。後で城壁の上に行こう。そこで実際にやって見せる。俺は常人の数十倍遠くを見る魔術が使えるんだよ」
「何っ!? そいつは本当か!」
遠目の魔術とはまた違う、視力を上げる魔術であるこれは、斥候の役目を負う人間が持つととんでもない威力を発揮する。
魔術師が従軍するというのはよほど金のある軍隊でもなくばありえないことだ。貴重な魔術師を死の危険のある戦場で用いるなどリスクが大きすぎる。
産業に用いれば素晴らしい利益を確保してくれるのが魔術師であるのだから、そんなもったいない使い方は普通はしない。
それでも軍で有用な魔術というものもあり、金や権力のある軍ならばそういった魔術師を従軍させることもある。傭兵団には望むべくもないことであるが。
傭兵団幹部の皆も涼太の言葉に盛り上がってくれた。城壁の上から遠くを見るなんて真似ができる防衛戦において、涼太の魔術は大いに役に立つことだろう。
マイナスもあるが、大いにプラスな要素もある。アッカは、プラスがあるだけまだマシだ、と自分に言い聞かせる。
どの道、アッカにこれを断るなんて選択は選べないのだから。
翌朝。
砦の壁に磔にされている男が三人。更にその隣には、首を斬られた死体が一つ転がっている。
磔の仕方も強烈で、強引に腕力で捻り曲げた剣が、半輪状になって壁に突き刺さり、男たちの両手足と腰をそれぞれ拘束している。
武器として用いるほど硬い鉄の剣をどうやって捻じ曲げたのかもわからなければ、これを壁に深く深く突き刺した方法も不明だ。
だが、現実に目の前でそうされている人間がいるのを見れば、そんなはずはないなんて言葉も出てこなくなる。
男たちは皆、口々に助けを求めている。
口は塞がなかったのだ。わざと。
磔にされた男たちは唯一の手段である口を用いて、必死になって自身の正当性を主張している。憐れみを誘う声を出し、仲間との絆に一縷の望みを賭ける。
そんな男たちに近寄る者はいない。
誰もが距離を取り、離れた場所から彼らと、そして彼らから距離を空けた場所に立つ二人の女を見ている。
女の内の一人、秋穂が空樽に入れてある剣を一本手に取る。
「じゃ、次私ねー」
剣の刃の先を手で持ち、構える。
剣に触れているのは秋穂の指先のみ。親指、人差し指、中指の三本だ。それだけで鉄製の剣を軽々と振り回す。
じっくりと狙い、そして大きく振りかぶってから放つ。
それは投擲を考えて作られた短剣ではない。打ち合うことを前提に作られた強度も硬度もある、つまり重い剣であるのだ。
これが飛礫の如き速さで飛んでいき、そして狙い過たず磔男の左太ももに突き刺さった。
狙い通りであるのだが、秋穂は残念そうに言う。
「あーあ、外れちゃったー。頭ってなかなか当たらないものだねぇ」
「じゃー次私ね」
凪が同じく空樽から剣を手に取り、秋穂と同じように剣の刃先を手に持ち、投げる。
ぶん投げた剣が標的に突き刺さるなんて芸当、この砦の誰にもできはしない。それを易々とこなす凪と秋穂。
そして見ている者にはきちんと伝わっている。二人が、即座に殺さず存分に剣を刺してから殺そうとしていることを。
手足を投げた剣で斬り落とした後、胴に一本、二本、三本と順に命中していくのを見れば、それが偶然だなんて二人の言葉を信じる者などいはしまい。
磔男たちは数多の戦を戦い抜いた屈強な体躯をしていたが、なんの役にも立っていない。
一人目が言葉も発せぬほどに弱り切ったのを見てしまえば、残りはもう発狂でもしたかのように暴れ喚いて逃げ出そうと足掻き藻掻く。
だが、動かない。
鉄製の拘束具と強固な壁はびくともしてくれない。
男は仲間たちは頼れぬとようやく理解したようで、涙ながらに凪と秋穂に懇願する。
「頼むっ! 頼むよおおおおお! 俺が悪かったああああああ! なんでもする! 奴隷にだってなる! アンタの盾になれってんならそうする! だから頼む! 許して! 許してくれよおおおおおお!」
「ヤダ」
秋穂が空樽から剣をひょいっと引っ張り抜くと、剣が空中にある間に投擲姿勢を取り、手先で刃先を掴んですぐさま投げつける。
こちらもまた狙い外さず、喚いていた男の腕が、半ばまで千切れ斬れる。
「頼むっ! 頼むってえええええ! もうしねえからよおおお! 痛めつけるだの殺すだのってつもりじゃなかったんだよおおおお!」
悲鳴も懇願も全部無視し、剣が六本突き刺さったところで、最後の三人目が涙声で主張する。
「なんで、なんでだよぉ。俺たちここまでされるほどのこと、したか? 何度か寝たいってていどで、別に金を奪うだのって話じゃねえだろうよう。痛めつけるなんてしねえよう、アンタらみたいな綺麗な女、傷なんてつけるわけねえじゃねえかよう。なのに、なんでこんなひでぇことできるんだよぉ」
女二人に子供が一人。そんな部屋に大の大人が四人で雪崩れ込み、寝こみを一斉に襲おうとしたのである。
彼ら男性的立場からの意見は意見で別にあろうが、凪と秋穂視点からの判断は、惨たらしい処刑、で異論の余地はない。
惨たらしい、の部分は好んでそうしているわけではない。以後の被害拡大を防ぐという意味があり、馬鹿が自制できるよう配慮したという話であるのだが、配慮してもらったラーゲルレーヴ傭兵団の誰一人感謝などはしなかった。
こうして緊張感ある均衡によりこの砦での立場を得た凪と秋穂であるが、涼太はといえば、傭兵団の幹部全員より諸手を挙げて歓迎されていた。
「いっやー、すっげぇなリョータは。まだ若いってのに大した魔術師じゃねえか。遠くを見る魔術なんてよ、それこそ王軍やら諸侯軍やらでしか聞いたことねえよ。あんだけ遠くても敵の装備やら顔やらまで見えちまうってんなら幾らでも使いどころは思いつくぜ」
「その使いどころって奴を、俺はほとんど知らないんだ。軍事は素人同然でな。だからどうすれば効果的に使えるかは、そっちでも考えてもらえないか」
「おお、おお、そうかそうか。任せとけ、伊達にガキの頃から戦場ばかり彷徨ってたわけじゃねえんだぜ」
傭兵団団長アッカは、案外に気の良い男のようだ。
そして到着して数日後、涼太はニナを周辺の索敵に送り出し、これと涼太の魔術を組み合わせた、という体で一枚の地図を作り出す。
それは上空より見下ろしたサーレヨック砦周辺の地図であった。
これを見た時のアッカの喜びようときたら。そしてこの地図を、涼太が団員全員に見せてもいいと言うと仰天し慌てて真意を質しにきた。
地図は、それも砦周辺の地図となれば最重要の軍事機密である。そんなものを到着数日で新たに作り上げた挙げ句、好きにしていい、と手渡されれば驚きもする。
アッカはそこで、涼太は軍事の知識がないと言っていたことを思い出し、調査に当たったニナ共々、地図の重要性と価値をきちんと言って聞かせた。
元より涼太はそういう知識を欲していたので、アッカからの忠告は喜んで受け取る。
アッカはなんとも言えない顔であった。
「なるほど、魔術師ってな世間知らずたぁ聞いたことがあったが、こういうことか」
「俺はそこまで浮世離れはしていない。けど、戦に加わったのは数えるほどでしかないから、色々と教えてもらえると助かる」
「おうよ任せろ。アンタにゃ戦場での仕事をがっつりこなしてもらえるよう俺が一から十まで教えてやるからな」
「頼りにしてる。ただ、戦が始まるまでは力になれるが、俺は攻撃術みたいなものは一切ないからな、戦が始まってからはあっちの二人を頼ってくれよ」
凪と秋穂による処刑風景を見たアッカは、至極真顔になって涼太に問う。
「……あの二人を、お前はどーやって手懐けたんだ? アレ、誰にも押さえようのない、大嵐のようなものだろ」
「はっはっは、簡単だ。あの二人の言いなりになって言うことぜーんぶ聞いていればいい。それだけで向こうから文句は出てこない。後は二人の役に立てるかどうかだな」
「アイツらが死ねって言えばお前は死ぬのか?」
「アイツらが俺に死ねって言う時はアイツらも死ぬしかない時だろうよ。なら、文句なんてない。あの世の果てまで付き合うだけだ」
涼太の返答にアッカは納得するものがあったようだ。そうか、と言って以後二度とこの話をすることはなかった。
サーレヨック砦にきてから、涼太はほとんどの時間を幹部の誰かと過ごし平団員との接触は最低限であった。
団長アッカであったり、副長であったり、各小隊長であったり。涼太自身も団員とのトラブルなんてごめんだと思っていたので、極力接点は少なくするつもりであった。
そんな中で、強引とも思えるやり方で涼太の前に顔を出してきた兵士がいた。
顔立ちに覚えがある。髪の色が真っ黒で体躯は大きい。
「お、お前も、もしかして加須高校の人間か?」
革鎧姿はなかなかに堂に入ったものであったが、そう不安そうに声を掛けてくる様子は、やはり同じ異世界人らしい不案内さが見え隠れしていた。
あまり他人に聞かれたい話でもない。涼太はその男を自室へと誘った。
彼は個室を与えられている涼太を、とても羨ましいと言っていた。
涼太は疑問に思ったことを口にする。
「何をどうしたらこんなところに加須高校生がいるんだよ」
「それはこっちの台詞だ。お前の顔、学校じゃ見てない。不知火と柊もだ。もしかしてお前たち、こっちの世界にきた時学校以外に出ちまってたのか?」
「ああ。そういうアンタは、もしかして学校を出た五条ってのの仲間か?」
「ああ。なんだよ、五条たちと会ってたのか?」
「俺たちが会ったのは高見さんたちだよ」
「そう、か。そっちか。……高見たちは、どうした?」
その表情から、一応コイツは学校を出た結果残された面々がどうなってしまうのか理解していた、もしくは外に出てから理解したようだ。
教えてやる義理もない。この男は、涼太を見るなり仲間認定しているようだが、涼太にとって彼は到底味方であるとは言えぬ相手である。
「さあな。話を聞いてそれっきりだ」
「……そうか」
涼太はそのものずばりを聞いてやる。
「後悔してるのか」
「無理にでも外に引きずっていくべきだった、と今では思っている。だが、あの時の俺たちにそれができたかと言われると、な。学校を出てから、何度高見がいれば、橘がいれば、残してきたみんながいればって思ったかわからない。五条はよくやったよ。アイツの弱音、結局俺は一度も聞いたことがなかった」
そうすべきだと思ったので、涼太はそれを伝えてやる。
「五条たちは無事なのか? 高見さん、すごく心配してたぞ」
男は驚き目を見張り、そして目頭を押さえる。
「馬鹿野郎……俺たちの心配してる、場合かよ……」
少ししんみりしてしまった後で、男は自身の現状を涼太に説明する。
五条たちは商人たちに騙されていたと知るなり逃げだして、どうにか辺境の村に身を落ち着ける場所を見つけたらしい。
そこは自然災害があったせいで人口が極端に減少していた村で、ここに労働力として五条たちは受け入れてもらえたのだ。
どうにも話に食い違いを感じていた涼太であったが、男の話を聞いているうちに差異を理解した。
凪が遭遇した五条たちのグループは、五条が他の商人グループから救い出したメンバーに凪から聞いた話を言っていないらしい。
その理由は推測ではあるが、苦しい逃避行の最中に意見の相違があってはならない、との判断からだろう。高見たちに謝罪し学校に戻る、といった選択肢があると知られたくなかった、と。
つくづく、五条というのは優秀な男だと思う。功罪共にあるが、手段過程はどうあれ異世界で学生の集団を率いてこれまで生き残っているのだから。
今ではぎりぎりではあれど、どうにか生活の基盤は確保できているようだ。だが、本当にぎりぎりなのだ。
男は、足りない食料を買い入れる資金のために、こうして外に傭兵として出稼ぎに出ている。元々剣道をやっていたことと元の世界での極めて良好な栄養状況により作られた大きな身体で、何処に行っても衛兵や衛士の仕事の口には困らないそうだ。
だがそれでは金が足りないので、危険でも実入りの良い傭兵稼業に手を出したのだ。
涼太は少し厳しい目で彼を見る。
「金、足りないのか」
「ああ、足りない。一年持ち堪えればどうにかなる算段をつけるところまではいけたが、どうしても最初の一年は無理をしなきゃならん」
「……女の子は、働いてるのか?」
それは言われたくなかったらしい。男は険しい表情で涼太を睨むも、ここで隠したところで意味はない。
「ああ、そうだよ。俺が傭兵やって稼ぐ額と同じだけの金を、あいつら一人一人が稼ぎ出してる。高見たちを迎えに行ってやりたいのも本当だが、今は、そんな余裕はない」
最近異常なほど人口増加の激しいリネスタードの街に、イセカイなんて国からきた連中がいるらしい、なんて話はリネスタード近郊では時折聞かれる話だ。
だがこの異世界において、情報のやりとりというものはそういう立場でもない限り、なかなか接することがないもので。
遠い街の情報なんてごく一部の人間以外には伝わってこない。村社会で必死にもがいているらしい五条たちに、リネスタードとボロースの勢力争いや、辺境と王都圏の話なんてものが伝わる道理はない。
更に言うなれば、高見たちが全滅をすら受け入れなければならないところにまで追い込まれた原因の一つであるコイツらに、窮地にあるからと手助けしてやる気も起きない。たとえ彼らがその行為を後悔していようともだ。
ただ、一言忠告するぐらいのことはしてやってもいいか、とこれまでのやりとりで思えた。
「アンタがどれだけ修羅場を潜ったかは知らないが、正直、俺にはアンタが戦場を生き残れる人間だとは到底思えない。これは何度か戦場を見てきた俺の見立てだ。女の子たちに申し訳ないって思えてならないんだろうが、それもこれも、生きていればこそだと思うぞ」
さっきから嫌なことばかり言われ続けて苛立つ部分もあるだろうに、男はそれを表に出すことはなかった。
「はっ、言ってくれるねえ。俺ぁこれでももう二人も人を斬ってるんだぜ。剣で一対一ならこの砦でも俺に勝てる奴ぁそうはいない。まあ見てろって。きっちり手柄立てて報奨金頂いてやるからよ」
と景気の良いことを言ったあとで、声を潜めて涼太に顔を寄せる。
「で、あの不知火と柊と、ありゃ何事だ? あの二人、とんでもなく強えーだろ。魔術とかそーいうのか? てかお前も魔術師だって聞いてんだが、本当に魔術使えるのか?」
「あの二人は二人共、向こうの世界にいた頃から強かったんだとさ。最初の森の大トカゲや火を噴く鳥、お前も知ってるだろ? あれ、アイツら単身で何十匹と狩って回ってたんだぞ」
「…………マジ?」
「マジだ。最初にそいつを見ちまった時のあの衝撃を、アンタにも教えてやりたいよ」
男はどうにもやるせなさそうな顔をする。
「本当、だとしたら。なんであの二人、学校にいなかったんだ? そんなのが一人でもいてくれりゃ……」
「運としか言いようがないな。俺たち三人が学校の存在知ったのってこっちきて随分経ってからだ」
「……お前らさ、そんだけ強いんなら、高見たちを……」
そこまで口にしてしまい、はっとなって口を閉じる。
言えた義理ではないのだ。
そして涼太もまた、言ってやる義理もない。むしろ、五条たちには残された学校組は全滅したとでも思ってもらっているほうが都合が良い。
男は最後に、自身の名を名乗った。
「俺、折笠満。こっちじゃミッツで通ってる」
「楠木涼太だ。凪と秋穂には一応アンタの名前は伝えておくが、その、こう言うのもなんだけど、アイツら本当容赦ないから、くれぐれも不注意な真似は避けてくれよな」
「あんなおっかねえもん見せられてあの二人に声掛けるなんて真似できるかよ。他の傭兵たちも、よっぽど威勢の良いの以外はみんなビビっちまってるから安心していいぜ」
ミッツは高見を呼び捨てだ。つまり彼は三年生であろうと思われたが、敬語を使うつもりのない涼太はその点はスルーである。
彼と別れた後、涼太は判断に迷う。
五条たちは、遠くない未来、その生活を破綻させる可能性がある。ぎりぎりでやりくりしているということは、何か一つ予想外のことが起きたら対処できなくなるということでもある。
そして予想外のことなんて幾らでも起きるのだ。ここは異世界なのだから。
リネスタードの近況は時折接触してくるギュルディの諜報員から伝え聞いている。
加須高校生はかなりの高待遇を受け、そしてそれに応えるだけの成果をあげているらしい。きっと今ならば五条たちを受け入れてやることもできるだろう。
元より今のリネスタードは働き手は幾らでも欲しいのだ。
涼太は迷う。
本来ならば見掛けるなりぶっ殺す、そんな対象であったのが高見と橘の意見を尊重し、見つけてもこちらから手を出すことはない、に抑えている。
それを、率先して助けに動く、に切り替えるべきか。
「ま、そこは俺が判断するべきことじゃない、か」
時間はかかるが、涼太はきちんと段取りを踏むことにした。
まずは五条たちの現状をリネスタードの高見に伝え、そのうえでどうするかの判断を委ねる。
既に砦に入ってしまっている涼太がリネスタードに手紙を送ることはできない。そうできるのは戦が終わり、どこかの街に行ってからだ。
そこからリネスタードまで手紙が移動し、そうして初めて高見たちが五条たちの状況を知ることができる。更にそこから五条たちへ助けの手を差しのべるとしても、それは数か月後のことだ。
それまでに連中が致命的な事態に陥るなんてこともあるかもしれない。だがそれでも、涼太は順番をすっ飛ばす気にはなれなかった。




