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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第六章 異世界恋愛事情
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087.いい、隊長さんなんだね


 元々、男はエルフの森の近くに住んでいた。

 仲良くはないがディオーナ以外のエルフも数人知っているし、エルフがどういった相手か、つまり、馬鹿な真似をしたら魔法で男など一ひねりだということも知っている。

 そして今、ディオーナをさらった男だということでエルフたちから敵視されていることも。

 それでもここに来てしまった以上、男には逃げることもできない。ここで暮らしていくしかない。

 男は、エルフが理知的で理性的な相手だと知っている。だから、男が有用であると認めさせられれば、アウェイ感溢れる現状も改善できるだろうと考えた。

 男は得意の木彫りを見せることにした。

 ディオーナも褒めてくれたし、男がドルトレヒトの街で親方をやってこられたのもこれを作れるからだと自負していたものだ。

 新しい街、新しい人たちの中で、男はどうすればうまくやっていけるかのやり方を一つだけ知っていた。

 男は、人目につくところに座りこみ、そこで黙々と木彫りを作る。

 レリーフだ。人の横顔を彫り込んだもので、作る顔は、エルフの森のエルフたちである。

 一人一人、顔には違いがある。これを一々全部詳細に差異を彫っていたらキリがないし、そもそもそんな細かく彫れるわけがない。

 だが、人の顔というものはあるていどパターンのようなものがあり、これを相手に合わせて細かくアレンジしてやれば、概ね当人だと認識してもらえるものになる。

 また横顔ではなく正面からの顔を、実際の顔ほど彫を深くしないでもそれとわかるように彫るやり方を、男は身に付けていた。

 これは発想の勝利のようなところがあり、親方クラスの技術があったうえで練習を積み重ねれば模倣も可能なものだが、これこそが男とそれ以外の木彫り職人を分けるものである、と男は考えていた。

 男の行動に、まず寄ってきたのはエルフの子供たちだ。と言ってもエルフの子供は見た目でそうとわからぬ大人びた容姿をしているし年齢も重ねているが。


「え、なにこれ、そっくり」

「おー、なになに。上手い上手い」

「面白い面白い、こういう彫り方あったんだ。さすが人間、こういうの思いつくの上手いよねー」


 男がたくさん彫った木彫りを眺めながら、彼らはこれを褒めてくれる。

 その反応から、これならばこのエルフの森でも仕事を得られる、と気を良くしていた男であったが、見た目大人に見えてもこいつら全員中身は子供と大して変わらないのだ。


「俺、俺もやってみる」

「わたしもー」


 ここでせめても、教えて、であったなら男の矜持も保たれたかもしれないが、子供たちにそういった立場を踏まえた配慮なんてものは望むべくもない。

 そしてこの子供たちも男の倍は生きている連中である。物事のコツを掴んだり、問題解決のための選択肢なんてものを、倍生きた年月分経験として持っている連中だ。

 ましてや男が用いるのは木だ。エルフにとって最も親しんでいる素材である。

 エルフの子供たちの中で最も木彫りが得意な者が、男の作る木彫りとほぼ同じものを作れるようになるまで、丸一日ていどであった。

 それでもエルフの子供たちは男に対し、大人ほどに隔意を持たないようにはなった。異種族相手に一日二日木彫りをしていただけでそうできたのだから大したものであろう。

 男から話を聞いたディオーナもそう考えたし、何よりも男がエルフの森に溶け込もうと努力してくれることが、ディオーナには嬉しかった。

 なので浮かれた様子でディオーナは男を褒めたし、これから男はもっともっとエルフの森に慣れていってくれると信じた。

 男の視点では、そうして浮かれるディオーナに、絶望するしかないのであるが。


 男は、男の子であるからして、好いた女の子の前ではかっこうつけたいもので。

 なのに大好きな女の子の前で男は、みじめにぶざまに叩きのめされ、年下の女の子たちに怯え言いなりになり、しかもそれらは全て自業自得だと言い放たれている。

 今まではディオーナにとって頼れる相手は男しかおらず、男がディオーナを守らなければならなかったし、そういう立場にあることは彼の矜持を満足させるものでもあった。

 だが今は逆だ。男にとって頼れる相手はディオーナしかいない。ディオーナが居てくれなければ男は生きていることすら難しいだろう。あのアルフォンスとかいうエルフの向ける殺意をどうにかしてくれるのはディオーナだけだ。

 それでも、と新たな環境の中で己の力量を自身に証明しようとしてみたが、エルフという種族の持つ異常に高い基礎能力に敗れさった。

 しかもそんなどうにもならない状況で頼りのディオーナは、それはよかったと笑っているのだ。

 これまで街にいたときは見たこともないような、とても安心しきった、心安らぐ様子で。

 ディオーナにとって見知らぬ街、それも異種族の街で生きてきたのだから、緊張感が伴うのは当然で、それが久しぶりに故郷に戻れば安堵するのもまた当然だ。

 だがそれを見た男がどう考えるかは、想像に難くなかろう。

 男はディオーナに覆いかぶさった。心中渦巻くどす黒い何かを浄化するにはソレが最適だ。その行為には荒んだ心を安らげる効果もある。

 だがディオーナは男を拒絶する。

 こちらもまた当然と言えば当然である。森に戻ったディオーナは、道中さんざんアルフォンスに言われたことを森の皆にも言われているのだ。

 そして次はもうアルフォンスも手は止めてくれないし、森のみんなもむしろアルフォンスにつくとディオーナは思っている。男のためにも、なんて彼らの言葉をディオーナは信じてそうしたのだ。


「なんでだよ! 俺たち一緒になったんだろ! 自分の妻を抱いて何が悪いんだよ! おかしいだろ! なんで俺だけこんなにも辛い思いしなきゃなんないんだよ!」


 男のこんな大きな怒鳴り声を、ディオーナは初めて聞いた。


「俺が何したよ! なあ! 俺悪いことしたか!? なあディオーナ! こんなところにいて本当に楽しいのか!? 街のほうがずっと良かっただろう! 仕事もある! 工房だってあるし部下だっている! 食い物だって旨い! それに街長から酒もらったよな! 街長からだぜ! 街にいればあんな凄いことしてもらえるんだぞ! なのになんでエルフの森に戻らなきゃならないんだよ!」


 男はエルフの森の気に食わないところを列挙する。幾らでも出てくる。街での生活が満足いくものだったからこそ、文句なんて無数にある。

 ディオーナは男のこんな形相を見たこともないし、こうまでしてディオーナの大好きなエルフの森を拒絶することに、本当に驚いていた。

 ディオーナは、エルフの森でも男ならばきっとうまくやっていけると信じていた。

 それは過信などではない。男は新しい環境に置かれても、瞬く間にそこに慣れてしまう、そういうところがあったし、そもそもそういう新しいもの、珍しいものに物怖じしない人間だからこそディオーナと仲良くなれたのだ。

 だが、そんな男が、ディオーナが最も嫌悪する種の人間がそうするように、ただただ相手の悪い所を並べ立て自ら歩み寄る意思を放棄したかのような物言いで怒鳴ってくるのだ。

 ディオーナは恐ろしくて、悲しくて、泣き出してしまった。

 本当に悲しかったのだ。そしてそういう時、決まっていつもディオーナを慰めてくれたのは男であった。


「泣きたいのはこっちだよ!」


 だから、そう怒鳴って出ていった男が、どうしてもディオーナは信じられなかった。ありえないことが起こってしまったと思った。

 とても悲しいことが、起こってしまったと思った。





 涼太はアルフォンスと行動を共にしている。

 涼太の魔術により、敵の切り札はとうに割れている。歌声を聞かせるだけで対象を魅了するアルベルティナという少女だ。

 凪や秋穂に精神操作系魔術はまともに通らんだろ、というアルフォンスの言葉であったが、試してみる気にもならない涼太はこれへの対策を取れるアルフォンスと涼太の二人で対処することにしたのだ。

 陣形は、アルベルティナを用いるに適した形になっている。

 とにかく歌さえ聴かせられればいいのだ。そして味方にも聞こえたとして、効果が魅了ならば一切問題にはならない。

 なら、逃げられぬよう包囲した状態こそが相応しい。だが、できれば一撃で決めたい。どちらにも声が届く位置に、アルベルティナの声を魔術と察して動いても間に合わぬ状況が最善だ。

 レンナルトはアルベルティナの傍で護衛兼誘導係をしているラスムスを信頼していた。

 彼ならばレンナルトが余計なことを言わずとも、必要十分な動きをしてくれるだろうと。

 だから見逃してしまった。

 ソレをレンナルトより先に見つけた涼太は、とても怪訝そうな顔で隣のアルフォンスに問うた。


「……なあ、アルベルティナっての、一緒にいる男と二人で陣から離れていっちゃってるんだけど、これ、どうする? そっち追うか?」

「は? なんだそれは。迂回して不意打ちでもするつもりか?」

「わからん。とはいえアレを見失うのは怖いな……くそっ、凪、秋穂、ヤバくなるようだったらきちんと逃げてくれよ」


 仕方なく軍との戦いは二人に任せ、離れていくアルベルティナとラスムスの二人を涼太とアルフォンスは追っていく。

 そして、レンナルトがラスムスとアルベルティナが消えたことに気付いたのは、ダニエラとヴィルマルが殺された報告を受けた時、であった。

 それが致命的な事態を招くと理解している兵がレンナルトに代わって必死に探して回ってくれたが、アルベルティナもラスムスも完全にその姿を消してしまっていた。

 レンナルトは何処か他人事のように考える。


『確かに、分は悪いな。そもそも、五百の兵に加えアルベルティナにアーレンバリ流の達人二人を抱えている我らに、挑んでくるのだからそれは当然勝算あってのことだろう。それを考えれば、魅了の魔術が通じぬ可能性を考え、逃げを打つのは誤った判断では、ないか』


 こんなにも何もかもが上手くいかない戦いというのはレンナルトも初めてだ。


『……はっ、なるほど。負け戦とはこういうものか』


 あまりにヒドすぎるせいで、怒る気も失せてしまっている。

 レンナルトは一人の使者を呼んだ。

 彼はボロースよりレンナルトに手紙を持ってきてくれていた。手紙に曰く、ナギとアキホには絶対に勝てぬ、であった。

 レンナルトは使者に伝言を頼む。


「ナギとアキホ、共にボロース五剣に勝る使い手だ。恐らくは、二人同時ならばミーメ様すら凌駕しよう。だが、単身ならば、ミーメ様であれば仕留められよう」


 以上だ、と言うと使者を送り出す。

 レンナルトは、最後の一言をどうしても言うことができなかった。


『……後を頼む、か。こんな言葉、誰が言ってやるものか』


 だがレンナルトの知る限りナギとアキホの一党を殺せそうな者は、師匠であり、ライバルでもあり、どうあってもその実力を素直に認めてやりたくない、ヴェイセルという男以外に思いつかない。

 腹立たしい思いを内に押し込め、馬上より戦場に目を向ける。

 金と黒の剛剣が荒れ狂う様は、結果生じる無残さを差し引いても美しいと思えるものだ。アルベルティナの二人が暴れ回っているのとは格が違う。

 既に打つべき手は打ちきった。レンナルトにできることはもうない。

 あの二人、レンナルトだけではない、小隊長クラスの顔と位置も把握しているようだ。上手くやれば小隊長クラスは見逃してもらえるかもしれないが、レンナルトはまず無理だろう。

 レンナルトは自身が、たとえ僅かな勝算すらなくなろうとも、最後の最後まで自分の命を惜しみ足掻き徹底的に逃げを打てる人間だと思っていた。

 だがいざこの立場に立ってみればそうもいかないようだ。


『面目というものは、なかなかどうして馬鹿にできぬものだな』


 今後のドルトレヒトのためになるだろう、レンナルトが目を付けた生かして帰してやりたい人間は五人。

 これが全部生き残れれば俺の勝ちだ、と勝手に自分ルールを定めるとレンナルトは部下たちへの指示を切り替える。

 五人を生かすために残り全員を死地に追いやる、そんな指示だと兵士たちに思わせないよう、指示の仕方一つ一つを工夫する。

 そうやって戦って戦って戦ったうえで、士気が決壊する寸前、レンナルトは全員に逃走を命じた。ドルトレヒトの兵は優れた兵であったと思うが、それでも限界は存在するのだ。

 それまでの勇敢さは最早見る影もなくなり逃げ散る兵たちを他所に、レンナルトは静かに馬を進める。

 レンナルトが総員撤退の命を下した直後から、黒髪がレンナルト目掛けて突っ込んできている。

 あの黒髪はレンナルトが逃げを打った途端、馬をすら凌駕する速度で突っ込んできてレンナルトを討ち取っていただろう。それがわかっていたからレンナルトはこれまで逃げを打てなかったのだ。

 そして、彼女の声が耳元で聞こえた。


「……いい、隊長さんなんだね」


 そう思うんなら見逃してくれてもよかっただろうに、とぼやきながら、レンナルトはその生涯を閉じた。






 アルフォンスと涼太の組み合わせだと、移動速度が著しく低下する。

 だが相手もラスムスと体力的には涼太以下なアルベルティナの組み合わせであり、それなりに時間はかかったが追いつくことができた。

 今回、アルベルティナは放置できないと言ったのは涼太である。

 彼女の特性を考えるに、人の社会に無造作に放置するのはどう考えてもありえない対処であろう。

 それを地域社会に認めさせてきたのは、恐らくはあの三人だ。特に、折衝担当首切りラスムスの為している役割は大きい。


『遠目の魔術で見てわかった。アイツ、アルベルティナの魅了の効果を受けてない』


 かといって魅了耐性は魔術師でもなければそう容易く身に付けることはできない。

 ではラスムスが魔術師かといえば、そういう風にも見えない。涼太はまだ他人の魔力を見るということに慣れていないせいで、たまに見落としてしまうため確証ではないのだが。

 涼太とアルフォンスは起伏のある荒れ地でラスムスたちを捕捉した。

 ラスムスとアルベルティナはアルフォンスが止まるよう命じると素直にこれに従った。

 特にラスムスは、すぐに敵意がないことを示すべく両手を上にあげた。


「おい待ってくれ、こっちに交戦の意思はない。俺たちは連中から逃げてる最中なんだから、むしろアンタたちとは仲良くやっていきたいんだ。もちろん、聞きたいことがあるんならできる限り協力するつもりもある」


 うさんくさそうな顔のアルフォンスは、目配せのみで交渉はお前がやれ、と涼太にこれを押し付ける。

 はいはい、と涼太が前に出て話を始めた。


「なんで逃げた?」

「ヴィルマルもダニエラも、集まってくる信者たちも、どいつもこいつもアルベルティナを利用しているだけだ。アルベルティナの都合を考える奴なんざ一人もいない。だから逃げたんだよ。ずっと機会を窺ってたのさ。アンタたちには感謝してるんだぜ」

「ふーん。で、アルベルティナの都合ってのは?」

「アルベルティナの魅了は魔術だ。コイツをどうにかするには魔術師を頼るしかないだろ」

「アテはあるのか?」

「おうよ。ヴィルマルとダニエラさえいなきゃ俺たちは好きに動ける。俺ぁこう見えて顔が広いんでね、腕のいい魔術師にも心当たりはある。そいつならアルベルティナの魅了の力をどうにかしてくれるだろうさ」


 涼太はラスムスから目を離し、アルベルティナに目を向ける。


「だ、そうだが。それで君はいいのかい?」


 驚き慌ててラスムスが口を挟む。


「おいおい、アルベルティナの魅了食らいたいのかアンタ」

「俺もアルフォンスも対策済だ。なあアルベルティナ、俺たちは平気だから声を聞かせてくれよ」

「馬鹿よせ! アルベルティナの魅了をなめると……」


 涼太がラスムスの抗議を無視し、じっとアルベルティナを見つめたままでいると、アルベルティナはほんの少し困ったような顔をしたあとで、ゆっくりと口を開いた。

 それは言葉ではなく声だった。

 一小節分の、鈴を転がしたようなフレーズ。

 聞き終えたあとで涼太は後ろのアルフォンスを振り返る。


「問題は?」

「ない。エルフにこんなもの効くわけがなかろうが」


 また少し、アルベルティナの表情が揺れた。

 涼太はというと、よっこらしょと地面に腰を下ろす。


「ほんのちょっとじゃ安心できないだろ。せっかくだからさ、歌、聞かせてくれよ。本気で、全力できてくれていい。多分だけどさ、感情込めて思いきり歌うと魅了の威力増すだろ。それでいいから、思いっきりやってくれ。エルフのアルフォンスも、対策をしてある俺も問題はないからさ」


 アルベルティナは窺うようにラスムスを見るが、ラスムスはといえば冷や汗を流しながら身動き一つ取れない。戦士としての心得のあるラスムスだからこそ、涼太の背後にあってラスムスを脅しつけているアルフォンスの殺気を正確に感じ取っていた。

 ラスムスが下手な言動をした瞬間アルフォンスは飛び込んでくるし、ラスムスにはこれを防ぐ術がない。たとえアルベルティナを盾にしたとしてもだ。

 ラスムスが反応できないでいると、涼太がにっこり笑って再度歌を頼む。

 アルベルティナもまた、試してみたくなっている。本当にアルベルティナの歌を聞いても大丈夫なのかを。

 すう、と息を吸い、アルベルティナは勢いよく喉を鳴らした。




『聞きしに勝る、だな。つーか人間ってこんな声も出んのかよ』


 声量がまず尋常ではない。それとキーの高さも涼太が聞いたこともないような高さだ。

 壁も天井もない吹き抜けの大地の上だというのに、真正面にいる涼太に向かって叩き付けるように音が飛んでくる。

 音楽に大して興味もない涼太はコンサートなんてものを直接見たことがなかったが、歌手が目の前にいるということの価値を今初めて理解できた気がする。

 涼太は彼女の歌を聞きながらアルベルティナという少女を想像する。

 彼女はその魔術故、声を出すことを極端に我慢していた。それなのにこれだけの声が出せるということは、何処か声を出しても問題ない場所を確保して練習をしてきたのだろう。

 アルベルティナに不自由を強いている原因でもある声を、彼女はそれでも使うことをやめなかった理由は涼太にもわからない。だが、そこまでしてでも歌の練習を欠かさなかったのだから、きっと彼女にとっての歌とはそれだけの価値のあるものなのだろう。

 四曲、五曲と歌った後で、彼女は心配そうに涼太の顔を見る。


「問題ないよ。良い歌を歌う子だってことで君に対して好意的にはなってるけど、それは決して魔術によるものじゃあない」


 すぐにアルフォンスも口を出してきた。


「うむ、良き声だし良き歌だ。だがな、敢えて苦言を呈するのであれば、ちと感情的になりすぎではないか? 情感を持たせるのを悪いとは言わんが持たせすぎるとクドく感じるところも出てこよう」


 思わぬ駄目出しに涼太が目を丸くし、アルベルティナはというと恥ずかしそうに赤面する。


「いや感情的にやってくれって言ったの俺だろ」

「だからと崩しすぎると品が無くなる。アルベルティナの歌はそこまではいっておらんが、全てにおいて感情任せに声を出しては、真に強調したい表現を印象付けることが難しくなろう」


 アルフォンスの思わぬつっこみに対し、アルベルティナは怒っていないか、と涼太はその顔を窺うが、彼女は少し上気した表情のまま、胸元で両手を合わせている。


「あ、あの、三曲、目。やりすぎ、た?」

「ん? おお、そうだな。だが三曲目のあれは元よりそういう歌であろうし、私が気になったのは最後の五曲目の後半で……」


 何故かなりゆきのままにアルベルティナとアルフォンスとで音楽トークが始まった。

 その時のアルベルティナの出す言葉がとてもたどたどしいもので、しかも発する言葉を選ぶのに戸惑っている様子から、普段からよほど会話をしていないことが見てとれ、なんとも物悲しく思えてきた涼太だ。

 よく考えてみれば、魅了の力を放つアルベルティナの歌に対し、魅了を跳ねのけたうえで更に歌に注文までつけてくれるような相手はいなかったのだろう。

 アルベルティナは慣れぬ会話を、それでも嬉しそうに続けている。

 なのでそちらはアルフォンスに任せ、涼太はアルフォンスからの殺気が薄れたことで多少なりと動けるようになったラスムスの相手をすることにした。


「さて、首切りラスムス。こちらの要求は一つ、アルベルティナはこちらで預かる、だ。問題は?」

「ま、待て。彼女の意思を無視してそんな真似をすれば、彼女の魅了の力がそちらに悪影響を……」

「随分と楽しそうに見えるがね、彼女。彼女はエルフの森に連れていこうと思っている。森には多数のエルフがいるが、連中は全員魔術師だ。アルベルティナの魅了は通用しない。彼女にとってこれ以上ない環境だと思うが」

「……ぐっ、ぐぐっ……」


 ラスムスは最初にそうしたように、再び両手を上にあげる。


「わかった、降参だ。交換条件を言ってくれ。呑める範囲であれば交渉に応じよう」

「呑める範囲? 王都の魔術学院が後ろにいるんだろ? なら呑めない要求なんざないだろうに」


 アルベルティナのような珍しい魔術の力を持つ者を、何処の誰よりも強く欲するのは王都の魔術学院であろう。そのために十分な予算と人員を組めるのもそこぐらいのものだ。

 それ以外の組織が上手く利用するにはアルベルティナの力は無差別かつ強力すぎる。

 苦々しさの極みのような顔になるラスムス。


「……そう、か。お前だろ。部隊の追撃を全部見切ってかわした奴。いったいどんな魔術使えばそんな全知の神様みたいな真似ができるんだか」

「アホか。俺の最大の利点はエルフが後ろにいることだぞ。別に俺が全部やる必要なんてないだろ」

「どの道、全部見抜かれてんだから一緒じゃねーかっ。信じらんねー、ありえねー、やってらんねー。二年もかけた潜入任務がぜーんぶぱーだっての。くそったれ、それでも任務失敗に比べりゃまだマシだ。そっちの要求言ってくれ、上に話は通してやるよ」


 それを言う前に涼太は一度アルフォンスに目を向ける。

 アルフォンスはそうする涼太の意図を正確に把握しており、アルベルティナと話をしながらラスムスへの警戒を厳しくする。


「最初に言ったぜ、首斬りラスムス。こっちの要求はアルベルティナの身柄だと。そのうえでアンタに交渉を持ち掛けたのはだ、アルベルティナを欲しがってるのがどこのどなた様かを把握しときたかったんだよ。そこまではエルフたちでもわからなくってな。ああ、逃げるも、誤魔化すも、無理だってことはわかってくれるよな? それともお前が持ってる魅了対策の魔術具取り上げてやろうか? それに魔術学院がどんな場所なのかこっちは嫌ってほど聞いてあるんだ。お前が何処までも逆らうっていうんなら、魔術学院がアルベルティナにするつもりだったこと全部、お前に食らわせてやるから楽しみにしとけよ」


 ゆっくりとその隣に歩み寄り、涼太はぽんと彼の肩を叩く。


「森まで、来てくれるな」


 涼太がアルベルティナを気にかけるのは、全部が全部善意ではない。

 こんな危険物をまかり間違ってボロース陣営が確保なんてした日にはとんでもないことになろう。

 だがエルフの森ならば、涼太たちやリネスタードに対し積極的に敵対する可能性は低い。

 そんな涼太側の都合と、やはり可哀想に思う部分もあったという話だ。


『殺したくない。そう感じた奴を殺さずに済ませるのって、なんというか、敵を殺すのとはまた別の難しさがあるよなぁ』


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― 新着の感想 ―
女はバカだし、男はヤリたいだけの猿 覚悟もないのになんでついてきたんだか
[一言] アルベルティナを連れ帰って思いっ切り歌わせて、ディオーナの男が魅了される。そしたら、デイオーナも諦めつくかな?
[一言] ラスムスが終始交渉を強調してたのは、戦力的に逃げ切れないと悟っていたからか。 まあ、殺してでも奪い取る、が主流の世界でまともに交渉しようなんて人はそんなにいないだろうし。
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