086.いくら美人でもモテる相手は選べない
オッテル騎士団正団員にして、ドルトレヒトより兵を率いてナギ、アキホ一党の追撃に出ていたレンナルトは、その配下として招いた者の暴れっぷりを見て、嘆息しつつ兵を引かせた。
「謀りに謀っても、予測しようのない一事が全てを台無しにする、か。他にも、この世は理不尽に満ちている、だったな」
レンナルトの師がレンナルトに、言い方を変えながら何度も口を酸っぱくして言い続けたことだ。
万全を整え、そのうえでなお不測の事態に備えよ、とはその言い草自体が極めて理不尽なものであろう、と思ったものだ。
大体、常に万事に備えておくなぞできるわけがなかろう。ましてや軍事ともなれば、著しい情報不足の中で決断せねばならぬのが常だ。
だが、その後の言葉はレンナルトも気に入っている。
『最悪、敵味方双方情報不足、それさえ確認できればいい。そのうえでならば後は単純明快。前に進め。進軍し、蹂躙しろ。相手の予測を上回る速さで、相手の推測を超える勢いで、前に進めば至難の戦も道が開ける。この時最も必要となるのは智謀でも策略でもない、勇気だ』
まだ二十代の小僧でしかないはずの師の言葉が、まるで数十年戦に携わってきた歴戦の将が語る至言の如く思えたものだ。
そんな師よりの教えの中に、稀有な戦闘力を誇る戦士を敵に回した場合の打ち手も含まれていた。
大軍同士の戦闘のための教えよりも、こちらのほうが使用頻度は高いぐらいだ。だが、それがこうまで通用しない怪物はレンナルトも初めてである。
アルベルティナの二人、狂ったように暴れ出したあの二人の戦闘に、兵が混ざるのは悪手だ。あるていどの拮抗状態を作り上げられるのならば、そこは任せてしまって布陣を整えることに専念すべきだ。
ナギとアキホもそうだが、対するアルベルティナの二人、ダニエラとヴィルマルもとんでもない化け物である。
その戦闘域の広さは包囲した兵が短弓を用いるぐらいでちょうどよいほどで。
各小隊隊長には、ダニエラが敗れたならばナギを、ヴィルマルが敗れたならアキホを、敗北が確定した瞬間に一斉に射貫くよう命じてある。
この命令の意味を、各小隊長ならば汲んでくれるだろう。つまりレンナルトは、勝利の瞬間、勝利を得るための集中力をダニエラなりヴィルマルなりに最も注いでいる瞬間に、ありったけの矢を八方から射掛け意識の隙をつくよう命じたのである。
それを期待できる連中だとこれまでの指揮からレンナルトは知っている。
『コイツらを率いることができたというのが唯一に近い幸運だな。全てが最悪ではないのだ、勝ち筋は必ずある』
柊秋穂がこれまでに遭遇したことのある犯罪者の中に、今対面しているヴィルマルのような発情期のケモノみたいなものもいた。
特に中学生になってからは発育の良い身体つきのせいで、普通の同級生すら不穏な目つきをするようになり、行動を起こす馬鹿もいた。
挙げ句、そのことを秋穂は教師や生徒たちの親やらに咎められた。長いスカートをはき化粧は厳禁、服は地味で厚手で体型の出ないものを選べ、思春期の男子というものを知り配慮しろ、と言われた。とても殴りたかった。
『ああ、うん、男の中の男、ね。誉め言葉だよねこれ。ってことはこれになりたいってこと? 本当に? 本気で?』
思い出す。
用事があって大きな街に出たところ、駅前の通りであるにもかかわらず、車を横付けして無理やりさらおうとしてきた馬鹿を。
これを認めるのに一年以上かかったが、秋穂はその時とても恐れ怯えていた。
必死になって、夢中になって、秋穂に掴みかかってくる男たち。
目が血走っていて呼吸が荒く、その視界は柊秋穂という人間を捉えていない。自身が獣と化したことで、対象は人間であるという当たり前の認識が失われてしまったかのよう。
こちらの世界にきて、敵の殺意を受けても身動きできぬほど恐ろしいなんて思わなかったのは、或いはこういう馬鹿との遭遇経験が影響しているのかもしれない。
そうでなければこの顔を向けられて、一切動じぬなど絶対にありえない。
『……味方すら引いてるし』
ヴィルマルを襲う衝動は常人のそれとは桁が違うものなのだが、秋穂の目から見ればみんな一緒にしか見えない。
空腹に耐えかねて、というのとも違う。男からすればまた別の意見があるのだろうが、女の身からすれば害意と憎悪としか思えぬ衝動に身を委ねている男に、いったい何を期待するというのか。
今、秋穂の頭にあるのは、この怖気が走るほど恐ろしい顔をした男を、どうやって残忍無残に殺すかだ。
負けたら秋穂がそうなる。だから、勝ったらコイツをそうしてやらなければならない。
秋穂は知っている。この顔をした男は、反撃を一切考慮していない。自分が傷つけられるようなことがあれば、あらん限りの憎悪を向け憤怒を露にすると。
そんな考えられぬほどの身勝手さに驚かないように、あってはならぬ未来像に怯え竦まないように、秋穂は心を静かに保つ。
ヴィルマルの猛攻は常軌を逸している。
精神が明らかに安定を欠いているのにその立ち回りは極めて合理的で、先読みを許さぬ荒れ狂う激情を精緻な技術が多彩な手技へと昇華させている。
ある種の芸術品のような仕上がりになっているが、対峙している秋穂も周囲で見守る兵士たちも、ヴィルマルの戦う様をそんな高尚なものだと思うこともなかろう。
面白いのがこのヴィルマル、秋穂を性の対象としていながら、こうして剣を交えるとその剣撃は真摯なものへと変わっていき、今ではもう秋穂を取り押さえるだなんて動きではなくなっている。
僅かな隙を見出しては、その五体を砕き千切らんと豪風のように剣を振り回している。
では、今のヴィルマルにそういった欲望がなくなっているかといえばそうでもなく、男子の急所は屹立したままで戦いを続けているのだ。
秋穂もほんのちょっとだけ、男の中の男の二つ名に相応しいかも、とか思ってしまったり。
そんな特異で、独特で、稀有なあり方を成立させるヴィルマルと剣を交える秋穂は、しかしそういったものにまるで価値を感じなかった。そういった素晴らしきもの全てを吹っ飛ばすほど、ヴィルマルは下劣な表情をしているのである。台無しにもほどがある。
『なにがキツイって、気を抜くと剣じゃなくてこの顔に注意が向いちゃうんだよねえ。コレ無視するの根性いるよ』
戦闘において、表情なんてものも相手を読むのに重要な要素であるのだが、この男に関しては参考にするのは危険だろう。今のヴィルマルの喜怒哀楽の基準が全て性欲であるため、戦闘の参考になんてしたらとんでもないことになる。
秋穂の剣から小さな悲鳴が聞こえる。
ヴィルマルの連撃を受ける中、数か所が刃こぼれを起こしてしまっている。
『こういうの流すの、凪ちゃん巧いんだよね』
不知火凪、その性質は豪放磊落。特に無手の時の戦い方は、剛腕を駆使した雄々しさの極みのようなものであるが、剣を用いれば極めて繊細で精緻な剣筋を持つ。速さと正確さではさしもの秋穂も凪には一歩譲ると思っている。
だが、技の多彩さでは秋穂が勝ろう。
『ふっ』
小さな呼気と共に、剣戟を受け流した反動でヴィルマルの足を浅く薙ぐ。
ヴィルマルの斬り返し。そちらにも剣を合わせて受け流し、重心の乗っていないほうの足を蹴たぐり体勢を崩す。崩れた姿勢のままでヴィルマルは剣を縦に振り下ろしてきた。
踏み込んでかわす。距離が近い。剣は振れぬので秋穂は膝を振り上げる。ヴィルマルは避けず。覆いかぶさるように秋穂の膝を腹部で弾きにかかる。
膝蹴りの後、秋穂はヴィルマルの背後に回り込むようにしながら距離を取る。十分すぎるほどの一撃であったと思うのだが、ヴィルマルからは膝蹴りの影響は見られない。
距離を開けば開いた分だけヴィルマルは踏み込んでくる。これを弾き、避けながら一撃を見舞う。ヴィルマルの剣戟が鋭すぎるが故に、秋穂のカウンターも深くへと踏み込みきれない。
だが、これでカウンターも五度目だ。五度もやれればタイミングも身体が覚えてくれる。
左腕の動脈にまで刃が届いた。出血量からしてそれは間違いない。
『普通はこれで勝ち確なんだけど。さて、やっぱり動揺はなさそうだね。最初っからずっと動揺しっぱなしだから、ってことなんだろうけど』
ヴィルマルの動きは、身体に叩き込まれた各種反射行動の集大成であろう。なればこそ、一度も見たことのないような剣筋に対しては反応が鈍る。
秋穂はヴィルマルの攻略法を見切った。それはヴィルマルにも伝わっているはずだ。だがこの男と戦ううえで最も恐ろしいことは、そこまで優位を積み重ねてもヴィルマルが決して怯まないことだろう。
大量の出血にも弱点への痛打にも、ヴィルマルの剣は全く衰えを見せず、逆に秋穂の特異な間合いに慣れを見せ始めている。慣れるのは秋穂のほうだけではないのだ。
ヴィルマルによる掬い上げるような剛撃。剣先が大地を抉り取るほどの勢いのそれは、秋穂の深く沈んだ姿勢を根本から引っこ抜く意図で放たれたものだ。
周囲で見ている兵士たちはその瞬間、秋穂が縦まっ二つに斬り裂かれる様を幻視した。
それは間違いなく起こるであろう未来だからだ。秋穂はヴィルマルの右方に向かって一歩を踏み出しており、これにぴたり合わせてヴィルマルの剣が振り上げられていた。
そして唯一、剣が空振ったことを知ったヴィルマルのみが身体を切り替えるべく重心を移動せんとしていた。
ヴィルマルは完全に秋穂の姿を見失っていたが、予測はつく。秋穂は逆側へ跳んでいるのだろうと。
そして秋穂もまたヴィルマルをなめてはいない。クロスオーバーステップもどきで作れた猶予はほんの僅かで、この一瞬に、怯まぬヴィルマルを物理的に止めてみせなければならない。
胴だ。それも一撃で腸が零れ落ちるような深く広い傷を。更に、くるであろう追撃から逃れるためにヴィルマルの後方へと一息に駆け抜ける。
斬った、手応えはあった。そして走る、ヴィルマルの間合いから、外れきった。ヴィルマルは振り返れない、その動きをすれば中身が落ちる。落ちてしまえばそこから動けなくなる、勝った。
『あ』
秋穂の不覚である。
それはヴィルマルという脅威が放つ威に押されたが故の失策。
ヴィルマルに集中するがあまり、周囲への警戒を怠ったのだ。それまでずっと、戦闘の最中でありながら弓を構えるそちらに対し、瞬時に反応できるよう心構えは怠らなかったというのに。
「今だ! 射よ!」
ヴィルマルには致命の一撃が加えられているが、それでも味方を射るのは抵抗があったろう。だがそれも、秋穂が大きくヴィルマルより離れてしまっているのだから問題にはならない。
咄嗟に跳ぶ。できない。そうできるような体勢にない。意識の空白を突かれた。小隊長の指示した攻撃タイミングは正に絶妙であった。
右手の剣が重い、遅い。間に合わない。振り上げるが、矢を二本弾くのみ。左手で一本を掴む。もう一本、肘で弾いた。
頭部に二本。見えるだけで二本だし、絶対に見えないところから顔にきていると確信し、振り向きながら顔を下方に落とす。
『うひゃはいっ!?』
小さな金属塊が飛来してきた。それが鏃であるとわかる前に、額で弾く。
無理な動きをし過ぎたせいで大きく転倒する。
幸いなことに、構えていた全員が初撃に参加してくれていたおかげで、倒れた秋穂を狙って射る者はいなかった。
彼らが二射目を用意する前に、秋穂は起き上がり走る。
二射目がくる。焦って急ぎ構えた射手は二射目が間に合ったが、正確さを望めぬ射撃では捉えられず。秋穂の速さに驚きじっくりと構えを取った者は秋穂の踏み込みに追いつかず。
駆ける秋穂はそのまま兵の群へと飛び込んだ。
この互いの身体が触れ合うほどに密集している超至近距離は、秋穂の距離である。
相手の身体に自らのそれが触れていれば、その反応から敵の動きを察することができる。目で見えていなくとも、秋穂は敵の位置と動きを見極められるのだ。
そしてこの距離で有効な技を、秋穂は持っている。
密集し数の力で圧し潰す。それは人間離れした怪物を取り押さえるための一般的な手法の一つであったが、秋穂には通用しないのである。
嫉妬に狂った女の顔というものを、不知火凪は何度かその目にしたことがある。
中学時代の同級生のそれは、今思えば可愛らしいものであった。
いい年をした大人が、精神を破綻させる勢いで嫉妬に興じる様は、古より各地に伝わる鬼女の伝承の由来を凪に教えてくれるものであった。
少なくとも凪視点からみれば、嫉妬により常識外れの行動に出る女は、楽しくてそうしているようにしか見えない。
全身全霊をその行動に捧げられるというのは、そこに愉悦の感情があるからだろうと思えてならないのだ。
ダニエラの剣閃を、放たれる前にダニエラの手元に剣を伸ばすことで逸らさせつつ、凪は彼女を嘲笑する。
「随分と楽しそうね」
「キッサマああああああああ! 言うにこと欠いて楽しそうだと!?」
今度は凪が先制する。右方より斜めに斬り下ろす形から、頭部を縦に斬る形に変化する。
ダニエラ、凪の伸ばした切っ先に剣を当てることなく、身をよじってかわしながら片手で握った剣を薙ぐ。
ダニエラが薙ぐよりも、凪が更に突き入れるほうが速い。
薙ぐのを止めるダニエラ。薙ぐため身体を内に回したら、突き出した凪の剣をかわせなくなる。
剣を止めれば凪が更に攻める。
ダニエラ、咄嗟に短剣を抜き、凪の二段目の突きを跳ね上げる。
短剣は重さがないものの、柄のすぐ傍で弾く形になるため腕力を乗せやすい。これで崩す、と強く弾いたダニエラであるが、凪の重心はまるで揺れず。
短剣の勢いに逆らわず、弾かれた凪の剣先がくるりと回る。
ダニエラの背筋が凍った。
触れるように、そっと凪の剣先がダニエラの首元に迫る。
首に短剣を当てながら大きく下がるダニエラ。短剣から悲鳴が、そして、首元にじとっと湿った気配が滴る。
距離を取ったことでどうにか仕切り直しに成功するダニエラ。たったいま、咄嗟の判断で死を免れた直後だ、常人ならば恐怖に震えてしかるべき場面だが、ダニエラの脳裏には新たな憎悪が燃えさかる。
『許せないっ、許せないっ、許せないこの女っ! 美しさだけじゃなくて剣まで! 剣まで優れているなんて!』
尽きぬ闘志はその憎悪に支えられたものだ。これを凪が更に煽ってやる。
「気に食わないから殺す、ね。結構な話じゃない。まあ私は、とくにどうとも思わず貴女を殺すけど。その醜い顔以外、とりたてて覚えておくようなものないでしょ貴女?」
凪のような美人にこんな台詞吐かれて、ダニエラのような女がどうして黙っていられようか。
更に顔を歪めながら飛び込む。それを凪は、あらあら、と笑いながら迎え撃つ。
「綺麗な顔してるのにもったいない」
「キサマはっ! キサマは二度とその口を開くな!」
圧倒的な美人に、醜いと言われるのも美人だと言われるのも、等しく殺意を覚えるものであろう。
ダニエラは短剣を前に構え、逆腕に持つ長剣を背後に引き、凪の剣に向かって踏み出す。それは見ている全ての者が無謀と断ずる光景だ。
凪の剣の速さ鋭さは誰もが認めるものであり、これを短剣一本で防ごうなどと。
一閃。
凪が驚き、そして自らの失策を悟る。
恐るべき凪の剣閃を防いだのは、ダニエラが持つ短剣の柄尻であった。こんな細く狭い部位に、凪の剣を当てるなど曲芸どころの話ではない。
だが凪がこれを失策だと思ったのは、ダニエラの短剣の柄尻は、持ち手を保護するかの如く鍔のように広がっていたのだ。
すなわち、元よりこの短剣、柄尻で受けるも想定されている武器であったということ。形状からこの使い方を見切れず、弾くを許した凪の失敗なのである。
片腕のみで凪の剣撃を防ぎきることはできず、勢いに負けてダニエラの腕も払い落とされてしまってはいるが、凪の刃はダニエラには届かず。そして逆腕に握ったダニエラの長剣が満を持して振るわれた。
下がる、間に合わない。避ける、そうできる空間がない。受けるしか、ない。
この戦闘が始まってから、ダニエラの剣が初めて凪の剣を捉えた。ダニエラはこれまで、凪に受けさせることすらできていなかった。
鍔迫りの体勢。ダニエラは叫んだ。
「今よ! 射なさい!」
ダニエラの目的は剣術比べではない。この許し難き女を、何がなんでも殺してやることだ。
瞬間、ダニエラの剣が空を切った。
小隊長からの声、射よ、の言葉の直後に、ダニエラの剣から重さが消え、ついでに凪の姿もかき消えたのである。
凪の左右からの矢は問題にはならない。外れればそのまま飛んでいくだけだ。運の悪い間抜けが一人、これに当たってしまったぐらいで。
だが、凪の後方からの矢が問題であった。
掛け声の直後、兵が矢から手を離さんとしたところで凪の姿が見えなくなってしまった。
その先にはダニエラがいるのだ。
ぎりぎりで手を離すのを止められた者もいたが、大半はそのまま放ってしまっていた。
ダニエラ、凪の姿が消えたことで剣ごと身体が流れてしまっていたが、それでも強引に立て直しつつ咄嗟に剣を放り捨て、短剣で一本、剣を捨てた手で一本を手に取ってみせる。
残るは身をよじりどうにか急所を外した。
突発的な出来事にもかかわらず対応できたダニエラであったが、その時になってようやく消えた凪の姿を見つけることができた。
「秋穂のまねっ」
大地に低く低く姿勢を落とし、両腕両足をべたりと地面につけるほど沈み込んでいた凪は、そこから跳ねるように跳び上がってくるところであった。
下からダニエラを斬り上げつつ、頭上を通って背後にまで剣を振る。そこに、射撃をぎりぎりで留まれた兵からの弓射が。ぴたりの間でこれを斬り落とす。
既に凪の興味はダニエラにはない。
全身に力が入らぬままダニエラは倒れ、絶命の瞬間まで凪の大暴れを大地に横になりながら観戦する。
凪は一度もダニエラを見なかった。
『こっちを見ろ! お前だけは殺す! なにがなんでも殺してやるっ! だからっ……こっちに、こい……おねがい……』
もしこの声が聞こえていたとしても、凪はこの女を好ましいとは欠片も思っていなかったので、きっと配慮してやるようなこともなかっただろう。




